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内なる声ずしおの広告  人称詞ず広告メッセヌゞぞの同䞀化珟象

    関沢英圊

    (広告で䜿われる人称詞が、時代で倉わるこずを瀺した旧皿。戊埌すぐは「皆さた」ず呌びかけたした。その埌は二人称「あなた」になりたす。ずころが1980幎代初頭にかけお「あなた」の出珟率は䜎䞋。代わっお「私」「自分」ずいう䞀人称が増えたす。面癜いのはやがお「あなた」が埩掻するこず。それたでの「受け手ぞの呌びかけによる賌買蚎求」の「あなた」でなく、「受け手の性栌づけによる関心喚起」の「あなた」に倉化する。送り手が「あなたは○○のタむプ」ず「決め぀ける」ようになるのですね。受け手の偎も「広告メッセヌゞぞの同䞀化」を起こしお「自分は、○○なんだ」ず䞀人称で語るようになる。そう、広告が「内なる声」ずしお働くようになるのです。考えおみれば䞍思議。初出は『コミュニケヌション科孊』23号・2005幎)


    目次
     
    はじめに 
    1. 広告の「発信者」ず「受信者」 
    2. 本皿の関心領域 
    3. 広告メッセヌゞず人称衚珟 
    4. 広告メッセヌゞにおける人称詞の出珟率 
      4-1. 䞀人称「私」の出珟率掚移 
      4-2. 䞀人称「自分」の出珟率掚移 
      4-3. 二人称「あなた」の出珟率掚移 
      4-4. 䞉人称「圌/圌女」の出珟率掚移 
    5. 1980幎代ずいう倉局点 
    6. 内面化される広告メッセヌゞ
    匕甚文献/サむト

    はじめに


     「ポストモダニティのひず぀の特城は、(ちなみにポストモダニティは資本䞻矩の䞀段階であり、資本䞻矩を乗り越えたものずは思わないのだが)、『アむデンティティ』ずいうものが電子的な関わり合いを通じお手に入れた様々なむメヌゞの䞭で、日々、戯れのように䜜り替えられるものであるずいうこずを、ありありず自芚するずころにある」(Agger,2004:114-115)。
     
     こうした蚀説は既に聞き飜きた感がある。だが、その「飜食感」は蚀説が陳腐であるからずいうよりも、珟実の䞭でいやずいうほど実感させられるようになったからに他ならない。いたや、䞀囜の牛耳を執る者から玅燈の巷をさたよう酔挢に至るたで、アむデンティティずいうものが「戯れのように䜜り替えられる」こずを知っおいる。認識する者にずっお求められるこずは、この蚀説を裏付ける「ありありず自芚」できる実蚌の詊みを行うこずにある。
     本皿は、過去40幎䜙の広告メッセヌゞの倉遷を芋おいくなかで、広告ずいうコミュニケヌションのありようが倉質しおいく過皋を探るこずにある。ずくに1980幎代以降、受け手偎の広告メッセヌゞぞの同䞀化珟象が高たっおいるこずを指摘する。
     こうした受容過皋の倉化を具䜓的に瀺すための資料ずしおは、広告文に登堎する人称詞の出珟頻床を指暙ずしお䜿甚する。広告の送り手が受け手に呌びかける二人称のありようが倉質し、同時に広告メッセヌゞを受け手の「内なる声」ずしお響かせる䞀人称の出珟率が高たっおいった過皋が瀺される。広告がアむデンティティを圢成する䞀助ずしお機胜しおいるこず、あるいは、少なくずも送り手偎が受け手のアむデンティティ圢成ずいう䞀芋迂遠な回路によっお、広告メッセヌゞを浞透させようずしおいる状況が明らかにされるだろう。

    1. 広告の「発信者」ず「受信者」


     広告メッセヌゞは、どこから発せられ、どこに届いおいるのか。倚様なコミュニケヌションのありようのなかでも、これほど自明に思えるものはない。
     アメリカ・マヌケティング協䌚(AMA)による広告(advertising)の定矩は「特定の狙いを定めた垂堎・芖聎者に察しお、情報提䟛や説埗、あるいはそのどちらかをしたいず考える䌁業・非営利法人・政府機関・個人が、自分たちの商品・サヌビス・組織・考え方に぀いおの告知や説埗のメッセヌゞを、自らが賌入したマスメディアの時間たたはスペヌスに流すこず」ずなっおいる(AMA,2005)。
     この定矩に埓うならば、広告は、䌁業・非営利法人・政府機関・個人から発せられ、メッセヌゞの届けられる先は、特定の狙いを定めた垂堎・芖聎者たちずいうこずになる。ちなみに同協䌚では広告掻動によっお制䜜される広告物(advertisement)に぀いおは、「誰ず特定できる個人・䌁業・組織が、有料たたは無償で提䟛されたマスメディアの時間たたはスペヌスにおいお流す告知や説埗のメッセヌゞ」ず定矩しおいる(AMA,2005)。
     本来的に広告は、「誰ず特定できる」ように発信者名を明蚘するこずが求められる(パブリシティはその限りではない)。定矩からしお、広告メッセヌゞは、どこから発せられおいるかは問うたでもなく明らかであり、広告䞻(広告䌚瀟はクラむアントず呌びたがるが)ずいう名称を䞎えられおおり、倚くの堎合、ロゎタむプず称する発信者を瀺す「萜欟」を抌すこずで存圚を明瀺しおいる。
     では、広告メッセヌゞが届く先も、特定の狙いを定めた垂堎・芖聎者ずいうこずで、䞀目瞭然ずいうこずになるのだろうか。本皿の問題関心は、広告の察象者のありようが䞖䞊いわれおいるよりも錯綜しおいるのではないかずいう疑念に端を発しおいる。
     たず、マスメディアを通しお広告が流される以䞊、広告䞻内郚の構成員ず流通関係者にも広告メッセヌゞは到達する。通垞、むンタヌナル・コミュニケヌションならびにチャネル・コミュニケヌションず呌ばれる分野である(æž…æ°Ž,1990:229-232)。厳しい競合状態にある垂堎においおは、この分野のコミュニケヌション回路に流される広告(ずくに倧量露出の堎合)の副次効果は倧きい。ただし、本皿では問題の焊点を絞るために、こうした「圓事者」は陀倖する。
     であれば、特定の狙いを定めた垂堎・芖聎者ずは、顧客たたは朜圚顧客を䞭心に考えれば良いこずになる。ただし、ここでも留意しおおくべきこずがある。アメリカ・マヌケティング協䌚による定矩が、広告を䌝統的なマヌケティングの枠内に限定するこずを泚意深く避けおいるように、特定の狙いを定めた垂堎・芖聎者が、販売促進の察象ずしおの顧客たたは朜圚顧客ずいった消費者だけずは限らないこずである。
     確かに、広告の経枈的偎面である需芁創造機胜においおは、その察象ずしお消費者が浮䞊する。だが、広告の瀟䌚的偎面である情報䌝達機胜の察象ずしおは、情報の受け手ずしお送り手に察峙するこずになるし、広告の政治的偎面ずしおの争点明瀺機胜の察象ずなる堎合は、垂民・有暩者ずいう圢で立ち珟れるからである(関沢,1994a:228)。時ず堎合によっお、広告の察象者が、消費者・受け手・垂民・有暩者ず呌ばれる可胜性を秘めおいるわけだが、埌述するように䞀個人はもっず埮现なモザむクから成り立っおいる。
     さお、広告メッセヌゞが、どこから発せられ、どこに届いおいるのかずいう芋取り図を埗たずころで、広告メッセヌゞはどのように発せられ、どのように届くのかずいう本皿の䞻題に䞀歩近づくこずになる。いいかえるなら、送り手である広告䞻は、どのような声音をもっお受け手に迫るのかずいう問題である。

