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マダガスカル新婚旅行記 第3部 モロンダバ編~束の間のハネムーンと憂鬱~

    (前回までのあらすじ)
    妻と私は上野動物園のマダガスカルコーナーに惹かれて、新婚旅行先をマダガスカルに決めた。ようやく首都アンタナナリボに到着したものの、モロンダバ行きの飛行機は1日遅れ、さらに帰りの便の欠航も決まった。次の目的地トゥリアラへは陸路で直行せざるを得ない。不安を抱えたまま、私たちはモロンダバへと飛び立った。

    アモーレの憂鬱

    モロンダバに着陸する。暑い。可動式の簡素なベルトコンベアで運ばれてきたスーツケースを受け取り、到着ゲートを抜けると、ガイドのFさんが出迎えてくれた。
    「ようこそモロンダバへ!ここがついに、待ちに待ったバオバブの街、モロンダバだよ!」

    着いて早々、モロンダバ一番の目当て、バオバブ・アベニューを見にいくことになった。目的地に向かう道は、タナの風景とは全く違っていた。日差しが強く、地面は乾いている。家の作りも行き交う人々の服装もまるで違う。別の大陸に来たかのようだ。

    街中を抜けて国道35号を進み、徐ろに現れた道を左折すると、急に道が悪くなった。路上のあちこちに大きな凹みができていて、その凹みを迂回して進まなければならない。車は上下左右に激しく揺れた。驚くことにここも国道だ。

    悪路はなかなか終わらない。まさかずっと続くのかと思った時に、窓の外、遠くにバオバブの木が見えた。歓声を上げる。バオバブは何もない赤土の平原のど真ん中に突然、冗談みたいに立っていた。よく見ると、それは点在していた。私たちはすでにバオバブの森の中にいた。

    程なくして道沿いにバオバブが現れる。次から次へと現れた。
    「ここは3種類のバオバブがある。背の高いグランディディエリ、ビール腹のようなザー、小ぶりで先端が細いフニィ。」
    Fさんの解説を聞きながら、私たちは目の前を流れるバオバブとの照合を試みた。興奮で悪路も気にならなくなっていた。

    ふと正面を見ると、そこには写真で見たままの景色が広がっていた。道の両サイドに連続して立ち並ぶバオバブ。バオバブ・アベニューだ。フロントガラスから見える景色は、月並みだが異世界という言葉がぴったりだった。そのバオバブ・アベニューを、車は止まらずに駆け抜けていく。

    「バオバブ・アベニューにはまた戻ってくる。その時に写真を撮れるから、安心して!まずは愛し合うバオバブ、バオバブ・アモーレを見に行こう。新婚の2人にぴったりだよ!そこで写真を撮って、バオバブ・アベニューに戻る頃に夕陽が見える。完璧なプランだよ!」

    Fさんはテンションが高く、サービス精神旺盛だった。私は礼を言いながら、流れる景色を車窓越しに眺めていた。自分は遠い国から来て、彼に身を任せる観光客だなあと思った。

    しかしどうやらFさんの完璧なプランは、スケジュールが少しタイトだったらしい。車は悪路を飛ばして、ぐんぐん進んでいく。

    やがて広場に出た。子供が沢山いて、その奥に簡素なお土産屋が数軒並んでいた。私たちの車が減速すると、子供がわっと車に群がってきた。ボンボン、ボンボンという声が聞こえる。ボンボンというのはアメのことだ。ニーハオと挨拶する声もちらちらと混じって聞こえる。子供達は何か私たちから貰おうと必死だった。間に大人も混じって、物乞いをしてくる。私たちが何もあげる気がない様子を見せると、責めるような目でこちらを見つめて、何か私たちに向かって叫び、やがて散っていった。

    降りた先に、バオバブ・アモーレがあった。2つのバオバブが捩れて絡み合っている。だいぶ濃厚な愛し方だった。Fさんは、ここは恋愛のパワースポットなんだ、と言って、私たちを木の前に立たせて、パシャパシャと写真を撮ってくれた。

    お土産屋を除く。木彫りのバオバブが置いてある。手にとって見ていると、Fさんが、「ここのは街の倍の値段するから、やめたほうがいい」と言って、私たちを車へ促した。日の入りが近づいていた。

