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『水曜どうでしょう』嬉野さん67歳お誕生日記念ーー30年愛され続ける「優しい視線」の正体 分析レポート|第40夜 特別編

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    本日7月7日は水曜どうでしょうディレクター嬉野雅道さんの67歳のお誕生日です。嬉野先生、おめでとうございます!

    今回は少し視点を変えて、「水曜どうでしょう」の映像をずっと撮り続けてきたご本人にフォーカスして考えてみたいと思います。

    嬉野Dは、水曜どうでしょう内ではカメラを構えてますので、大泉洋さんのように派手に前へ出る人ではありません。藤村Dのようにタレントのお二人を追い込む(笑)ようなこともいたしません。

    それでも、『水曜どうでしょう』という番組を語るとき、嬉野雅道という存在を抜きにすることはできません。

    今回は、私が大好きな二つのエピソードから、嬉野さんという人を少しだけ読み解いてみたいと思います。


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    遠くにカブ。ここからジワーと嬉野Dのズームが始まる
    (引用元:DVD「原付西日本制覇」より)

    2000年春の企画、『原付西日本制覇』。大泉さんをだますためのウソ企画、「ぶらり京都の旅」の撮影中に、後に『水曜どうでしょう』を象徴する撮影技法の一つが誕生します。その名も「ジワズー」です。

    京都、金閣寺の駐車場で、大泉さんは「京都の達人・若旦那」という役で小芝居を演じていました。その背後には、ネタばらし用のカブが隠されています。

    段取りとしては、大泉さんが演技をしている最中に、背後に駐車してあったロケ車が移動し、その後ろに隠れていた原付、いわゆる”カブ”が現れる。そこで「原付西日本制覇」の企画だと明かされる流れでした。

    ところが、カメラを覗きカブを撮影し始めた嬉野Dは焦ります。ワイドレンズで撮っていたため、肝心のカブが小さすぎて見えないのです。失敗したらどうしよう。一発勝負の撮影です。撮り直しはできません。

    そこで嬉野Dは、とっさにカメラをゆっくりとズームさせます。大泉さんにカメラの「ズーム音」すらも気づかれないように、すごくゆっくり、じわっと。

    この「じわっ」と寄っていく独特のズームこそが、後に「ジワズー」と呼ばれる撮影技法になりました。

    この話で私が好きなのは、技術の話ではありません。実は嬉野Dは、普段はズームをほとんど使わないそうです。

    カメラマンが画面を急に寄ってしまったり、左右に振ってしまうと、映し出される内容が変わったように見えてしまう。

    話の流れを変えてしまう。だから、できるだけその場で起きていることを、そのまま撮りたい。それが嬉野さんの考え方でした。

    私は、この考え方に、嬉野雅道という人の本質がある気がしています。自分が前に出て、物事を変えようとしない。

    だから『水曜どうでしょう』を見ていると、誰かが無理に笑わせようとしている感じがしません。そこにいる人たちが笑っているから、一緒に笑ってしまう。

    そこにいる人たちが疲れているから、一緒にため息をついてしまう。嬉野さんは、出来事ではなく、その場に流れる「目に見えない感情そのもの」を撮り続けていたのだと思います。


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    文才が光る嬉野先生の2作目の書籍「ぬかよろこび」

