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書くことは一人でも、この2か月は一人ではつくれなかった

——四つのバトンを受け取って、次の誰かへ

noteを始めて、2か月

今日で、noteを始めてちょうど2か月になります。

最初の記事を投稿した時は、まさか2か月後に、四人の方から同じ企画のバトンを受け取ることになるとは思ってもいませんでした。

記事を書く時は、いつも一人です。

けれど、この2か月を振り返ってみると、決して一人でここまで来たわけではありませんでした。

記事を読んでくださった方。

スキやコメントを届けてくださった方。

私の記事を、誰かに紹介してくださった方。

たくさんの方から受け取ったものが少しずつ重なって、今の私のnoteができているのだと思います。

noteを始めた頃は、心の癖や人間関係について書いた、心理記事を中心に投稿していました。

けれど、あることをきっかけに、自分のこれまでをエッセイとして書くようになりました。

初めて過去のことを書いた時は、少し不安もありました。

私の話を読んで、不快になる方はいないだろうか。

誰かを責めているように見えないだろうか。

重たいと思われないだろうか。

そんなことを考えながら、恐る恐る投稿したのを覚えています。

けれど、皆さまからいただいたのは、過去の私にまでそっと声をかけてくださるような、あたたかな言葉でした。

「よく頑張ってきたね」
「書いてくれてありがとう」
「今、幸せでいてくれてよかった」

ひとつひとつの言葉に励まされながら、私は少しずつ、自分の人生を自分の言葉で書けるようになっていきました。

本当は、今回ご紹介したい方が、もっともっとたくさんいます。

記事を読んでくださった方。

あたたかなコメントをくださった方。

私の過去にまで、やさしい言葉をかけてくださった方。

この2か月でいただいたものは、とても三人だけでは語りきれません。

今回のペイ・フォワードは、そんな皆さまから受け取ったやさしさを、私なりに次へ渡す機会でもあるのだと思っています。


ペイ・フォワード企画と、私に届いた四本のバトン

今回参加させていただくのは、LaLaLaさんが始められた「ペイ・フォワード(恩送り)プロジェクト」です。

企画の詳しい内容は、LaLaLaさんのこちらの記事で紹介されています。

自分が素敵だと思うnoteの書き手を三人紹介し、次の方へご縁をつないでいきます。

受け取った応援を、その人に返すのではなく、次の三人へつないでいく。

ただし、バトンを受け取ったからといって、必ず次へつながなければならないわけではありません。

受け取った方が、ご自身の無理のない形で、自由に扱ってよいものです。

誰かから受け取ったやさしさを、自分のところで止めず、また次の誰かへ渡していく。

そんな思いから生まれた企画です。

記事を通して誰かを紹介し、その記事を読んだ方が、また新しい書き手と出会う。

そんなふうに、noteの中でやさしさとご縁が少しずつ広がっていく、とても素敵な企画です。

「恩送り」という言葉を知った時、私は営業時代の先輩に言われた言葉を思い出しました。

「俺にお礼とか感謝はしなくていい。それは、お前が次に同じような人を見つけた時に、そいつに同じことをしてやれ」

あの時、先輩から受け取ったものも、きっと恩送りだったのだと思います。

私は以前、その先輩とのことをエッセイに書きました。

そして、最初に私へバトンを渡してくださったゆうさんは、この記事を読んで、今回の企画に参加してみようと思ったと書いてくださいました。

先輩から私へ。

私が書いた記事から、ゆうさんへ。

そして、ゆうさんから、また私のところへ。

言葉がこんなふうに巡って戻ってくることがあるのだと、胸があたたかくなりました。

……と、今でこそきれいにつながったように書いていますが。

実は私、ゆうさんからバトンを受け取ったことに、まったく気づいていませんでした(笑)

