
マダガスカル新婚旅行記 第2部 アンタナナリボ編~戦争とマダガスカル航空~
(前回までのあらすじ)
妻と私は上野動物園のマダガスカルコーナーに惹かれて、新婚旅行先をマダガスカルに決めた。マダガスカル大使館スタッフの勧めに従って、着物にシルクハットを着たビオマダガのiさんに旅程を組んでもらい、いよいよ出発を迎えた。
青山 Telma
昼過ぎにアンタナナリボに到着した。実を言うと、肝心なマダガスカルに着いた瞬間の感動を、私はあまり鮮明に覚えていない。翌日から起こるトラブルの連続で、記憶が塗り替えられてしまったのだと思う。
写真を見返すと、滑走路に降り立った瞬間の2人の笑顔が写っている。青い空、白い雲。だだっ広い滑走路から遠くの低い山並みが見える。地形が平坦で、遮るものが何もない。
長蛇の列の入国審査をやっと超えて、到着ロビーに向かうと、我々の名前の書かれたプラカードを持ったガイドさんが出迎えてくれた。ガイドのJさんは、今回の旅で唯一、日本語を話せる人だった。アジア系に近い、どこか親しみやすい顔立ちをしていた。
まずは空港で両替をする。マダガスカルの通貨はアリアリと言い、1アリアリは0.03〜0.04円くらいだった。数万円を両替すると、心配になるくらいの札束に変わった。1番大きいお札で20000アリアリ、日本円で700円程度だ。
頑丈そうなトヨタ車に乗せられて、まず向かったのはスーパーマーケットだった。ここでSIMカードを購入する。Telmaというマダガスカル国内の大手キャリアの名前は、これから行く先、至る所で見かけることになる。後に妻と、I日ごとに写真フォルダを作成して共有したのだが、この日のフォルダ名は「青山 Telma」だった。実にくだらない。
ホテルへと車を走らせると、すぐに田園風景に変わった。背中の突き出た牛が歩いている。ゼブというマダガスカルの牛だと、Jさんが教えてくれた。
空港からホテルまでは、車で40分ほどかかった。その間、Jさんは澱みない日本語で、マダガスカルの基礎情報を次々に教えてくれた。
アンタナナリボはタナという愛称で呼ばれているそうだ。タナの中心地に近づくに連れて、車が増え、少し渋滞していた。中央分離帯で物乞いをしている老人が、車の窓ガラスを叩いた。
インド人街や中国人街を超えて、アンタナナリボ駅とその正面の独立大通りを通り過ぎる。街はカラフルで雑然としていた。ヨーロッパと東南アジアを混ぜたような独特の雰囲気だ。タナの中心街は危険だから、あまり出歩かないほうがいいとJさんが言った。
新婚旅行、記念すべき一泊目のホテルは、そんな雑多な街中に突然現れた。スペインにでもありそうな奇抜な建物で、各部屋のバルコニーから観葉植物のプランターが吊り下げられていた。
部屋に入って、とりあえず手を洗おうと洗面台の蛇口を捻ると、水は少しも出てこなかった。流石に全く出ないことはないだろうと思っていたので、少し面食らってフロントに聞くと、そのうち出てくるという。蛇口を捻ったまま数分待っていると、ブスッブスッという音がして、吹き出すように泥水が出てきて、やがて真水に変わった。
窓からは、道路を挟んだ向かいの、増築に増築を重ねたような無秩序な建物群が見えた。どこまでが一つの建物かよくわからず、ある建物の屋上だと思った場所が緑地化されていて、地続きに生い茂った草木がそのまま隣の建物を飲み込むように覆いはじめ、地面のようにも見えるという有様だった。
夕食はホテルに併設するレストランで食べた。量も味付けも大雑把なフレンチと言った感じで、どれもとても美味しかった。気負わず食べれる分、フレンチよりも良いなと思った。
夜、部屋の窓を開けると、遠くで音楽が流れていた。網戸に近づくと、雨上がりの湿った風が顔の表面を撫でた。タナは涼しく、終始心地よい気温だった。遠くの歌を聴きながら、眠りについた。
