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『水曜どうでしょう』「サイコロの神かなんかか?」盛岡完全ダウンで見えた勝ちパターン|第39夜

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    前回の第38夜↗では、武蔵新城で開催された「世界一マニアックな水曜どうでしょう解説イベント&どうでしょう講談SP」のレポートを書きました。30年経った今でも、多くの人が集まり、同じ場面について語り合う。

    その光景を見ていると、『水曜どうでしょう』は単なる旅番組ではなく、人の記憶の中で育ち続けている作品なのだと改めて感じます。


    そして連載は、再びサイコロ3後編へ戻ります。京都から福島へ、福島から大曲へ。少しずつ北海道へ近づいているはずなのに、なぜか簡単には帰れない。

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    藤村Dに直接不満をぶつけ始める大泉さん
    (引用元:DVD「サイコロ3後編」より)

    その理不尽さが極まった先で、大泉洋さんはついに完全ダウンします。しかし、この回を見返していると、そこにはもう一つの変化がありました。

    『水曜どうでしょう』の勝ちパターンが、この頃にはほとんど完成していたのです。

    京都駅を出発したのは、21時44分。深夜バス「ギャラクシー号」に乗り込み、再び北を目指します。

    前回のロケでヘリに酔い、ようやく体調が戻ってきた大泉さんにとって、この二度目の深夜バスはかなり厳しいものだったはずです。

    翌朝、福島駅へ到着した時には、すでに疲労の色が濃く出ていました。

    それでもミスターは前向きでした。「少しずつ北へ進んでいる」。言われてみればその通りです。地図で見れば、確かに札幌へ近づいています。

    しかし、視聴者は知っています。どうでしょう班が、そんなに簡単に帰れるはずがないことを。

    福島でサイコロを振った結果は「大曲」。ようやく東北の北部へ進める、ここまで来ればあと少しだ。そんな期待もあったのではないでしょうか。

    ところが、大曲へ到着すると、さらなる理不尽が待っていました。本来であれば田沢湖線に乗り、盛岡へ向かう予定でしたが、新幹線工事の影響で列車は運休。代行バスで移動することになります。

    サイコロの振り直しをしようとする2人に対して、その意見を受け入れず盛岡行きを変えない藤村D。その瞬間に飛び出したのが、あの名言です。

    「サイコロの神かなんかか?」。

    この言葉は、本当に見事だと思います。普通であれば「運が悪い」で終わる話です。

    しかし『水曜どうでしょう』では、こうした偶然そのものが笑いになってしまうのです。


    しかも、ただの偶然ではありません。これまで何度も理不尽な目に遭ってきた大泉さんだからこそ、「もう何かに見られているんじゃないか」という感覚になっていく。

    視聴者もまた、「またか」「こんなことある?」と思いながら笑ってしまいます。偶然そのものが番組の演出になっている。サイコロ3は、その領域へ足を踏み入れていました。

    そして、この頃の大泉さんには、もう一つの変化が見られます。京都へ向かう車内では、関西で買ったTシャツを着せられたことに対して、直接藤村Dへ文句を言うようになっていました。

    以前であれば、進行役のミスターへ向かって話していたことを、仕掛け人である藤村Dへ直接ぶつけるようになっているのです。

    後の解説で藤村Dは、この頃から自分も受けを狙って話すようになったと語っています。本来、ディレクターは裏方です。ところが『水曜どうでしょう』では、裏方であるはずの藤村Dがどんどん前へ出てくる。

    それに合わせて、大泉さんも藤村Dへ直接話しかけるようになっていく。この関係性は、後の宮崎シーガイアや韓国、ヨーロッパへとつながっていきます。

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    大泉さんと藤村Dとのやり取りが少しずつ増えていく
    (引用元:DVD「サイコロ3後編」より)

    今振り返ると、この回は「大泉洋VS藤村忠寿」という、どうでしょうを代表する構図が完成し始めた回でもありました。

    大泉さんも、この頃には「自分に意地悪を仕掛けているのは藤村Dだ」と気づき始めていたそうです。その気付きが、後の名コンビにつながっていくのです。

    そして旅はいよいよ盛岡へ到着します。ここでの大泉さんの姿は、もはや完全に限界でした。ヘリ酔い、二度の深夜バス、長時間移動。立っているだけでもやっとという状態です。

    後の解説で藤村Dは、「タレントの顔じゃない」と笑っていました。しかし、同時に「サイコロで完成した顔」だとも語っています。

    確かに、盛岡駅前に立つ大泉さんの姿には、妙な説得力があります。力が抜け、表情も虚ろで、ひげも伸びている。それなのに、なぜか目が離せないのです。


    後の解説では、ひげや鼻毛の話までしていました。大泉さんのひげが伸びている。鼻毛まで伸びている。ミスターは疲れてくるともみあげが巻いてくる。普通なら、どうでもいい話です。でも、『水曜どうでしょう』は、そういうところを見ています。

    人は疲れてくると、取り繕えなくなります。本当の姿が出てくる。だから私たちは、きれいに整えられた人よりも、疲れて力の抜けた人間の姿に親しみを感じてしまうのかもしれません。

    そして、その姿を笑いながらも、どこか応援したくなってしまう。『水曜どうでしょう』が30年愛されている理由の一つは、そこにあるのではないでしょうか。

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    体調不良でほんとに元気が無くなる大泉さん
    (引用元:DVD「サイコロ3後編」より)

    さらに面白いのは、こういう極限状態であっても、どうでしょう班が細かな変化を見逃していないことです。ひげが伸びてきた。鼻毛が出てきた。

    もみあげが巻いてきた。そんな些細な変化にまで目を向け、人間が少しずつ疲弊していく過程そのものを面白がっている。

    だから『水曜どうでしょう』は、旅番組でありながら、どこか人間観察の番組のように感じられるのでしょう。

    ようやくサイコロが示したのは「北海道」。八戸からフェリーに乗れば、ついに札幌へ帰ることができます。長い長い旅の終わりが、ようやく見えてきました。


    終わらない移動、理不尽な展開、追い込まれていく出演者。そして、その中で生まれる本音。サイコロ3の勝ちパターンは、この頃には完全に出来上がっていました。

    観光地へ行かなくてもいい。大きな事件が起きなくてもいい。ただ4人を理不尽な状況に置くだけで、人間らしさと笑いが生まれてしまう。そのことを、この企画は見つけてしまったのです。

    だから30年経った今でも、私たちは「サイコロの神かなんかか?」という一言を思い出して笑ってしまうのでしょう。

    そして、盛岡駅前で力なく立っていた大泉洋さんの姿こそ、『水曜どうでしょう』という番組が見つけた、一つの完成形だったのかもしれません。


    (※記事中の画像は、作品紹介および考察を目的として、解像度を下げて引用しています。著作権は各権利者に帰属します。)


    次回、第40夜は「嬉野さん67歳お誕生日記念ーー30年愛され続ける『優しい視線』の正体 分析レポート」について書いていきたいと思います。

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    📌今回の内容を踏まえて、皆さんは……

    A:極限まで追い込まれた人間らしさが面白い
    B:理不尽な展開そのものが面白い

    どちらに近いでしょうか。理由もあればぜひコメントで教えてください。
    (コメントには必ずご返信させていただきます)
    今後の『水曜どうでしょう』考察の参考にさせていただきます。


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    ■運営者(ユウナ)について
    このnoteでは『水曜どうでしょう』をテーマに執筆しています。以下の別アカウントでは、普通の会社員だった私が、FIREを達成するまでの資産形成の実体験を記録しています。

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