ゆうさんから最初にお声をかけていただいた時、LaLaLaさんの企画で、私の記事を紹介したいと言っていただきました。

こういう形で記事を紹介していただくのが初めてだった私は、すっかり舞い上がってしまい、

「わあ、うれしい!」

と、ただただ喜んで終わっていたのです。

その後、ソラさんからペイ・フォワードのバトンをいただきました。

けれど私は、それがゆうさんからご紹介いただいた企画と同じものだとは、まったく気づいていませんでした。

さらにそのあと、松本さんからもバトンをいただきました。

私は自分が二本のバトンを受け取ったつもりで、この記事を8月19日に公開しようと思っていることをソラさんへお伝えしました。

するとソラさんが、私のマガジンを見て、

「すでにこの企画でご紹介されていましたよね!?」

と教えてくださったのです。

ソラさんは、同じ企画のバトンを重ねて渡したことで、かえって私の負担を増やしてしまったのではないかと心配してくださいました。

けれど、その言葉を見た私は、

「あれ? 私、すでにバトンを受け取ってたん?」

と、ようやく気づきました。

確認してみると、ゆうさんの記事の最後には、

この企画は、受け取った応援を次の3人へつないでいく「恩送り」のバトンです。

と、ちゃんと書いてありました。

紹介していただけたことがうれしすぎて、肝心のバトンを見落としていたのです(笑)

しかも、二本だと思い込んでいたバトンは、まさかの三本。

危うく、大切な一本を笑顔で受け取ったまま、置いていくところでした。

しっかりしているように見られることもありますが、こういうところが、たぶん「意外とおっちょこちょいやね」と言われる理由です(笑)

公開前に気づいてくださったソラさんには、本当に感謝です。

そして、この原稿を書いている途中。

今度はハルさんから、思いがけず四本目のバトンをいただきました。

さすがに今回は、すぐにバトンだと気づきました(笑)

二本だと思っていたものが三本になり、最後には四本に。

まさか同じ企画のバトンが、こんなに重なって届くとは思っていませんでした。

ゆうさん、ソラさん、松本さん、ハルさん。

それぞれ違うきっかけで出会った四人から、同じやさしさのバトンをいただけたことを、とてもうれしく思っています。

今回は、四人から受け取った思いを、私なりに、これからも読み続けたい三人の方へつながせていただきます。

その前にまずは、私へバトンを渡してくださった四人をご紹介させてください。


最初のバトンをくださった、ゆうさん

最初にバトンを届けてくださったのは、ゆうさんです。

先ほども少し書いたように、ゆうさんが今回の企画に参加してみようと思ったきっかけの一つが、私が営業時代の先輩について書いた記事でした。

先輩から私へ渡された言葉は、記事を通してゆうさんへ届きました。

そして、その記事をきっかけに企画へ参加されたゆうさんが、今度は私にもバトンを渡してくださいました。

私はそのバトンに気づかず、紹介していただけたことだけを喜んでいたのですが(笑)、あらためて考えると、とても不思議で、あたたかい巡り合わせだったと思います。

ゆうさんは、ご自身のうつ病の経験をもとに、「あの頃の自分に届けたかった言葉」を書いておられます。

お母さまがくも膜下出血で倒れられたことをきっかけに、片付けや心の持ち方、引き寄せなどにも関心を持つようになったそうです。

けれど、ゆうさんは、ご自身が経験したことを「これが正しい」とは決して言い切りません。

お母さまが回復されたことについても、治療やお母さま自身の生命力、医療スタッフの方々への感謝をきちんと書いたうえで、自分にとっては、環境を整えることが心を支えてくれたのだと綴られていました。

