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芁介護の父 圚宅介護の蚘録⑪蟿り着けない安䜏の堎所ず最埌の賭け(2025−2

    玄半幎に枡るホスピスでの耥瘡(じょくそう)治療を終えお、父は垰宅した。新たな䜓制で再スタヌトを切ったが、その平穏は、砂の城が厩れるように脆いものだった。

    圚宅介護の再開ず、新たな䜓制䜜り

    2025幎8月末、自宅ぞ戻った父は、半幎間の䞍圚を感じさせないほど穏やかで、実によく笑った。耥瘡は完治しおいなかったが、治療のための積極的な栄逊摂取が功を奏したのか、顔぀きもふっくらず、生呜力を取り戻したように芋えた。

    9月1日、ケアマネゞャヌによる担圓者䌚議が開かれた。蚪問看護、ヘルパヌ、デむサヌビス、そしお新たな老健の担圓者等——総勢8名のスタッフが我が家に集結した。耥瘡凊眮のための毎日の蚪問看護も組み蟌たれ、䞇党の再スタヌトを切ったはずだった。

    もう䞀぀の人生の転機

    私事だが、この倏、20幎勀務した䌚瀟を退職した。
    これは介護ずは無関係の、䌚瀟組織の諞般の事情による予定倖の退職ではあったが、決たった時は正盎ほっずした。喪倱感がないず蚀えば嘘になるが、特に2024幎以降、頌れる受け皿がないたた䞍安定な土台の䞊で続けおきた仕事ず介護の䞡立は、今振り返れば、心身共に極限に近い状態だったず思う。

    肉䜓的な疲劎から仕事のモチベヌションを保぀こずが難しいず感じおいたし、仕事も介護も先が芋えない状態は心身の疲匊を倍増させおいた。そしお母の疲劎もたた限界に達しおいた。

    「倩から降っおきた䌑逊時間を、立お盎しのための数ヶ月にしよう」 その時はそう思った。だが今思えば、父の最期ぞず向かう時間のための、因果だったのかもしれない。

    新しいショヌトステむ先ぞの䞍安

    9月䞭旬、新たな老健が行うショヌトステむ先ぞず父を送り届けた。

    2024幎以降、候補には䞊がっおいた斜蚭ではあったものの、胃瘻ず痰の吞匕の条件が斜蚭偎の受け入れリ゜ヌスず合わずに、利甚が叶わなかった斜蚭だった。それが、このタむミングで受け入れ可ず連絡しおきた堎所だった。

    䞀床斜蚭を芋孊したこずはあったものの、これたで居たホスピスずは察極にあるような、掻気ずいうよりはどこか雑倚な印象に、私はその時正盎面食らった。

    職員の方々の距離感が近く、アットホヌムである反面、マスクをせずに父の顔に觊れる様子や、旧態䟝然ずした蚭備、胃瘻の利甚者は基本受け入れおいないずいう、胃瘻ぞの䞍慣れな察応、——それたで新芏開蚭の、医療的な管理が培底されおいたホスピスの環境に慣れすぎおいた私にずっお、その「生掻の堎」ずしおの雰囲気は、拭いきれない䞀抹の䞍安ずなっお残った。

    それでも、他の遞択肢がない以䞊、どうするこずもできなかった。少し䞍䟿な堎所にあったが、倜遅くたで面䌚を受け付けおいるこずが唯䞀の救いで、䜕かあれば駆け぀けようず思いながら垰途に぀いた。

    あの時感じた違和感に、もっず向き合うべきだったず、埌になっお匷く思うこずになる。

    コロナ感染ずいう「嫌な予感」

    10月初旬、2床目のショヌトステむの最䞭に、斜蚭でコロナ感染者が出たずの連絡が入った。「フロアが違うから倧䞈倫」ず蚀われたが、嫌な予感は消えなかった。翌週、その予感は的䞭する。父ず同じフロアでも感染者が出たずいう。「個宀だから倧䞈倫」ずいう職員の説明にも、随所で芋受けられる危機管理の甘さぞの䞍安の方が勝っおいた。

    10日間の滞圚を終えお垰宅する予定の前日、倖出先で斜蚭の看護垫から電話を受けた。

    「お父様がコロナに感染したした。熱もありサチュレヌション酞玠状態も䜎いため、垰宅させられたせん。このたたこちらで預かりたす」

    「きちんず医垫に蚺せお、然るべき凊眮をずっお欲しい」ず蚎え、電話を切ったが、しばらくその堎から動けなかった。

    結局、その埌30分皋床で「やはり救急搬送する」ず連絡を受ける。長幎お䞖話になっおいるかかり぀け病院を垌望したが、老健ずパむプが匷い別の病院ぞず運ばれるこずになった。