ぐっすりと眠れて、気がつけば朝だった。一階フロント前の朝食会場は、道路沿いの一面が大きなガラス窓になっていて、ホテルの面した通りがよく見えた。何人かの物売りが、ガラス窓に張り付くようにして、商品をホテル客に見せつけていた。あまりに至近距離で、目を合わせないように食事をするのも難しかった。
窓に背を向けて座っている妻が、楽しそうに朝食を食べて、話しかけてくるのに相槌を打ちながら、私はこのホテルの窓がマジックミラーになっていたか、必死に思い出そうとしていた。
朝食を食べ終わる頃、迎えにきたJさんが、ホテルのドアを開けて入ってきた。これから空港に行き、モロンダバへと飛ぶ。タナの雑然とした街並みに、少し足を踏み入れてみたかったなと思いつつ、まだあと2回タナで滞在するチャンスはあると思い直し、群がってくる物売りを振り切りながらトヨタの大きな車に乗り込んだ。
しかしそのチャンスは、思ったよりも早く訪れることになった。
完全防備遊泳少女
空港カウンターで私たちの航空券を発券しに行ったJさんは、照れ笑いのような表情をして戻ってきたが、蓋を開けてみるとそれは彼の困り顔だった。モロンダバ行きの飛行機が欠航になったのだという。明日の便を確保するから少し待っててと言って、Jさんはまた空港の中へと消えていった。妻と私は、空港の玄関前のベンチに座って待った。
滞在2日目から早々に予定が変更になった。明日は飛行機に乗れるだろうか。Jさんはなかなか戻ってこなかった。退屈になった私は、一緒に待ってくれていたドライバーの若者に話しかけた。彼は英語が少し話せた。
音楽を流していたので、何を聴いているのかと尋ねると、マダガスカルで人気のアーティストだと言って聴かせてくれた。今時のロックミュージックだった。
お返しに私は、日本で流行っている曲を紹介した。確か、YOASOBIのアイドルだったと思うが、彼がどんな反応をしたかは思い出せない。
彼は、外国人と意思疎通をとれたのが嬉しかったのか、人懐っこく色々と話してくれた。
ようやくJさんが帰ってきた。明日のフライトが取れたという。タナでもう一泊することになったが、Jさんは次の予定があるとのことで、急遽別のガイドが、タナのレムールパークを案内してくれることになった。ありがたい話だった。新婚旅行だからと奮発して、フルパッケージのツアーにしたのは正解だった。
ひとまず、予約してくれた空港近くのホテルに向かった。プール付きの良いホテルだった。午後に別のガイドが来るので、それまで待っててと言われ、Jさんと別れた。Jさんには旅の後半、パルマリュームでまた案内してもらう予定だった。
ホテルのレストランで少し早めのお昼ご飯を食べる。私はゼブのステーキを注文した。塩コショウのシンプルな味付けだったが、とても美味しかった。私たちはホテル2階のバルコニー席で昼食を食べていて、そこからプールが見下ろせた。プールでは地元の子らしき子供達が遊んでいた。子供達は総じて泳ぎがあまり得意ではないようで、水の中でバタバタと手足を動かすが、水飛沫の割には前に進んでいない様子だった。中でも1人の女の子は、身体中にこれまでかというほど浮き輪をつけ、全身を水面に浮かせたまま真剣に泳ぎの練習をしていた。浮ききった手足をばたつかせては空を切り、前進するのにも苦労していた。妻と私はゲラゲラ笑いながら、その様子を見ていた。
食事が終わって、次のガイドが来るまで少し時間があった。妻と私は、街を散策することにした。ここは中心街と違って、少しのどかな雰囲気だった。
ホテルを出て右に歩いて行くと、閑静な住宅街だった。道の両脇を高い塀が囲み、塀の向こうには立派な家が立っていた。どんどん歩き続け、塀に囲まれた細い路地を抜けると、開けた場所に出た。
そこには広大な田園風景が広がり、水田の向こうにタナの街並みが一望できた。水田の脇では子供を連れた女性たちが、洗濯物を草むらの上に直接広げて干していた。色とりどりの服が、緑の上にモザイクアートのように並べられていた。手前の広場は共同のゴミ捨て場になっているようで、そのゴミが道にまで溢れ、こんもりとした山を形成していた。