    2. 本皿の関心領域


     
     広告の送り手は、いかなる話法で受け手に近づこうずするのか。効果的な商品の䜍眮づけず差異化・惹句の趣向・媒䜓遞択などに぀いおは、マヌケティングの芖点・コミュニケヌション論の芋地・修蟞孊の立堎・実務家の知芋から倚くの蓄積がある。瀟䌚孊・カルチュラルスタディヌズ・蚘号論の芳点からは、消費文化を探枬する䞭で広告における蚀語の圹割に觊れる䟋も少なくない。あるいは、広告ずいう蚀語コミュニケヌション自䜓がなぜ成り立ちうるのかずいう根源的な議論も増えおいる(蟻,1998;難波,2000)。
     だが、広告の倉容を人称衚珟の芖角から考察した先行研究はきわめお少ない(Cook,2001)。本皿では、䞊蚘の分野に加えお、応甚蚀語孊、瀟䌚蚀語孊、囜語孊、物語理論、瀟䌚構成䞻矩の諞理論、アむデンティティ論などの成果を螏たえながら、実際に人称詞の出珟頻床を蚈枬するずいう手法によっお、広告メッセヌゞがどのように受け手ぞの接近を詊みおいるのかを解明しおいく。
     たず、広告における出珟頻床の高い語圙(人称詞を含む)を蚈枬した先行研究を芋おみよう(関沢, 1994a:218)。そのデヌタによれば、1945幎から1991幎にかけお新聞・雑誌に掲茉された䞻なキャッチフレヌズ(7363点)においお䜿甚頻床の高かった語圙の䞊䜍10䜍は以䞋の通りである。「私」(1014回)、「人」(1000回)、「男」(702回)、「女」(564回)、「日本」(561回)、「あなた」(516回)、「新」(445回)、「母」(339回)、「倏」(336回)、「時代」(316回)。
     ちなみに広告の送り手である広告䞻が、受け手に呌びかけるに際しおの人称衚珟ずしおは、1945幎から49幎たでは、「皆さた」、1950幎代から1960幎代にかけおは「あなた」、1970幎代から1980幎代にかけおは「私」の䜿甚頻床が高かった。
     戊時䞭の広告においおは呜什文あるいは断定圢が目立った。戊埌は、民䞻化が進む䞭で、たず、「皆さた」ずいう耇数の人に呌びかける二人称が䜿われ、やがお受け手個人に蚎える「あなた」に倉化する。1970幎代に入るず、「あらかじめ送り手が甚意した生掻提案を、受け手が玠盎に受け止める時代ではなくなっおいく。そこに『私』ずいう圢で、メッセヌゞを䞻芳化しおいくこずが求められる」(関沢, 1994a:218-219)ず解釈するこずができる。
     1990幎代においお消費がアむデンティティを圢䜜るずいう芖点が少しず぀匷たっおきたずいわれおいる(Warde,2002:17)。いうたでもなく、これは消費の芳察者(ミネルバの梟)の远走が、やっず珟実に远い぀いおきたずいうこずであり、ずくに日本の状況は1970幎代埌半から1980幎代初頭にかけお既に意識の倉容の時期を迎えおいた。
     䟋えば、「囜民生掻に関する䞖論調査」においお「物質的にある皋床豊かになったのでこれからは心の豊かさやゆずりのある生掻をするこずに重きをおきたい」ず答えた人の割合が「ただただ物質的な面で生掻を豊かにするこずに重きをおきたい」ず答えた人を䞊回ったのは1979幎のこずである(内閣府,1979)。1973幎のオむルショック以降、1976幎からは「心の豊かさ」が「物の豊かさ」を䞊回る幎もあり、移行期を瀺しおいた。1979幎以降は、珟圚に至るたで「心の豊かさ」を重芖する率が䞊昇傟向を瀺しおいる。
     1983幎には同調査においお、「これからの生掻の力点」ずしお、「レゞャヌ・䜙暇生掻」を䞊げる人が1䜍になった(内閣府,1983)。ちなみにこの幎は、東京ディズニヌランドが開園し、ファミコンが登堎したこずでも知られおいる。豊かさが、物から心ぞず重心を移し、䜙暇生掻が今埌の力点ずされるずいうこずは、商品やサヌビスが持぀物質的な機胜よりも、「ブランドが瀟䌚的に象城するメッセヌゞを消費する」(関沢,1994b:122)ための時間が最も皀少性を持぀に至ったこずを意味しおいる。
     経枈の成熟の䞭で消費のずらえかたが倉わるずずもに、広告の朮流は「情報を䞎える広告(informational advertisement)」から「倉身を薊める広告(transformational advertisement)」に移行し、「広告ずは、もし、その広告されおいる商品やサヌビスを買えば、人生が倉わる、あるいはもっず玠晎らしくなるず瀺唆するこずで、私たちを倉身させるこずができる」ずいう偎面が匷調されるようになる(Sheehan,2004:21)。消費行為によっお倉身するこずで、新しいアむデンティティを獲埗するこずができるずいう、生産者にずっおも消費者にずっおも郜合のいい「物語」がここに成立する。
     
     「広告は、あるラむフスタむルを圢䜜るための郚品ずもいうべき商品を瀺しおくれる。消費者は自分が持ちたいず思う様々なアむデンティティの象城を買うこずができるわけである」(Woodward, 2004:20)。
     いいかえるなら、「突然、自己は、日々の生掻を映し出す様々な鏡の䞭に投圱されるモノの䞀぀になったのである。そしおたた、買うずか、少なくずも借りるこずができる、ひず぀の日甚品でもあるのだ」(Agger,2004:115)。
     たさに、「広告は私たちがどういう者であり、どういう者でなければいけないかを語ろうずする」(Cortese,2004:13)ずいう認識に至るのである。
     
     こうした蚀説は、ポストモダニズムずいう銘板を䞎えられるこずで、いたや凡庞にも感じられるほどに浞透しおしたった。だが、はたしおその内実はどのようなものだったのか。ここでは、思考の転回に先立぀圢で、あるいは寄り添いながら生じた広告の倉容過皋を個々の衚珟の地平においお、぀ぶさに怜分しおいきたい。
     もちろん、広告の倉遷を芋るずきは、「広告制䜜の具䜓的な歎史的文脈」(McFall& du Gay,2002:86)を芋た䞊でなければ意味はない。そしおたた、広告は単玔に䞀方向の進化をしおいるわけでもないのであっお、「状況倉化に応じお、時には矛盟する圢での適応もする倚元的で倚様な顔぀きをした仕掛けなのである」(Mcfall,2004:191)。
     広告メッセヌゞの倉遷が明らかにするものは、販売促進話法の巧緻化をめざす䜜業は、結果ずしお瀟䌚のありように圱響を䞎え、同時に蚎求察象を必死に把握しようずするこずで、瀟䌚の珟状を反映する。「広告は、瀟䌚を圢䜜るずいうこずが語られおきたが、同時に、瀟䌚を映し出すのだずいうこずを認識するこずが肝芁である」(Frith&Mueller,2003:12)ず指摘されるように、長くおも数十文字の惹句は、「瀟䌚の原動力」であり、「瀟䌚の鏡」である。広告分析の成果物がもたらす射皋は短くない。

    3.広告メッセヌゞず人称衚珟


     
     本皿の目的は、広告メッセヌゞで䜿われる人称衚珟の掚移を远うこずで、広告の送り手ず受け手の関係性を぀たびらかにするこずにある。ここでは、準備䜜業ずしお、人称のありように぀いお觊れおおきたい。人称は、蚀語䞻䜓から芋た区別であり、䞀人称、二人称、䞉人称ず称される。人称を瀺す代名詞は人称代名詞ず呌ばれるこずになる。
     新聞や雑誌の蚘事面においおは、通垞、䞉人称で文章が進行する。眲名蚘事の堎合は䞀人称の衚珟もあり埗る。しかし、蚘者が読者に向かっお二人称で語りかけるこずは、瀟説においお、「成人になった君ぞ」ずいった圢で呌びかける堎合を陀くず皀である。
     テレビやラゞオの報道番組では、やはり、䞉人称で事件の掚移が䌝えられる。アナりンサヌやキャスタヌは、時には、䞻芳を亀えお䞀人称で語るこずもある。しかし、芖聎者に察しお二人称で語りかけるのは、ニュヌスの最埌に付け加えられる「ゎヌルデンりィヌク、あなたはどう過ごされたすか」ずいった䞀蚀に限られるこずが普通である。
     広告メッセヌゞにおいおはどうか。「広告における最も目立぀特城は、(人称=筆者)代名詞の䜿い方である」(Cook,2001:157)ずいう指摘は、日本の広告にも圓おはたる。
     
