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『水曜どうでしょう』藤村Dが語った「勝ち続ける重圧」と、嬉野DがAIに問い続ける理由|第88夜 特別編

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    今回は、第11章「サイコロ4」をいったん離れた特別編です。

    2026年8月23日、川崎・武蔵新城のPASAR BASEで開催された、第8回『藤やん流!仕事に効く道場』&『うれしーと楽に生きる寺子屋』に参加しました。

    このイベントへの参加は3回目。そして、武蔵新城を訪れるのは今回で4回目です。初めて来たときには「イベント会場のある街」だった武蔵新城も、駅を降りた瞬間に少し懐かしさを感じる場所になってきました。

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    2026年8月23日、会場となったPASAR BASE
    (筆者撮影)

    第1部は藤村Dの仕事論、第2部は嬉野Dの人生論。ただし、二人の話は用意された答えへ一直線に進みません。大泉さんのリサイタルからチーム作りへ、AIから日本経済、火星、そしてユーコンへ。今回も寄り道を重ねながら、最後には『水曜どうでしょう』らしい場所へ戻ってきました。

    第1部――「勝って当然」になった番組の重さ

    第1部で最初に語られたのは、『大泉洋リサイタル2』の幕間映像です。『必殺仕事人』や『ジェームズ・ボンド』を題材にした映像は会場を大いに沸かせましたが、その制作は、藤村Dにも大泉さんにも「本当はやりたくない仕事」だったといいます。

    大泉さんは頼みたくない。藤村Dも受けたくない。それでも大泉さんは本番のおよそ1か月前に依頼し、撮影の具体的な話はさらに直前になってから持ち込む。藤村Dは断れず、「今年一番の憂鬱な仕事」が始まりました。

    なぜ、かつて好き勝手に番組を作っていた二人が、そこまで重圧を感じるのでしょうか。

    藤村Dは、初期の『水曜どうでしょう』には「負けても構わない」という強さがあったと振り返ります。それこそ98年4月の大事な改編期に、動きのないワカサギ釣りを放送できたのは、失うものがなく、釣れなくても自分たちなら何とかできると思っていたからです。

    しかし、30年がたった今は違います。『水曜どうでしょう』は面白くて当然、大泉さんと藤村Dが組めば今回も勝つだろうと思われている。視聴者が「4人が揃えば、それだけでいい」と言っても、作り手はそこへ甘えることができません。

    藤村Dが恐れていたのは、観客の期待だけではありませんでした。依頼してきた大泉さんを、がっかりさせたくなかったのです。大泉さんもまた、自分から依頼した以上、幕間映像が失敗すれば責任を負わなければならない。二人は互いに巨大な借金を背負ったような気持ちで、撮影へ向かっていたのではないでしょうか。

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    第1部で幕間映像の制作現場を振り返る
    藤村D(左)と玉木さん(右)

    「ジェームズ音頭」が生まれた瞬間

    撮影には数十人のスタッフが集まっていたと言います。しかし、肝心の二人はほぼノープラン。大泉さんは早く来ると言いながらなかなか現れず、到着後も10分以上トイレにこもっていたそうです。

    それでも撮影が始まると、現場の空気から次々とアイデアが生まれます。なかでも決定打になったのが、「ジェームズ音頭」でした。藤村Dは、その言葉が出た瞬間に「勝った」と感じたといいます。打ち合わせではなく本番の撮影が行われる現場で生まれた単語により、現場にいた全員の熱が一段上がったと語られていました。

    完成した映像は、当初求められていた約5分を大きく超える内容になったと言います。運営側から短縮を求められても、大泉さんは「これがなければ駄目だ」と譲らず、曲を削ってでも残そうとしました。そして映像を確認した大泉さんから、藤村Dへ連絡が届いたそうです。

    「我々は、さまざまなプレッシャーをはねのけて、今回も勝ちましたね」

    二人が欲しかったのは、単に客席の笑いではなかったのでしょう。長く一緒に作ってきた相手から、「今回も大丈夫だった」と認められること。その安堵が、30年目の“勝利”だったのだと思います。

    階段を上るより、風に乗る

    話はここから、なぜ大泉さんが現在の場所まで進めたのかへ広がりました。

    藤村Dの見立てでは、大泉さんは自分で強力なエンジンを作り、一直線に走る人ではありません。現場に吹く小さな風を見逃さず、そこへ帆を張れる人です。映画なら作品という大きな風だけではなく、毎日の撮影現場で共演者やスタッフから吹く風にも乗る。自分を引いてくれる人を信じ、その力で上がっていく「凧」に近いという話でした。

    この考え方は、チーム作りにもつながります。藤村Dはモルックのチームで、自分はホームランを狙う4番ではなく、次につなぐ2番打者だと公言していました。

    中心人物だからといって、最も目立つ役を引き受ける必要はない。誰が打ちたがっているのかを見て、自分の役割を先に明らかにする。その方が、ほかの人も自分の居場所を見つけやすくなります。

    仕事とは、全員で同じ階段を苦労して上ることではないのかもしれません。誰かが風を起こし、誰かが引き、誰かが乗る。自分にできないことを仲間へ渡しながらも、最後の編集のように「ここだけは自分がやりたい」という場所は手放さない。