信じることを押しつけるのではなく、

「たまたまかもしれない。でも、少し心が軽くなるなら、やってみてもいいかもしれない」

という余白を残してくれる。

私は、そんなところに、ゆうさんの誠実なお人柄を感じています。

ゆうさんの文章は、つらい人を無理に元気にさせようとはしません。

少し離れたところから励ますというより、すぐ隣に座って、心地よい大阪弁で話しかけてもらっているような文章です。

先日コメントを交わした時、ゆうさんも「近くで話しかけているような感じになったら」と思いながら書いていると教えてくださいました。

私が感じていたあの心地よい近さは、ゆうさんが、届けたい相手を思い浮かべながら大切に作っている距離だったのだと思います。

落ち込む日があっても、また戻ってしまったように感じても、それを「変われていない」と責めなくていい。

毎日では分からなくても、少し前の自分と比べてみれば、気づかないほど小さな変化が見つかるかもしれない。

そんなふうに、焦っている心を急かさず、少しだけ立ち止まらせてくれます。

なかでも、ゆうさんらしさを感じたのが、こちらの記事です。

早く元気にならなければと焦っていた頃のご自身を振り返りながら、心は少し進んで、少し戻って、また少し進んでいくものなのかもしれないと書かれています。

「頑張って変わろう」としている人ではなく、頑張っても変われない自分を責めている人へ向けられた言葉です。

きっとゆうさん自身が、思うように動けない時間を知っているからこそ、簡単に「前を向こう」とは言わないのだと思います。

そして、私の先輩の言葉を読んだ時も、「いい言葉だった」で終わらせず、ご自身もこの企画に参加し、次の誰かへ渡そうとしてくださいました。

受け取ったものを、自分のところで止めずに行動へ変える。

そんなゆうさんからバトンをいただけたことを、とてもうれしく思っています。


二本目のバトンをくださった、ソラさん

ソラさんとの最初のきっかけは、私がソラさんの記事をマガジンに追加したことでした。

その後、ソラさんが私をフォローしてくださり、ほんの短いメッセージを交わしたところから、少しずつお互いの記事を読むようになりました。

ソラさんは、日々の中で感じたことや、猫との暮らし、食べ物や健康、副業や投資のことなど、幅広いテーマで書いておられます。

いくつかの記事を続けて読んでいると、ソラさんは、当時は気づけなかった誰かのやさしさを、あとから一つずつ拾い直すように文章を書かれる方なのだと感じます。

お母さまを亡くされたあと、ご自身も体調を崩し、入院された経験があります。

退院後は、伯母さまの家でしばらく療養されていました。

伯母さまは毎日ごはんを作り、大きなお肉を残してしまうソラさんのために、食べやすいよう小さく切ってくれていたそうです。

その頃は目の前のことで精いっぱいだったけれど、振り返ってみれば、思っていた以上にたくさんの人が気にかけてくれていた。

ソラさんは、ご自身の頑張りだけで立ち直った話にするのではなく、あの時、自分を支えてくれていた人のことも、ちゃんと文章の中に残しておられます。

そして、その療養中に出会ったのが、伯母さまの家にいた一匹のハチワレ猫でした。

まだ身体を起こしているのもつらかった頃、猫を見ている時間だけは、何かを頑張らなくてもよかった。

その猫は、ソラさんの体調が崩れている時に限って鳴き、伯母さまを部屋まで連れてくるような仕草をすることもあったそうです。

一方で、猫自身が体調のつらい時期には、今度はソラさんのそばにぴったりと座っていた。

どちらかが一方的に助けたというより、言葉を持たない者同士が、しんどい時間をそばで一緒にやり過ごしていたようにも感じました。

猫は、眠い時には眠り、動きたい時には動く。

呼んでも来ない日があるのに、何もしていない時にふいに隣へ座る。

そんな姿を見ながら、ソラさんも少しずつ、「今日できないなら、できない日でいい」と思えるようになったそうです。

伯母さまの家を出たあと、その猫が、ソラさんの使っていた部屋の前で鳴いていたこともあったといいます。

再び会いに行けば、玄関まで迎えに来てくれる。

けれど、しばらくすると、またいつもの自分のペースに戻っていく。

その様子を「覚えてくれてるみたいで(たぶん)」と書かれているところにも、ソラさんらしい、控えめであたたかなまなざしが表れている気がしました。

ソラさんは、noteでコメントをいただいた時も、最初は返信の仕方を慌てて調べたそうです。

ご自身からコメントをすることにも緊張し、記事を投稿するたびに「こんなことを書いて大丈夫だろうか」とためらうこともあったといいます。

それでも、誰かから受け取った言葉に安心し、今度はご自身も、無理のない範囲で少しずつ言葉を届けるようになりました。

今回のペイ・フォワードの記事でも、私の文章を読んでどんな気持ちになったのかを、とても丁寧に書いてくださいました。

あとから、私がすでに別の方から同じ企画のバトンを受け取っていたことを知り、二本も渡すことで負担を増やしてしまったのではないかと心配されていました。

けれど実際には、ソラさんが気づいてくださらなければ、私は最初の一本が届いていたことにも気づかないまま、この記事を公開していたかもしれません(笑)

