
『水曜どうでしょう』の笑いを支えた「音」は、どのように生まれたのか――工藤哲也さんが語る番組の裏側|第84夜
前回の第83夜では、1998年に登場した最初の公式グッズを振り返り、番組への「好き」という気持ちが、目に見える形でファンの日常へ持ち出されていった過程を考えました。
今回は、画面の外側から『水曜どうでしょう』を支えてきた一人に注目します。番組の初回放送から、音楽や効果音を手がけてきた音響効果の工藤哲也さんです。
大泉さん、ミスター、藤村D、嬉野Dの会話が中心となる『水曜どうでしょう』では、音楽や効果音が強く意識される場面は多くありません。しかし、工藤さんの話から見えてくるのは、音が目立たないことこそ、この番組に必要な音響設計だったということです。

(引用元:DVD「北海道212市町村カントリーサインの旅Ⅱ」より)
初回放送から番組の「音」を支えてきた
工藤さんが『水曜どうでしょう』に参加したのは、初回が放送された1996年10月9日からでした。それ以前には、番組の前身である『モザイクな夜』の音響効果も担当していたため、当初はその仕事の続きという感覚だったと振り返っています。
初期の『水曜どうでしょう』には、アーティストへのインタビューやさまざまな企画がありました。工藤さんも、最初からほかの番組とは違う特別な存在だと感じていたわけではなく、通常のバラエティー番組とそれほど変わらないと思っていたそうです。
ところが、放送開始からおよそ1年が経ち、ミスターと大泉さんを中心とした旅企画が番組の軸になっていくと、その印象は変わっていきました。工藤さんは『水曜どうでしょう』を、単なるバラエティー番組ではなく、大泉さん、ミスター、藤村D、嬉野Dによる「4人のセミドキュメンタリー」と捉えるようになります。
この認識の変化は、番組に付ける音にも大きな影響を与えました。
面白くするために、音を足しすぎない
一般的なバラエティー番組では、驚いた瞬間に大きな効果音を入れ、笑ってほしい場面には音楽を重ねることで、視聴者の感情を導きます。音は、映像の面白さを強調するための分かりやすい装置になります。
しかし工藤さんは、『水曜どうでしょう』では余計なことをしないように心がけていたと語っています。4人が映っているだけで十分に面白いため、音を何重にも加えて笑いを作る必要がなかったのです。
大泉さんのぼやきに、派手な効果音を重ねる。藤村Dの笑い声に、さらに笑いを示す音を足す。そうした演出を増やせば、場面の面白さは一時的に分かりやすくなるかもしれません。
一方で、音を加えすぎると、4人の会話の間や車内に流れる空気が見えにくくなります。工藤さんが音を抑えたことで、言葉が途切れた瞬間や、誰かが笑い始めるまでのわずかな時間まで、そのまま視聴者へ届くようになりました。
「ドーン!」と「ビシッ!」だけでよかった
工藤さんは、番組が進むにつれて、テレビ番組を作っているという意識さえ薄れていったと振り返っています。それに伴い、音についても以前ほど頑張らなくなり、「ドーン!」や「ビシッ!」という程度しか入れていなかったと笑います。
もちろん、実際に何もしていなかったわけではありません。重要なのは、どこに音を入れるか以上に、どこへ音を入れないかを判断していたことです。
大泉さんが何かに驚いたとき、すでにその声や表情だけで場面は成立しています。そこへ過剰な音を加えず、必要な瞬間にだけ短い効果音を置く。音が笑いを作るのではなく、すでに生まれている笑いの輪郭だけを、わずかに強くしていたのでしょう。

(引用元:DVD「北海道212市町村カントリーサインの旅Ⅱ」より)
藤村Dから、細かな注文はほとんどなかった
工藤さんによれば、藤村Dから「ここにこの音を入れてほしい」といった細かな注文を受けることは、ほとんどなかったそうです。当初は工藤さんが音を付けた後に確認してもらっていましたが、そのやり取りも次第になくなっていきました。
これは、音響効果が軽視されていたということではないと思います。藤村Dが工藤さんの感覚を信頼し、工藤さんもまた、藤村Dが編集によって作った4人の空気を理解していたからこそ、細かな説明を必要としなかったのでしょう。