気持ちの良いところだった。妻は歓声を上げて、今日ここに来れてよかったね、と言った。妻はモロンダバのバオバブ並木を1番楽しみにしていたが、タナの田園風景も気に入った様子だった。
道を挟んだ反対側には公園があり、子供たちがサッカーをやっていた。そのサッカーコートの脇の広場では、牛が木に繋がれていて、別の木の木陰では、青年や大人たちがサッカーを見守っていた。私たちも少しサッカーを観戦してから、その場を後にした。
ホテルに帰る途中、高い塀の並ぶ高級住宅街で女性に呼び止められた。彼女はフランス語で話しかけてきた。マダガスカルの公用語は現地語のマラガシとフランス語だが、フランス語を話す人はそれほど多くない印象だった。私は高校と大学で少し習ったフランス語を必死に思い出しながら、彼女との会話を試みた。どこからきたのかと問われ、日本だと答える。すると彼女は大いに喜び、この家を買わないか、と背後にある巨大な豪邸を指し示した。あなたたちなら買えるだろう、と女性は言った。私たちは丁重に断った。
イエスお姉さん
急遽案内してくれることになったHさんは、ツアー会社の偉い人だったらしい。日本人の案内も何度もしており、過去には某有名俳優や、皇族の方なども案内したことがあったそうだ。Hさんは今回、ガイド兼運転手を務めてくれて、我々はホテルから20kmほど離れたところにある、レムールパークに向かった。
マダガスカルの道は悪い。ほとんどが未舗装で、赤土の道はタイヤの跡がつき、ボコボコになっている。今走っている道が国道だと知って驚くと、Hさんは面白がって、それ以来国道を通るたびにここは国道だと教えてくれるようになった。Hさんの車は、でこぼこの国道を勢いよく走る。スピードの制限はないのかと聞くと、彼は元気よくNo!と言って、また少しアクセルを踏んだ。
レムールとは、現地語でキツネザルのことだ。マダガスカルを象徴する動物のレムールだが、人間による森林破壊で数が減り続け、野生のレムールが見られる場所は限られている。レムールパークでは、そのレムールを半野生で飼育している。
レムールパークに着くと、Hさんは慣れた様子で中へと案内してくれた。受付の人と親しげに話していて、知り合いらしかった。園内に入るとまず、園内の様々な植物について教えてくれた。Hさんは植物に詳しかった。
それから程なくして、レムールが現れた。上野動物園でフェンス越しに目を凝らして見たレムールに、私たちはあっさりと出会ってしまった。レムールは木の上で、餌の果物をむしゃむしゃと食べていた。霊長類らしからぬ犬のような細長い顔と、長い尻尾を持ち、グルグルグルグルと鳴いていた。あとで調べてみると、リラックスしている時の鳴き声らしい。
クロシロエリマキキツネザル、シファカ、ワオキツネザルと、順路を進むことに次から次へとレムールが現れた。途中、巨大なバナナのような木の前でHさんが立ち止まり、これは旅人の木だと言った。なぜ旅人の木と言うのか教えてあげると言って、突然巨大な葉っぱの茎を一つボキッと折った。すると中から大量の水が出てきた。旅人がこれで渇きを凌ぐから、旅人の木なのだと言った。私が、園内で展示している木を勝手に折ってしまって良いのかと心配になって尋ねると、Hさんはイタズラっぽく笑った。
レムールパークの奥は川だった。日本では考えられないくらい赤く濁っていた。この川が天然の柵になって、レムールを半野生で園内に留めさせられるのだそうだ。
レムールパークを出て、私たちはHさんに、マダガスカルでの一つの目的を果たしたと話して、お礼を言った。あとはどんな目的があるのかと聞かれて、野生のカメレオンを見つけることだと話した。するとHさんは、カメレオンはどこにでもいる、私は幼少期この辺りで育ったが、よくカメレオンのオスを2匹捕まえて戦わせていた、と言い、あたりの草むらを探し始めた。私たちも一緒に探したが、結局その日には見つからなかった。そのうち、必ず会えるよ、とHさんは言った。