ソラさんから届いたのは、二本目のバトンだけではありませんでした。

すでに自分の手元に届いていたやさしさを、見つけて教えてくださった。

それもまた、ソラさんらしい恩送りだったように思います。


三本目のバトンをくださった、松本 瞬さん

松本さんとの出会いは、私の記事にいただいた、あたたかなコメントがきっかけでした。

そのあと、松本さんがnoteを始めて二か月の節目に書かれた記事を読みに伺いました。

松本さんは、長年ケアマネジャーとして、高齢者の方やご家族の暮らしに寄り添う仕事をしてこられました。

人の話を聞くことは得意でも、ご自身の思いをまっすぐに出すことは、あまり得意ではなかったそうです。

けれどnoteでは、少しずつ、ご自身の言葉でこれまでの人生を振り返られるようになりました。

この記事には、幼い頃から、お母さまを困らせないように我慢してきたこと。

そして、ご自身が無理をして頑張る姿を見せることで、娘さんにも同じような頑張り方をさせていたのではないかと気づいたことが書かれていました。

お母さまへの愛情も、ご自身が満たされなかった気持ちも、どちらか一方を間違いにすることなく見つめておられます。

私にも重なるところが多く、親への愛情があるからこそ、つらかった気持ちを認めることにも罪悪感が生まれることに、とても共感しました。

その時、松本さんからいただいた返信に、こんな言葉がありました。

勝手に親戚のおばさんのような気持ちになって……

過去の私にまで、「よく頑張ってきたね」と抱きしめるような言葉をかけてくださいました。

思わず笑いながら、胸があたたかくなったのを覚えています。

ただ、そのあとに分かったのですが、松本さんは、私が思っていたよりずっと年齢の近い方でした🤣

親戚のおばさんというより、少し年上の、頼れる親戚のお姉さんくらいだったのかもしれません(笑)

松本さんの記事には、幼い頃のことや、お母さまとの関係、娘さんへの思いなど、ご自身の心の奥を見つめて書かれたものがたくさんあります。

その中でも、私が松本さんらしさを強く感じたのが、こちらの記事でした。

この記事では、吉本ばななさんの本にご自身を重ねながら、「娘としての思い」と「母としての思い」の両方を見つめておられます。

お母さまへの愛情も、幼い頃に満たされなかった思いも、どちらかをなかったことにせず、ご自身の言葉で見つめておられるところに、松本さんの誠実さを感じました。

そんな深い文章を書かれる一方で、松本さんの記事には、思わず笑ってしまうような日常もたくさん登場します。

99円のさつま芋から、しずかちゃんが焼き芋を恥ずかしがる理由を考え始めたかと思えば、カツ丼やうな重だった場合まで妄想してみたり。

枕に頭を乗せて眠る愛犬との時間を、まるで恋愛ドラマのように書いてみたり。

自転車で突っ込んできたお爺さんに「危ねぇんだよ」と言われ、とっさにドスのきいた声で、

どっちが⁉️

と言い返したご自身に驚いていたこともありました(笑)

