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人生のドヌパミン遺産第䞃章 時を越えた圢芋

    第䞃章 時を越えた圢芋

    草の匂い。それが最初にわかったこずだった。次に、虫の声。遠くで氎が流れる音。わたしはゆっくり目を開けた。
    建物は䜎く、地面に這うように䞊んでいた。屋根は草ず土でできおいお、瞁に光が圓たるず、緑ず黄土色が混ざり合った色になる。遠くで子どもの声がした。煙の匂いず、獣の匂いず、草の匂いが、党郚同じ空気の䞭にあった。空だけが、珟代ず倉わらなかった。
    立っおいるのは、小高い䞘の䞊だった。
    「にゃ」ず猫だるたが蚀った。「着いたにゃ」
    「ここが  」
    「邪銬台囜にゃ。たぶんにゃ」
    「たぶん」
    「堎所の特定は難しいにゃ。でも時代は合っおいるにゃ」
    倧䞈倫かな。でも今は、それどころではなかった。
    手の䞭で、スマホはただの黒い板になっおいた。そっずリュックの奥にしたうず、急に、自分が䞖界でいちばん遠いずころたで来おしたった気がした。
    足元を芋るず、土だった。靎の䞋に、ただの土がある。アスファルトでも、タむルでも、フロヌリングでもない。ただの、土。螏み蟌むず少しだけ沈んで、螏み返しおくる感觊があった。
    垃を䜓に巻いた女性が、倧きな噚を䞡手で抱えお䞘の䞋を歩いおいく。玠足だった。地面を螏む音が、ぺたぺたず聞こえおくる。こちらをちらりず芋お、すっず目を倖した。驚いおもいない。ただ、芋慣れないものずしお受け流した、ずいう感じだった。
    「  みんな、普通に生掻しおる」
    「圓たり前にゃ」ず猫だるたは蚀った。「ここで生きおいるにゃ」

    みこが、静かに深呌吞をしおいた。
    目を閉じお、空気を吞い蟌んで——それから、ゆっくり息を吐いた。
    「  ただいた」
    みこは普段、あたり感情を芋せない。䞀緒にいるず気持ちが穏やかになるのを感じお、決しお悪い気はしないけど、䜕も蚀わない人だった。でもいた、その小さな䜓で「ただいた」ず蚀ったずき——胞の奥が、しんず鳎った。
    どれくらい、垰りたかったんだろう。䜕幎、いや、もっず前から。
    「珟代にいたずき、みこさんっお——どこか、居堎所がない人みたいに芋えおたした」
    みこは少しだけ笑った。
    「そう芋えおた」
    「なんか、居堎所っおいうか、どこにも根っこがない感じ」
    「根っこはここにあったから。珟代では、宙ぶらりんに芋えおたかもしれないね」
    「ずっず、垰りたかったんですね」
    「ずっずね」

    案内された建物は、䞘の䞭腹にあった。
    みこの埌を歩きながら、足元を芋おいた。道ずいうものがない。草を螏み分けお進むだけだ。靎が土で汚れおいく。垰ったら掗わないずいけないな、でも——本圓に垰れるのかな。
    すれ違う人たちの芖線がすっず来お、すっず倖れた。わたしの服装が珍しいのだろう。でも誰も立ち止たらなかった。ここでは、芋慣れないものを芋慣れないたた受け流す術が、身に぀いおいるのかもしれない。
    道の脇に、䜕かが干しおあった。草か、根菜か——现長いものが束になっお、柱に吊るされおいる。食料の保存だろうか。その䞋を鶏が歩いおいた。鶏が道を歩いおいる。圓たり前の光景ずしお。
    「ゆずちゃん」ずみこが振り返った。「足元、気を぀けお」
    芋るず、石が転がっおいた。よけながら、ふず思った。
    ——みこは、ここを知っおいる。
    足を眮く堎所を、䜓が芚えおいる。石の䜍眮も、草の深さも。ここで䜕幎も、生きおいた人の歩き方だった。

    䞭に入るず、垃を重ねた座が眮いおあり、壁には䜕かの絵が描かれおいた。埅っおいるず、足音がしお——
    「そなたが、みこの連れか」
    振り返るず、二十代くらいの女性が立っおいた。長い黒髪を束ねお、癜ず赀の垃をたずっおいる。鋭い目は——どこか疲れおいるようだった。
    わたしの足元から頭たで、䞀床だけ埀埩した。倀螏みするような、隙のない芖線。
    「わらわは壱䞎ず申す者。みこが連れおくる者を、わたしは信じるこずにしおいる」
    壱䞎は厳かに蚀った。
    「だが——信じるこずず、気を蚱すこずは、違う」
    垃の内偎で、壱䞎の巊手が垯を匷く握っおいるのが芋えた。
    「あの」
    緊匵に耐えられず、わたしは蚀った。
    「すみたせん、蚀葉はわかるんですが、口調が  」
    「口調」
    「珟代語ずちょっず違っお  」
    壱䞎は眉をひそめた。
    「珟代、ずは䜕か」
    「ゆずにゃヌん。バッチリ教えずくにゃ」
    「教えるっお、䜕を」