夜、ホテルのプールサイドのバーに行った。私たちは1つ、Hさんから聞いて、気になっている飲み物があった。それは、トカガシという、サトウキビの蒸留酒だった。車の中でHさんが教えてくれて、含みのある言い方で、バーに行ったらあるか聞いてみるといいと言われていた。バーの店員に、トカガシはあるかと尋ねると、よく聞き取れない様子だった。諦めて他の飲み物を頼んで、席に座った。あとで調べると、トカガシというのはマダガスカルの伝統的な地酒だが、法律で禁じられており、地方の村などでひっそりと呑まれているものらしい。日本でいう自家製のどぶろくみたいなことだ。店員が聞き取れなかったのは、どうやら私の発音のせいではなかったらしい。
バーには欧米人らしき若者のグループがいた。どうやら旅先のホテルで意気投合したらしく、若い男女が国際交流を楽しんでいる様子だった。その中の1人のお姉さんが、相当酔っ払った様子で、不慣れな英語での会話を試みていた。彼女は独特なイントネーションのYesを多用して会話をしていた。彼女が話し出すたびに、不思議なイントネーションのYesがあたりに響き渡った。彼女のあらゆる感情がYesの抑揚によって表現されていた。
私たちが部屋に戻っても、お姉さんの素っ頓狂なYESは、風に乗って部屋まで届いてきた。遠くから聞こえる肯定に包まれながら、私は幸福な眠りについた。
ATM巡礼
朝、ホテルに迎えにきたHさんは、2人にお土産がある、と言って紙袋を差し出してきた。開けてみると、中には小さなカメレオンが2匹入っていた。
少し遊ぼう、と言って、Hさんはホテルの近くの空き地で車を止めてくれた。私たちは大喜びで、カメレオンを紙袋から取り出して、草むらに放った。彼らはゆらゆらと揺れながら、V字の二本指の手で草に捕まり、ゆっくりと歩き出した。カメレオンは、縦長のフォルムで、日本で見るトカゲやヤモリとは決定的に違う生き物に見えた。私はスーツケースの中で眠らせていたカメレオン大図鑑を取り出して、種類の照合の作業に取りかかった。Hさんがこれだと言って図鑑を指し示してくれた写真と、目の前のカメレオンが同じ種であるとは全く確信が持てなかったが、私はその種の名前にぐるぐると印をつけた。ひとしきり遊んで、満足して空港に向かった。
空港についてからも、Hさんはカメレオンのスポットを教えてくれた。それは空港の、おそらく関係者以外立ち入り禁止のゲートの先にある木だった。ゲートは開け放した状態になっていて、Hさんは当然のように中に入り、ここによくいるんだ、と言って探し始めた。私たちも一緒に探していると木に擬態して子猫ほどの大きさはあるカメレオンが、枝に捕まっているのを発見した。ウスタレカメレオンと思われた。
捕まえて腕を歩かせると、ずっしりと重い体を手のスパイクが支え、チクチクと痛い。妻は恐る恐る、私の腕でノソノソと動くカメレオンをつっついていた。カメレオンは左右の目をぐるぐると動かしながら、私の腕をゆっくりと登った。何度か左右の腕へと乗り換えながら登らせて、それから木へと伝わらせた。それから私はまた図鑑を取り出して、ウスタレカメレオンのページにぐりぐりと印を入れた。あっという間にカメレオンに会うという目的も達成してしまったと、Hさんに感謝を伝えた。
Hさんが私たちのチケットを発券しに、空港のロビーへと消えた。私たちはまた、玄関前のベンチで待っていた。空港の従業員はしきりに我々の荷物を持ちたがった。ほんの少しの移動でも手を貸そうとしてきた。目的はチップだった。
空港ロビーから戻ってきたHさんが、いつになく深刻そうな顔をしていた。デジャブを感じながら事情を聞くと、こんな話だった。
今日、タナからモロンダバまでの飛行機は予定通り飛ぶ。しかし、明日に乗る予定だったモロンダバからタナまでのフライトの欠航が確定した。いまモロンダバ行きの飛行機に乗ると、タナに帰って来れるのは明後日以降になる。そうすると、明後日のタナからトゥリアラへの飛行機に間に合わなくなり、それ以降の旅行計画が全て崩れてしまう。