ご自身の半生を書いたものの、創作大賞への応募を見送った時には、

不本意ですが、作家は誕生しませんでした😂

と書きながら、「80歳で作家デビューもなんかかっこいい」と、夢を未来へ持ち越しておられます。

苦しかったことを、無理に明るい話に変えるわけではない。

けれど、苦しさだけにご自身を閉じ込めず、最後には少し笑える場所まで戻ってくる。

その明るさとしなやかさが、松本さんの文章の魅力なのだと思います。

今回のペイ・フォワードの記事でも、私の文章を「同じ経験をしてきた人にとっての道しるべ」と紹介してくださいました。

本の中で出会った言葉を大切にしてこられた松本さんだからこそ、誰かが差し出した言葉も、こんなふうに丁寧に受け取ってくださるのかもしれません。

あの時、親戚のおばさんのような気持ちで過去の私に声をかけてくださった松本さんから、今度は、やさしさのバトンを受け取りました。

松本さん、本当にありがとうございました。


四本目のバトンをくださった、ハルさん

届けてくださったのは、ペットロスやグリーフについて学びながら、同じ思いを抱える方へ情報を届けている、ハルさんです。

ハルさんは、七年前に愛兎のハルちゃんを亡くし、深い喪失感を経験されました。

大切な家族を失った悲しみを「たかがペット」と軽く扱われ、さらに傷つくことを恐れて、信頼できる人にしか話せなかったそうです。

理解してほしい。

けれど、話すことで傷つきたくない。

その両方を経験したハルさんは、ペットを亡くした方が、安心して悲しみを話せる場所を作ろうと考えました。

「ペットロスの“正解”を教えない場所を作りたかった理由」

ハルさんは、ペットロスを「克服するもの」や「乗り越えるもの」とは捉えておられません。

悲しみは消えてなくなるのではなく、時に痛みになり、時にあたたかな記憶になりながら、形を変えて心の中に残っていく。

だからこそ、一人ひとりに違うその過程へ、外側から正解を押しつけないことを大切にされています。

現在は、ご自身で「ペットロス・ハートケアインフォ」というサイトを運営し、地域でペットロスについて安心して話せる「お話会」も開いておられます。

その活動を知ってもらうため、公共施設や動物病院へ、ご自身で作ったチラシを持って回られました。

その中には、七年前、ハルちゃんを看取った動物病院もありました。

長い間、どうしても足を運べなかった場所で、当時お世話になった院長先生へ、七年越しに感謝を伝えたことも記事にされています。

ハルちゃんを失った経験から始まった活動が、かつて支えてくれた方へ感謝を返す道にもなり、また誰かの悲しみに寄り添う力へとつながっている。

亡くなったあとも、ハルちゃんは姿を変えて、ハルさんの生き方や行動の中にいるのだと思いました。

そんなハルさんが、初めてご自身でお話会を開催した時、参加者は一人も来なかったそうです。

「ペットロスお話会を開催しました。参加者0人でしたが、いいのです。」

けれどハルさんは、その結果を隠すことなく、

でも、『それも、いいんだ』って思っています。

と書かれていました。

その近くに、今すぐ相談が必要なほど悲しんでいる人がいなかったのなら、それもよいことかもしれない。

それでも、いつか必要とする誰かのために、場所を開け続けることには意味がある。

ハルさんは、ご自身がなりたい存在を、「助ける人」ではなく、よろめいた時に、たまたま隣にあった椅子のようなものだと表現されています。

もたれかかってもいい。

そのまま少し座って休んでもいい。

体勢が整ったら、また自分の足で立ち上がっていけばいい。

引っ張るのでも、正しい方向を教えるのでもなく、必要な時に、ただそこにある。

「前向きにならなくてもいい」と伝えるハルさんらしい、静かな支え方だと思いました。

今回ハルさんは、「ペットさんと飼い主様のために」という共通する思いを持つ三人のうちの一人として、私のお手入れ教室をご紹介くださいました。

私が目指しているものを、

「ペットさん」と「飼い主様」の愛情と健康をつなぐバトン

と表現してくださったことが、とてもうれしかったです。

お礼を伝えると、最初に、

まぁ、モテモテですね🤭❤️

と返してくださる、お茶目な一面もありました(笑)