     「広告の堎合、すべおの人称を䜿うのだが、少し倉わった䜿い方をする。『私たち』はメヌカヌが䜿う。『私』を䜿うのは、助蚀者ず専門家、そしおその商品を買いたくなるような䜓隓やきっかけに぀いお語る人などである。『圌たたは圌女』は、その商品を過去に䜿っおいないひずを指すのによく䜿われる。そう呌ぶこずで、距離を眮いお、その点、『あなた』や『私』は違うずいうこずを匷調するのだ」(Cook,2001:157)。
     
     こうした皮肉っぜい語り口に続けお指摘されるこずは、広告においおは、「どこにでも『あなた』を䜿う」(Cook,2001:157)ずいう事実である。英語圏における圢匏匵った文曞では、特定の人を指し瀺さない堎合には、oneたたはtheyを䜿うべきであり、youは䜿わない方が奜たしいずされおきた。だが、珟実には倚くの人が䜿うようになった(Crittenden,1987:56)。そしお、youは広告の䞖界できわめお䟿利に䜿われおいる。
     
     「・・広告におけるこうした『あなた』の䜿い方は、宗教䌝道、公匏曞類、政治的な修蟞、調理法の説明、詩歌や歌唱においお行われおきたこずが移し替えられ、広たったずいうこずを芚えおおく必芁がある」(Cook,2001:158)
     
     もちろん、以䞊の蚀説は英語を察象にしおいるわけであり、「人称代名詞ずいう範疇は基本的に性数栌の䞀臎のある蚀語においお、その䞀臎特性のみを担う範疇である」(田窪,1997:14)ず芏定するならば、日本語における人称代名詞を問うこずは無いものねだりずいうこずになる。埓っお、「日本語にはもずもず、䞻語の人称を蚀語圢匏ずしお衚わすずいう文法的芁請はない・・その意味で日本語の『人称代名詞』はあくたで任意の芁玠にすぎないのである」(川原,2003:32-33)ずいう芋解も出おくる。
     具䜓的な状況で考えるなら、「もし話者が、自分を蚀うこずばが䞀人称代名詞で、盞手を指すこずばが二人称だずする西欧語文法流の考え方を、そのたた忠実に日本語に匕き぀ぐず、日本語では倧郚分の芪族名称、地䜍名称、そしおいく぀あるずも知れない職業名などが、すべお人称代名詞ずいうおかしなこずずなり、肝心の『わたし』『あなた』などの方が、むしろ圱が薄くなっおしたうずいう奇劙な結果になっおしたう」(鈎朚,1973=1999:116)ずいう珟実がある。
     もちろん、人称化ずいう䜜甚自䜓は、どの蚀葉においおも䜕らかの圢で働いおいるのであっお、「・・この人称化ずいう蚀語化によっお、蚀語䜿甚の䞖界に、『わたし』ず『あなた』が䜜り出され・・『わたし』が『あなた』に呌びかけおいるずいう『堎』」(倧石,2004:16)が生み出される。
     だが、その衚れ方は異なっおおり、日本語の堎合は、「たず、自称詞、察称詞、他称詞になりうる語圙矀が、人称代名詞、芪族名称等いく぀か存圚する。そしお、これが実際の発話で䜿甚される際、話法のフィルタヌを通過するこずによっお、自称詞、察称詞、他称詞に振り分けられるこずになる」(倧西,1992:39)ずいう過皋を通るこずになる。
     本皿では、日本語の堎合、人称代名詞を明確に切り出すこずが難しいずいうこずで人称詞ず呌んでおくが、さしあたっお重芁なこずは人称衚珟ずいうものが果たす圹割自䜓にある。
     
     「瀟䌚構成䞻矩によれば、日垞䌚話における人称代名詞の圹割ずは、喋るずいう行為を物質的、瀟䌚的なある䞖界の䞭のどこかに䜍眮づけるずいうこずなのである」(MÃŒhlhÀusler & Harré,1990:108)。
     
     人称詞がなくおも成り立぀日本語においお、あえお人称詞が䜿われるずき、その意味は重い。「・・ワタクシやアナタの方が『匟䞞』的であり、Iやyouの方が『玙぀ぶお』的であるこずになろう」(䞉茪,2000:31)ずの指摘の通り、英語に比べれば出珟頻床が䜎い人称詞ではあるが、蚀葉の「匟䞞」に蟌められた思いを远うこずで芋えおくるものは倚いだろう。以䞋の分析は、広告メッセヌゞにおける人称衚珟が、広告自身を「物質的、瀟䌚的なある䞖界の䞭のどこかに䜍眮づける」過皋を探るこずにある。

    4.広告メッセヌゞにおける人称詞の出珟率


     
     広告メッセヌゞにおける人称詞の出珟頻床を蚈枬するために、東京コピヌラむタヌズクラブ(http://www.tcc.gr.jp/index_main.html)のコピヌ怜玢システム「コピラ」を䜿甚した。東京コピヌラむタヌズクラブは、東京を䞭心に日本党囜で掻躍するコピヌラむタヌ・CMプランナヌの䌚員組織であり、1963幎から前幎の優秀な広告䜜品を『コピヌ幎鑑』ずしお発刊しおいる(前幎の広告が収録されおいるずいうこずでは、䟋えば、「1963幎版」ず呌ぶのがふさわしいが、煩を厭うお「版」は省略する)。
     ネット䞊の「コピラ」は、『コピヌ幎鑑』に収録されおいる新聞・雑誌・ポスタヌ広告等印刷媒䜓における広告のヘッドラむンずテレビ・ラゞオCM等電波媒䜓におけるコピヌに含たれおいる語圙を怜玢するこずができる。ちなみに電波媒䜓におけるコピヌは1977幎から収録されおいる(1976幎たでの収録䜜品は、印刷媒䜓に限られおいたが、1975幎にテレビ広告費が新聞広告費を抜いた事実が反映されお、1976幎の収録䜜品を遞ぶずきからテレビ・ラゞオ広告のコピヌも含たれるようになった)。
     今回は、1963幎から2004幎の新聞・雑誌・ポスタヌの広告15471点に぀いお、人称詞の出珟頻床を蚈枬した。先述した集蚈(関沢,1994a)においおは、『コピヌ幎鑑』を含む広告䜜品集から手䜜業で蚈枬し、察象は新聞・雑誌広告に限られおいた。今回は、広告キャンペヌンの栞ずなるメッセヌゞを含むこずが倚いポスタヌ媒䜓を蚈枬察象に加えるこずができ、たた、出珟率の幎次倉化を远うこずができた。
     1977幎以降であれば、テレビ・ラゞオ広告に぀いおも怜玢が可胜であり、党媒䜓で人称詞を蚈枬するこずができる。しかし、テレビ・ラゞオ広告においおは、広告内の登堎人物同士による䌚話が倚く、そこでは広告メッセヌゞのありようが瀺されるずいうよりも、日垞䌚話における人称詞の珟れ方ずいう色圩が濃くなる。そこで、今回の分析察象は印刷媒䜓に限った。印刷媒䜓の広告に限るこずで、高床成長に䌎っお広告掻動が掻発になった1963幎から2004幎たでの40幎䜙の倉化を䞀貫しお俯瞰するこずが可胜になった。
     なお、『コピヌ幎鑑』の収録䜜品であるずいうこずは、審査を通過した「遞ばれた広告」であり、通垞の広告よりも時代意識を鋭く反映した広告が倚い。それだけに広告メッセヌゞの倉容は、通垞の広告よりもやや早めに衚れるず想定される。
     具䜓的には、たず、1963幎から2004幎たでの『コピヌ幎鑑』に収録された合蚈15471点の印刷媒䜓の広告に぀いお、1人称ずしお「私」ず「自分」、2人称ずしお「あなた」、3人称ずしお「圌/圌女」の各人称詞の出珟頻床を蚈枬した。その際、各幎の広告数の増枛による圱響を陀去するために、各々の出珟頻床を『コピヌ幎鑑』に収録されおいるその幎の印刷媒䜓の総広告数で陀し人称詞の出珟率掚移ずしおたずめた。図1が瀺すように幎次倉化の倧きな趚勢を掚し量るには充分な暙本数(幎平均の印刷媒䜓総広告数368.4ä»¶)ずいえよう。

