
『水曜どうでしょう』宮崎リゾートは、なぜ旅人の心を変えたのか|第45夜
前回の第44夜では、「サイコロ3・後編」を通して、『水曜どうでしょう』が単なる旅番組ではなく、「過酷さ」を笑いへ変える番組である理由を考えてきました。
行き先も分からず、体力も気力も削られていく中で、それでも笑い続ける4人の姿が番組の魅力になっていたことを振り返りました。
今回は、その真逆とも言える企画です。舞台は1997年、宮崎県・シーガイア。豪華ホテルに宿泊し、レジャー施設を満喫するという、一見すると理想的な旅が始まります。
しかし、この「快適すぎる旅」こそが、『水曜どうでしょう』という番組に新たな課題を突きつけることになりました。

(引用元:DVD「宮崎リゾート満喫の旅」より)
宮崎リゾート満喫の旅は、番組史の中でも少し特殊な企画です。後年、藤村忠寿ディレクターと嬉野雅道ディレクターが語っているように、この企画はシーガイア側から「施設を紹介してほしい」という依頼を受けて実現した、いわゆるパブリシティ案件でした。
宿泊費や移動費を負担してもらう代わりに施設を紹介するという仕事であり、サイコロで偶然宮崎に行けたら実施しようという、比較的軽い気持ちから始まった企画だったそうです。
ところが、実際に現地へ行くと、どうでしょう班は思わぬ壁にぶつかります。
豪華なホテル、美しい景色、充実したレジャー施設。普通の旅行番組なら、それだけで十分に魅力的な映像になります。しかし、『水曜どうでしょう』はそれだけでは成立しませんでした。
藤村D自身が「見せ場がない」「なんとか面白くしようと必死だった」と振り返るほど、この企画は番組づくりとして苦しいものになっていきます。
その違和感は、旅が始まって間もなく現れます。
最初の体験企画である「そば打ち」を終えた頃には、「あれ、これは今までの『どうでしょう』とは少し違うぞ」という空気が流れ始めていました。
ミスターも、企画全体にどこか不安を感じ始め、パブリシティという仕事ならではの難しさに直面していきます。
ここで興味深いのは、「豪華だから面白い」のではなく、「豪華すぎるから難しかった」という逆転現象です。
普通の旅番組なら、ホテルが豪華であればあるほど、料理がおいしければおいしいほど成功と言えます。しかし、『水曜どうでしょう』では、その快適さが逆に4人からリアクションを奪ってしまうのです。
それは、旅人たちの表情を見るとよく分かります。

(引用元:DVD「宮崎リゾート満喫の旅」より)
シーガイアに到着した4人は、広い客室に驚き、オーシャンドームでは波と遊び、ホテルのレストランではゆっくり食事を楽しみます。ホテル周辺を散策し、自転車に乗り、海辺では棒倒しをして遊ぶ。
これまでの旅では考えられなかったほど、穏やかな時間が流れていました。
実際、海辺で遊ぶ場面はエンディング映像だけに使われましたが、その裏では4人が普通の旅行者のように過ごしていたと嬉野Dは語っています。
つまり、宮崎という場所は、4人を「出演者」ではなく、「旅人」に戻してしまったのです。
人は環境によって役割が変わります。
締め切りに追われる職場では自然と緊張し、家に帰れば肩の力が抜ける。同じ人でも、置かれた環境が変われば表情も言葉も変わります。
『水曜どうでしょう』でも同じことが起きました。
サイコロシリーズでは、行き先が決まらない不安や長距離移動による疲労が、自然と4人の個性を引き出していました。しかし、シーガイアでは、その緊張感が一気に消えてしまいます。
目の前には豪華なホテル、広いプール、美しい景色。心が満たされれば、人は無理に笑いを生み出そうとはしません。
だからこそ、この企画では番組の空気そのものが変わって見えるのです。
もちろん、それは悪いことではありません。
むしろ、4人が本当にリラックスしている姿を見ることができる貴重な企画でもあります。ホテルの部屋では、大泉さんが部屋に飾られた絵画を見ながら好き勝手に評論を始める場面も登場します。
この頃から、何気ない空間を舞台に大泉さんが自由に話し始める、後の『水曜どうでしょう』らしいスタイルの原型も少しずつ見え始めます。

(引用元:DVD「宮崎リゾート満喫の旅」より)
一方で、大泉さん自身も人生の分岐点にいました。
当時は教育実習で忙しくなり始めた時期で、まだ本気で学校の先生になることを考えていた頃です。両親とも教師という家庭で育ち、「先生になる」という未来は、ごく自然な選択肢の一つでした。
まだ『水曜どうでしょう』は視聴率2.2%ほどのローカル番組に過ぎず、全国的な人気番組になる未来など誰も想像していません。
しかし、その番組は後にDVDが10万本を超えるヒットとなり、再放送でも高い支持を集め、多くの人に見返される作品となりました。
この事実もまた、『水曜どうでしょう』らしい逆転劇です。
放送当時には大きく評価されなかった企画が、時間をかけて多くの人に愛される。その理由は、豪華なホテルでも、美しい景色でもありません。
スタッフが「このままでは面白くならない」と悩みながら、それでも4人の自然な姿を撮り続けていたことにあります。
嬉野Dは、「当時は長め長めに撮影して、余計なものまで全部撮っていた」と振り返っています。さらに、「この番組はいつか花が咲くと思っていたから、古いテープも潰さず全部残していた」とも語っています。
効率だけを考えれば、使わない映像は捨ててもよかったはずです。
それでも残したからこそ、30年後の私たちは、ホテルでくつろぐ4人や海辺ではしゃぐ4人を見ることができます。
『水曜どうでしょう』が30年間愛され続けている理由は、名場面だけを残した番組ではなく、「人が過ごした時間」そのものを大切に記録してきた番組だからなのかもしれません。
宮崎リゾート満喫の旅は、一見すると『水曜どうでしょう』らしくない企画です。しかし、その違和感さえ作品の一部として残し、スタッフ自身が試行錯誤する姿まで含めて番組にしてしまったからこそ、この企画は今も語り継がれています。
そして、その試行錯誤の先に、私たちが何度も帰ってきたくなる『水曜どうでしょう』という旅が生まれていったのです。
(※記事中の画像は、作品紹介および考察を目的として、解像度を下げて引用しています。著作権は各権利者に帰属します。)
次回、第46夜は「大泉洋が宮崎シーガイアで見せた、『レジャーだねぇ』の本当の意味」について考えていきます。
この連載は、これからも『水曜どうでしょう』の魅力を一つずつ読み解いていきます。「❤️スキ」「👤フォロー」で応援いただけると励みになります。
📌今回の内容を踏まえて、皆さんは……
A:旅はハプニングがあるからこそ思い出になると思う
B:旅は予定どおり快適に過ごせることが一番だと思う
どちらに近いでしょうか。理由もあればぜひコメントで教えてください。
(コメントには必ずご返信させていただきます)
今後の『水曜どうでしょう』考察の参考にさせていただきます。
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