けれど、バトンを渡した三人が負担を感じないよう、「参加の意思表示も不要」「すべてスルーでも大丈夫」と、何重にも逃げ道を用意してくださっています。

悲しんでいる人へ正解を押しつけないことも、バトンを受け取った人へ次の行動を強制しないことも、ハルさんの中では、きっと同じやさしさから生まれているのだと思います。

ペットロスを経験した方が、安心して立ち止まれる場所を作ろうとしているハルさんから、今度は私が、やさしさのバトンを受け取りました。

ハルさん、本当にありがとうございました。


四人の方から受け取った、やさしさのバトン。

今度は私が、これまでnoteで出会った中から、「この方のことを、もっとたくさんの人に知ってほしい」と思った三人の方へ、つないでいきたいと思います。

書かれていることも、文章の雰囲気も、それぞれ違います。

けれど、私がその方の言葉に触れた時、心に残ったものがありました。

ここからは、その方との出会いと一緒に、お一人ずつご紹介させてください。


バトンをお渡ししたい、supibitoさん

supibitoさんのことは、以前から、なぜか気になっていました。

supibitoさんのnote

書かれているのは、誰かと比べて苦しくなった時や、自分にないものばかりが目につく時に、そっと心をゆるめてくれるような言葉です。

「もう持っているもの」

「苦しいのは、誰かの基準で生きているからかもしれない」

「あなたの優しさは、何色?」

どの記事にも、読む人の心を少しでもあたためたいという思いが流れています。

けれど私は、記事に書かれた言葉だけではなく、その向こうにいるsupibitoさんご自身のことも、いつの間にか見ていたのだと思います。

supibitoさんは、文章を書くだけでなく、その言葉をどうすれば必要な人に届けられるのか、いろいろな形を試しておられました。

有料記事を書いたり、メンバーシップを始めたり。

ひとつの形をいったん終えることになったあとも、そこで歩みを止めるのではなく、また別の方法を考えておられました。

もちろん、私には、画面の向こうにある本当の迷いや苦労までは分かりません。

それでも、書き方や届け方を変えながら、その時のご自身にできることを探しておられる姿が、とても印象に残っていました。

うまくいったことだけをきれいに並べるのではなく、迷っている途中も、そのまま言葉にする。

立ち止まったり、ひとつの形を手放したりしながら、それでも「では、次はどうしよう」と、また前を向こうとする。

その姿に、私は知らないうちに惹かれていたのかもしれません。

そんなsupibitoさんのことが、少し近くに感じられたのが、こちらの記事でした。

「あの頃は、素直になれなかった。」

いつものように、読む人へやさしい言葉を差し出す記事とは少し違い、この文章では、素直になれなかった頃のご自身の経験を振り返っておられます。

いつも届けてくださるやさしい言葉も、きれいな言葉を並べているのではなく、supibitoさんご自身の経験から生まれたものなのだと感じました。

その時、私はようやく、なぜこの方のことがずっと気になっていたのか、少し分かったような気がしました。

supibitoさんのプロフィールには、

経験なしでは語れない

と書かれています。

ご自身が経験してきたことを、今度は誰かの心に届く言葉へ変えておられる。

出来上がった答えだけを並べるのではなく、試してみて感じたことや、まだ考えている途中のことも、その時々の言葉で書かれています。

私が惹かれていたのは、届けられるやさしい言葉だけではなく、その向こうで、試行錯誤しながら歩みを止めないsupibitoさんの姿だったのだと思います。

固定記事の「人のぬくもりは、どこへ行ったんだろう」を読んでいると、supibitoさんがつくりたいのは、単に心が軽くなる言葉を並べる場所ではないのかもしれない、と感じます。