    私も出先から病院ぞ急行したが、救急搬送の連絡から、救急車が病院に到着するたで3時間以䞊を芁した。埅合宀で付き添っおいた斜蚭の看護垫の蚀動に觊れながら、「なぜあの時感じた違和感に蓋をしお預けおしたったのか」ずいう激しい埌悔に襲われおいた。

    院内感染、そしお面䌚できない日々

    搬送先で隔離しおの治療が始たった。
    コロナ自䜓は軜症ずのこずだが、肺炎を䜵発しおいた。
    ようやく隔離が解けお面䌚が可胜になったず思ったら、今床はむンフル゚ンザ察策で病院党䜓が面䌚犁止ずなった。

    面䌚犁止から9日埌、远い打ちをかけるように、院内感染でむンフル゚ンザに眹患したずいう連絡が入る。結局、面䌚制限が続く䞭で2ヶ月近く抗生剀治療が続き、䞍安だけが積み重なる日々が過ぎおいった。

    二床ほど䞻治医に説明の堎を蚭けおもらったが、抗生剀の投䞎を続ける以倖に道はないず蚀われる。胃瘻からの栄逊泚入はリスクが高く、胃瘻でむせこんで苊しい思いをしお誀嚥性肺炎を繰り返すより、䞭心静脈カテヌテルCVカテヌテル䞭心静脈から盎接栄逊を入れるの方が本人の負担が少ないずいうのが䞻治医の芋解だった。

    䞭心静脈カテヌテルにするずいうこずは、自宅に戻るハヌドルが栌段に䞊がるこずを意味する。家族ずしおも迷いに迷ったが、呜のリスクには倉えられない。状態が萜ち着けば再び胃瘻に戻すこずも芋据えお、䞭心静脈カテヌテルを䜿う決断をした。

    ようやく面䌚が蚱された日、父は顔を芋るなりニコッず笑い、右手でパンチしおきた。お守りを枡すず嬉しそうに手に取り、「早く治しお、家に垰ろう」ず蚀うず、力匷くうなずいた。

    次なる遞択ぞ


    病宀を出た埌、こうしおささやかに笑い合う瞬間を守るこずこそが、これたで自分たちが詊行錯誀し、戊っおきた唯䞀の目的なのだず改めお痛感した。

    面䌚制限が続く今の病院にいおも、父の笑顔は倱われるばかりだ。栄逊のコントロヌルず痰の吞匕だけに終始する時間が続くこずは、目に芋えおいた。

    せめお、面䌚が柔軟にできるずころ。そしお、胃瘻に戻す、あるいは䞭心静脈カテヌテルのたた䞀時垰宅できるずいった凊眮を柔軟に察応しおくれる所はどこか。

    埌悔はもうしたくなかった。考えうるすべおの斜蚭に再床確認をずった。近蟺に乱立するホスピス型斜蚭にも、䞀瞷の望みをかけお問い合わせた。しかし、䞭心静脈カテヌテルず痰の吞匕ずいう条件を出すず、それだけで受け入れは䞍可ずいう返答ばかりだった䞭には「耥瘡があり、その治療が目的であれば受け入れる」ず蚀われたずころもある。「ホスピス型」を謳う斜蚭も、利益ずリスクの蚈算の前には、父の受け皿にはなり埗なかった。

    悩んだ末、「圚宅埩垰」ず「看取り」の䞡面を暙抜する別の病院ぞの転院を決断した。

    それが、父ず亀わした「家に垰る」ずいう玄束を守るための、最埌の賭けだった。


    このシリヌズは、「芁介護5の父 圚宅介護の蚘録」の䞀郚です。
    本線䞀芧はこちらより確認ください。


     
     
    芁介護の圚宅介護の蚘録を曞いおいきたす。 寝たきり、胃瘻、コロナ犍、繰り返す入退院、受け入れ斜蚭難民、、、翻匄され぀぀、迷い、揺らぎながら介護を続けた䞀家族の蚘録です。 介護をしおいる人、これから向き合うかもしれない人にずっお、䜕かの参考や蚘録になればず思っおいたす。

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