
『水曜どうでしょう』まだ何者でもなかった大泉洋が、全国区になる前に持っていたもの|第41夜
前回の第40夜↗では、嬉野雅道さん67歳のお誕生日を記念して、「ジワズー」の誕生秘話や著書『ぬかよろこび』のエピソードをもとに、なぜ嬉野さんが30年もの間、多くの人に愛され続けているのかを考えてみました。
人や出来事を否定せず、そのまま受け入れる優しい視線こそが、『水曜どうでしょう』という番組の空気を支えてきたのだと改めて感じました。
今回は再び視点を変えて、大泉洋さんについて少し違う角度から考えてみたいと思います。

今では、映画にドラマ、バラエティに司会と、誰もが知る全国区の俳優になった大泉洋さん。しかし、『水曜どうでしょう』が始まった1996年当時の大泉さんは、北海道の一大学生でした。
もちろん、スターでもありません。北海学園大学演劇研究会に所属し、後にTEAM NACSを結成する一人の若者。今の姿から振り返ると、あまりにも普通の青年です。
私も深夜番組の一つとして「水曜どうでしょう」を偶然見つけます。1997年、わたしもまだ高校生でした。
今となっては考えられませんが、水曜どうでしょうを見つけた当初、わたしは電波少年でヒッチハイクをしていた「猿岩石」の二人が出ているテレビ番組があるな、と思って番組を見ていた記憶があります。
完全に勘違いをしてました。
では、なぜその勘違いされるほどの大学生であった大泉青年が、30年後の今も多くの人に愛される存在になったのでしょうか。

当時の活動を見ていくと、とても興味深いことに気づきます。大泉さんは、テレビに出る前から、少しずつ人を惹きつけ始めていました。
TEAM NACSの旗揚げ公演には若者を中心に観客が集まり、ラジオ番組でも人気が出始めます。
1998年には、北海道では「大泉洋」という名前の認知度が急速に高まり、「テレビでよく見る人」になり始めていました。
つまり、大泉さんは『水曜どうでしょう』によって突然作られたスターではなかったのです。もっと前から、人を惹きつける何かを持っていました。
では、その「何か」とは何だったのでしょうか。私は、それが「完成されていないこと」だったのではないかと思います。
『水曜どうでしょう』初期の大泉さんを見ると、いつも少し頼りなく見えます。騙される、怒る、すぐ調子に乗る。でも、すぐ落ち込む。言ってしまえば、未完成な人です。
しかし、人は完璧な人に親近感を抱きません。むしろ、少し欠けていて、少しダメで、でも必死に目の前のことに向き合っている人に心を動かされるのではないでしょうか。
大泉さんには、それがありました。そして、『水曜どうでしょう』は、その未完成さを隠しませんでした。
むしろ、積極的に見せていきます。騙される姿、愚痴を言う姿、疲れて不機嫌になる姿。カメラの前で格好悪い姿を見せることを、全く恐れていませんでした。

今振り返ると、これこそが大泉洋という人の一番の魅力だったのかもしれません。後に全国区となった俳優・大泉洋さんには、「嫌味がない」という評価がよく聞かれます。
それは、最初から格好良く見せようとしていなかったからではないでしょうか。
サイコロ3でもそうでした。ジャージ姿でテレビに出る。「雪面の飛び魚」という靴を履いてくる。テレビだからといって、おしゃれをして出ようという意識がなかった。
大泉さんは、後の解説でも「当時はテレビに出ている感覚がなかった」と語っています。
それどころか、見ているのは藤村Dと嬉野Dとミスターの三人くらいに思っていたといいます。だからこそ、変に構えない。格好つけない。ありのままでいられた。
今の時代は、どうしても人にどう見られるかを気にしてしまいます。SNSでも、仕事でも、少しでも良く見せようと頑張ってしまうからです。
でも、『水曜どうでしょう』の大泉さんは、そうではありませんでした。目の前で起きたことに、ただ全力で反応していただけなのです。
その姿に、私たちは安心するのかもしれません。「こんなに格好悪くてもいいんだ」「こんなに失敗してもいいんだ」。そう思わせてくれるからです。

『水曜どうでしょう』は、旅番組でありながら、人間観察の番組でもありました。そして、その中心には、まだ何者でもなかった大泉洋という青年がいました。
スターではない。成功者でもない。むしろ、どこにでもいそうな大学生。だからこそ、私たちは自分を重ねることができたのです。
その後、大泉さんは全国区になりました。映画にも出るようになり、ドラマの主演を務め、紅白歌合戦の司会まで務めるようになります。
今では歌手としても大成功をおさめ、先日は全国ツアー「大泉洋リサイタル2」にて大成功を収めています。
しかし、30年前の映像を見返しても、不思議と違和感がありません。そこには、今と同じ大泉洋がいます。
よく笑い、よく騙され、よく愚痴を言い、それでも目の前のことを全力で楽しんでいる。結局のところ、大泉洋さんは変わっていないのです。全国区になったから魅力が生まれたのではありません。
まだ何者でもなかった頃から、すでに大泉洋だった。そして、『水曜どうでしょう』は、その魅力を誰よりも早く見つけ、30年間記録し続けてきた番組だったのではないでしょうか。
だから私たちは、30年経った今でも、あの頃の大泉洋を見て笑い、そしてどこか安心してしまうのだと思います。
(※記事中の画像は、作品紹介および考察を目的として、解像度を下げて引用しています。著作権は各権利者に帰属します。)
次回、第42夜は、大泉洋を引き立てたスタイリストが語る4人の素顔について考えていきます。
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📌今回の内容を踏まえて、皆さんは……
A:大泉洋さんの「普通の人っぽさ」に惹かれる
B:どんな状況でも全力で反応するところに惹かれる
どちらに近いでしょうか。理由もあればぜひコメントで教えてください。
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