    バオバブ・アモーレと観光客慣れした子供達に別れを告げて、バオバブ・アベニューへと車を走らせる。上下左右に激しく揺れる中で、驚くことに妻はうとうとし始めていた。

    道中、Fさんは明日からの動きについて説明し始めた。妻も目を覚ます。

    「明日の昼には出発して、次の目的地のモロンベに車で向かわなければならない。
    明日はバオバブ・アベニューで朝日を見てから、ベタニアという漁村に行く予定だが、代わりに、本当は今日行く予定だったキリンディー保護区に行くこともできるかもしれない。どちらがいいか?」

    恐らくそのようなことを言っていたのだが、英語のアクセントが私たちにとって少し分かりにくく、なかなか上手く意思疎通が取れない。

    やがて、「あなたたちは明日ベタニアに行くべきだ」というシンプルな主張に変わり、半ば押される形で明日の日程が決まった。妻は、本当にその旅程で良いのか、ツアー会社に確認をとったほうが良いのではないかと、私に何度も確認し、Fさんを信用して良いのか分からないと小声で言った。それで私たちは、車の中で少し言い合いをした。

    モロンダバについてから、なんとなく私と妻は噛み合っていなかった。お互い疲れもあってか、少しピリピリした雰囲気を感じていて、私自身も気が立っていた。

    明日以降のことも不安だった。モロンベに行くのは車で丸2日かかり、必ずマンジャという小さな街で一泊することになる。未舗装の過酷な道を超えた先に辿り着くマンジャには、ホテルが一軒しかない。人々はこういうらしい。
    「全ての道はマンジャ、カントホテルに通ず。」

    カントホテルのレビューを見る。妻に見せないように、と思ったが、遅かった。レビューを見ながら妻は、
    「せっかくの新婚旅行なのに。」と呟いた。
    一番聞きたくなかった言葉を聞いた、と思った。ここまでの様々な予定の変更も、トラブルも、なんとか2人でポジティブに受け止めようとしていた。普段は予定通りに物事が進まないことを嫌う妻が、マダガスカルにきてからは大らかに受け止めてくれていた。しかし、その限界が近づいていた。
    一方私は、彼女の言葉で、自分の空虚なポジティブ思考のメッキが剥がれ、「一生に一度の新婚旅行が台無しになる」という現実を認めるのをなにより恐れていた。

    もともと私たちはバックパックや冒険をしに来たつもりではなかった。だから、当初は登山用のザックを使うか迷いながらも、スーツケースを新調して、奮発してフルパッケージのツアーを組んでここまで来た。これは私たちの新婚旅行なのだ。

    そんな気分の中、皮肉にも車は、この旅で最も新婚旅行らしい場所、バオバブ・アベニューの夕日へと近づいていた。

    犬と夕陽とチク透けお姉さん

    バオバブ・アベニューには、夕日目当ての観光客が集まり始めていた。マダガスカルにきて初めて、まとまった人数の観光客を見た。

    車を停めて写真を撮り、それから道の隣の広場へと移動する。バオバブ・アベニュー越しに日の入りを見る、ビュースポットだ。広場には既に何人かの観光客が待機していて、日本人観光客にも出会った。一人旅に来ていた女性だった。バイクタクシーを捕まえてここまで来たはいいものの、帰りの交通手段が決まっていないのだという。フルパッケージツアーに乗ってのこのことやってきた私たちは、彼女の逞しさに目を丸くしながら話を聞いた。

    日の入りが近づくと人が増えてくる。日が沈むのを待っている時間は、皆妙にソワソワして、それでいて静かで、ゆっくりと時間が流れていく。野良っぽい犬が1匹、観光客に混じってうつ伏せで寝そべっていた。

    時はゆっくりと進んでいく。帰る手段の決まっていない彼女も、明日マンジャへと向かう私たちも、ぼんやりと、まだバオバブの木の少し上にある太陽を眺めている。

    やがて太陽はバオバブの木の頂点に触れ、それからゆっくりと地平線に近づきはじめる。人々はカメラを構え始めた。Fさんは、私たちにポーズを取らせた。こうしたら綺麗に撮れるのだ、と言って、撮っているスマホにもう一台のスマホを直角に沿わせて、黒い画面が夕陽を反射して逆さ富士のように上下反転するような写真を、試行錯誤しながら撮ってくれた。

