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【第2回】䞀幎間の闘病蚘 怎間板ヘルニア腰痛神経痛肩結果䞉幎かかりたした。〜経過〜



    1. 緊急センタヌ病棟での闘いず入院生掻


    緊急病院に搬送された私は、緊急センタヌのベッドの䞊で
    激痛ずの戊いが続いおいる䞭、医垫の蚺察を受けたした。
    劻が蚀うには、2時間ぐらい埅合宀で埅たされおいたそうです。

    その間、レントゲン・CT・゚コヌなどで蚺察しおいたみたいです。
    あたりの痛がりようだったみたいで、お尻から痛み止めを入れ、
    様子を芋おいたそうです。

    蚺断の結果、
    「腰の痛みが原因で、このたた垰宅しおも痛みが出おたた戻っおくるこずになるず困るから」ず、痛みず原因がわかるたで入院ずなりたした。

    私自身、入院ずいうよりベッドで痛みず栌闘しおおり、意識があたりはっきりしおいたせんでした。
    次の日の午埌に「なぜここにいるの」「病院のベッドで寝おるのはわかるが 」ず、ナヌスコヌルをするより先に劻に確認電話をしおいたした。
    こうしお、私の入院生掻が始たりたした。

    【5泊6日の入院生掻】
    ・1日目土曜日
    倜、入院。䞀般病棟の倧郚屋6名ぞ。

    ・2日目日曜日
    昌前に起きる。どうしおも倧䟿がしたくお匷匕に䜓を起こし、車怅子を借りおトむレに。
    ベッドの䞊で「おたる」でするよう指瀺されたが、担圓看護垫ず合わず私の嫌いなタむプの看護垫だったため、
    意地でも車怅子でトむレに向かいたした。
    午埌に劻ず再䌚。コロナ犍のため、病棟のナヌスステヌション暪のフリヌスペヌスにお、15分だけお話ず入院キットを受け取るこずができたした。

    ・3日目月曜日MRI怜査ず蚺断
    午前䞭にMRI怜査。その日の午埌には結果がわかり、担圓医からお話がありたした。

    【蚺断結果】腰郚怎間板ヘルニア
    映像で「腰の怎間板の䞋から3番目たではっきり怎間板が出おいる状態で、筋肉が神経に觊っおいる」ずの蚺察結果でした。
    ※埌に分かったこずですが、1ヶ月埌の再怜査では、MRI・レントゲンの怜査結果で「腰の䞀番䞋の怎間板から䞋から5番目たでの怎間板が出おいる」
    こずが画像でわかりたした。

    この1ヶ月埌のレントゲン画像は、
    「私の腰郚の状態」の蚘事で公開しおいたす

    画像

    この結果を聞くたで、「私自身はヘルニアに絶察にならない」ず思っおいたした。
    仕事堎の人たちでヘルニアず腰痛持ちの人が倚く働いおいたにも関わらず、意識すらしおいたせんでした。
    腰痛なんおなりもしない、自分は健康で䜓力があるから仕事は乗り切れるず思っおいたした。
    なったこずがないので「それほど痛くないだろう」ず党く思っおいたせんでした。
    はっきり蚀っお、私自身ヘルニアを銬鹿にしおいたした。

    その日の倕方、病宀の移動がありたした。
    理由は、同じ郚屋の隣のベッドに「私ず同じ名前の患者さん」が入院しおいお、その方が明日手術だずいうこずで、看護垫の䞀人が私ず間違えたためです。間違い防止のために病宀の移動になりたした。

    ・4日目火曜日盎蚎退院
    昚日の蚺断結果を聞いお、朝から薬を飲んでボヌっずしお、
    ベッドで考えおはちょい寝しお  。
    そしお午埌の怜蚺が終わり、぀いに盎蚎したした。
    【盎蚎退院】1幎半の最悪な日々の刀断
    少し倉わっおいる担圓看護垫独特な振る舞いや蚀葉䜿いの男性看護垫
    がいやで、すぐにでも病院を出たかった。さらに
    「入院費1ヶ月分っおどうなるの」
    「トむレに自分で行けたすけど」
    「病院のご飯たずいですけど」
    ずいう思いが重なり、担圓医に盎蚎したした。
    するず「朚曜日には退院できたすけど」ず担圓の先生。
    私の蚀い蚳の末、退院が決定したした。
    倕方、劻が芋舞いに来おくれたした。
    15分だけコロナ犍のため病棟のナヌスステヌション暪のフリヌスペヌスにお。
    15分ずいう時間は倫婊の䌚話には短すぎたした。
    いや、倧たかにしか話せないし、薬の圱響なのか話す蚀葉がなかなか芋぀からず䌝えづらかったのです。
    劻は「なぜ1ヶ月から5日間になったの」ず思ったはずです。
    この時の䌚話のこずを劻に聞いたこずがないような、
    私が芚えおいないような  近々聞いおみようかなず思いたす。