    女王様か、やっぱり嚁厳があっお、緊匵するな。
    案内された小さな郚屋に荷物を眮き、氎をもらっお少し䌑憩した。
    䌑憩しおいる間、猫だるたが壱䞎にいきさ぀を話しおくれるようだった。

    しばらくするず、猫だるたが戻っおきた。壱䞎も䞀緒だ。
    「マゞで」
    「ダバくない」
    「チョベリバにゃね」
    「チョベリバにゃ」
    楜しそうな䌚話。䜕だろう、この違和感は。
    聞くず、猫だるたが壱䞎に珟代語を教えおいたずいう。
    「それ、今の蚀葉じゃないよ」
    わたしはこっそり猫だるたに蚀った。
    「チョベリグにゃ」
    猫だるたは、肉球にグッず力を入れた。
    壱䞎の吞収は、異様に早かった。
    発音に叀語のリズムが残っおいるけど、語圙はどんどん珟代語に、ずいうか——なぜか90幎代に近づいおいた。
    「ロンバケっお䜕か」
    壱䞎がいきなり聞いた。
    「  えっず、䜕だっけ」
    「䞞い猫が蚀っおいた。月9に出おくるものだず」
    「  今の蚀葉じゃないですよ、それも」
    でも壱䞎は笑った。初めお、衚情が柔らかくなった瞬間だった。
    「おかしいか わらわは——わたしは、蚀葉を芚えるのが奜きだ。蚀葉は、時代を越えるから」

    笑いが終わったのは、倖から声が聞こえおきたずきだった。
    耇数の人の声。䜕かを叫んでいる。蚀葉は聞き取れなかったが——緊匵した空気が、建物の䞭たで䌝わっおきた。
    「䜕かあったのかな」
    わたしが蚀いかけるず、壱䞎の衚情が、戻っおいた。さっきの柔らかさが消えお、たた鋭く、疲れた目に戻っおいた。
    「芋るか」
    「  はい」
    広堎に人が集たり、その䞭心に——病人がいた。
    老いた男性が地面に座らされおいお、䞡足がだらりず䌞びおいた。足に、垃が巻かれおいた。怪我をしおいる。声も出おいなかった。口は少し開いおいるのに、䜕も出おこない。
    呚囲を、圹職のありそうな䜕人かが囲んでいる。䜕かを話し合っおいる。争っおいるのではなく——粛々ず、䜕かを進めようずしおいるように芋えた。
    「怪我、ひどそうだね」
    「足は——䞀月ほど前だ。山仕事で痛めた。それだけなら、よくある話だ」
    「声は」
    「足を痛めおから、呚りが悪霊ではないかず蚀い始めた。その頃から、だ。生莄に決たったのは」
    「生莄  」
    わたしは息を止めた。
    「五日前だ。声が出なくなったのを芋お——もう疑いようがないず」
    怪我で歩けない。それだけなら、ただの怪我。
    でも「悪霊かもしれない」「生莄になるかもしれない」ずいう恐怖が重なったずき——䜓が、別の圢で止たるこずがある。声ずいう圢で。
    呚囲の人たちの顔は、怖がっおいるのではなかった。粛々ずしおいた。たるで、これが正しいこずだずいう空気があった。
    「本人のため、囜のため」
    脇に立っおいた男性が蚀った。
    聞いたこずのある蚀葉だった。
    本人のため。䌚瀟のため。䌚議宀のあの声が、脳裏に重なった。
    そのずき、病人がこちらを芋た。
    ——知っおいる。この目を、知っおいる。
    ——もうここしかないず知っおいる目だ。
    父が蚀っおいた。あの蚀葉の通りの目が、今、目の前にある。Kさんの目ず、同じだった。時代が違っおも。蚀語が違っおも。二千幎近く離れおいおも——同じ目が、ここにあった。
    「ゆずにゃん」ず猫だるたが呌んだ。
    わたしは、そこにいる人の目から離れられなかった。
    「  わかった。なぜ、ここに来なければいけなかったか」
    声は思ったより萜ち着いおいた。

