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「この人、なんか嫌だな」は、相手が悪いからって本当にそう?

    「なんか、この人苦手だな」

    「どうしてこんなにモヤモヤするんだろう」

    「別に何かされたわけじゃないのに、なぜかイライラする」

    そんなことって、ありませんか?

    私は、あります。笑

    そして以前の私は、

    「この人が嫌だから」

    「この人のこういうところが嫌いだから」

    と、相手を見ていました。

    でも、心と向き合うようになってから、
    少し見方が変わってきたんです。

    「ほんとにそう?」

    って。


    目の前の出来事は、自分の心を映している

    私は、

    人は、自分に必要なことを目の前に見つけていくものなんじゃないかな

    と思っています。

    目の前に起きる出来事も、
    自分の心を映している。

    だから、

    「この人、なんか嫌だな」

    と思ったとき。

    もちろん、その人の言動そのものが嫌なこともある。

    でも私は、そこで一度、

    「私は、何にこんなに反応しているんだろう?」

    と、自分の心を見てみるんです。

    これは、

    「相手の行動を自分が作り出している」

    という意味ではありません。

    そうではなくて、

    私は、自分の心にあるものを通して、
    その人や出来事を見ている。

    無意識に、そういうふうに見えてしまう。

    そんなことがあるんじゃないかなと思っています。


    心には、フィルターがある

    たとえば、

    同じことを言われても、

    「頼りになるな」

    と感じる人もいれば、

    「怖い」

    「上から言われている」

    「支配されている」

    と感じる人もいる。

    その人の経験や、そのときの状況によっても違います。

    でも、その違いを生んでいるもののひとつに、

    自分の心のフィルター

    があるんじゃないかなと思うんです。

    「こうあるべき」

    「こうしなきゃ」

    「こんなことをされたら嫌」

    「私は、ちゃんとしなきゃいけない」

    「人に迷惑をかけちゃいけない」

    そんな、自分でも気づいていない思い込み。

    私たちは、そういうフィルターを通して、
    世界を見ているのかもしれません。


    「この人、嫌だな」の奥にあるもの

    だから、

    「この人、嫌だな」

    と思ったとき。

    私は、相手を変えようとする前に、

    「私は何を感じているんだろう?」

    と聞いてみる。

    すると、

    「人に命令されるのが嫌なんだ」

    「否定されるのが怖いんだ」

    「ちゃんと認めてもらいたかったんだ」

    「本当は、もっと自由にしたかったんだ」

    「私は大切にされたかったんだ」

    そんな、自分でも気づいていなかった気持ちが出てくることがあります。


    感情は、人生の生きづらさを教えてくれる

    私は、感情をなくしたほうがいいとは思っていません。

    怒りも。

    悲しみも。

    寂しさも。

    嫉妬も。

    不安も。

    モヤモヤも。

    「この人、嫌だな」という気持ちも。

    全部、自分の中にあるもの。

    だから私は、

    感情は、人生の生きづらさを理解するためのヒント

    なんじゃないかなと思っています。

    「どうして、こんなに腹が立つんだろう?」

    「どうして、こんなに悲しいんだろう?」

    「どうして、あの言葉だけが引っかかるんだろう?」

    そうやって見ていく。

    すると、その感情の奥に、

    「本当はこうしてほしかった」

    「怖かった」

    「寂しかった」

    「本当は嫌だった」

    「本当はこうしたかった」

    という、自分の気持ちが見えてくる。


    「自分を大切にする」って、本当にそう?

    最近、ある人と話をしていて、
    私はひとつのことを考えました。

    その人は、

    「自分を大切にすること」

    について、ちゃんと学んでいました。

    自分を認めること。

    自分の価値を知ること。

    自分を大切にすること。

    いろんなことを学んで、
    以前の自分から変わったこともたくさんある。

    でも、話を聴いているうちに、

    私はふと思ったんです。

    「自分を大切にすること」と、
    「自分の価値を、他人からどう扱われるかで決めないこと」は、
    もしかしたら別なんじゃないかな。


    誰かに大切にされたら、

    「私は大切な人なんだ」

    と思える。

    誰かに認めてもらえたら、

    「私は価値がある」

    と思える。

    逆に、

    思うように扱ってもらえなかったら、

    「私は大切にされていない」

    「私の存在には価値がない」

    と感じてしまう。

    それって、

    自分を大切にしているようでいて、

    自分の価値を決めているのは、まだ自分ではない。

    相手の反応だったりする。


    これって、すごく気づきにくい。

    だって、

    「私は自分を大切にしています」

    という言葉そのものは、とても素敵だから。

    でも、

    「私は自分を大切にしなきゃ」

    「私は自分を認めなきゃ」

    「私は自己受容できる人にならなきゃ」

    と頑張り始めたとき、

    そこにもまた、

    「こうならなきゃ」

    という思い込みが生まれることがある。


    「他人にどう思われるか」が、自分より大事になっていない?

