芋出し画像

【テレビ業界の謎 第8回】テレビで考える、個人メディア時代の「暩利ず責任」

Bambina 採甚担圓です。テレビ業界にスタッフを掟遣する䌚瀟です。

「テレビ業界の謎」シリヌズず題し、業界研究に䜿える、実は意倖ず知られおいない、みょうに詳しいマスコミ知識を公開䞭。

今回は、

テレビで考える、個人メディア時代の「暩利」ず「責任」

に぀いおお話ししたす。

noteも「倧芏暡な情報流通」のなかにある

2026幎8月31日、note株匏䌚瀟は、情報流通プラットフォヌム察凊法に基づく「倧芏暡特定電気通信圹務提䟛者」に指定されたした。

たくさんの人が情報を発信し、流通させる倧芏暡なプラットフォヌムずしお、法埋䞊、䞀定の矩務を負う察象になり、

これたで個人が自由に曞いおいる堎所”に芋えたnoteにも、情報流通の芏暡に応じた制床的責任が課されるようになったずいうこずです。

この件に぀いおは酒犁星人さんの蚘事で詳しく説明されおいたす。

はじめに申し䞊げおおきたすず、
この指定によっお、noterさん䞀人ひずりに新しい法的矩務が盎接課されたわけではありたせん。
note偎に、暩利䟵害の申出ぞの察応を迅速化し、その運甚を透明化するこずが求められるようになった、ずいう話。

かなりざっくばらんにいうず、
「noteくん、もうオトナ(倧芏暡)だね」ずいうこずで、
「通信圹務提䟛者ずしお、気合い入れおいこうぜ」ず、囜が蚀った、ずいうこず。

気合いを入れよう

総務省がこの制床で問題にしおいるもののひず぀が、
むンタヌネット䞊で発生する暩利䟵害です。

「他人のなにか」を扱う行為には気を぀けおいこうね、ず蚀っおいる。

noteで文章を曞く。写真を茉せる。
誰かの蚘事を匕甚する。
ニュヌスに぀いお意芋を曞く。
YouTubeの動画を玹介する。
誰かの発蚀を取り䞊げる。

ナヌザヌが毎日行うこれらのこずに、
暩利䟵害が発生しおいないか、
プラットフォヌム偎も、気合いを入れお芋守りたしょう、ず蚀っおいる。

暩利䟵害。
実はこの件、
テレビが、マスメディアずしお長幎経隓しおきた議論であり問題でもあるのです。

そこで今回は、テレビ制䜜を参考䟋にしながら、
個人がメディアを持぀時代の「暩利」ず「責任」を考えおみようずおもいたす。

ちょっず倧げさに蚀えば、

「情報流通の芏暡に応じた制床的責任」が課されるようになったnoteで、
発信をする「個人メディア」であるわたしたちが、
テレビが経隓しおきたさたざたな事象を、芏暡の違いはあれど、同じように経隓する可胜性はある、ずいうこずです。

その䞭には、
知らなかった、善意で行いたした、では枈たされないこずも発生し、
自分が「暩利加害者」になるこずもありうる。

そうかんがえれば、

テレビの通䟋や、前䟋を確認しおおくこずは、圹に立぀のではないか。

テレビ番組は、暩利だらけ

個人メディアでの発信が、ひず぀ひず぀の「番組」であるず想定した堎合をかんがえながら、
いく぀かの暩利をたずめおみたす。

【noterさん気を぀けポむント】もふくめ、ご玹介したす。

肖像暩

たずえば、街䞭の映像に人が映っおいれば、そこには必ず、
肖像暩が関係しおきたす。
肖像暩ずいうのは、「撮圱されない自由」、「公衚・利甚されない自由」。

人栌暩(プラむバシヌを守る暩利)、
財産暩(パブリシティ暩)
などがふくたれたす。
著名人などの氏名・肖像が持぀顧客誘匕力の独占的利甚は、パブリシティ暩をもずに、行っおいる。

【☆noterさん気を぀けポむント】
著名人の氏名や肖像に぀いおは、肖像に関する人栌的利益に加え、その顧客誘匕力を利甚する堎合には「パブリシティ暩」が問題になるこずがありたす。
タレントさんや圹者さんの写真などを蚘事に掲茉する堎合は、泚意が必芁です。

なおか぀、盲点になりかねないのは、
その写真は、カメラマンが著䜜暩を持っおいるこずがある、ずいうこず。

ちなみに、
街頭むンタビュヌなどを受けたご経隓のある方はご存じかずおもいたす。
取材をおこなうずき、テレビは必ず「承諟曞」をずりたす。

・あなたの肖像を映像に䜿甚しおもいいですか。
・あなたのご意芋を番組に䜿甚しおもいいですか。
・あなたの個人情報を開瀺しおもいいですか。

ずいった内容に、同意するかどうかを本人から盎接確認するものです。

著䜜暩

テレビの堎合、
䜿甚するBGMに関しおも、じ぀はスタッフが利甚蚱諟を取っおいたす。

ここにかかわっおくるのが、JASRAC(䞀般瀟団法人日本音楜著䜜暩協䌚)。
暩利者から委蚗され、定められた著䜜物䜿甚料をたずめお回収し、手数料を陀いた金額を創䜜者ぞ還元する仕事をしおいたす。

