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『余命婚活』第4話 #創作大賞2025 #ミステリー小説部門

    八井沢繭

    ≪第4話≫

     「いい人すぎる人は苦手だ。みなみはきっと僕には合わない」
     
    そんな身勝手な言葉で別れを告げられた記憶は、今でも時々よみがえり脳裏を苦く染める。
    いや、身勝手だったのは私の方かもしれない。
    気づかないうちに彼を窮屈にさせていたのかもしれない。
     
     そう日に日に気持ちが離れていく彼の様子はよく覚えている。
    そう……。覚えていたからだ。
    彼の仕草や言葉はこれまでの誰よりも長く、そばで見てきたし聞いてきた。
    だからスクリーンに映る人物が、
    ────“相田修平(あいだ・しゅうへい)”。
    彼だったことには衝撃以外の何ものでもなかった。
     
     
     大学の同級生だった修平と初めて出会ったのは、全学部の生徒が自由に履修できる“全学部共通科目”の英会話の授業だった。
    各学部でいくつもの必須項目がある中で、心理学部だった彼と、文学部だった私が唯一、一緒になった教養科目。
    ただその頃は、修平もお付き合いしている彼女がいるみたいだったし、あくまで“友達”、それまでの関係だった。
     
     修平との関係に進展があったのは、大学を卒業して私が東京に上京してからのこと。
    大学2年生以降は、履修する科目もばらばらになりあまり話すことも無くなっていたが、彼も同じく東京の会社に就職したことで、ある日突然私のSNSにダイレクトメッセージが届いたことが始まりだった。
     
     それからは、仕事終わりや段々と休日にも会うようになり、やがて交際に発展した。
    私の両親は“同棲”には断固反対だったため、休日ごとにお互いの家を行き来するのが定例となっていた。
     
     そんな幸せな生活が2年くらい続き、恐らくお互いに将来を考え始めていたであろう頃、耳を疑うような言葉であっけなく私たちの関係は終わった。
     
    「いい人すぎる人は苦手だ。みなみはきっと僕には合わない」
    そんなあっけない言葉だった。


     ソファにひとり寝転がり呆然としていたそのとき──
     
    メッセージの通知音でソファの角からずり落ちたスマホの画面には、【Quiet Courtship(クワイエット コートシップ)事務局より】の表示。
     
    「神道みなみ様。
    本日は、Quiet Courtshipプログラムの“視聴セッション”にお越しくださり、誠にありがとうございました。
    今回のセッションを踏まえまして、この度、神道様のペアの方が決定いたしました」
     
    ───ペアの方?
     
    「次にお進みいただくセッションは“対話セッション”です。
     10月12日(日)午後18時。場所は同様の白金高輪駅近くのカフェ「le silence(ル・シランス)」にお越しください。
    詳細は現地にて。これがあなたの、次なるステージです」
     
    ………ステージ。
     
    この響きはまだ私の胸にどよめきを与える禁句の存在だ。
    婚活プログラムが進むステージに、私はいつまでついていけるだろうか。
    私のステージはもう限界に達しているというのに───。
     
    1週間後───
     
     扉を開けると、先週の日曜日と同じ匂いと光景が広がり、奥に座っている女性がすぐに視界に入った。
    スマホの画面を用意し、あの部屋へとスムーズに案内された。
    そしてそこには——私のペアだとされる男性の姿があった。
    きちんと首元まで整えられた襟のカッターシャツの中心には、大き目の斜めのストライプのネクタイが几帳面に結ばれており、その上からは紺色がかった薄いストライプ柄のジャケットを羽織っている。
     
    その人影に、私は一瞬、息を呑んだ。
    修平——?
    いや……違う。

    整った顔立ちをしているのに、どこか哀しみをまとっていて、机に並べられた資料に向けられていた視線がこちらに移る。
     
    彼と目が合った瞬間、
    ……この人、知ってる気がする。
     
    「はじめまして。成瀬奏(なるせ・そう)と申します」
    彼の声はやわらかく、わたしは心の中で微かに胸をなで下ろす。
     
    「……神道みなみです。よろしくお願いします」
     
     小柳先生がいつの間にか隣の席に座り、セッションの進行を見守るように微笑んでいる。
    「それでは“対話セッション”を始めましょう。
    本日は“距離”をテーマに対話していただきます」
     
    ——距離。
     
    「“距離”とは、近すぎても、遠すぎても壊れてしまうものです。
     まずは、お互いの“他人に言えなかった距離”について話してみてください。もちろん、お話できる範囲で構いません」
     
     彼は、少し考えてから、口を開いた。
    「……母は、僕が幼い頃からずっと病弱で、だからこそ、そんな母にとっては“孤独”がずっと重くのしかかっていたんだと思います。
    そんなとき、父が別の女性を選んで家を出て以来、ふたりきりの家の中では、だんだん言葉も少なくなって……。
    それから中学に上がる頃には、僕は施設に預けられました。
    母はもう限界だったんだと思います。学校で問題を起こして、先生に呼び出されて、それが何度か続いたあとのことだったので」
    その言葉に、わたしは胸が締めつけられる。
    彼は、そのあとすぐに母親が亡くなったことを話した。
     
     そして私は、そっと口を開く。
    「わたしは、病気のことを……まだ誰にも言えてないんです。
    家族にも、友人にも。……姉にだけは、言おうとしてたけど……」
    彼の眼差しには、飾りや同情の気配はなく、まっすぐにこちらを見つめている。
    名前も、過去も、何も知らなかった目の前の彼に対し、今、この時間が、すでに“確かな何か”を生み出している、そんな気がした。
     
     やがて、“対話セッション”と呼ばれるものは終わり、白金高輪の薄暗い歩道を並んで歩く私たちの間に、風がひとつ通り抜ける。
    “何も知らない者同士”だったふたりは、ゆっくりと“最初の距離”を歩み始めていた。
     
     どうして、こんなにも私たちに“合っている”人を選べるのか。
    私の余命なんて、知られていなかったはずなのに——。
    わたしは、彼を思い出す。成瀬奏。
    どこかで会ったことがあるような、でもどうしても思い出せない。
     
     その夜、私は何度も夢を見た。
    夢の中で、姉が泣いている。
    けれど、なぜか泣き顔の隣には、小柳先生の笑っている横顔が浮かんでいた。
     

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    はじめまして。 八井沢繭(やいざわ・まゆ)です。ෆ ̖́- 文芸社×毎日新聞社【第7回人生十人十色大賞】短編部門受賞、書籍化『拝啓、十年後の母へ』 創作大賞2025年中間選考通過『余命婚活』・.。 ✡。:* .・゚:* .・゚

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