    人って、思っている以上に、

    「他人にどう思われるか」

    を大事にして生きていることがあります。

    嫌われたくない。

    認めてもらいたい。

    ちゃんとしていると思われたい。

    大切に扱ってほしい。

    「私は大切な存在だ」と思いたい。

    だから、

    「相手は私をどう思っている?」

    「相手は私を大切にしてくれている?」

    「相手にどう見られている?」

    ということが、

    「私は本当はどう感じている?」

    よりも大きくなってしまう。

    そうなると、

    自分の人生なのに、

    自分ではなく、他人の反応を基準にして生きる

    ことになる。

    これも、ひとつのフィルターなんだと思います。


    だから私は、

    「自分軸で生きなきゃ」

    とも思いません。

    それすら、新しい「こうあるべき」になってしまうことがあるから。

    そうではなくて、

    「今、私は何を感じている?」

    を、自分に聞いてあげる。

    そして、

    「私は本当はどうしたい?」

    に戻ってくる。

    それでいいんじゃないかなと思っています。


    気づくと、紐は勝手にほどけていく

    自己受容のセミナーや、
    「ブロック解除」のセッションなどもありますよね。

    そういう方法が必要な人もいると思います。

    でも私は、

    心の紐って、必ずしも難しい方法を使わないとほどけないものではない

    と思っています。

    自分の気持ちに気づく。

    どうして、その現象が自分の前に起きているのかを見てみる。

    そして、

    「ああ、そういうことだったのか」

    と腑に落ちる。

    すると、

    無理やり手放そうとしなくても、

    「ああ、もういいかな」

    と自然に思えることがある。

    握りしめていたものが、

    スルスルと、勝手にほどけていく。

    私は、そんなことがあると思っています。


    「統合しなきゃ」が、新しい思い込みになることもある

    そして、もうひとつ。

    「自己受容しなきゃ」

    「ブロックを解除しなきゃ」

    「早く統合しなきゃ」

    そんなふうに思っている人もいる。

    でも私は、

    そこまで急がなくてもいいんじゃないかな

    と思っています。

    本当は悲しいのに、

    「もう受け入れなきゃ」

    とする。

    本当は怒っているのに、

    「手放さなきゃ」

    とする。

    まだ納得していないのに、

    「これは私に必要な学びだったんだ」

    と、頭でまとめてしまう。

    そうすると、

    一見きれいに整理できたように見えても、

    心のどこかに、

    「なんか違う」

    が残ることがある。


    頭で理解することと、

    心が腑に落ちることは、

    同じじゃない。

    だから私は、

    「自己受容できているか」よりも、
    「今、自分は何を感じているのか」

    を大切にしたい。

    無理に自分を変えなくてもいい。

    無理に許さなくてもいい。

    無理に手放さなくてもいい。

    その人には、その人のタイミングがある。

    そして、

    そのタイミングが来たときに、

    「ああ、そうだったんだ」

    と自分で気づく。

    その気づきは、

    誰かに教えてもらうものではなく、

    自分の中から出てくるものなのかもしれません。


    「自分を許す」より、大事だと思うこと

    「自分を許しましょう」

    「自分を受け入れましょう」

    そんな言葉を聞くことがあります。

    でも私は、

    「自分を許さなきゃ」

    と頑張らなくてもいいんじゃないかなと思っています。

    だって、

    「自分を許せない私はダメ」

    になってしまったら、

    また自分に厳しくなってしまうから。

    それよりも私は、

    自分を大事にすること。

    こっちのほうが大切だと思っています。

    嫌なのに、

    「大丈夫」

    と言わない。

    悲しいのに、

    「こんなことで悲しんじゃダメ」

    と押し込めない。

    本当はやりたくないのに、

    「みんなのためだから」

    と自分を置いていかない。

    本当はやりたいのに、

    「私なんて」

    と諦めない。

    つまり、

    自分に嘘をつかない。

    自分の気持ちを、ちゃんと見てあげる。

    それが、

    「自分を大事にする」

    ということなんじゃないかなと思っています。


    自分を大事にすると、人も大切にできる

    私は、

    人は鏡なんだと思っています。

    目の前の人や出来事を通して、
    自分の中にあるものが見えてくる。

    だから、

    自分の気持ちを大切にする。

    自分に嘘をつかない。

    自分の境界線を大事にする。

    そうすると、

    相手の気持ちも、

    「この人はどう感じているんだろう」

    と、少しずつ見られるようになる。

    自分を大事にすることと、
    人を大切にすることは、

    反対じゃないんですよね。