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    4-1 䞀人称「私」の出珟率掚移


     
     人称ごずに掚移を怜蚎しおいこう。たず、1人称である「私」の出珟率は、1960幎代から珟圚に至る長期的な趚勢ずしおは䞊昇しおいる。ずくに1980幎代に入り、出珟率は高たり、1980幎代の半ばに頂点を迎える。その埌、バブル経枈の厩壊を先取りする圢で出珟率は倧きく䜎䞋したが、最近になっお埩掻の気運が芋られる。
     「自分の身䜓をずりたくすべおのモノずコトずかが広告であり、広告ず無関係な空間を芋いだすこずが困難であるような広告=郜垂。資本の論理を培底させた垰結ずしおの広告の幜霊化(どこにもないがゆえに、どこにでもありうる)は、<八〇幎代>日本においお先鋭的に珟象した」(北田,2002:51)ず指摘される通り、1980幎代は広告が街にあふれ出しおいった時代である。
     1980幎から1989幎にかけお、新聞・雑誌・ラゞオ・テレビのマスコミ4媒䜓における広告費が1.9倍の䌞びであったのに察しお、その他の広告費(1980幎DM・屋倖他/1989幎SP広告費)の䌞びは3.7倍であった(電通,2005)。これはマスコミ媒䜓以倖の店舗や戞倖空間における広告費が巚倧化したこずを意味しおいる。
     1980幎代ずは、倧郜䌚のあらゆる空間に広告メッセヌゞが氟濫しおいった時期である。郜垂の隅々にたで広告の語り口が浞透しおいった1980幎代に「私」の出珟率が頂点を極めたこずは興味深い。
     ちなみに、「私」を䞻語ずする広告を蚈枬するにあたっお、広告䞻が自身の考え・行動を䞻匵するに際しお䜿甚される「送り手ずしおの私」は蚈枬察象に含めない。加えお、掚奚広告における著名な掚奚者によっお発せられる「私」も、広告䞻ず近䌌する随䌎者であるずしお陀倖しおいる。
     あくたでも広告メッセヌゞの受け手偎が、「私」を䞻語ずしお考え・行動を瀺すずいう蚭定になっおいる堎合に限っお蚈枬しおいる。いいかえるなら、広告ずいう広告䞻から消費者に向かう情報の流れでありながら、消費者の䞀員ず芋なされうる人物が「私」ずしお登堎しおメッセヌゞを送る圢匏のものを蚈枬した。こうした限定を぀けた䞊で蚈枬した結果、「私」の出珟率は䞊昇傟向にあるこずが分かった。その意味するずころは、いかなるこずであろうか。
     先に觊れたように「広告は私たちがどういう者であり、どういう者でなければいけないかを語ろうずする」(Cortese,2004:13)。その際に消費者自身を瀺す「私」ずいう䞻語を䜿っお語るこずは、遠くからメガホンで呌びかけるずいうよりも、耳元で囁くこずを意味する。あるいは、より接近しお受け手の内偎に回り蟌んで、「内なる声」ず化すこずでもある。
     
     「䞀人称話法では、語り手は登堎人物の䞭の䞀人に融け蟌んでしたう」(Graesser, Olde, and Klettke, 2002:237)。
     
     広告ずいう蚀語コミュニケヌションにおいお、「私」を䜿った話法は蚀語行為に衚れる倚様な芁玠を重ね合わせるこずで、広告メッセヌゞの送り手ず受け手の隔たりを極小化する。
     ずころで、広告においお、受け手偎の立堎から「私」が語る話法は戊前にも芋られた。䟋えば、「わたしの䞀ばんうれしい日」 (新聞広告奚励䌚,2004a:156) ずいうヘッドラむンの広告は、女の子がグリコを持っおいる図柄である。「わたしのマスコット?䜕かっお??」 (新聞広告奚励䌚,2004b:103) ずいう薬甚掗い粉の広告では、女性のアップ写真にこのコピヌが぀いおいる。
     圓時、受け手偎の䞀人称で語られる広告は珍しかったが、それを読み解く力は存圚しおいた。いうたでもなく、それは䌝統的な文孊、挔劇、映画などによっお培われたものである。
     「最埌になるが、小説や詩のように、広告にも登堎人物が䞀人称で語りかける広告がある・・・ここでも、受け手はその人物に同䞀化する可胜性がある。その堎合、『私』を受け手自身ず思うか、その人物を受け手に話しかけおいる誰かだず芋なすのである」(Cook,2001:161)ず指摘されおいるように、「小説や詩」ずいう圢匏によっお、物語の話法は習埗されおいた。「物語は、぀たるずころ蚘述の圢匏である」(Gergen,1994:186=2004:248)のだが、消費者が䞀人称で語る広告は、「その人物に同䞀化」をしお読解するのだずいう虚構の仕組み自䜓は受容されおいたずいえよう。
     しかし、先に觊れたように、広告の歎史においおは盎截な呌びかけの話法の方が䞀般的であった (関沢, 1994a:217)。䞀人称の「私」が増加しおいくのは、1960幎代以降を埅たなければならない。
     1960幎代以降、珟圚に至るたでの「私」ずいう䞻語が䜿われた広告䟋を䞊げおおこう。䞀人称の「私」が䜿甚された戊前の広告においおは、䞀般の消費者ずみなしうる人物が登堎しおいおも、どこかに掚奚の色合いが挂っおいたが、以䞋の広告では、販売促進の枠を越えお、より自由に「私の物語」を語っおいるこずが芋おずれる(括匧内は、「コピラ」で怜玢された『コピヌ幎鑑』の収録幎・広告䞻・媒䜓名の順)。
     
    「おやすみ・・私の赀ちゃん。ママが、そばにいおあげたすよ」(1967幎・高島屋・新聞)
    「あず7぀数えたら・・・圌のたくたしいコヌトが私の肩にかかるはずよ」(1971幎・垝人・雑誌)
    「若いころは䜕気なく芋過ごしおいたものが、劙にいずおしく思えたりする・・。いいものを芋盎す秋。私のセドリックでどうぞ」(1975幎・日産自動車・新聞)
    「戻っおおいで・私の時間」(1979幎・䌊勢䞹・新聞)
    「この指茪 私の䜓重蚈」(1979幎・ココ山岡・新聞)
    「今倜、私は旅に出る」(1980幎・サントリヌ・雑誌)
    「私の䞻食は、レタスず恋ずカンビヌルね」(1981幎・サントリヌ・新聞)
    「笑った 恋をしおいた 春でした 私のメモアヌル」(1983幎・資生堂・雑誌)
    「ふたりじゃ読めない本もある。私の時間 新朮文庫」(1985幎・新朮瀟・ポスタヌ)
    「突然ですが、仕事はおカネです。そう、わりきるずずおもはりきる私は、かなりゲンキンです」(1986幎・リクルヌト・ポスタヌ)
    「本を読む銬鹿が私は奜きよ」(1987幎・パルコ・ポスタヌ)
    「東京オリンピックを知らない私に、バルセロナの思い出をください」(1991幎・キリンビヌル・ポスタヌ)
    「ママが珟圚の私よりも若かった頃」(1994幎・キュヌピヌ・雑誌)
    「むブではなく、25日に䌚おうず電話しおきたカレを、ちょっずあやしんでいる私です」(1995幎・第二電電・新聞)
    「私のカラダは、私の意志だ。(食べものに、甘えない。)」(1999幎・キュヌピヌ・雑誌)
    「私は、バリバリの『鬱』です」(2000幎・塩野矩補薬・新聞)
    「もし私が日本人じゃなかったら、日本ず䞭囜のどちらにかけるだろうか」2002幎・内藀蚌刞・ポスタヌ)
     
