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『水曜どうでしょう』藤村Dは仕事を語り、嬉野Dは人生を語る。二人に共通する生き方とは?トークイベント潜入レポート|第60夜 特別編

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    今回はいつもと違い、2026年7月27日(日)に開催されました藤村さんと嬉野さんのトークイベントに参加してきましたので、そちらのレポートを記載したいと思います。

    第1部は「藤やん流!仕事に効く道場」、第2部は「うれしーと楽に生きる寺子屋」↗です。

    今回で参加するのは3回目、開催場所は川崎市中原区にあります武蔵新城駅の近く、パサールベースになります。徐々にこの武蔵新城に愛着がわいてきた気がします。

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    今回もやって参りました。自宅から電車で約55分

    テーマは、藤村さんは仕事について語り、嬉野さんは人生について語ります。でも、話の中身は毎回まったく違います。

    今回、藤村さんは「どうでしょう祭」の裁判企画、Tシャツやステッカー、グッズの話。嬉野さんもAIの話をしていたと思ったら、アイリスオーヤマの事業背景、日本経済、ロマンス詐欺へと、どんどん話が広がっていきました。

    聞いている途中では、「今日は一体どこへ向かうんだろう」と思うことがあります。それでも最後まで聞いていると、不思議なくらい、すべての話がテーマへ戻ってきます。

    二人の話は脱線しているように見えて、実は同じことを違う角度から何度も語っているのだと思いました。


    藤村Dが語る「仕事との向き合い方」

    まずは第一部、藤村さんのパートは、今年開催される「どうでしょう祭」で行われる裁判企画と、販売する予定のTシャツやステッカーの話から始まりました。

    ※裁判企画についての詳細は、どうでしょう祭の本番のネタバレになってしまいそうでのでここでは詳しくは述べないようにいたします。。

    Tシャツについては、完成されたTシャツとは別に、白いTシャツと複数のステッカーを用意して、買った人が自分の好きな組み合わせで貼り、デザインできるものも用意するそうです。

    番組に登場した土地や言葉をモチーフにしながら、会場ごとに限定のものも作る予定だといいます。

    一見すると、仕事論とは関係のない祭グッズの紹介です。でも、話を聞いているうちに、ここにはすでに藤村さんの仕事に対する考え方が表れているように感じました。

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    「どうでしょう祭」の裁判企画は相当盛り上がると語る藤村D

    完成した商品を一方的に売るのではなく、買った人にも手を加えてもらい、自分だけのものを作ってもらう。作り手と受け手を分けるのではなく、受け手も遊びの中へ巻き込んでいく発想です。

    藤村さんは、仕事を自分たちだけのものにはしていません。だからといって、会社やスポンサーだけのものにもしていない。ファンと一緒に楽しめるところまで、仕事の範囲を広げています。

    祭のグッズを考えることも、番組を作ることも、藤村さんの中では同じ「仕事」なのかもしれません。


    そこから話題は、「できる仕事」「できない仕事」「できるけれど面倒な仕事」「できないけれど、やるべき仕事」へと移りました。藤村さんの答えは、とても明快でした。

    自分にはできないと分かっている仕事は、そもそも範疇から消えている。興味もなく、やる気もなく、できない仕事を振られたなら断るというのです。

    無理に引き受けて体を壊し、仕事そのものが嫌になってしまうくらいなら、最初から拒絶した方がいい。ただ、断るときに相手と正面からぶつかる必要はないとも話していました。

    相手が怒らせようとしてきても、その土俵に乗らない。相手の思惑に乗らず、自分の身を守ることも大切だという話でした。

    これは単に「嫌な仕事から逃げればいい」ということではないと思います。自分が何を引き受けて、何を引き受けないのかを、自分で決めるということです。

    何でも受け入れることが誠実なのではなく、自分が責任を持てない仕事を断ることも、仕事への向き合い方の一つなのだと感じました。


    また、藤村さんは二十代の頃、営業部門が獲得してきたCMを、どの番組へ何本入れるか調整する仕事をしていたそうです。。

    当時のHTBは、他局と比べて視聴率が高い局ではありませんでした。営業担当者は競合局と戦うために、「あと数本CMを増やしてほしい」と藤村さんへ頼んできます。

    けれど藤村さんは、局の現実と数字を見たうえで、出せないものは出せないと断っていました。その一方で、相手が「なぜ今回だけ、その一本が必要なのか」をきちんと説明したときには、自分の裁量で本数を追加することもあったそうです。

