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『水曜どうでしょう』「カメラの前で別人格になる必要がなかった」鈴井貴之が語った4人の関係|第33夜

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    前回は、『水曜どうでしょう』が何も分からないところから始まった最初の1年を振り返りました。

    旅番組ですらなかった深夜番組が、試行錯誤を繰り返しながら、自分たちの面白さを見つけていった。その過程こそが、30年愛される番組の原点だったのかもしれません。

    では、その番組を30年見続けたくなるものにした、もう一つの理由は何だったのでしょうか。

    その答えを、鈴井貴之さんがとても印象的な言葉で語っています。「カメラの前で別人格でいる必要がなくなったから、僕は非常に楽になりました。」

    この一言には、『水曜どうでしょう』という番組の本質が詰まっているように感じます。

    つまり、4人はテレビ用の別人格を演じていたのではなく、かなり早い段階で「そのままの関係」を番組の中に持ち込んでいたのです。

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    カメラの前でも変わらない男「鈴井貴之」
    (ご本人の著書「ダメダメ人間」より)

    普通、テレビに出る人には「テレビの顔」があります。少し大げさに話したり、普段よりテンションを上げたり、自分を面白く見せるためのキャラクターを作ったりする。

    それは悪いことではなく、テレビという世界では自然な振る舞いなのだと思います。しかし、『水曜どうでしょう』の4人は、いつの間にかそれをしなくなっていました。

    鈴井さんは、『どうでしょう』がテレビではなく、自分の生活の一部になったと語っています。

    旅に出ることも、移動中に雑談することも、誰かをからかうことも、時には本気で怒ることも、仕事でありながら日常でもあった。

    だから、カメラが回っているからといって、別の自分になる必要がなくなったのです。

    この感覚は、視聴者にも自然と伝わっていたのではないでしょうか。

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    大泉洋の面白さを見つけた男「藤村忠寿」
    (ご本人の著書「けもの道」より)

    『水曜どうでしょう』を見ていると、「出演者を見ている」という感じがあまりありません。

    むしろ、知り合いの4人が旅行に行っているところを、たまたま横で見ているような感覚になります。

    大泉さんが本気でボヤき、ミスターが本気で困り、藤村Dが本気で笑い、嬉野Dが静かにカメラを回しながら時々言葉を挟む。その一つひとつが、演技には見えないのです。

    今回の対談の中で、藤村Dは大泉洋さんの本質的な魅力を「柔らかさ」だと語っています。

    オーストラリア3,700キロの旅で大泉さんがボヤき始めたとき、「これはすごいことになる」と思ったそうです。

    今となっては日本を代表する俳優になった大泉さんですが、最初から「大泉洋」というキャラクターが完成していたわけではありません。

    旅の中で自然に出てきた言葉や反応が面白く、それを藤村Dが見つけ、嬉野Dがカメラに収め、ミスターが受け止めていったのです。

    一方で、鈴井さんは大泉さんを暴走させてはいけないという責任感も持っていたそうです。番組がどんどん自由になっていく中で、自分がきちんとしなければならないと思っていた。

    しかし、旅を重ねるうちに、「自分は適当に話を振っていればいい」と気づいたと語っています。

    最初から役割分担が決まっていたのではなく、4人で旅を続ける中で、それぞれの立ち位置が自然に決まっていったのです。

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    変わらないどうでしょう班4人の距離感
    (雑誌「CUT」平成31年2月号より)

    私は、『水曜どうでしょう』が30年愛されている理由は、ここにあるのではないかと思います。私たちは、企画だけを見ていたのではありません。4人の人間関係を見ていたのです。

    しかも、作られたキャラクター同士の関係ではなく、本当にそこにいる4人の関係を見ていました。

    だから、何度同じDVDを見ても飽きないのだと思います。サイコロの行き先を知っていても、ヨーロッパの結末を知っていても、また見たくなる。

    それは、物語の結末を楽しみにしているのではなく、久しぶりに友人に会いに行くような感覚に近いのかもしれません。

    『水曜どうでしょう』は旅番組でありながら、人間関係を30年間見続ける番組でもありました。

    考えてみれば、4人は決して同じ性格の人たちではありません。むしろ、かなり違う人たちです。

    鈴井さんは、大泉さんと嬉野Dは今でも対立することがあると笑って語っています。

    それでも関係が壊れないのは、無理に相手に合わせず、自分をよく見せようともせず、そのままの関係でいられたからなのではないでしょうか。

    「カメラの前で別人格になる必要がなかった。」鈴井さんのこの言葉は、『水曜どうでしょう』がテレビでありながら、どこかテレビらしくなかった理由をよく表しています。

    演じていないから、古びない。作られたキャラクターではないから、何度見ても距離が近い。だから私たちは、30年経った今でも、あの4人に会いたくなってしまうのでしょう。


    (※記事中の画像は、作品紹介および考察を目的として、解像度を下げて引用しています。著作権は各権利者に帰属します。)


    次回(第34夜)は、「福助人形と1/6の夢旅人、小さな小道具が愛され続ける理由」について考えていきます。

    番組の中に何気なく置かれていた福助人形や、旅の記憶と結びついた楽曲『1/6の夢旅人』。小さな小道具や音楽が、なぜ30年後もファンの記憶に残り続けているのかを読み解いていきます。

    ※この連載は、これからも『水曜どうでしょう』の魅力を一つずつ読み解いていきます。「❤️スキ」「👤フォロー」で応援いただけると励みになります。


    📌今回の内容を踏まえて、皆さんは『水曜どうでしょう』の4人の魅力はどちらに近いと感じますか?

    A:テレビ用に作り込まれていない、素の関係性が見えるところ

    B:それぞれ役割が違う4人が、自然に噛み合っていくところ

    どちらに近いか、理由もあればぜひコメントで教えてください。
    (コメントには必ずご返信させていただきます)
    今後の『水曜どうでしょう』考察の参考にさせていただきます。


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    ■運営者(ユウナ)について
    このnoteでは『水曜どうでしょう』をテーマに執筆しています。以下の別アカウントでは、普通の会社員だった私が、FIREを達成するまでの資産形成の実体験を記録しています。

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