     1980幎代の半ばに頂点を迎えた「私」を䞻語ずする広告は、その埌、経枈環境が悪化しおいく䞭でも、匕甚䟋が瀺すように物語の話法ずしお掗緎されおいく。だが、党䜓的な出珟率ずしおは䜎䞋した。「私」ずいう䞀人称圢の広告に同䞀化しお虚構を楜しむ䜙裕を広告の送り手も受け手も倱ったず理解するこずができるだろう。
     しかし、そうした䞋降傟向も1990幎代の末に倉化し、䞖玀が倉わるず反転しお再び䞊昇の兆しを瀺すようになる。それは、1998幎以降、金融ビッグバンを䌎いながら、垂堎に残存しうる䌁業が遞別されおいき、生き残った䌁業の高収益に支えられる圢で日本経枈が埩掻しおいく過皋ず軌を䞀にしおいるようにも芋える。

    4-2 䞀人称「自分」の出珟率掚移


     
     䞀人称の人称衚珟ずしお、「自分」の出珟率掚移も芋おみよう。「私」ず同様に1980幎代に入っお䞊昇傟向ずなるのだが、その頂点は「私」の出珟率が䞋降した1990幎代半ばのこずである。以䞋、「自分」を含む広告䟋をあげおおこう。
     
    「1969幎10月17日、きょうの自分」(1970幎・キダノンカメラ販売・新聞)
    「私のモヌドのむメヌゞの女性は自分です」(1979幎・西歊癟貚店・新聞)
    「自分のサむズで生きる」(1981幎・西歊癟貚店・新聞)
    「ああ、自分がモッタむナむ」(1985幎・リクルヌト・ポスタヌ)
    「自分に投資する぀もりで、12幎ものを飲んでいたす」(1988幎・サントリヌ・ポスタヌ)
    「自分のカラダが奜きだ」(1991幎・倧塚補薬・ポスタヌ)
    「疲れた自分を、ほめおあげたい」(1993幎・歊田薬品工業・雑誌)
    「アメリカンりェむを、マむりェむで。自分が生かせるアムりェむです」(1997幎・日本アムりェむ・新聞)
    「森ぞ行くのではなく、自分のたわりを森にするんだ」(1997幎・資生堂・雑誌)
    「小孊生のころの自分が、いたの自分を芋たらどう思うのだろう」(1998幎・富士れロックス・雑誌)
    「キレそうな自分をどうすりゃいいのか、わからないんだ」(1999幎・公共広告機構・ポスタヌ)
    「冷蔵庫はからっぜのほうが気持ちいい。(䜙分なものは眮かない) 自分に぀いお、考えるこずがありたす。キュヌピヌハヌフ」(2000幎・キュヌピヌ・雑誌)
    「メむクをした顔が、自分のほんずうの顔だず思う」(2001幎・西歊癟貚店・新聞)
    「お金をムダに䜿っおいる人を芋るず、なぜか嬉しくなる自分は、䞍謹慎ですか」(2002幎・青山商事・ポスタヌ)
     
     䞀人称の「私」ず「自分」の出珟率は、1960幎代から珟圚たでを通しおみるならば、䞡者ずも䞊昇傟向にあり、前者が1980幎代半ば、埌者が1990幎半ばに頂点を迎えおいる。「私」の出珟率は、バブル経枈の厩壊に先駆けお䜎䞋したのに察しお、「自分」の出珟率は、「私」ず入れ替わるようにその埌䞊昇を芋せ、「私」が埩掻の兆しを芋せるずずもに䜎䞋しおいる。
     「私」ず「自分」ずいう䞀人称衚珟の含意するずころに぀いおは、前者が「蚀語による䌝達の䞻䜓」ずしおの「公的自己」を衚す蚀葉であり、埌者が「思いの䞻䜓」ずしおの「私的自己」を衚す蚀葉であるずされる(廣瀬,1997:11-35)。話し手の他者ずの関係性に䟝存する「私」に察しお、「自分」は、より自己の内面ぞの志向性が匷い。
     「広告は自己むメヌゞがどのように衚れ、瀟䌚的に決定づけられおいくかを教えおくれる」(Cortese,2004:13)ずするならば、1980幎代半ばの「私」の出珟率の高たりに続く、1990幎代半ばの「自分」の出珟率の䌞匵は、自己むメヌゞが自閉的になっおいく過皋を衚しおいる。経枈環境が厳しくなる䞭で、「蚀語による䌝達の䞻䜓」ずしおの「公的自己」の出珟率は䜎䞋し、かわっお「思いの䞻䜓」ずしおの「私的自己」が䌞長したずいうこずになる。
     内面志向を瀺す䞀䟋ずしお「癒し」ずいう蚀葉の流行珟象がある。この珟象に぀いおは、メディアの内容分析によっお、1988幎頃から94幎たでを「癒し」ずいう考え方の黎明期、1995幎から98幎を倧䌁業による「癒し」商品垂堎ぞの参入の時期、1999幎から2001幎を「癒し」ブヌムの急拡倧期ずいう区分がなされおいる (束井,2004:5-6)。ちなみに、新語・流行語倧賞ずしお「癒し」が遞ばれたのは1999幎であった(自由囜民瀟,2005)。広告メッセヌゞにおいお「自分」の出珟率が高たる時代は、奇しくも「癒し」の時代ず重なっおいる。

    4-3 二人称「あなた」の出珟率掚移


     二人称の「あなた」の出珟率掚移は、1980幎代初頭を底ずするV字圢をなしおいる。䞀人称人称詞の出珟率が長期的に右肩䞊がりを瀺しおいるのずは察照的である。1970幎前埌に頂点を迎えた埌、「あなた」の出珟率は䜎䞋しおいき、1980幎代初頭に最も䜎くなる。その埌は、䞀転しお䞊昇を続け、2000幎前埌に再び頂点を迎え、最近は䞋降局面に入る兆しがある。
     以䞋、「あなた」を䞻語ずする広告䟋を芋おいこう。
     
    「ビヌルがうたいアサヒビヌルはあなたのビヌルです」(1963幎・朝日麊酒・新聞)
    「あなたは、䜕分でおやすみになれたすか」(1964幎・䞉共・新聞)
    「あなたの矎容法を蚺断したす」(1966幎・資生堂・新聞)
    「あなたのクルマで矎容䜓操ができたすか」(1969幎・いすず自動車・新聞)
    「あなたは、予枬運転をしおいたすか?」(1974幎・トペタ自動車販売・新聞)
    「あなたは20゜C熱くなる」(1978幎・党日空・新聞)
    「『逃亡者』を芋おから、あなたは10幎たった」(1979幎・メルボ玳士服・ポスタヌ)
    「あなたも教科曞ですよ、お父さん」(1980幎・公共広告機構・新聞)
    「私は、あなたの、おかげです」(1986幎・岩田屋・ポスタヌ)
    「小さな゜ニヌは、あなたのお荷物になりたせん」(1987幎・゜ニヌ・新聞)
    「あなたも、わたしも、ちょっずず぀狂っおいたす」(1990幎・PARCO・ポスタヌ)
    「あなたのヌヌドは、ちゃんず゚ッチですか」(1992幎・マチス化粧品・雑誌)
    「そこのあなた、顔がコワむですよ」(1995幎・明治乳業・新聞)
    「あなたは、愛する人のために、やせたいわけではない」(1998幎・オッペン化粧品・雑誌)
    「ひずりでいる時の方が、あなたを奜きな気がする。暪浜の片隅。地䞋のBARです」(2002幎・BARレッドポスト・ポスタヌ)
    「今、『酞玠を買うなんお!』ず蚀うあなたは、10幎前、『氎を買うなんお!』ず蚀っおいたあなた」(2003幎・束䞋電噚産業・ポスタヌ)
    「あなた、きっず今日マヌボ豆腐買いたすよ」(2003幎・新期日報・新聞)
    「あなたは、もう忘れたかしら」(2004幎・倧成建蚭・新聞)
    「あなたの3億円が飛び去る日」(2004幎・党囜郜道府県及び13指定郜垂・新聞)
    「あなたを倢䞭にさせるのは、男の䞭の男より、本の䞭の男だったりする」(2004幎・光文瀟・雑誌)
    「あなたである蚌拠は、瞳の䞭にある」(2004幎・束䞋電噚産業・新聞)
     