音楜以倖だず、むかしから、
画面に映りこむブランドロゎなどにも泚意を払っおいたす。

どこたで䜿うか、ずいう刀断が、メディア偎にゆだねられおいたす。

【☆noterさん気を぀けポむント】
このあたり、非垞に長くなっおしたうので、
䞀芧衚にたずめたす。
ご自身の蚘事ず照らし合わせながら、チェックしおみおください。

「匕甚」ず曞けば、なんでも䜿えるわけではない

「匕甚したした」ず曞けば、なんでも自由に䜿えるわけでは、
実はないのです。

・その郚分を匕甚する「必芁」があるのか。
・どこたでが自分の文章で、どこからが他人の文章なのか、
はっきり「区別」されおいるか。
・自分の文章が「䞻」で、匕甚したものが「埓」になっおいるか。
・必芁以䞊に倧量に䜿っおいないか。

が、チェックポむント。

【☆noterさん気を぀けポむント】
たずえば、
他人の蚘事をほずんど党郚貌り぀けお、最埌に自分の感想を二行曞いお、「匕甚です」
ず曞けば成立するずいうような、単玔なものではない、ずいうこずです。

出兞を曞いた。リンクを貌った。
それだけで、他人の著䜜物を自由に䜿う暩利を手に入れたわけではない。

文章以倖でも、
・他人が撮圱した写真。
・むラストや挫画。
・テレビ番組の画面。
・動画の䞀堎面。
・SNS投皿のスクリヌンショット。

こうしたものにも著䜜物が含たれおいるこずがあり、

「スクショだから倧䞈倫」
「ネットに公開されおいたから倧䞈倫」
ずいう理屈は、
著䜜暩の䞖界ではそれほど䞇胜ではないこずも、芚えおおくずよいかもしれたせん。

「切り抜き問題」に぀いお考える

テレビやむンタヌネットで、
これからさらに重芁になっおくる著䜜暩。

ずくに問題の䞭心になりそうなのは、
切り抜き問題です。

切りぬき問題には、おおきいずころだず、
2぀のパタヌンがかんがえられたす。

①テレビ番組の映像の䞀郚を切り抜いお、攟送やネットに䞊げる堎合。

これはシンプルに、著䜜暩䟵害。
テレビ番組は、「著䜜物」。
暩利者の蚱諟なく玠材ずしお転茉するず、原則ずしお著䜜暩等の䟵害になる可胜性がありたす。もちろん、適法な「匕甚」などに該圓する堎合は別です。
テレビの堎合でも、「他の番組の䞀シヌンを別の番組で無断で䜿甚する」ずいうこずは、できたせん。

②むンタビュヌ映像、文章などを切り抜いお、短く線集する堎合。

映像の切りぬきではなく、「文脈」の切りぬきのパタヌンです。

こちらに぀いおは、noteで蚘事を線集するわたしたちにも、今埌
しっかりかかわっおくる問題ず蚀えたすので、䞋蚘で詳しく。

本圓にその意味で蚀ったのか

2025幎、民攟テレビ局のバラ゚ティ番組で、街頭むンタビュヌを担圓したディレクタヌが、別々の文脈で話された蚀葉を぀なぎ合わせ、取材察象者が実際には発蚀しおいない内容を話したように攟送した問題が発生し、BPOはこれを攟送倫理違反ず刀断したした。

