
『水曜どうでしょう』中だるみの回まで見せたのはなぜか|第71夜
前回の第70夜では、「ヨーロッパ21ヵ国完全制覇」の前半を振り返り、海外へ舞台を移しても、番組の中心にあったのは観光地ではなく4人の会話や関係性だったことを考えました。
今回から第9章「ヨーロッパを走り切った4人と、広がっていく『どうでしょう』の世界」に入ります。まず追いかけるのは、ヨーロッパ第5夜です。
ところが、この回について後の解説を聞いていると、少し意外な言葉が出てきます。「この回は中だるみの回です」という趣旨の発言です。
普通のテレビ番組なら、わざわざそんな回を作る必要はないようにも思えます。それでも『水曜どうでしょう』は、何か大きな事件が起きる回だけを見せようとはしませんでした。なぜ「中だるみ」まで番組にしたのでしょうか。
「特に何かが起きたわけでもない」一日
第5夜の旅は、ドイツの古城街道から始まります。ローテンブルクへ立ち寄り、ノイシュヴァンシュタイン城を目指し、そこからオーストリア方面へ進み、最後はリヒテンシュタインへ向かいます。
名前だけを並べれば、かなり豪華なヨーロッパ旅行です。しかし後の解説では、この一日について「特に何かが起きたわけでもない日」と振り返られています。
前日までには、21ヵ国完全制覇を優先するミスターと、ヨーロッパの旅を楽しみたい大泉さんたちの間に緊張が生まれました。古城街道への寄り道をめぐって、ミスターの怒りを大泉さんと藤村Dが笑いへ変えていく場面もありました。
それと比べると、第5夜には物語を大きく動かすような事件がありません。

(引用元:DVD「ヨーロッパ21ヵ国完全制覇」より)
普通の旅行番組であれば、ここで美しい街並みや観光情報を充実させる方法もあったでしょう。しかし、『水曜どうでしょう』が見せていくものは、やはり少し違います。
名城を前にしても、話しているのは4人のこと
この回を象徴する場所の一つが、ノイシュヴァンシュタイン城です。
ところが後の解説で藤村Dたちが振り返っているのは、城そのものの魅力だけではありません。当時、ミスターが城の成り立ちなどを詳しく説明していた場面があったものの、DVDではその説明を大幅に削ったことが語られています。
その代わりに残したのが、大泉さんの発言と、それに対する「ばかだ」というやり取りでした。後の解説では、説明は一度聞けばいい。それよりも大泉さんの面白さを残したかった、という編集の方向性が語られています。
これは、『水曜どうでしょう』が何を見せたい番組だったのかを、かなり分かりやすく表しているように思います。
目の前には世界的に知られた城がある。それでも番組が残そうとするのは、そこで交わされた何気ない会話です。
観光地を詳しく伝えることより、その場所へ行った4人が何を言ったのか。その優先順位が、この頃にはかなり明確になっていました。
北海道と比べてしまう大泉さん
さらに面白いのが、ヨーロッパの景色を見ている大泉さんたちの反応です。
後の解説では、ドイツのロマンチック街道の風景を見ながら、大泉さんが「北海道でも割と見られる」という感覚を持っていたことが振り返られています。さらに過去の旅まで含め、海外の景色を北海道のどこかに例えてしまう話で盛り上がっていきます。