使いたい音楽がある場合には、藤村Dが自ら持ってくることもありました。ドラマ「四国R-14」のオープニングに使われた「戦車部隊移動Ⅰ」は、大泉さんと安田顕さんが出演した映画『ガメラ2 レギオン襲来』の劇中曲です。
また工藤さんは、藤村Dが音を付ける作業も器用にこなしていたと話しています。ミスターや大泉さんがどこかへ足をぶつければ、その細かな動きを拾い、自ら「ドンッ」という音を入れる。編集によって笑いの場所を見つけ、その笑いに必要な音まで考えていたのです。
音響効果は、編集の最後を受け取る仕事だった
細かな演出について話し合う機会は少なかった一方で、工藤さんと藤村Dの間で頻繁に交わされていたのは、締め切りについての話でした。
藤村Dは、放送直前まで編集を磨き続けます。その編集が終わらなければ、工藤さんは音を付ける作業へ進めません。当時は現在のようにパソコンで簡単に作業できる環境ではなく、音響効果を仕上げるにも長い時間が必要でした。
工藤さんは、当時の制作現場について、昼夜逆転どころか「昼も夜もない状態」だったと振り返っています。藤村Dがぎりぎりまで編集し、その完成した映像を工藤さんが受け取り、放送に間に合うよう音を整える。画面ではのんびりと旅をしているように見える一方、その裏側では、時間との厳しい戦いが続いていました。
ここにも、『水曜どうでしょう』の音が目立ちすぎない理由が見えてきます。工藤さんは、完成した映像へ自分の演出を上乗せするのではなく、藤村Dの編集によって生まれたリズムを壊さず、最後の仕上げをしていたのです。
画面に映らない「どうでしょう班」がいた
工藤さんは、当時の制作部のメンバーとは、24時間一緒にいるような状態だったと語っています。そして藤村Dと嬉野Dについて、「戦友」と表現しました。
『水曜どうでしょう』といえば、大泉さん、ミスター、藤村D、嬉野Dの4人が作る世界として語られます。しかし、その4人の世界が視聴者へ届くまでには、工藤さんのように画面の外側から支える人たちがいました。
ただし、工藤さんは自分の存在を音によって強く主張しようとはしませんでした。4人が面白ければ、その面白さを邪魔しない。会話が生きていれば、無理に音を足さない。必要な場所にだけ、最小限の音を置く。
それは、4人を信頼していなければできない仕事だったと思います。
『水曜どうでしょう』の音は、笑いを作らなかった
『水曜どうでしょう』の笑いを支えた音は、視聴者へ「ここが面白い」と繰り返し教えるためのものではありませんでした。すでに4人の間で生まれている笑いを見つけ、その空気が失われないように整えるためのものでした。
工藤さんが番組を「4人のセミドキュメンタリー」と捉えたからこそ、音響効果も出演者の感情を作るのではなく、そこにある感情を残す方向へ変わっていったのでしょう。
何も起きていない時間を消さない。会話の間を埋めない。出演者のリアクションを、音で必要以上に誇張しない。その引き算があったから、視聴者はテレビ番組を見ているというより、4人と同じ車内にいるような感覚を味わえました。
番組の裏側で工藤さんが作っていたのは、派手な「音」ではなかったのかもしれません。4人の声が、そのまま届くための静けさでした。
(※記事中の画像は、作品紹介および考察を目的として、解像度を下げて引用しています。著作権は各権利者に帰属します。)
次回、第85夜では、「『水曜どうでしょう』は、なぜ“未公開シーン”まで番組にできたのか」について考えます。
この連載は、これからも『水曜どうでしょう』の魅力を一つずつ読み解いていきます。「❤️スキ」「👤フォロー」で応援いただけると励みになります。
📌今回の内容を踏まえて、皆さんは……
A:効果音や音楽を加えて、笑いを分かりやすく見せてほしい
B:会話や空気を生かすため、音は必要な分だけでいい
どちらに近いでしょうか。理由もあればぜひコメントで教えてください。
(コメントには必ずご返信させていただきます)
今後の『水曜どうでしょう』考察の参考にさせていただきます。
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■運営者(ユウナ)について
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