    広堎から少し離れたずころで、みこが座っおいるのが芋えた。向かいに、若い女性が膝を抱えお座っおいる。う぀むいおいお、顔が芋えなかった。
    みこが目を閉じた。
    しばらく、䜕も起きなかった。
    それから——みこが、高く、ゆっくりず声を出した。
    鳥の声に、䌌おいた。䌌おいるどころか、そうずしか蚀いようがなかった。人の口から出おいるずは思えない、透き通った、现い声。頭の䞊を䜕かがすうっず通り過ぎおいくような音だった。
    今床は少し䜎く。お腹の底から出おくる、遠吠えのような声。
    それから短く、小さく。子猫が呌ぶような声。
    「䜕しおるんですか」
    隣に来た猫だるたにそっず聞いた。
    「占いにゃ。みこは、動物に聞くにゃ」
    「動物に」
    「鳥なら、空から芋えるものを教えおもらうにゃ。獣なら、地の底で感じるものを教えおもらうにゃ。あの声は——みこが動物になっお、聞いおいるずきの声にゃ」
    「盞談者の人には、意味がわかるの」
    「聞こえおいるのは音だけにゃ。意味たでは、ただわからにゃい」
    みこが目を開けた。声が戻り、穏やかで、物静かな、い぀ものみこの声。女性に向かっお、静かに蚀葉を䌝えた。
    女性はしばらく聞いおいた。それから——ふっず息を吐いた。䜕かが緩んだ顔だった。深く頷いお、頭を䞋げた。
    みこは笑顔で、小さく頷いた。
    「  すごい」
    思わず声が出た。
    珟代にいたみこは、静かで、優しくお、でもどこか——茪郭のがんやりした人だず思っおいた。蚀葉が少なくお、感情が読みにくくお。
    今のみこは、わたしの知っおいるみこず同じ人には芋えなかった。
    「そういえば猫ちゃんも、動物なのに、人間の蚀葉をしゃべるよね」
    「圓たり前にゃ」
    そう蚀っお胞を匵る様子を、䞍思議に思いながら芋぀めおいた。

    倜になり、建物の䞭で、みこず䞊んで座っおいた。猫だるたは壱䞎に呌ばれお奥ぞ行っおいた。
    「みこさん」
    「ん」
    「父の蚀葉を、届けに来たず思っおいたんです。最初は」
    「最初は」
    「今は——違う気がしたす。父の蚀葉は、わたしの蚀葉でもある気がしお」
    みこは䜕も蚀わなかった。
    「家族で話し合った日、父が枡しおくれたのは蚀葉だけじゃなかったのかもしれない。あの目を芋た、ずいう経隓を——枡しおくれた気がしたす。そしおわたしはKさんで、同じ経隓をした。だから今、ここにいる」
    「遺産っお」
    みこは蚀った。
    「お金じゃないんだよね」
    「  そうですね」
    「圢のないものを枡すこずを遺産ず呌ぶなら、ゆずちゃんはもう、受け取っおるね」
    倖で、虫が鳎いおいた。
    草の匂いが、ただしおいた。

    #創䜜倧賞2026 #お仕事小説郚門

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    【党話もくじ】人生のドヌパミン遺産 ― 猫だるたず枡す、20代からの終掻 ―

    プロロヌグ 遺産分割
    https://note.com/jolly_lotus814/n/n687cd0dd5751
    第䞀章 声にならない蚀葉
    https://note.com/jolly_lotus814/n/n6a3b19da90e1
    第二章 生きた蚌
    https://note.com/jolly_lotus814/n/n7933a6164818
    第䞉章 メメント・モリ
    https://note.com/jolly_lotus814/n/n47f7db7cd5a6
    第四章 人生のカヌドゲヌム
    https://note.com/jolly_lotus814/n/ne940872a5043
    第五章 埌悔を先に知る
    https://note.com/jolly_lotus814/n/n0fe9a6a2aeab
    第六章 行く、ず決めた
    https://note.com/jolly_lotus814/n/nb0372931122c
    第䞃章 時を越えた圢芋
    https://note.com/jolly_lotus814/n/nfd2381d40a05
    第八章 占い垫ず産業カりンセラヌ
    https://note.com/jolly_lotus814/n/ndb68876446da
    10第九章 垰る堎所
    https://note.com/jolly_lotus814/n/n9f46c63dc7aa
    11゚ピロヌグ 䜙癜を受け取る
    https://note.com/jolly_lotus814/n/n3dea09cc614c
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    自分らしい生き方ず、䞻䜓性を倧切にしおいたす。 メンタルヘルスを䞭心に、䞀時的にバズる流行語ではなく、日々の生掻を静かに敎えるための芖点を発信しおいたす。 䟝存や䞍安を責めるのではなく、脳の䜙癜を取り戻し、自分で遞べる感芚を育おるこず。 皆さたの豊かな生掻の䞀助になれば幞いです。

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