(引用元:DVD「ヨーロッパ21ヵ国完全制覇」より)
せっかくヨーロッパまで来たのに、「北海道にもありそう」と言ってしまう。
普通の観光番組なら、少々困る出演者かもしれません。しかし『水曜どうでしょう』では、その感覚そのものが面白いのです。
海外の名所に感動する姿を求めるのではなく、大泉さんがそこで何を感じ、どんな言葉を返すのかを待っている。
第70夜で考えた「ヨーロッパへ行っても主役は4人」という特徴が、第5夜ではさらに分かりやすく表れています。
「中だるみするぐらいなら切れよ」
そして第5夜の終盤、リヒテンシュタインまで進んだところで、「この回は中だるみの回です」という趣旨の言葉が出てきます。
後の解説でも、大泉さんはこの場面について「中だるみするぐらいなら切れよ」と笑いながら振り返っています。ただし、その後に続く言葉が重要です。
8日間の旅だから、旅をつなげなければいけない。
毎日、大事件が起きるわけではありません。ものすごく面白い出来事が続く日もあれば、ただ車を走らせ、観光地へ寄り、くだらない話をしながら次の場所へ向かう日もある。
それでも、その一日をなかったことにはしないのです。
ここに、『水曜どうでしょう』が普通のバラエティ番組とも少し違って見える理由があるのではないでしょうか。
「何も起きない時間」があるから、旅になる
もしヨーロッパ21ヵ国完全制覇が、面白かった場面だけを集めた番組だったらどうでしょう。
大泉さんが怒った場面、ミスターとの対立、ハプニング、名言。そうした強い場面だけを並べれば、30分間をもっと密度の高い笑いで埋めることはできたかもしれません。
しかし、それでは私たちは「8日間の旅」を見た感覚にはならなかったように思います。
長い移動があり、景色を眺め、くだらない話をする。時には会話が盛り上がらず、特別な事件が起きない時間もある。
そういう時間を一緒に通過するからこそ、翌日に何かが起きた時、「昨日からずっと旅をしてきた4人」に見えるのです。
視聴者自身も、いつの間にかその連続した時間の中へ入っていきます。
これは友人との旅行にも少し似ています。後から思い出すのは、有名な観光地だけとは限りません。
車の中で話したどうでもいいことや、誰かの妙な一言、疲れて無言になった時間まで含めて、一つの旅として記憶に残っていることがあります。
『水曜どうでしょう』は、その「本来ならテレビでは切られそうな時間」を、意外なほど大切にしていたのだと思います。
中だるみまで見せるから、4人を好きになる
そして、もう一つ大きいのは、何も起きていない時間ほど人柄が見えてくることです。
事件が起きれば、誰でも何らかの反応をします。しかし何も起きていない車内で、大泉さんが何を言うのか。藤村Dがどこで笑うのか。ミスターがどんな説明を始めるのか。嬉野Dがその時間をどう撮るのか。
企画が4人を動かすのではなく、4人がそこにいるだけで番組が進んでいく。
第5夜で「中だるみ」まで放送できたことは、実は『水曜どうでしょう』にとって大きな変化だったのかもしれません。
強い企画やハプニングがなくても、この4人と一緒に時間を過ごすこと自体がコンテンツになり始めていたからです。

(引用元:DVD「ヨーロッパ21ヵ国完全制覇」より)
毎回が名場面である必要はない。ずっと面白いことを言い続ける必要もない。
面白い日もあれば、何も起きない日もある。それでも同じ人たちと旅を続けているから、次に起きる出来事が面白くなる。
『水曜どうでしょう』が30年経っても繰り返し見られる理由の一つは、名場面の強さだけではなく、こうした「何も起きない時間」まで含めて4人との旅を記憶しているからなのだと思います。
「中だるみの回」は、本当は不要な回ではなかった。
むしろ、この回まで見せられるようになったことこそ、『水曜どうでしょう』が「企画を見る番組」から「4人と旅をする番組」へ変わっていった証拠の一つだったのではないでしょうか。
(※記事中の画像は、作品紹介および考察を目的として、解像度を下げて引用しています。著作権は各権利者に帰属します。)
次回(第72夜)は、ヨーロッパ第6夜へ進みます。旅の中に現れる「プーさんの風船」が、なぜ単なる小道具ではなく、4人の旅を記憶に残す出来事になっていったのかを考えます。
この連載は、これからも『水曜どうでしょう』の魅力を一つずつ読み解いていきます。「❤️スキ」「👤フォロー」で応援いただけると励みになります。
📌今回の内容を踏まえて、皆さんは……
A:名場面やハプニングが続く回に惹かれる
B:何も起きない時間も含めた4人の旅に惹かれる
どちらに近いでしょうか。理由もあればぜひコメントで教えてください。
(コメントには必ずご返信させていただきます)
今後の『水曜どうでしょう』考察の参考にさせていただきます。
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