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05_石が見てきたもの - 石巻かほく随想コラム「つつじ野」掲載文(2026.05.05)+あとがき

    宮城県石巻市の地方紙「石巻かほく」の随想コラム「つつじ野」に、2026年4月7日から寄稿させていただいています。このnoteでは掲載された文章と、書ききれなかったことや執筆時に考えていたことなどを掲載していきます。なお、新聞掲載時には規定により一部の漢字表記などが変更されましたが、こちらでは原稿のまま掲載いたします。

    掲載文「石が見てきたもの」

    父は生前、雄勝石の屋根材の加工と施工の仕事に誇りを持っていました。明治期の建築に多く使われた石板葺の屋根の修復や復元に携わり、各地へ出張することも多くありました。

    東京駅の復原もその一つでした。中学生くらいの頃から父は頻繁に東京へ通っていた記憶があります。屋根材の再利用や新たな加工を進め、出荷と施工の準備が進んでいました。

    その矢先の2011年3月11日、東日本大震災が発生しました。私たちは石巻の自宅で被災し、しばらく外に出ることも出来ない状況が続きました。断片的に入る情報から、雄勝の被害が甚大であることを知りました。
    やがて父は雄勝へ向かい、戻ってきた時にこう言いました。「石だけが残っていた。工場は無くなっていたが、石だけが残っていた」と。

    流された工場の跡で、屋根材の石は残っていました。波にさらされた
    その石は、それでも形を保っていました。父は「あの石を何としてでも
    東京駅へ」と静かに言いました。

    その後、全国や地元から立場を超えた多くの人が集まり、石の洗浄や選別が行われました。震災の中で集まった人の手によって、一つ一つの石が再び使えるよう整えられていきました。多くの人の手で、長い時間をかけて作業が続きました。そうして雄勝石は無事に出荷され、屋根として再び使われることになりました。

    2012年の秋、工事が完成した時、父は初めて私の前で涙を流しました。その姿に、仕事だけではなく震災で抱え続けていた全ての思いが滲んでいるように感じました。

    仕事は違えど、父のその生き方は今の私の文化への向き合い方に大きな影響を与えてくれています。

    石巻かほく「つつじ野」2026年5月5日(火)掲載と同内容

    あとがき

    父は東日本大震災までは、仕事のことをあまり詳しく話す人ではありませんでした。出張へ向かう前に「今度は○○へ行ってくる」と現場の話を少し聞く程度で、どのような仕事をしているのかを知る機会はほとんどありませんでしたが、文化財の復元や修復という仕事に静かな誇りを持っていることだけは、伝わってきていました。

    東日本大震災後、出荷を目前にしていた雄勝石が津波を耐えて残っていたことを知った父は、その石を何としてでも東京駅へ届けたいという強い思いを抱いていました。しかし四月頃、「津波を被った石は使えないため、東京駅の屋根は外材を使うことに決まった」という連絡が入ります。その知らせを受けた父の身体を震わせた悔しそうな姿は、今でも忘れられません。

    その後、Twitterやテレビなどでこの状況は多くの方々へ伝わり、全国からたくさんの応援の声が寄せられ外材の決定が覆りました。その後は本編でも書いてあるように、泥や塩を被った石を一枚一枚洗い選別し、再び屋根材として送り出す作業には、本当に多くの人の力が集まりました。東京駅の屋根に葺かれた雄勝石には、石そのものだけではなく、人々の思いも重なっているように感じています。

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    2011年5月 石巻市雄勝町明神
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    2023年9月 東京駅

    東京駅の復原工事が終わってからは、父も少し変わりました。それまでほとんど話さなかった仕事のことを、食事をしながら少しずつ聞かせてくれるようになりました。現場での出来事や職人ならではの話はどれも興味深く、私にとって父の歩んできた道を知る時間でもありました。

    その後、私自身も音楽制作のため京都府庁旧本館を訪れる機会がありました。

    そこは父が修復に携わった建物の一つです。自分の歩む道の先で、父が残した仕事の痕跡に出会えたことは、とても不思議で嬉しい出来事でした。

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    京都府庁舎

    雄勝町の伊達の黒船太鼓には「ペルム幻想(作曲:和泉耕二)」という楽曲があります。テーマは、約二億五千万年前のペルム紀の地層が隆起して生まれた雄勝石が、長い年月の中で何を見てきたのかという壮大なものです。

    今回「石が見てきたもの」という題名を付けた時、この曲のことも自然と思い浮かびました。雄勝石は山の中で悠久の時間を過ごし、人の手によって屋根や硯となり、震災を越え、今も東京駅や京都府庁旧本館をはじめ様々な場所で人々の暮らしを見続けています。

    父が見てきたもの、私が見てきたもの、そのどちらよりも長い時間を石は見つめてきました。そしてこれからも雄勝の石は、静かに新しい時代を見続けていくのだと思います。

    つつじ野掲載文+あとがきリスト


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    四倉 由公彦 (ゆっき) 民俗芸能愛好家/音楽家/サウンドアーティスト 篠笛、和太鼓、ギター、エフェクトなどで即興演奏しています。民俗芸能は鬼剣舞、獅子舞など(主に囃子)をやらせてもらっています。宮城県石巻市出身在住。

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