    ここで印象に残ったのは、藤村さんがただ自由に判断していたわけではないということです。自分で決める代わりに、その結果も自分で引き受けていました。

    先輩に相談して判断を預けることもできたはずですが、同じ数字と状況を見ているなら、最後は自分で決めるしかない。藤村さんが手にしていた裁量は、好き勝手にできる権利ではなく、責任とセットになった自由だったのだと思います。

    この考え方は、『水曜どうでしょう』の現場でも変わりません。

    ロケが予定どおりに進まなくても、出演者を思いどおりに動かそうとするのではなく、自分が会話に入り、場の流れを動かしていく。最後には、編集によって一つの作品にまとめます。

    現場で何が起きても、最終的な編集権は自分にある。その自信があったからこそ、藤村さんは他のメンバーを自由にさせることができたのだと思います。

    タレントのその発言を使うかどうか、その予定外の出来事をどう対処するか、最終的には編集で面白くできる、何なら出演者の人格すら編集で何とでもできると考えていたそうです。

    最後に自分が責任を持てるからこそ、途中の失敗や脱線も受け入れられたのでしょう。


    話の中では、「中間管理職」の立ち位置についても触れられていました。上と下の両方から責められる場所だと考えれば苦しくなります。でも、上と下の両方の情報が集まる場所だと考えれば、全体を見渡し、動かせる立場にもなります。

    そこで藤村さんが例に出していたのが、嬉野さんでした。嬉野さんは、チーフでも主演でもありません。番組の中で分かりやすく権力を持っているわけでもない。それでも、視聴者から「精神的支柱」と呼ばれることがあります。

    藤村さんによれば、嬉野さんは、自分が置かれた場所の中で、どこに立てば全体を見渡せるのかを見つける人なのだそうです。肩書そのものが問題なのではなく、その肩書の中で自分がどこに立つかが大切なのだという話でした。


    その後、話は「会社のバックアップ」へ移っていきました。新しいプロジェクトを始めたいけれど、会社の全面的な協力が得られない。そんな質問に対して、藤村さんは、そもそも会社のバックアップを求めていなかったと話していました。

    会社の人に口を出される方が面倒だから、むしろ放っておいてもらいたかった。『水曜どうでしょう』を始めた頃から、藤村さんは自分が企画と制作を仕切り、プロデューサーには予算の管理を任せていました。

    自分は作りたいものを作る。予算がオーバーするなら、そこでプロデューサーが止めればいいという分担です。

    会社に何もかも用意してもらわなければ動けない状態では、会社を離れた瞬間に何もできなくなります。肩書や部下がいるから働けるのではなく、自分は何ができる人間なのか。

    それを早いうちから考えておかなければ、定年を迎えたときに途方に暮れてしまうという話もありました。

    その中心にあったのが、「個人から出発しないと、仕事の意味がない」という言葉でした。会社に貢献することや、公私混同を避けることは、社会人として正しいことのように聞こえます。

    でも、個人の動機がなくなってしまえば、仕事は言われたことを処理するだけの作業になってしまいます。

    自分は何を面白いと思うのか。何をやりたいのか。誰に、どんなものを届けたいのか。そこから始まらなければ、長く続けられる仕事にはならないのだと思います。


    藤村さんは、『水曜どうでしょう』を徹底的に私物化してきました。自分が行きたい場所へ行き、行きたい場所がなくなればレギュラー放送をやめる。

    旅をすることに飽きたら、今度は家を建てる。自分たちが面白いと思える方向へ、仕事そのものを動かしてきました。

    その積み重ねが、番組終了後もDVDやイベント、グッズという形で広がり、今もファンとの関係を続けています。番組を一度放送して終わらせるのではなく、何度も再放送し、DVDにし、イベントを開き、一つの作品を何十年も育ててきました。

    だから、冒頭の祭グッズの話は、単なる脱線ではなかったのだと思います。ファンと一緒に遊びながら、仕事を長く続けられる形へ変えている。Tシャツやステッカーの話そのものが、藤村さんの仕事論だったのです。


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    嬉野先生パート開始前の一コマ。奥には出版本にサインする藤村D