    バオバブ・アベニューの夕日は綺麗だった。妻はこれが現実とは信じられないと言い、私もそれに心から同意した。
    私は、妻と出会ってからの日々を思い出していた。自分が結婚なんてできると思っていなかった。新婚旅行で2人で夕陽を見るなんて、私の人生には無縁のことだと思っていた。

    都内の私大を卒業した私は、社会に出ることがどうしても想像できず、半ば逃げるように、京都での大学院進学の道を選んだ。そしてフィールドワークに憧れて、岡山の田舎町でインターンシップを始めた。

    そこで私は、田舎町で生活を営む同年代の既婚者達に刺激され、マッチングアプリを始めた。そして、「25歳学生」とだけ書かれ、顔も見えない妻のプロフィールに、大学院生らしいというだけの理由で「いいね」した。

    大学院進学以来伸ばし続けていたボサボサの長髪をくくり、日焼けした肌は荒れ放題の状態で、最初のデートに向かった。彼女は徳島出身、岡山市在住の大学院生で、標準語の私を面白がった。
    南インドカレーを食べて、後楽園と岡山城を周った。帰り際、また会いましょう、と声をかけた。恋愛経験が皆無の私だったが、自然と声が出ていた。

    それからすぐに付き合い始め、2年強の遠距離恋愛を経て、関東での同棲が始まった。
    私は髪を切り、新社会人になっていた。妻は私が髪を切るのを残念がったが、私に未練はなかった。悶々とした大学院の3年間を経て、社会との向き合い方に自分なりの答えを出していた。それは3年前に思っていたような、退屈で絶望的なものではなかった。働き始めて3ヶ月後、サラダ記念日に結婚した。そして今、妻とマダガスカルにきて、夕陽を見ている。嘘のような、絵に描いたような幸福だった。

    夕陽は地平線にかかり、夜の闇が上空から侵食を始める。人々は沈む瞬間を見るために、目を凝らしている。犬も寝そべったまま、夕陽に顔を向けている。

    やがて完全に陽が落ちて、人々は思い思いのタイミングで広場を去っていった。日本人女性は、帰りの交通手段を見つけたらしい。私たちも、車へと戻ることにした。犬も歩き出した。犬はどこに向かうのだろう、と思った。

    モロンダバの街中のホテルにチェックインする。受付の恰幅の良いお姉さんは無愛想で、薄手のシャツを生で着て、信じられないくらい乳首が透けていた。黒々として大きく、乳頭に十字に入った切れ込みまでうっすらと窺えるほどだった。部屋についてから妻にそのことを話すと、私も思っていたと言って、久しぶりに2人で盛り上がって、チク透けお姉さんのディティールを語り合った。

    部屋はエアコンが効いていた。モロンダバに着いてからずっと暑かったので助かった。妻はとても疲れていて、そのまま寝てしまいたそうだったが、夜はもうFさんが、近くのシーフードレストランを予約してくれていた。

    レストランで私たちが注文したシーフードのセットは、2人では食べきれないくらい豪華なもので、甲殻類に目がない妻は大喜びだった。一方でFさんは、質素なプレートを注文していて、私たちは少し気後れした。私たちのシーフードを彼に勧めても、手をつけようとせず、逆に自分の食べているプレートを少し譲ってくれた。彼の食べているプレートの料理は、予想外にとてもおいしかった。
    私たちは食べきれないからと彼を説得し、シーフードをいくつか譲った。

    昼間、あれだけ陽気だったFさんは、夜になると何故か急にネガティヴになっていた。私には子供がたくさんいるが、お金がない。養育費をなんとかして稼がなければならないが、大変なんだ、と話しながら、頭を抱えていた。
    浮かれたシーフードを食べている私たちは、いたたまれない気持ちになった。なんとなく、切ない夕食だった。

    食後、歩いてホテルに帰った。海が近く、夜風が気持ちよかった。カメレオンから始まり、ATM巡礼、モロンダバに移動して、バオバブを見て、長い1日だった。明日の朝も早い。あっという間に眠りについた。

    バオバブ兄弟

    早朝、暗いうちに出発して、バオバブ・アベニューの朝日を見に行く。やはり観光客が大勢来ていた。薄明の中聳え立つバオバブは、尚更くっきりと、異様な存在感を放っていた。