誰かと誰かのあいだに、ほんの少しでもぬくもりが残る場所。

ご自身もいろいろな形を試しながら、そこへ向かって、そっと手を伸ばし続けておられます。

私もまた、その姿を見守りながら、知らないうちに小さなぬくもりを受け取っていました。

今度は私から、supibitoさんへ。

やさしさのバトンをお渡ししたいと思います。


バトンをお渡ししたい、紫の花園で夢を語るさん

紫の花園さんは、心の闇や命の儚さ、人が生きる中で抱える揺れを、幻想的な言葉で描かれる方です。

紫、薄紅、月、風、雫——。

その詩には、色や光、自然の情景がたくさん登場します。

けれど、ただ美しい世界を描いているだけではありません。

怒りや憎しみ、自分の中にある醜さや弱さからも目をそらさず、それらを抱えたまま生きることを、まっすぐに見つめておられます。

こちらの詩では、完璧ではない自分も、曖昧に揺れる心も、そのまま受け止めながら歩いていく姿が描かれていました。

「間(あわい)」

受け止めて 受け入れて 茨の路をも 幸せ色に染める…

この一節を読んだ時、つらかった出来事を無理に「よかったこと」へ塗り替えるのではなく、痛みも闇も抱えたまま、自分の中で少しずつ違う色に変えていく方なのだと感じました。

自己紹介には、「波乱の人生を歩んできました」と書かれています。

起きたことを糧にして生きていきたい。

けれど、いつもその通りにできるわけではない。

思考はそうでも、まだ実行出来ていない、不完全な人間です

そう書かれているところにも、紫の花園さんらしさを感じます。

何かを悟った人のように、自分を立派に見せるのではありません。

自分の弱さも不完全さも分かったうえで、「それでも、そうありたい」と書いておられる。

私は、その正直さに惹かれました。

「自己紹介」

紫の花園さんは、人それぞれ考え方が違っていていいと書かれています。

お互いを否定せず、影響を受けながら生きていけたらいい。

その一方で、ご自身が大切にしていることや、してほしくないことは、きちんと言葉にされています。

誰にでも合わせるのではなく、自分の境界線を持ったうえで、相手の違いも尊重する。

その姿勢にも、静かな強さを感じました。

そして、そんな深い詩を書かれる紫の花園さんですが、コメント欄でお話しすると、驚くほど軽やかです。

おサボり常習犯でぇ〜す(笑)🤭

体調がすぐれず、思うように動けない時にも、「できなくて申し訳ない」とご自身を追い立てるのではなく、こんなふうに笑っておられます。

通院の記事でも、治療にはまだ数年かかると聞きながら、

ま、仕方ないわぁ😅😅😅

と受け止め、帰宅後は疲れてうとうと。

それでも、お料理やお掃除が少しずつできるようになったことを、素直に喜んでおられました。

詩の中では、心の闇や無常、命の儚さを見つめる。

日常では、疲れたら休み、「おサボり常習犯」と笑う。

そのどちらも、同じ紫の花園さんです。

深いことを書く人が、いつも深刻な顔をしていなくてもいい。

つらい経験をしてきた人が、強く立派な人でい続けなくてもいい。

自分の闇を知っていても、笑って、休んで、軽やかに暮らしていい。

紫の花園さんは、それを言葉で教えようとするのではなく、ご自身の生き方の中で、自然に見せてくださっているように思います。

深いことを深刻ぶらずに語り、自分の闇さえも、重荷のように背負って見せない。

私は、そんな紫の花園さんの佇まいを、なんだかとてもかっこいいと思いました。

これからも、幻想的な詩の世界と、ときどき現れる「おサボり常習犯」の軽やかな言葉を、楽しみにしています。

紫の花園さんへ、感謝を込めて。

やさしさのバトンを、お渡しします。


バトンをお渡ししたい、王様記録係の猫さん🐈‍⬛

最後にご紹介したいのは、つい最近noteで出会った、王様記録係の猫さんです。

プロフィールには、こう書かれています。

うちの旦那(裸の王様)と私の「話が噛み合わない出来事」を、黒猫視点で記録しています🐈‍⬛🪶

旦那さまは「裸の王様」。

ご自身は「奥様」。

そして、夫婦の間で起きた出来事を、そばで見ていた黒猫が淡々と記録していく。

もう、この説明を読んだだけで気になってしまいました(笑)

