
“身を守る強さ”について
ある出来事をきっかけに、
「強くありたい」という感覚をかなり意識するようになりました。
別にオラついたり、
喧嘩したりしたいわけではありません。
人間は「理性で行動しています。」みたいな顔をしているけれども、
やはりどこかで、結局は動物に過ぎないとも思っています。
人は誰でも、
「この人には、どこまで踏み込めるか」
「この人には、どこまで押しても大丈夫か」
「この人には、どこまで雑に接しても許されるか」
といった判断を、
無意識に行っているようにも見えます。
言い方は悪いかもしれませんが、
「こいつには何を言っても大丈夫そう」
「押せばこの人は引く」
「この人はやり返してこなさそう」
といった感覚に近いのかもしれません。
それは男同士でも、
女同士でも、
男女間でも、
形を変えながら存在している気がします。
もちろん、
・押し返す感覚
・踏み込ませない線引き
・環境選び
・立ち回り
あたりも大事です。
でも、それだけで万事OKだとも思ってはいません。
いざという場面で実際に動ける力とか、
踏んだ場数や乗り越えた経験とか、
身体感覚や圧力への耐性とか、
肝の座りや踏ん張り力とか、
そういう“ワイルドな強さ”も必要だと思います。
あるとき、冗談半分で、
「辞めるときは、刃牙みたいな身体になって、
“お世話になりました”ってお礼参りに行く感覚で辞めたい」
と友人に言ったら笑われましたが、
半分は本音だった気がします。
今回書いた「身を守る強さ」という感覚は、
以前書いた人間関係シリーズとも、どこかで繋がっています。
■人間関係シリーズ
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