    昨日の夕日とは逆側の、道沿いの土産屋の近くで朝日が登るのを待つ。待っている間に、Fさんが声をかけてきた。カメレオンを見つけたというのだ。
    バオバブの苗木を育てている小さなガーデンの奥の茂みに、カメレオンがいた。わざわざこんな奥までFさんは探しに行ってくれたのだろうか。のっそりと茂みの奥へと消えていく。種類までは判別できなかった。

    戻って程なくして、朝日が登り始めた。濃紺に塗られた暗い空が一瞬、オレンジの鋭い光を放って、空と大地の境目を彩る。それが過ぎれば真っ青な空の朝が、あっという間にはじまる。夕陽に比べると余韻はあっけらかんとしたものだ。

    バオバブ・アベニューに別れを告げる。あまり行程がわかっていないまま車に揺られていると、川に辿り着いた。
    ここで降りるようにFさんが言う。状況が飲み込めないまま降りると、Fさんは川辺でアウトリガーカヌーを浮かべている若者に「サラマサラマサラマ!」と声をかけた。「サラマ」はマラガシ語の挨拶だが、なぜかFさんはいつもそれを3回繰り返す。
    Fさんはカヌーの若者と二言三言会話をしてから、私たちの方を向いて、これに乗れとカヌーを指差した。120000アリアリで、ベタニアまでカヌーで連れて行ってくれるらしい。言われるがままに彼らにお金を渡すと、カヌーは出発した。

    川は濁り、対岸にマングローブが茂る中をカヌーはゆっくりと下っていく。しばらくすると広い河口にでた。我々が下っていたのは支流だったようで、本流と合流して海に流れ出た。

    その大きな河口の対岸に、白い砂浜と椰子の木の生えた、島のような陸地が見える。それがベタニアだった。楽園のような美しさだ。ベタニアはモロンダバの対岸にある小さな漁村で、ヴェゾと呼ばれる漁民が暮らしているのだという。

    上陸するなり、上半身裸の小さい子供たちの歓待を受ける。バオバブ・アベニューの反省を通じて飴はあげないことにしたが、バオバブ・アベニューの子供達とは違い、彼らは少しシャイで、私たちに興味深々のように見えた。そのうちの5~6歳くらいの少年二人組が、村を散策する間もずっと私たちについてきた。

    村の教会や、家などを案内してもらう間も、私たちから少し離れた位置で、ニコニコ笑いながら2人は肩を組みながらついてくる。上半身裸で、真っ黒に焼けて、体は細い。時々こちらをチラチラと見て、口と手を使って音を立ててリズムを取って見せたりする。ずっとついてくる2人に飴をあげると、1人はそれを開封せずに袋ごと口に入れて舐め出した。後の楽しみにとっているのかもしれない。

    住民は皆フレンドリーだった。1人が声をかけて、簡素な家の中を見せてくれた。狭い部屋の中に、籠が吊るされ、中にキツネザルがいた。ペットらしい。
    村をぐるりと一周して、船に戻る。最後まで私たちについてきた二人組にも別れを告げ、カヌーに乗り込む。

    川を渡ってモロンダバに戻ると、今度はFさんが、あれに乗りたいか?と路上に停まったリキシャを指差した。マダガスカルではプス・プスと呼ばれているらしい。プス・プスで街中まで戻って、朝食会場に向かう。

    私たちが朝食を食べ終えると、Fさんが言った。
    「さあ旅の準備をしよう。」
    少し急いでいる様子だった。水が12リットル必要だというので、そんなにいるのかと思いながら、言われるがままに買う。途中で昼食の弁当を受け取る。さあ出発というところで、ちょっと待っててと言ってFさんが車を降りた。

    Fさんが戻ってきた。手には2つの、丸くて表面がふさふさした茶色いものが二つ。バオバブの実だった。中の身を食べるのだという。振ると中の実がカラカラと音を立てた。表面はキウイフルーツのように薄い毛で覆われていて、大きさはメロンくらいある。私たちはそれを手の上で転がして眺めた。

    バオバブの実はなんとなく、ベタニアの二人組にそっくりだった。
    私たちは一つずつバオバブの実を抱え、モロンベへの長い道のりへと向かい始めた。

    (第4部 大移動編へ続く)


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    第1部、第2部はこちら


    ※本作を含む「マダガスカル新婚旅行記」の連載一覧は、マガジンにまとめています。

     
     
    山田33です。悪ふざけの家系で育ちました。思い出したことを書いてます。

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