
over the spring ——輝くアイドルと新人看護師の労働讃歌——【26】
ブルーモメント(五十嵐舞)
結衣ちゃんと最後に連絡を取ってから一年が経った。あのラジオの後も連絡が来なくて、もしかするとラジオを聴くことをやめたのかもしれない。冬という季節がより何かを終わったことを強調していた。そうしているうちに、また新たな季節が私たちの意思とは関係なく顔を出した。
今年も桜前線が日本列島に訪れる。いつもは意識していない木を見て、今年もこの季節がやってきたなと感慨深くなる。結衣ちゃんのことも大事だけど、今やるべきことは今自分の周りにいる人を幸せにすることだ。それ以上のやることは私の手に中にはない。
人は必要な時に、必要な人と必要な時間だけ会えることになっているらしい。そう思うと、結衣ちゃんのことも心のどこかでは諦めなくていいような気がして、今はお互いのことをお互いが大切にしたいと思う。
あと一ヶ月もすれば、ドーム会場規模でのリハが始まる。とうとうドームに立つんだという気持ちとそこに対する不安な気持ちとでレッスンに打ち込んだ。絶対に失敗できない。そしていいものを作らないといけない。
ドーム公演は後輩のみくりちゃんが初センターを務める楽曲が初披露になる。ファンの人の中では記念すべきドーム公演なのに、加入一年ちょっとしか活動していない新期生がセンターになることによく思わないアンチがたくさん湧いている。その声は想像よりも大きくて、私たちを少しずつ蝕んでいる。それでもみくりちゃんはレッスンを見る限りそれを乗り越えてよくやってくれている。本当に頼もしい後輩で、私は逆に力をもらっている。
「舞さん今日この後お時間ありますか?」
リハ終わりにみくりちゃんがそう話しかけてくる。いつもはあまりみくりちゃんから話しかけてくることはない。
「うん、時間あるよ」
笑顔を作って、そう答えると、
「ご飯一緒に行きませんか」
そうみくりちゃんは言った。きっとドーム公演のことで不安なこともあるだろうと頷いて、
「もちろん。何食べる?食べられないものとかある?」
と聞き返す。
「なんでも大丈夫です」
とニッコリしながらみくりちゃんはそう答えてくれる。彼女の笑顔を見て、この笑顔は守るべきものだという使命感が湧いてくる。そこから私の飲食店のレパートリーからゆっくり話せそうなお店を考える。
「今日焼肉食べられる?」
「はい、食べれます」
みくりちゃんがそう言ってくれたので、
「着替えてくるから。少し待っててね」
と返して、みくりちゃんと場で別れて、ロッカーに向かう。汗で滲んでるレッスン着をすぐに着替えて、個室のあるよく行く焼肉店を予約しようとする。今日に限って、本日満席の文字が見えた。
スタジオの入り口で待っていてくれたみくりちゃんに、
「お待たせ、じゃあ行こっか」
「焼肉にしようと思ったんだけど、満席で入れなかったからファミレスとかでもいい?」
なんかダサい先輩だなと思った。とても申し訳なくなる。
「大丈夫です。ファミレス好きです」
そんな先輩であってもみくりちゃんはそう言ってくれる。よかったと安堵しながら、少しだけ離れたファミレスに歩く。あの店舗だったら、いつも空いている。昔は大学の課題をそこで一人で進めていたこともあったから、馴染みのある場所だ。
五月、平日の夕方。街は仕事帰りだろうと思われる人がたくさん歩いている。アイドルというのは不規則なことも多い仕事だからいつもはそれを見て、自分が働いている感覚がなくなる。ただ、ライブのリハーサルをやっている時は、私たちもサラリーマンと同じ普通の労働者である感覚を持てる。
歩きながら、最近していることの話題で盛り上がる。
「最近舞さん音楽何聴いてますか?」
「うーん、聞くかな」
「舞さんのインスタ見て、こんな曲聞くんだって思います。幅がとっても広いですよね。どこから見つけてくるんですか?」
会話は続く。
「逆にみくりちゃんは最近何聴いてるの?」
「ボカロよく聴いてるんですけど、でも、最近一番聴いてるのは『over the spring』ですね」
「え、ありがと。嬉しい」
嘘であっても、自分のセンター曲の名前をあげてくれて単純に嬉しい。
「今、とっても歌詞が響くんです。『over the spring』の……」
とまでみくりちゃんが言ってくれたところで看板が見えてくる。もう少しだけ『over the spring』のことを聞きたかったけど、
「舞さんあの看板出てるところですか?」
とみくりちゃんが反応してくれた。