
over the spring ——輝くアイドルと新人看護師の労働讃歌——【27】
ブルーモメント(五十嵐舞)続き
「うん、そうだよ」
と言ってビルの中に入っていく。お店に入ると『お好きにテーブル席を選んでください』と書いてあって私たちはドリンクバーから一番遠い角を選んだ。そして、向かい合って座る。
「とりあえず、何か頼もっか」
と言って、タブレットと少し睨めっこして注文を済ませた。
「さっきの話の続きなんだんですけど、」
そうやってみくりちゃんは話を始める。何の話をしてったけと思い出して、『over the spring』の話をしていたことを思い出す。
「『over the spring』はもちろん初めて自分が選抜に入った楽曲だからと言う理由でも思い入れがあるんですけど、でもそれ以上に今の自分に刺さるんです」
「うん、わかるよ」
「歌詞の解釈の話を深める時に舞さん言われたじゃないですか、春を越えるって言う意味と、それに加えて、何かから復活するみたいな……」
『spring』で春というワードを連想する人は多いだろうけど、この曲は実はバネという意味もある気がして、私たちも大きく跳躍できるような楽曲にしたいと確かに言った。
「そうだね。確かにそういうこと言ったね」
『over the spring』の意味は二重にかかっているんだ。春を越えるというだけではない。それは美しく見えることだけど、越えるためにはバネのように一回縮まないといけない。
「だから、最近の私の中で何かを消化するために聞いているんだと思います」
「ありがとう。怖いよね、ドーム。もちろん楽しみもあるけど」
「はい」
「みくりちゃんはセンター楽曲の初披露もあるしね」
「そうなんです」
彼女は俯く。そして続ける。
「今回のドーム公演の記念すべき楽曲なのに私がセンターでいいのかなって……」
そのことだろうなとは思っていたから、その言葉が出てくるのは予想通りである。
「何度も考えたんですけど、やっぱりもっとふさわしい人がいるなって思ったり、他のメンバーの方がいいという声をSNSとかでも見てしまったり、なんか広い宇宙にほっぽり出されたような気がしてしまって。でも先輩たちはみんなみくりならできるよって言ってくれて、それは嬉しいんですけど、何か違うかなと思う自分もいて……」
ぽつりぽつりと彼女は振り絞るように言葉を話した。なんで私は気づいてあげられなかったんだろうと後悔する。
「いつか舞さんに聞いてもらった時に吹っ切れた自分がいて、聞いてほしいなって……」
消えかかった声でそうみくりちゃんは言う。
「正直、私もドーム公演不安だよ。それにセンターの重責もあるんだもん。みくりちゃんは不安だと思う」
すっと息を吐いた。ドリンクバーで取ってきた暖かい紅茶を一口飲む。
「ネガティブな声の方が多いように見えてしまって、私歓迎されていないのかもしれないって思っちゃって、何が正しいんだろうって。もちろん、そのほかの頑張れっていう言葉もたくさんたくさんあって、でも、このグループが好きだから誰にも嫌いになってほしくなくて、どうにもならないななんて思っちゃって覚悟決まってるねと言われてもなんか自分の中では違くて、なんかなんかどうすればいいかわからなくて……。私ってここで生きてていんですか?」
さっきよりも強くなった言葉で一気にみくりちゃんは感情を吐き出す。みくりちゃんと目の前にいる私の空間だけ、ファミレスの音がなくなったような気がする。私たちだけ別次元にいて、何かに守られているように感じる。
「違うと思う。みくりちゃんはちゃんとここで生きる人だよ」
生きるということは死ぬということと対義語の関係に置かれるけど、実はそうじゃない。生きるということは死に向かっているということだ。悲しいけど、人間はみんな死んだら灰とカルシウムしか残らなくなる。過程に上手いも下手もないのだ。どうせみんな死ぬんだ。綺麗なものを綺麗に見て綺麗なものとして昇華したい。色々なことがこの言葉には詰まっているけど、みくりちゃんが受け取ってくれるといいなと思って、無言の宇宙に放つ。
「人間いつかみな灰になるんだから、今くらい全力で綺麗に生きていたいな、私は。自分に文句言ってくる人に合わせたくないんだ」
私は確信を持っている。届くべき人に私のことを知ってもらえていればそれでいい。アイドルという仕事はただの職業でしかない。もらっているだけの対価をちゃんと果たせるだけでそれでいい。
「そうですよね」
と泣きじゃくりながら前を向いて答えてくれる。
「私はちゃんとアイドルできているんですかね」
「できてるよ。十分すぎるくらいに。背負いすぎなくていいからね。そのためのグループだし、そのために私たちがいるから」
「はい。ありがとうございます」
ゆっくり周りの音を取り戻して私たちは日常の喧騒に戻ってくる。
「舞さんいつもありがとうございます」
と彼女は言うけど、私も正直に生きる彼女に救われた。
「こちらこそ、いつもありがとうね」
そう言って席を立ち、私たちは駅に向かう。途中までは同じ電車に乗って、みくりちゃんは先に降りていった。二駅後で私も電車を降りた。
空を見上げると星はそんなに輝いていない。東京にいることを感じる。でも、月は煌々としていてそれは地元の空とそう変わらない。結衣ちゃんも同じ月を見ているといいなと思う。知らぬうちにこの世界で生きる意味が増えていることを感じる。