まずは、こちらの自己紹介から読んでいただけたらと思います。

「【ご挨拶】王様記録係の猫と申します🐈‍⬛🐾」

王様記録係の猫さんの記事では、夫婦の間で交わされた、少し噛み合わない会話が「当屋敷の記録」として綴られています。

黒猫は少し堅苦しく、いつも冷静です。

けれど、その慇懃な語り口の奥から、奥様の怒りや呆れ、傷ついた気持ちがじわじわと伝わってきます。

その中でも、私が特に印象に残ったのが、こちらの記事でした。

「【記録03】旦那様、その『また』は何を指しているのでございますか。」

奥様が初めての妊娠で、お腹の子が女の子だと分かった時。

旦那さまが口にしたのは、

「また女?」

という一言でした。

そこで奥様は、たいへん冷静にお尋ねになります。

「その“また”は、どこにかかってるの?」

そして黒猫は、この発言を国語の問題にしてしまいます。

【問1】
次の文章における「また」が指すものを、家族構成を踏まえて答えなさい。

思わず笑ってしまいました🤣

けれど、この記事がただ旦那さまを笑いものにして終わらないところにも、私は惹かれました。

奥様のつわりがひどかった時、食べられそうなものを買ってきてくれたこと。

キレートレモンやジンジャーエールがよいと聞けば、それも買ってきてくれたこと。

旦那さまがしてくれたことも、きちんと書かれています。

腹の立つ一言は、腹の立つ一言として残す。

だからといって、その一言だけで相手の全部を悪者にはしない。

その距離の取り方に、この方の誠実さを感じました。

黒猫という存在は、単なる楽しい設定ではないのだと思います。

夫婦の間で起きた出来事を、傷ついた奥様の目線だけではなく、そばで見ていた黒猫の目を借りて、少し離れた場所から眺め直す。

怒りや傷つきをなかったことにはせず、それでも最後には、少し笑える記録に変えていく。

その書き方が、とても面白いのです。

さらに驚いたのは、その世界観が記事の中だけで終わっていないことでした。

私が記事をマガジンに加えた時にも、

当屋敷の記録をマガジンに加えていただき
まだ記録を始めたばかりの小さな屋敷でございますので
記録係として大変嬉しく思っております🐾

と、コメント欄でも徹底して「王様記録係の猫」としてお返事をくださいました。

ここまで、一度も素に戻りません(笑)

どうやらこの黒猫さん、記事を書いている時だけ現れるのではなく、noteの中で本当に記録係として暮らしているようです🤣

王様記録係の猫さんを選んだのは、始めたばかりの方だからではありません。

まだ数ページしか開かれていない記録帳の中に、すでにこの方にしか書けない世界ができていたからです。

これから当屋敷でどんな出来事が起こり、黒猫さんがどんなふうに記録していくのか。

私も、続きを楽しみにしています🐈‍⬛

王様記録係の猫さんへ、感謝を込めて。

やさしさのバトンを、お渡しします。


おわりに

今回、ゆうさん、ソラさん、松本さん、ハルさんからいただいたバトンを、私なりに三人の方へつながせていただきました。

この記事をきっかけに、どなたかの文章を読みに行ってくださる方がいたら、とてもうれしいです。

そして、今回ご紹介させていただいた三人の方へ。

突然のお声がけになりますが、バトンを次へつなぐかどうかは、もちろん自由です。

この記事でご紹介させていただいたことだけ、気軽に受け取っていただけたらうれしいです😊

私にバトンを渡してくださった、ゆうさん、ソラさん、松本さん、ハルさん。

そして、noteを始めてから出会ってくださった皆さま。

いつも本当にありがとうございます。

書く時は一人でも、この2か月は、一人ではつくれなかった。

あらためて、そう思います。

受け取ったやさしさを、今度は私から、次の方へ。

このご縁が、またどこかで新しいご縁につながっていきますように🌸





✨ ペイ・フォワード プロジェクトに参加中 ✨

この企画は、受け取った応援を次の3人へつないでいく「恩送り」のバトンです

。

たくさんの素敵な出会いと、温かいコメントがnoteの中に広がっていきますように。
みなさんのご参加をお待ちしています!






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