我々に残された道は二つだった。一つは、モロンダバ行きを諦めて、明後日のトゥリアラまでタナで待機すること。
もう一つは、今すぐドライバーを確保して、モロンダバからトゥリアラまで陸路での移動に挑戦すること。今は雨季と乾季の切り替わりの時期で、陸路での移動が可能かどうかは、やって見ないとわからない。しかし、うまくいけば、モロンダバもトゥリアラも訪問することができる。
どちらが良いだろうか。この空港にはもううんざりしていた。今飛行機に乗らないと、一生タナから抜け出せないような気がした。一方で、今飛行機に乗ってしまうと、もうタナに戻って来れないのではないかという漠然とした不安もあった。
妻が泣きそうな目でこちらを見ていた。彼女はモロンダバのバオバブの並木道を見ることを、何よりも楽しみにしていた。
もう、なるようになれと思った。そして、アドベンチャーを選ぶ意思を、Hさんに伝えた。
正直なところ、この時にはまだ私の心には少し余裕があった。後日エピソードとして話せるだろうくらいに思っている節があった。
日本にいるIさんから電話がかかってきた。今すぐに現地のドライバーを確保しなければならない。そのために、現地通貨でツアー会社に支払う必要がある。現地で急ぎ約150万アリアリを引き出して、Hさんに渡してほしい。とのことだった。
モロンダバ行きのフライトの時間が迫っていた。最寄りのATMは、隣の国際線のターミナルにあった。妻と私とHさんは、急いで国際線ターミナルに向かった。
ATMで150万アリアリを引き出そうとすると、エラーが表示された。一回で最大20万アリアリしか引き出せず、毎回手数料がかかるということだった。イライラしながら20万アリアリずつ引き出そうとすると、今度はATMの紙幣が不足してこれ以上引き出せないと出てきた。私たちは諦めて戻ることにした。
国内線のターミナルに小走りで戻りながら、Hさんは、マダガスカル航空では政治家の個人的な移動のために飛行機が欠航になることもあるのだと話した。私はHさんに、マダガスカル航空には問題があると主張した。
そのとおり、この国は航空会社に問題を抱えている。大きな問題だ。でも、この国で戦争は起きていない。だから、そんなに悪くないと思う。そうHさんは答えた。こちらは全然それどころではない気分だったが、確かにその通りかもしれないとも思い、少し冷静になった。
搭乗まで時間は残りわずかだった。最後のチャンスで、車で空港近くのATMに行ってみようとHさんが提案してくれた。急いで車に乗り込む。
最寄りのATMに駆け込んで、クレジットカードを入れると、エラーが出る。原因は不明だった。Hさんに伝えると、機械の調子が悪いのはマダガスカルでは日常茶飯事だから仕方ないという。でも、このATMはフランスの銀行のものだ、と私が食い下がると、Hさんは、
「フランスでは故障しない機械も、マダガスカルに来ると故障する。マダガスカルはそういう土地なのだ」と言った。
次のATMでも、エラーが起きて引き出せなかった。その次のATMもダメだった。時間はもう限界だった。私たちは諦めて戻ることにした。
Iさんに状況を伝えると、やむを得ない、なんとかするからとりあえずモロンダバに向かってほしい、とのことだった。私たちは大急ぎでHさんに別れとお礼を告げて、空港の出発ロビーに入った。
荷物検査の時に、ペットボトルの水を持ち込もうとしてストップがかかった。泣く泣く捨てようとすると、検査員が指を擦り合わせる仕草をした。チップを渡すと、そのままゲートを通された。彼らはチップをもらうことに余念がなかった。
モロンダバ行きのマダガスカル航空の機体は古く、小さかった。数々の不安と疑念を載せて、飛行機は飛び立った。
(第3部 モロンダバ編に続く)
第3部はこちら
第1部はこちら
※本作を含む「マダガスカル新婚旅行記」の連載一覧は、マガジンにまとめています。