    嬉野Dが語る「人生との向き合い方」

    第2部である嬉野さんのパートはAIの話から始まりました。嬉野さんは最近、AIを使ってさまざまなことを調べていて、AIに聞く過程を丁寧に説明されるのですが、その順を追ったロジカルな内容が面白く話に引き込まれます。

    サッカークラブの補強の話から始まり、アイリスオーヤマの経営、日本経済の歴史、戦後の預金封鎖や資産課税まで、気になったことを次々と尋ねています。

    一つの疑問から別の疑問へ移り、そこからさらに別の時代や国へ飛んでいく。聞いている側は、どこまで話が広がるのか分かりません。

    でも、嬉野さんにとって大切なのは、正解だけを効率よく得ることではないのだと思います。

    自分が生きてきた時代を、自分の人生と重ねながら理解し直す。高度経済成長とは何だったのか。なぜ日本人の多くが、「自分たちは豊かになった」と感じられる時代が生まれたのか。

    AIとの会話を通して、嬉野さんは、自分が見てきた出来事に、あとから意味を与え直しているように感じました。

    もちろん、嬉野さんもAIを無条件に信用しているわけではありません。AIはときに間違ったことを言いますし、人間に寄り添いすぎることもあります。

    知識はあっても、体がない。痛みも、暑さも、その場の空気も、本当の意味では感じられません。

    人間は体を持ち、誰かを好きになり、傷つき、思い込み、間違えます。その不完全さは弱さでもありますが、同時に、人間にしかない感情や物語を生み出しているのかもしれません。


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    嬉野先生は、最近AIを使いこなし色々な疑問を解決している

    ここから話は、ロマンス詐欺へ移りました。ある大学の名誉教授が、会ったこともない相手を信じ、多額のお金を失ったという話です。

    知識のある人でさえ騙されてしまう。この事実を、「知識が足りなかったから」で片づけることはできません。

    嬉野さんが考えていたのは、人間が、実際には存在しない相手の中にも感情や人格を感じ取ってしまうことでした。会ったことがなくても、言葉を交わしているうちに、自分の中で相手の姿を作り上げてしまう。

    その人物が本当は存在していなかったとしても、本人の中に生まれた感情まで嘘になるわけではありません。

    騙されていた期間、その人は幸せだったのかもしれない。もちろん、だから詐欺を肯定していいという話ではありません。

    でも、人はなぜ騙されるのかと考えるとき、「愚かな人だった」と切り捨ててしまえば、その人が抱えていた孤独を見落としてしまいます。

    嬉野さんは、人を裁く前に、その人が見ていた世界を想像しようとします。なぜその相手を信じたかったのか。その時間に、その人はどんな幸福を感じていたのか。

    そんなところまで考えてしまうのが、嬉野さんの人生の見方なのだと思います。


    後半では、奥様がタイで大きな事故に遭ったときの話が語られました。全身の多くの箇所を骨折し、特に大腿骨を折るほどの大けがだったそうです。いくつもの幸運が重なり、奥様は命を取り留め、日本へ戻ることができました。

    医師から見れば、まずは命が助かったこと自体が重要です。奥様の趣味であるスカッシュへ復帰できるかどうかなど、すぐに考えられる状態でもなかったそうです。

    それでも奥様は、「いつ立てるのか」「いつスカッシュができるのか」を考え続けていたそうです。

    「生きているだけで十分」と言われても、そこで自分の未来を止めなかった。時間はかかりましたが、やがてキャンプへ行き、自分でテントを立て、スカッシュにも復帰しました。


    嬉野さんは、この経験から「人間は、イメージしたところに行ってしまう」と話していました。できない自分を強くイメージすれば、人はその方向へ進んでしまう。

    反対に、もう一度立つ自分や、好きなことへ戻る自分をイメージできれば、その未来へ向かうための行動が始まります。

    もちろん、どんな夢でも思えば実現するという単純な話ではありません。あまりにも現実から離れた未来は、自分でも信じることができないでしょう。

    大切なのは、「ここまでは行けるかもしれない」と自分が思える場所に、未来のイメージを置くことなのだと思います。


    ロマンス詐欺の話でも、人は自分の中に相手の姿を作り上げていました。奥様のリハビリでも、自分の中に未来の姿を作り上げていました。一方は人を傷つけ、一方は人を立ち上がらせています。