    むしろ私は、

    自分を大事にできる人だからこそ、
    人のことも大切にできる

    と思っています。

    「私は私でいい。」

    だけじゃなくて、

    「私は私でいい。
    そして、あなたもあなたでいい。」

    そんなところまでいけたら、

    もっと楽になるんじゃないかなと思っています。


    生きづらさをなくすのではなく、知っていく

    私は、

    「生きづらさをなくしましょう」

    とは、あまり思っていません。

    だって、生きづらさの中にも、

    自分が大切にしたかったものや、

    本当は嫌だったことや、

    ずっと我慢してきたことが、

    隠れていることがあるから。

    だから、

    「なんで私は、こんなに生きづらいんだろう」

    と思ったら、

    その生きづらさを消そうとする前に、

    「私は、何を感じているんだろう?」

    と見てみる。

    そこから、

    「どうして、そう感じるんだろう?」

    と、もう一歩奥へ。

    すると、

    自分でも知らなかった自分に出会うことがあります。


    感情と向き合うことは、自分を知ること

    私にとって、

    「心と向き合う」というのは、

    難しいことをすることではありません。

    目の前で起きたこと。

    そこから生まれた感情。

    その奥にある気持ち。

    そして、

    「私は本当はどうしたい?」

    と、自分に聞いてみる。

    それだけ。

    でも、それを繰り返していくと、

    少しずつ、

    「私は、こういうことが嫌だったんだ」

    「私は、本当はこうしたかったんだ」

    「ずっと自分に我慢させていたんだ」

    と、わかってくる。

    そして、

    「ああ、私ってそうだったんだね」

    と気づいたとき。

    不思議と、

    心が少し軽くなる。


    絵本が変わったわけじゃない。変わったのは私のほう。

    少し前に、

    子どもの頃から何度も読んできた絵本を、

    久しぶりに読みました。

    昔は、ただの絵本だった。

    でも、そのときは、

    同じ絵本なのに、

    まったく違うものが見えた。

    絵本が変わったわけじゃない。

    変わったのは、私のほう。

    心のフィルターが変わると、

    同じものを見ても、

    見える世界が変わる。

    だから私は、

    自分を無理やり変えようとは思わない。

    まず、

    「私は、今どう見ているんだろう?」

    「私は、何を感じているんだろう?」

    と見てみる。

    そこに気づいていくと、

    いつの間にか、

    見えるものが変わっていることがあるから。


    ……ほんとにそう?

    「この人が嫌だから、私は苦しい」

    「私は性格が悪いから、こんなにイライラする」

    「私は気にしすぎだから、生きづらい」

    「自分を許さないと、幸せになれない」

    「自己受容しないと、前に進めない」

    「ブロックを解除しないと、人生は変わらない」

    「私は自分軸で生きなきゃいけない」

    そうなのかな?

    ほんとにそう?

    もしかしたら、

    その感情は、

    あなたがあなた自身を知るための、

    大切な入り口なのかもしれない。

    怒りも。

    悲しみも。

    モヤモヤも。

    「この人、嫌だな」という気持ちも。

    なくすものではなくて、

    自分の心を知るためのヒント。

    私は、そう思っています。


    自分を大事にすることから始めよう

    「自分を許さなきゃ」

    ではなくていい。

    「自分を好きにならなきゃ」

    でもなくていい。

    「自己受容できるようにならなきゃ」

    でもなくていい。

    まずは、

    自分に嘘をつかないこと。

    今、私は何を感じている?

    本当はどうしたい?

    私は、本当にこれでいい?

    そうやって、

    自分の気持ちを置いていかない。

    それが少しずつ、

    自分を大事にすることにつながっていく。

    そして、自分を大事にできるようになると、

    人のことも、

    その人の気持ちも、

    少しずつ大切にできるようになる。

    だから私は、

    人生の生きづらさを解決する答えを
    外からもらうより、

    自分の中にある気持ちに気づくこと。

    そこから始めてみてもいいんじゃないかな、

    と思っています。


    🌿「ほんとにそう?」シリーズ

    私は、心の中にある「当たり前」を、
    ひとつずつ問い直しています。

    「ほんとにそう?」

    と問いかけると、

    今まで見えていなかった
    自分の気持ちに気づくことがあります。

    誰かから正解をもらうためではなく、

    自分の中にある答えに気づくために。

    🌿「ほんとにそう?」12の扉

    12のテーマから、

    自分の中にある思い込みや感情を
    ひとつずつ見つめていくセルフワークです。



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