蚀葉そのものは本人の声だったけれど、線集、切りばりによっお、
本人が蚀っおいない意味が䜜られおしたったずいうこずで、個人の尊厳が䟵害されたずいう結論。

noteでも、誰かの蚘事の䞀郚分を持っおくるようなこずはよくありたすね。その匕甚により議論が深たるこずもおおくありたす。
が、

【☆noterさん気を぀けポむント】
たずえば、
・発蚀を䞀行だけ抜き出す。
・ニュヌス蚘事の芋出しだけ玹介する。
・誰かのコメントを匕甚する。

この際に、どれだけ線集者目線でいられるか、は重芁かも。

ここは倧事なのでさらに詳しく曞きたす。

「公開する自由」ず「公開されたものが批評される自由」は、セットで存圚する

テレビ番組は、攟送された瞬間から、芖聎者、新聞、雑誌、むンタヌネット、専門家など、さたざたな立堎から批評されたす。

「そんな意味で䜜ったのではない」
「そこたで深く受け取られるずは思わなかった」

制䜜偎がそう考えおいたずしおも、
公開された番組が、どのように受け取られ、怜蚌され、批評されるかたで、
制䜜偎がコントロヌルするこずはできたせん。

この点は、今埌、
「個人メディア」であるわたしたちにものしかかっおくる問題であるず蚀えたす。

【☆noterさん気を぀けポむント】
① 他人の蚀葉を扱う偎の責任
ず
② 自分の蚀葉を公開する偎の責任
ずで、気を぀ける郚分は倉わりたす。

① 他人の蚀葉を扱う偎の責任

誰かの発蚀や文章を匕甚したり、䞀郚分を切り取っお玹介したりする堎合は、元の意味を倉えおいないかを気にする必芁がありたす。

(䟋)
「絶察にやるべきではない。ただし、緊急の堎合だけは䟋倖だ」
ずいう元の文から、
「ただし、緊急の堎合だけは䟋倖だ」を削陀するず、
「絶察にやるべきではない」になっおしたう。

② 自分の蚀葉を公開する偎の責任

䞀方で、
自分が文章や動画を公開した堎合の態床ずしお、

その内容が、他人から読たれ、怜蚌され、反論され、批評される察象になるこずも、避けられたせん。

「そんな意味で曞いたのではない」
「善意で曞いただけだ」

説明はできたすが、曞いた本人が、その文章の「読たれ方」たで、すべおをコントロヌルできるわけではない。

「個人」であろうず「マス」であろうず、
メディアずしお公開した以䞊、
受け手偎にも、それをどう読むか、どう評䟡するか、批評するか、
ずいう自由がある
、ずいう事実を、
「そういうものである」ず、
腹に力を入れ、肝に銘じおおかないず、
批評を批刀ず受け取っお、過剰に傷぀いおしたうこずにもなりかねたせん。

批評ず批刀の違い。

ほかにも、
自分の解釈を、あたかも本人が実際に口にした蚀葉であるかのように玹介する、「利甚者の声」みたいなものの䜿いかたに぀いおは、
今埌も匕き続き泚意が必芁かず思われたす。

・実圚する利甚者の「ずおも圹に立ちたした」ずいう感想を「人生が倉わりたした」などず過剰に線集したり、
・100人の利甚者のうち絶賛した3人だけを遞んで「党䜓の声がそうであるかのように」䞊べたり、
・郜合のよい䜓隓談だけを匕甚しおむメヌゞ操䜜をする、

ずいう、
個人発信では、「暩利や線集の問題」ずしお、
商業サむトほど意識されにくかった郚分に぀いおは、
noteそのものが倧芏暡な情報流通基盀になったいた、その感芚のたたでいるず、「寝耳に氎」が起こりかねない、ずいうこずです。

孫匕き問題

もヌ、いちいちうるさいぞ、
ず思われるこずを承知で、さらに申し䞊げるず、

匕甚に関しおは、
孫匕きに関しおも、しっかりかんがえおおく方向がいいのかな、ずいう気もしたす。

たずえば、
「ブッダはこう蚀いたした」ずいう文章を䟋にするず、

その曞き手が実際に読んでいるのは、
仏兞ではなく、
䞀般向けの仏教解説曞かもしれないし、AIが蚀っおたのかもしれない。
ずもすれば、「土産物の湯飲みに印刷されおいた文字」かもしれない。

それらはすべお、
「ブッダのこずば」ずしお、蚘事に匕甚できおしたうわけで、
そこにたず第䞀に、
その蚘事が「情報゜ヌスの䞍明瞭さ」を持っおしたいかねない、ずいうこず。

さらに付け加えるず、
その「ブッダの蚀葉」は、
「ブッダの蚀葉だから自由に䜿える」ずは限らず、
もしかするず、蚳者の著䜜物である可胜性も、あるわけです。

この点においおは、
出兞をたどるこずが、
そのたた、「この玠材は誰のものなのか」を確認する䜜業にもなりたすね。

衚珟ず暩利の根っこは、同じずころにある。

テレビが「あなた呌び」をしなくなった理由

ここからは、法埋䞊の暩利ずは少し逞れ、

「呌びかける暩利」

に぀いおかんがえたす。

おおむかし『3時のあなた』なんおいうワむドショヌがあったこずを、ご存じの方もおられるかずおもいたす。

午埌3時にテレビを芋おいる「奥さた」を想定し、䜕癟䞇人もの芖聎者を、ひずりの「あなた」
ずしお呌んでいたわけです。

『䞖にも奇劙な物語』、『叀畑任䞉郎』などで芳たこずがあるかもしれたせん、
番組開始前に、出挔者が「あなたは」ず呌びかける圢匏。
あれはテレビ文化の叀い圢匏ぞのオマヌゞュでもあるわけなのですが、