     1952幎の囜語審議䌚による建議「これからの敬語」は、「䞊䞋関係」に立った敬語に察しお、今埌は「盞互尊敬」の䞊に成り立぀敬語が求められるずしお、「盞手をさすこずば」は、「あなた」を暙準の圢ずするずしおいる(文化庁,2005)。ずころが、「貎殿」「貎䞋」も「あなた」に統䞀したいずいう圓時の囜語審議䌚の願いに反しお、「あなた」は二人称ずしお安定した䜍眮を確保するこずはできなかった。珟代に至っおも、日垞の䌚話においお目䞊の人に「あなた」を自由に䜿える状況にはない。
     しかし、広告においおは1945幎から1949幎にかけお倚甚された「皆さた」に代わっお、1950幎代から1960幎代にかけお「あなた」が広く䜿われるようになった(関沢,1994a:217)。
    元来、先述したように「どこにでも『あなた』を䜿う」(Cook,2001:157)のは、広告メッセヌゞの特城である。情報提䟛・説埗をしたい盞手に察しお、䜕らかの呌びかけを行っおから、䞻匵を述べおいくこずは広告における基本的な話法ずなっおいる。
     「二人称で呌び掛けるこずじたいが盞手に甚があるこずの衚明であり、盞手をなんらかの圢でこちら偎の意図に埓わせようずするこずで、それで既に盞手をなんらかの手段ずしお芋るこずです」(䞉茪正,2005:79)ずいう指摘に埓うならば、「あなた」で呌び掛ける二人称は、広告ずの盞性がいい話法であるずいえよう。
     ずころで、「あなた」は、「皆さた」よりは個々の受け手に察しお螏み蟌んだ呌びかけずなっおいるが、以䞋のような問題も生じる。
     
     「面ず向かっおのコミュニケヌションにおいおは、『あなた』は特定個人の受け手を識別しおいるこずを想定しおいる。しかしながら、印刷・攟送された蚀説においお『あなた』が䜿われる堎合、個人的で特定の人を指すにしおは、あたりに倚くの受け手が存圚するこずになる」(Cook,2001:157-158)。
     
     1980幎代の初頭に向かっお「あなた」の出珟率が䜎䞋を芋せ、逆に「私」の出珟率が䞊昇をしおいった過皋は、遠方からの呌びかけが、内面からの囁きに転じおいったず理解するこずができる。
     では、その埌の「あなた」の反転はどう芋ればいいのか。いく぀かの解釈が成り立ちうるが最も説明力があるのは以䞋の考え方であろう。1980幎代初頭の出珟率の底に向かっお䞋降しおいった「あなた」を䞻語ずする話法(「前期・あなた」ず呌ぶ)ず、その埌に埩掻を芋せおいく「あなた」を䞻語ずする話法(「埌期・あなた」ず呌ぶ)は、同じ語圙である「あなた」を含みながらも、その意図するずころが異なっおいるずいう考え方である。
     確かに、「前期・あなた」ず「埌期・あなた」は、前者が「受け手ぞの呌びかけによる賌買蚎求」ずいう盎截な文脈で䜿われおいるのに察しお、埌者は「受け手の性栌づけによる関心喚起」ずいう迂遠な文脈で䜿われおいる堎合が倚いずいう違いが芋られる。
     こうした「前期・あなた」から「埌期・あなた」ぞの移行は、先に觊れた「情報を䞎える広告(informational advertisement)」から「倉身を薊める広告(transformational advertisement)」に移行する過皋(Sheehan,2004:21)に該圓する。「あなた」に商品情報を提䟛し説埗する広告から、「あなた」も倉身しおみたせんかず誘いかける広告ぞの倉化である。
     ずころで、「前期・あなた」の兞型䟋ずしおは、「ビヌルがうたいアサヒビヌルはあなたのビヌルです」(1963幎・朝日麊酒・新聞)、「あなたは、䜕分でおやすみになれたすか」(1964幎・䞉共・新聞)、「あなたの矎容法を蚺断したす」(1966幎・資生堂・新聞)、「あなたのクルマで矎容䜓操ができたすか」(1969幎・いすず自動車・新聞) 、「あなたは、予枬運転をしおいたすか?」(1974幎・トペタ自動車販売・新聞) 、「あなたは20゜C熱くなる」(1978幎・党日空・新聞)などをあげるこずができる。
     いずれも、広告の送り手は、圓該商品の品質・特性に基づいお、広告の受け手である消費者ずしおの「あなた」を正面から説埗しおいる。
     䞀方、「埌期・あなた」の兞型䟋ずしおは、「あなたも、わたしも、ちょっずず぀狂っおいたす」(1990幎・PARCO・ポスタヌ)、「あなたのヌヌドは、ちゃんず゚ッチですか」(1992幎・マチス化粧品・雑誌)、「そこのあなた、顔がコワむですよ」(1995幎・明治乳業・新聞)、「あなたは、愛する人のために、やせたいわけではない」(1998幎・オッペン化粧品・雑誌)、「ひずりでいる時の方が、あなたを奜きな気がする。暪浜の片隅。地䞋のBARです」(2002幎・BARレッドポスト・ポスタヌ)などをあげるこずができる。
     どの䟋も、広告の送り手は、圓該商品から少し離れた地点に立ちながら、広告の受け手である生掻者ずしおの「あなた」の性栌・生き方を掻写しお関心を惹こうずしおいる。
     興味深いこずは、1980幎以降も「前期・あなた」を含む話法が䞀定数生き残るのに察しお、1980幎以前には「埌期・あなた」を含む話法は芋られないずいうこずである。ちなみに、1980幎以降に衚れた「前期・あなた」の䞀䟋ずしおは、「今、『酞玠を買うなんお!』ず蚀うあなたは、10幎前、『氎を買うなんお!』ず蚀っおいたあなた」(2003幎・束䞋電噚産業・ポスタヌ)があげられる。
     こうした広告の原点ずもいうべき話法は、い぀の時代にも存続するのだろう。1980幎代初頭に向けお枛少したずはいっおも、ある皋床の勢力を維持する「前期・あなた」に加えお、「埌期・あなた」が増加しおいくこずで、総量ずしおは、二人称の「あなた」の出珟率が埩掻しおいったず考えられる。

    4-4 䞉人称「圌/圌女」の出珟率掚移


     䞉人称の「圌/圌女」の出珟率は、䞀人称・二人称の出珟率掚移に比べるず倉化が乏しい。1963幎から2004幎に至る40幎䜙、䞀貫しお䜎い出珟率である。
     
     「しかしながら、こうした(䞉人称の=筆者)文孊的な䜿い方は、読者が䜜品に関わっおいく際に、二぀の遞択肢を䞎えるこずになる。䞀぀は、自己を登堎人物、送り手、受け手に投圱させるこずで䜜䞭に匕き蟌たれおいく方向。いた䞀぀は、そうした(䞉人称の=筆者)人称代名詞によっお、これは自分には無瞁な他人ごずなんだず思っおしたう方向だ。広告は、もっず抌し付けがたしいものである」(Cook,2001:159)。
     
     英囜の応甚蚀語孊者が蟛蟣さをこめお指摘するように、小説や詩のような文芞ずは異なり、広告の堎合は、䞉人称によっお衚珟される登堎人物に感情移入をするこずは、迂遠でありすぎるのだろう。䞉人称による広告メッセヌゞは、「無瞁な他人ごず」に思われおしたう。ただし、「圌/圌女」が広告で䜿甚されるずきは、以䞋に芋るように「抌し぀けがたしさ」のない排脱な話法が可胜になるこずも事実である。
     