    藤村Dの仕事論は、努力の量よりも、役割と信頼の置き方を考える話でした。


    第2部――嬉野Dは、なぜAIへ問い続けるのか

    第2部は、嬉野DがAIとの会話から知った「暗黒啓蒙」の話から始まりました。アメリカの国家機能が巨大テック企業へ依存し、企業が協力をやめれば戦争やインフラさえ動かなくなるかもしれない。

    そこから話は、戦後の一億総中流、1980年代の税制、プラザ合意、中国が「世界の工場」になった過程へと広がっていきます。

    途中だけを切り取れば、政治経済の講義のようです。しかし、嬉野Dが知りたいのは正解そのものではありません。自分が生きてきた時代は何だったのか。

    なぜ昔は、頑張れば多くの人が豊かになれるように感じられたのか。AIへ質問を重ねながら、嬉野Dは自分の記憶と歴史をつなぎ直しているようでした。

    もちろん、AIは平然と間違えます。質問の仕方によって答えも変わる。その危うさを承知したうえで、嬉野Dは一つの疑問から次の疑問へ進みます。藤村Dが現場の風へ帆を張る人なら、嬉野Dは目の前に現れた疑問へ、次々と細い道を伸ばす人なのだと思います。

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    AIから日本経済、火星へと話を広げていく嬉野D(右)

    AIは『水曜どうでしょう』の新作を作れるのか

    AIの話で特に印象に残ったのは、「作者とは誰なのか」という問いでした。AIが書いた文章を、人間の著名人が書いたものだと思って読めば面白く感じる。

    それがAI製だと知った途端、読者はがっかりするかもしれません。ならば私たちは、文章だけを読んでいるのか、それとも作者の人生を読んでいるのでしょうか。

    司会の玉木さんより、『水曜どうでしょう』の全映像をAIへ学習させれば、それらしい新作は作れるかもしれないという話も出ました。企画発表で大泉さんが驚き、藤村Dが笑い、ミスターが冷静に進行する。おなじみの型を再現することは、AIの得意分野でしょう。

    それでも嬉野Dは、AIには「年を取ること」ができないと話します。

    同じことを繰り返しているように見えて、4人は毎回少しずつ違います。若い頃なら勢いで進めた旅に疲れ、昔は笑えた無茶に戸惑い、それでも再び集まれば同じ関係へ戻っていく。その変化は演技の型ではなく、4人が実際に過ごした時間です。

    AIが『水曜どうでしょう』らしい会話を作れても、30年分の老いと記憶までは生きられません。私たちが新作で見たいのは、新しい企画だけではなく、「今の4人が、同じことをしたらどうなるのか」なのだと思います。

    ユーコンで必要だったのは、最新機材ではない

    会場から撮影について質問が出ると、話はユーコン川へ飛びました。約1週間、充電できない場所へ入るため、大量のバッテリーを用意する。1時間でテープを交換し、ワイヤレスマイクの電池も管理する。

    その後、原付横断の企画の際に生み出した会話のやり取りの方法に、話は広がります。出演者同士と撮影側が会話できるよう、アンプ、スピーカー、トランシーバーを組み合わせた独自の仕組みを現場で作ったそうです。

    嬉野Dが強調したのは、映像以上に「音」が大切だということでした。絵が乱れても、その場の会話が残っていれば作品にできる。しかし、どれほど美しい景色が撮れても、声が失われれば『水曜どうでしょう』にはなりません。

    最新の機材を持つことより、何を残したいのかを決めること。その目的が分かれば、手元にある道具の組み合わせから答えを作れます。ユーコンの撮影は、技術の話でありながら、番組が30年続いた理由の話でもありました。

    二人に共通していたのは、「一人で進まない」こと

    藤村Dは、風を見つけて仲間へ役割を渡します。嬉野Dは、AIの答えさえ疑いながら、次の問いへ進みます。一方は仕事を動かし、もう一方は思考を動かす。方法は違っても、二人とも、自分一人の力だけで目的地へ着こうとはしていません。

    そして『水曜どうでしょう』も、最初から正解を決めて進む番組ではありませんでした。現場で起きたことを受け入れ、誰かの失敗を次の材料にし、最後に編集で物語へ変える。寄り道した時間まで作品にしてしまいます。

    今回で3回目の参加でしたが、同じ「仕事」と「人生」という看板から、前回とはまったく違う話が生まれました。武蔵新城へ足を運ぶのも4回目。それでも、二人が次にどこへ脱線するのかは分かりません。

    その予測できなさを楽しみに、またこの街へ来たいと思います。


    (※記事中の画像は、作品紹介および考察を目的として、解像度を下げて引用しています。著作権は各権利者に帰属します。)


    次回、第89夜もいつもと違う内容をお伝えしたいと思います。

    この連載は、これからも『水曜どうでしょう』の魅力を一つずつ読み解いていきます。「❤️スキ」「👤フォロー」で応援いただけると励みになります。


    📌今回の内容を踏まえて、皆さんは……

    A:藤村Dの「風に乗り、役割を渡す仕事論」が印象に残りましたか?
    B:嬉野Dの「疑問から疑問へ進む人生論」が印象に残りましたか?

    ぜひコメントで教えてください!
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