メディア研究者パディ・スキャネルは、この攟送特有の構造を
“for-anyone-as-someone”――「誰にでも向けられおいるが、䞀人の誰かに向けられおいるように届く構造」ず呌んでいたす。Scannell, “For-anyone-as-someone structures”

珟代たでの「あなた」の倉遷は、
関沢英圊さんの䞋蚘の蚘事に詳しく曞いおいあるので、
興味のあるかたは是非読んでみおください。

䞊蚘の蚘事をもずに、
「あなた」の倉遷を図にするず、こんなかんじです。

「あなた」ず蚀った瞬間、察象倖の人が生たれる

珟圚のテレビでは、䞍特定倚数を『あなた』ず呌ぶ手法が叀くなり、
「テレビの前のあなた」より、「テレビの前のみなさん」ずいう呌びかけが、増えおいたす。

これは、
芖聎者の間に、「画面から呌びかけられるこずの䞍快感」が匷くなったこずが理由の䞀぀ずしお挙げられたす。

芪密さよりも、
勝手にこちらを知っおいる
返答䞍胜なのに問い詰めおくる
発信者が芖聎者の属性を決めおいる

ずいう人工性が露出しおしたうようになっおきた、ずいうこず。

テレビは、リモコンひず぀でチャンネルを倉えられたすので、
その䞍快感から離脱の理由を䞎えおしたうこずにもなりかねない。

「党囜の茶の間」ずいう想定が厩れたのも理由の䞀぀。
リアルタむムテレビぞの䞀日平均接觊時間は、2000幎代の玄200分から、2024幎には116分たで枛少しおいたす。ビデオリサヌチ「テレビ芖聎の倉化2000→2024」

芖聎者は、流れおきた番組を芋る存圚から、怜玢し、予玄し、特定番組を遞ぶ存圚ぞ倉化したした。(法政倧孊「倚メディア時代のテレビ芖聎行動」)

「あなた」ず呌べば党員が振り向く状態ではなくなったのです。

そしお、

テレビ番組内郚の䌚話化。

珟圚の情報番組は、キャスタヌが芖聎者ぞ䞀方向に説くより、叞䌚者、専門家、タレントの䌚話を芖聎者が芗く圢匏になっおいたす。
ニュヌス番組でも、「公的事象の䌚話化」が指摘され、(科孊研究費助成事業「ニュヌス・報道番組の線制モヌドならびに蚀説の分析」)

スタゞオにいる二人に芖聎者を加えた「䞉角圢」ずしお䌚話を䜜る、ずいうかたちで、番組を構成するこずが倚くなっおきおいたす。
叞䌚者ずひな壇芞人の䌚話を眺める、ずいうのは、兞型的な圢匏かもしれたせん。(日本テレビ「芖聎者は叞䌚者にそっぜを向かれた感じがしお」)

珟圚残る「あなた」話法は、

  • テレビ通販

  • 健康食品、矎容、保険

  • 求人

  • 啓発・チャリティヌ

  • 自己啓発、救枈型コンテンツ

などに残っおいるのをよく芋かけたす。

電通報「売れる広告のカギは、『呌びかけ』型の導入にあり」

切迫、勧誘、蚺断、道埳的参加を求める堎面ぞ埌退した話法ずしお、残っおいるのでしょう。

【たずめ】他人を勝手に玠材化しない

テレビが「䞀方的な呌びかけ」から「察等な客芳性」ぞず手法を倉えおきた歎史は、
そのたた「他人や芖聎者を勝手に自分の郜合の良い玠材ずしお扱わない」ための葛藀の歎史でもありたした。

暩利䟵害の問題も、衚珟手法の問題も、根底にある根っこは同じです。

個人がメディアを持぀ずいうこずは、
自分のこずばを自由に発信できるようになるだけではなく、
他人の姿やこずば、経隓や感情たで、
簡単に自分の蚘事のなかぞ持ち蟌めるようになるこずでもあり、

写真を茉せたり、発蚀の䞀郚を切り取たり、
文章を匕甚したりするこずは、

他人を、自分の衚珟を成立させるための「玠材」ずしお扱う行為にも、
なり埗たす。

「公開されおいたから」
「善意で玹介したから」
「誰かの圹に立぀ず思ったから」

それだけで、その人の姿やこずばや人生を、自由に扱えるようになるわけではない、ずいうこずなのでしょう。

個人がメディアを持぀時代に、
発信する自由ずずもに芚えおおきたいのは、

他人を勝手に「玠材化」しない。

ずいうこずかもしれたせん。


テレビを知るず、瀟䌚がわかる。

次回は、第9回「ロケに蚱可が必芁な理由」。
「撮っおいい」ず「出しおいい」の境界を解説したす。


この蚘事が参加しおいる募集