    人間には、まだ目の前に存在していないものを心の中に描き、そのイメージへ向かって進んでいく力があります。その力が悪い方向へ向かえば、現実を見失ってしまうこともある。

    でも、良い方向へ働けば、人をもう一度立ち上がらせることもできます。

    嬉野さんの話は、AI、日本経済、ロマンス詐欺、奥様のリハビリと、大きく脱線しているように見えました。でも、そのすべては、人間がどんなイメージを抱いて生きていくのかという問いでつながっていたのだと思います。


    なぜ二人の話は、たとえ脱線しても一本につながるのか

    藤村さんの話は、仕事をどう自分のものにするかという話でした。嬉野さんの話は、人生の中でどこに自分のイメージを置くかという話でした。一見すると、二人が話していることは違います。

    でも、共通しているのは、自分の人生を誰かに預けないということだと思います。藤村さんは、会社のバックアップを待ちません。自分で判断し、自分の裁量を広げ、自分が楽しめる形へ仕事を変えていきます。

    嬉野さんは、医師や社会が示す未来だけを受け入れません。自分がどこへ進みたいのかを考え、その方向に未来のイメージを置いていきます。

    二人とも、環境が整うのを待っているのではなく、その環境の中で自分がどこに立つのかを決めています。


    そして、この二人の話し方そのものが、『水曜どうでしょう』にとてもよく似ています。番組の旅は、目的地へ効率よく進むことを目指していません。

    道を間違え、予定が崩れ、出演者が怒り、ディレクターが笑い、気づけば最初とは別の場所へたどり着いています。

    それでも、最後に一つの作品として見ると、すべてがつながっています。寄り道や失敗を削り、目的地へ着いた部分だけを見せても、『水曜どうでしょう』にはなりません。

    予定外の出来事を抱えたまま、最後に一つの物語へまとめる。藤村さんと嬉野さんのトークも、それと同じなのだと思います。

    藤村さんは、祭のステッカーから仕事の私物化へ進み、最後にはファンとの関係へ戻ってきました。嬉野さんは、AIから日本経済へ進み、ロマンス詐欺を経て、人間が抱くイメージの力へたどり着きました。

    話の途中で、「これは何の話なんだろう」と思う時間があります。でも、その時間があるからこそ、最後に話がつながったときの納得が大きいのだと思います。

    二人は、最初に答えを用意して、そこへ向かって話しているわけではありません。

    話しながら考え、途中で見つけた面白いものを拾い、その場で一つの形にしていく。だから毎回、「仕事」と「人生」という同じテーマを語っているのに、同じ話にはなりません。


    トークイベントへの今回で3回目の参加でしたが、また次も聞きに行きたいと思いました。それは、新しい知識を得られるからだけでは無いような気がします。

    二人が寄り道しながら、今日も自分たちの言葉で仕事と人生を考えていく。その過程そのものが面白いから。そんな気がします。

    仕事を自分の人生から切り離さないこと。人生を誰かが決めた正解に合わせないこと。自分がどこに立ち、どこへ向かうのかを、自分で考え続けること。

    藤村さんは仕事の話をし、嬉野さんは人生の話をします。でも、二人が語っているのは、もしかすると毎回同じことなのかもしれません。

    自分の人生を、誰かに決めてもらわないこと。今回の二人の話を聞いて、私はそんなことを考えました。


    (※記事中の画像は、作品紹介および考察を目的として、解像度を下げて引用しています。著作権は各権利者に帰属します。)


    次回、第61話は、またいつも通り話を戻し、「カントリーサインカードは、なぜ記憶に残るのか」について考えていきます。

    この連載は、これからも『水曜どうでしょう』の魅力を一つずつ読み解いていきます。「❤️スキ」「👤フォロー」で応援いただけると励みになります。


    📌今回の内容を踏まえて、皆さんは……

    A:藤村さんの「仕事との向き合い方」が印象に残りましたか?
    B:嬉野さんの「人生との向き合い方」が印象に残りましたか?

    ぜひコメントで教えてください!
    (コメントにはできる限り返信させていただきます。皆さんの考えも、ぜひ聞かせてください。)


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    ■運営者(ユウナ)について
    このnoteでは『水曜どうでしょう』をテーマに執筆しています。以下の別アカウントでは、普通の会社員だった私が、FIREを達成するまでの資産形成の実体験を記録しています。

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