    「圌のシャツをアップで芋おください」(1966幎・垝人・新聞)
    「2幎前、圌は日本の乗甚車の䞭から1台の車を遞んだ」(1969幎・富士重工業・新聞)
    「実はカナヅチなんです、圌女。だから、すぐ浜に䞊がっお、明治゜ヌダを飲むわけ」(1974幎・明治補菓・新聞)
    「圌女はフレッシュゞュヌス」(1976幎・資生堂・ポスタヌ)
    「圌女が矎しいのではない。圌女の生き方が矎しいのだ。むンりむ」(1978幎・資生堂・雑誌)
    「圌のヘアヌは55グラム」(1981幎・゜ニヌ・新聞)
    「圌女は䞀枚着おいたす」(1987幎・カネボり・雑誌)
    「倏䌑みが終わっおも、圌は本から戻らなかった」(1989幎・講談瀟・雑誌)
    「圌女の、胃ぶくろの内偎をずヌっずたどっおいったら、頬のうえに出た」(1991幎・協和発酵・新聞)
    「若いからこそ、ゞャガヌに乗る。圌は、そう考えおいる」(1997幎・ゞャガヌゞャパン・新聞)
    「圌女は、もらったこずがない。ホワむトデヌにサントリヌの花を」(1998幎・サントリヌ・新聞)
    「圌女をやさしく守った゚アバッグは、すおきなお瀌をもらいたした」(2001幎・ボルボカヌズゞャパン・新聞)
     
     物語理論においおは、「二人称話法>䞀人称話法>䞉人称話法の順で蚘憶に残る」ずされおいる。しかしながら、䞀人称ず䞉人称の順番は実蚌されおいるが、二人称に぀いおはテストに䜿うための短線がなかなか芋぀からないので確かめられおいない (Graesser, Olde, and Klettke, 2002:237)。
     広告の堎合、先に述べたように、䞉人称による話法は迂遠でありすぎ、盎裁な二人称の話法が奜たれる。だが、「あなた」ずいう呌びかけによっお賌買を迫る話法が「あからさたであり過ぎる」ずいうこずで敬遠される恐れもある。
     
     「広告では、2぀の理由から、目に぀かない圢でのコミュニケヌションがずられる。たず、䞀般的に広告䞻は、受け手が䜕かを売り぀けられおいるずいうこずを忘れおくれるように振る舞うずいう傟向がある。・・・2番目の理由は・・広告が意味するずころの瀟䌚的結果の責任をずらないで枈たせたいずいうこずにある」(Tanaka,1994:43-44)。
     
     この芋解に組みするならば、「あなた」を䜿った説埗は明瀺的に過ぎる。広告量が増えおいく䞭で、「圌/圌女」によっお語られる暗瀺的なコミュニケヌションの方が奜たれる可胜性もある。
     1980幎代初頭、先述した「前期・あなた」の出珟率が最䜎になったずき、「圌/圌女」の出珟率が僅かではあるが、「あなた」を䞊回った。その背景には、「受け手ぞの呌びかけによる賌買蚎求」ずいう「前期・あなた」の話法が盎接的に過ぎるず感じられるようになったこずもあるだろう。
     しかし、䞉人称の出珟率がそのたた䌞び続けるこずもなく、䞀人称の「私」「自分」の出珟率が䞊昇し、たた、二人称も「埌期・あなた」の類型ぞず倉化しおいくこずで、広告の話法は「掗緎」されおいくこずになる。

    5. 1980幎代ずいう倉局点


     1963幎から2004幎の印刷広告における各人称詞の出珟率掚移を芋おくるず、䞀人称ず二人称に顕著な倉化があるこずが刀明した。その趚勢をより明確に芋るために、䞀人称である「私」ず「自分」の出珟率を合蚈した䞀人称出珟率ず二人称である「あなた」の出珟率を察比させた(図2)。

    画像

    図2が瀺すように、䞀人称の出珟率が䞊昇し始めた時点ず、二人称(前期・あなた)の出珟率が最も䞋降した時点がいずれも1980幎代初頭であるこずが明瞭に芋お取れる。先述したように、この時期は「物の豊かさ」から「心の豊かさ」ぞの転換、「レゞャヌ・䜙暇」が今埌の最も重芁な「生掻の力点」になるなど、生掻意識における倧きな倉化が芋られた。広告においおも、そのありようが倉貌を遂げる時期であった。

     1980幎代初頭は、「䞍思議、倧奜き」(1982幎)「おいしい生掻」(1983幎)など、西歊癟貚店のコピヌによっお糞井重里が泚目され、広告が販売促進の手段を超えた文化珟象ずしお語られるようになった時代である(幎号は『コピヌ幎鑑』の収録幎)。1980幎に文藝賞受賞、翌幎単行本になった田䞭康倫『なんずなく、クリスタル』は、女子倧孊生の生き方を「商品ずいう蚘号」によっお描くこずによっおベストセラヌになり、消費文化の台頭を瀺した。

     吉本隆明がコム・デ・ギャル゜ンを着こなしお『アンアン』に登堎したのは、1984幎9月21日号のこず。同じ頃に発刊された『柔らかい個人䞻矩の誕生』は、「・・珟代の賌買行動は、か぀おの貪欲な自己拡匵の営みずは異なり、むしろ、商品ずの察話を通じた䞀皮の自己探求の行動に倉った、ずいぞるだろう」(山厎,1984:88)ず述懐しおいる。たさに、商品を買いそろえるこずによる「自己拡匵」から、商品ずの察話による「自己探求」ぞの動きが鮮明になっおいった。

     「消費はコミュニケヌションず亀換のシステムずしお、絶えず発せられ受け取られ再生される蚘号のコヌドずしお、぀たり蚀語掻動ずしお定矩される」(Baudrillard,1970=1979:121)ずいう指摘が珟実のものずしお感じられる状況が顕圚化したずいえよう。消費のありようが倉化する䞭で、広告も倉貌をずげる。広告コピヌが文化珟象になりうるのも、「぀たり、宣䌝の意味䜜甚は差異の産業的生産に由来しおいる」(Baudrillard,1970=1979:112)ずいう事態を迎えたからに他ならない。

     「凝集から拡散、求心力から遠心力ぞず時代は転回しおいる」(関沢,1985:42)ずいう時代認識を共有しながら、1980幎代初頭からの広告制䜜者たちは、差異性を軞にうごめく人々に䜕ずかメッセヌゞを届けようずする。そうした努力の結果が、人称詞の䜿われ方にも反映しおいる。

     「前期・あなた」が、䌌たような面立ちの人々に「賌買を薊める」ための既補服のような二人称であるずするならば、「埌期・あなた」は、他者ずの埮差を求める個人に察し状況ごずに「アむデンティティを仕立お盎す」ための泚文服のような二人称ずしお機胜する。いいかえれば、先に觊れた広告の経枈的偎面である需芁創造機胜の偎面が匷く衚れおいるのが、「前期・あなた」を䞻語ずする広告であり、広告の瀟䌚的偎面である情報䌝達機胜の偎面が匷調されおいるのが、「埌期・あなた」を䞻語ずする広告である。

     「私」「自分」ずいう䞀人称の人称詞は、こうした「埌期・あなた」ず盞称性を有する存圚ずしお出珟率を増やしおきた。広告ずいう広告䞻からのメッセヌゞでありながら、受け手自身が「私」「自分」を䞻語ずしお語るずいう話法は虚構性が高い。このように物語ずしおの䞀人称を受容するようになった察象に向かっお呌びかける二人称が、「埌期・あなた」であるずいえよう。

    6. 内面化される広告メッセヌゞ

     

     「日垞生掻における事象は、語りで満たされおいるがゆえに、意味に満ちおいる」(Gergen,1994:186=2004:248)ずいう掞察は、広告においおはどのように芳察されるのか。人称衚珟のありようを芋おいくこずで、その䞀端が明らかになった。ずくに1980幎代以降、「消費者の心の䞭に入り蟌む広告は、日々の生掻をうたくやっおいくのに圹立぀根幹ずなる象城を再確認し、時には付け加えおくれるようなもの」(Fowles,1996:163)になったこずが確認された。

     いうたでもなく、「広告ず倧衆文化は、自己アむデンティティを発達させるものずしお、過剰に評䟡されおいる。ずいうのも、こうした衚珟分野はそこら䞭に芋受けられるずいうこずから買い被られる面が匷いのである」(Fowles,1996:225)ずいうこずも認識しおいる。だが、「・・広告に共感を芚えるか吊かは・・・そこで自己史が再構成されるか吊かに䟝るずころが倧きいず芋受けられる」(高井・蟻本・䞭西, 2002:64)のも事実である。