    もう一つ、大好きな話があります。嬉野さんの2017年の著書『ぬかよろこび』に書かれている、いわゆる「7年半ひきこもった」話です。

    この話は、嬉野さんと、ずっと年の離れた若い友人であるT木さん(現「どうで荘」の運営責任者)との会話から始まります。

    T木さんが、「嬉野さんって、自分を客観的に見るのが上手ですよね」と話を振るのです。すると嬉野さんは、ひとつの昔話を始めます。

    高校三年生のとき、床屋のおやじにこう言われたそうです。

    「あんた、ハゲるよ」

    普通なら、「そうですか」で終わる話かもしれません。ところが、嬉野さんは終わりません。ハゲへの怯えから、次から次へと負の考えがつながっていくのです。

    『ぬかよろこび』では、この負の連鎖が「→」を使って延々と書き連ねられています。

    負の考え→負の考え→負の考え→さらに負の考え。

    その矢印「→」が、まるで止まらない思考そのもののように続いていく。私は、あの表現を他の本でほとんど見たことがありません。

    読んでいると、「もうその辺でやめればいいのに」と思うのですが、矢印が次々と続くので、こちらも途中で読むのをやめられなくなってしまうのです。

    話がどんどん長くなり、T木さんも客観的に自分を見る話の結論が出てこないため、「もう帰ろうかな・・・この後、買い物にも行くから」と言い出す場面まであります。

    それでも、嬉野さんの話はまだ続く。このやり取りが、私はたまらなく好きです。

    自分の悩みを真剣に語っているのに、どこか可笑しい。そして、それを急かさず、最後まで聞いてくれる相手がいる。

    その二人の関係性まで含めて、なんとも嬉野さんらしい空気が流れています。

    そして最後に、嬉野さんは言うのです。

    結局、なぜ悩まなくなったのかは分からない。飽きたのか、疲れたのか、はげを受け入れたのかも分からない。ただ、たぶん悩むことに飽きたのだと思う、と。

    この「飽きた」という言葉が、本当に嬉野さんらしいと思うのです。

    克服したわけでもない。乗り越えたわけでもない。ただ、自分の不安と長い時間向き合っていたら、いつの間にか恐怖ではなくなっていた。

    そして嬉野さんは、マイナスな出来事が起きても、それをあっさり肯定してしまうことで、人は意外と前へ進めるのだと書いています。

    自分を客観的に見ること。起きたことを否定しないこと。その感覚は、『水曜どうでしょう』の映像にも、そのまま流れているような気がするのです。


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    ファンの方が作られた嬉野先生のネオン風ポスター。完成度が凄い!
    (7/4武蔵新城で開催「どうでしょうゼミ」会場にて)

    今回ご紹介した二つのエピソードには、共通点があります。どちらも、「起きてしまったこと」を否定していないことです。

    カブが見えない。なら、どう撮ろう。ハゲるかもしれない。なら、その不安を最後まで考えてみよう。世界を変えようとしない。まず受け入れてみる。

    そして、見え方を少し変えてみる。私は、これこそが嬉野雅道という人の魅力なのではないかと思っています。

    『水曜どうでしょう』を見ていると、なぜか心が軽くなることがあります。

    旅は失敗する。疲れる。騙される。予定どおりにはいかない。でも、それでもいいじゃないか。そんな空気が、いつも番組のどこかに流れています。

    その優しい視線を、30年間ずっと番組に与え続けてきたのが、嬉野さんなのだと思います。誰かを否定しない。誰かを急かさない。人間の弱さや情けなさを、そのまま面白がる。そして、「そんなあなたでも大丈夫ですよ」と、言葉にせず伝えてくれる。

    だからなのでしょう。

    今でも武蔵新城でイベントがあれば、嬉野さんの周りにはたくさんの人が集まります。話を聞きたい。少しでも同じ空間にいたい。そんな人が、何十年も変わらず集まり続けています。

    それは、面白い話をしてくれるからだけではない気がします。嬉野さんのそばには、人を少し安心させる何かがあります。

    頑張りすぎなくてもいい。うまくいかなくてもいい。人生は予定どおりじゃなくてもいい。そんなふうに思わせてくれる、静かな優しさのようなものです。

    私たちは『水曜どうでしょう』を見ているようで、その優しさに触れたくて、30年経った今でも、何度もこの場所へ、嬉野さんのそばに帰ってきてしまうのかもしれません。


    (※記事中の画像は、作品紹介および考察を目的として、解像度を下げて引用しています。著作権は各権利者に帰属します。)


    次回、第41夜は『まだ何者でもなかった大泉洋が、全国区になる前に持っていたもの』について考えていきます。

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    今回の記事を読んで、皆さんは嬉野さんのどこに一番惹かれますか?

    A:人や出来事を否定せず、受け入れる柔らかい考え方。
    B:誰も気づかない面白さを見つけてしまう独特の視点。

    どちらに近いでしょうか。理由もあれば、ぜひコメントで教えてください。
    (コメントには必ずご返信させていただきます)


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    ■運営者(ユウナ)について
    このnoteでは『水曜どうでしょう』をテーマに執筆しています。以下の別アカウントでは、普通の会社員だった私が、FIREを達成するまでの資産形成の実体験を記録しています。

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