     䟋えば、朝の食卓で接するテレビCMに始たっお、電車内で読む経枈玙の新聞広告、駅構内の倧刀ポスタヌ、オフィスのパ゜コンで怜玢サむトにアクセスしたずきに芋たむンタヌネット広告、昌食垰りに受け取ったチラシ、退瀟埌に寄ったデパヌトのショヌりィンドヌ、垰宅時の駅でチェックした携垯電話のメヌル広告、倕食時に劻が話題にした女性雑誌の芋開き広告に至るたで、倚数の広告接觊点(広告䌚瀟はタッチポむントあるいはコンタクトポむントず呌んでいる)をくぐり抜けながら、珟代の消費者は自分のありようを日々刻々再構成しおいる。

     「デコヌディング、いいかえれば、広告メッセヌゞの象城物に意味を付䞎する行為は、疑いもなく耇雑で盞互䜜甚的だ。ずいうのも、消費者たちは、その過皋においお、個人的な深読みをするからである」(Fowles,1996:162)ずの指摘の通り、「深読み」によっお広告の解釈は倚様に倉わりうる。「深読み」ずは、厳密にいいかえれば、「・・あるモノや行為を『広告である』ず定矩し、その䞊でそれらの意味を確定しおいく『受け手の胜動性』」(難波,2000:39)ずいうこずになる。広告メッセヌゞの内容だけでなく、広告ずいう圢匏自䜓をも自らが蚭定しおいく䞭で、受け手は自分のありようを捉え盎しおいく。

     「泚意しおほしいのだが、たず『私』がいお、぀いでそれに぀いお私が語るずいうのではない。そうではなく、自分自身に぀いお語るずいう営みを通しおはじめお『私』が産み出されおくるのである」(浅野,2001:6)ずいう状況には、広告だけでなく倚様な文化珟象が関わっおいる。

     その際、広告ずの接觊によっお觊発された「自分に぀いおの物語」が特異な点は、本来的に他者ずの差異を含み蟌んでいるこずである。広告掻動においおは、垞に「競合商品ずの差異」を芖野に収めながらメッセヌゞが生み出される。

     「すべおのアむデンティティは、『他者』を有しおいる。そしお、それずの察比においお、自らの違いを際だたせる」(Weedon,2004:19)のだずしたら、明瞭な差異を送り届けるこずを䜿呜ずする広告メッセヌゞが、それに接する人々のアむデンティティ構築に及がす圱響力は倧きい。

     「自己ずいうものは倚重的であるのだから、アむデンティティの考え方を静的にずらえるこずはもはや捚お去るしかない。そのかわりに、アむデンティフィケヌションずいう動的な過皋ずしお探究するこずを求められる」(Melucci,1996:46)ずいう局面の䞭で、広告は「アむデンティフィケヌションずいう動的な過皋」に関われるように話法を掗緎させおきた。それが、広告の受け手に限りなく接近し、その内偎に回り蟌んで囁くずいう話法である。

     ちなみに、4-1においお䞀人称の「私」を䞻語ずする広告䟋ずしお取り䞊げた1979幎の新聞広告「この指茪 私の䜓重蚈」は宝石店のメッセヌゞであるが、圓時、筆者がコピヌラむタヌずしおこのコピヌを曞いたずきの発想過皋を蚘しおおこう。

     たず、耇数の女性に察しお宝食品に関する意識ず賌買行動の深局面接を行った。その埌、自分自身が女性であったら、指茪ぞの愛着ず、自らの身䜓ぞの自己愛的な態床がどのように絡み合うのかを内省した。お気に入りの指茪に觊れる行為。自分の䜓調に察する関心。広告制䜜者は、状況を远䜓隓する詊みを続けるこずで、広告の受け手の内面に入り蟌んでいく。
     受け手偎の䞀人称で発想するこずは、珟代の広告における定石である。広告の送り手は、自身の無意識の井戞に朜っおいくこずで、地䞋氎で぀ながっおいる受け手の井戞にたどり着こうずする。そうした䜜業の埌、実際に蚀葉で衚珟する段階では、二人称・䞉人称の人称衚珟が採甚されるかもしれないが、発端は䞀人称から始たるこずが倚い (いずれも人称詞が䜿われるずは限らない)。
    もちろん、無意識の深みをくぐり抜けた「湿床の高い話法」には、広告の送り手ず受け手の双方が倊むこずも起こりうる。たた、経枈環境が悪化するず情緒を排した突き攟した話法が勢いを増す。そうした折には、䌝統的な二人称の圢である「お客様にお䌝えしたす」ずいった類いの盎球のコピヌが奜たれるこずになる。
     だが、趚勢ずしおは、広告メッセヌゞは内面化の途をたどっおいる。ただし、そうした内面化ぞの過皋は、送り手の䞀方的な「操䜜」によっお成り立っおいるのではないこずも確認しおおこう。

     「広告には隠れたメッセヌゞを、いかようにも朜圚させるこずが可胜である・・・こうした(80幎代の=筆者)時代粟神は、送り手の偎が任意に創出し埗たものではあるたい。それは、広告や商品の受け手の偎ずの䞀皮の共犯関係の䞊に成立し、か぀その関係の䞭でヒヌトアップしおいったのであろう」(難波, 2000: 38)。

     1980幎代を第䞀線のすぐれたコピヌラむタヌずしお過ごした研究者がここで述べおいるように、明らかに送り手ず受け手の間には「共犯関係」がある。広告メッセヌゞで䜿われる䞀人称の人称詞に、䞀瞬の間、自分自身を重ね合わせた「振りをする」ずころに、珟代の広告コミュニケヌションは成り立぀。広告の送り手が、受け手の内面から広告メッセヌゞが響いおくるかのように仕向けるこずに成功するずき、それは、受け手自身が広告メッセヌゞぞの自己同䞀化を起こしたからである。
    もちろん、「ごっこ遊びを続けるこずに倧きな理由づけなど芁しないように、消費のゲヌムが継続されなくおはならない決定的な根拠もおそらくはあるたい」(蟻,1998:114)ずの指摘は正鵠を射おいる。
     広告の受け手が「ごっこ遊び」に付き合うのも止めるのも「自分の勝手」であり、たずえ付き合ったずしおも、通垞は広告䞻や広告制䜜者に顧慮したからではない。
    なぜなら、「広告メッセヌゞは、消費者によっお受け止められ、意味が䞎えられるず、メッセヌゞの内容はすべお個人的な目的のために䜿われるこずになる」(Fowles,1996:163)からである。
    本皿で䜿甚された人称詞の出珟率は、審査を通過しお『コピヌ幎鑑』に収録された「遞ばれた広告」を察象にしお蚈枬された。新聞・雑誌・ポスタヌのみが蚈枬範囲であり、テレビ・ラゞオ広告、むンタヌネット広告などは含たれおいない。ラゞオ広告は聎取者の内偎から囁くかのように䞀人称の話法を効果的に䜿える。たた、むンタヌネット広告は過去の賌買履歎を本人以䞊に把握した䞊で「私」の欲しいものを瀺唆しおくる。こうした諞媒䜓の特性ずの関連性には觊れおいない。
     あくたでも、人称詞が明瀺された印刷媒䜓の広告における頻床比范であり、日本語の特性である人称詞が隠れおいる人称衚珟に぀いおも考察されおいない。以䞊、様々な限界はあるが、広告が「内なる声」ず倉身しおいく過皋の䞀端は明らかになったずいえるだろう。
    「広告を批刀的に怜蚎しおいく䞭で基調をなしおいたのは、広告ずは意味ず珟実、䞻䜓ず客䜓、文化ず経枈に働きかけ、その内実ず盞互の関係を倉化させる、物事を倉身させおいくメディアであるずいうこずだ」(McFall, 2004:192)ずの思いは、本皿にもそのたた該圓する。

     

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    こずばを、ひず぀ひず぀、おいおいくず、どこかにでられたす。だたったたたでいるず、でぐちはみ぀からないものです。

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