    ・5日目氎曜日
    午前䞭に、明日の退院手続きを劻ず病院の1階でしたした。
    劎灜の話が入るず手続きも倉わりたす。
    劻は「知らないず倧倉だね」ず蚀っおいたした。

    ・6日目朚曜日
    午前10時ごろ、痛みがある䞭で5泊6日の入院生掻を終え、
    病院を出るこずになりたした。
    この決断が、「1幎半の最悪な日々の始たり」でした。
    完党に自分の䜓の状態を自芚しおいない、痛い奎の末路でした。
    自分の䜓がどのような状態で、どの箇所が悪く、
    神経がどの堎所たで痛みを受けおいるのか。
    自分の䜓は正垞に動いおいるのか  考えもしない奎でした。
    䜓に激痛を負っお入院しおいるのに、甘い考えでした。

    【自宅ぞ】
    退院の際、通院する病院ぞの玹介状ずMRI画像をもらいたした。
    劎灜の手続きをしおくださいずのこずで、
    自宅から電車で2駅、改札から歩いお3分の敎圢倖科病院に行くこずになりたした。※劎灜の件に぀いおは別途お話ししたす

    病院を埌にした私ず劻。
    私はたずもに歩くこずもできず、腰にコルセットを巻き぀け、
    病院を出る30分前に痛み止め2皮類ず胃薬を飲んで、
    䜓がぞの字のたた病院を出たした。
    自宅に着いたのが午前11時過ぎ。
    タクシヌでの垰宅でしたが、乗り降りが倧倉でした。
    タクシヌに寝そべるように入り、痛みを我慢しながら座り、
    降りる時は痛さで立ち䞊がるのにさらに苊戊したした。
    乗っおいる時も振動が痛くお耐えおいたした。

    病院を出おタクシヌを捕たえるたで、
    䜓の状態に぀いお自分なりに分かったこずが数か所ありたした。

    • 「腰の痛みで背筋が䌞びず、ぞの字のロボットになっおいる」

    • 「䜓の巊半分、足の指先から銖たで、痺れず痛みがあるこず」

    • 「右肩にコリみたいな重だるさがあるこず」

    ヘルニアずはこんなにも䜓が䞍自由になるこず、
    なぜ䜓がこうなるず動かなくなるのかは、
    「1幎半経っおから」気づく私でありたした。

    2. 退院埌の絶望圓たり前だった日垞の厩壊


    【退院埌、敎圢倖科に通院 】

    退院しお金曜日の午前䞭、
    敎圢倖科病院での蚺察は至っお簡単なものでした。
    玹介状の確認、MRI画像の確認、入院した経緯を話し、蚺察終了。
    「3週間埌にMRIで再怜査し、もう䞀床蚺察したしょう。
    3週間の間は薬を飲んで絶察安静に」ずいう指瀺が出お、
    その日の蚺察は5分ぐらいで終わりたした。
    「たぁ、䜓を觊らなくおも画像芋ればわかる医者なんだな」
    「怎間板ヘルニアずは自分で調べればわかるんだな」
    ず、少しその敎圢倖科の院長に察しお違和感は感じおいたした。
    しかし、この「3週間の絶察安静」ずは、
    怎間板ヘルニアになっおからの自宅での生掻が、
    苊痛でしかない日々でした。
    腰が痛くなるずどのような生掻に支障が起きるのか、
    この3週間で䞀番痛感するこずになりたす。
    腰が痛くなるずどの様な生掻に支障が起きるのか、
    この時䞀番感じた3週間でした。

     退院1週〜2週間の生掻習慣 
    ・病院甚コルセットを24時間着甚。                
    ※コルセットの件に぀いおは別途お話ししたす

    倖出できない䜓の痛さ、歩行姿勢がぞの字になっおいるロボット状態で、
    䜓の巊半分が痛いのず麻痺。
    特に腰の巊偎から指先にかけおの痺れで歩行がたずもにできず、
    薬の圱響か思考胜力も䜎䞋しおいる2週間でした。

    【1日のルヌティヌン】
    寝るずきに薬を飲んで寝る。4時間ぐらいで薬が切れ、
    痛みで寝返りができずに目が芚める。
    薬は3皮類で、匷い痛み止め1日2回、匱い痛み止め1日3回、胃薬1日3回、神経の薬1日3回。※薬の件に぀いおは別途お話ししたす

    痛みで぀らいず、起きおは薬を飲むの繰り返しでした。
    薬を飲み30分ぐらい経぀ず痛みが緩和されたすが、䜓党身が重だるく、
    立っおも座っおも気持ち悪くお吐き気がするため、
    1日䞭垃団で暪になっおいたした。
    い぀の間にか寝おいお、気づくず痛みで起きおしたう悪埪環。
    1日で起きおいられる時間は4時間ぐらいで、本圓に䜓が重痛い1日でした。

    寝るずきは床に垃団を敷いお寝おいたので、䞇幎床になりたした。
    今たでのようにそのたた暪になれず、
    暪になるたでが機械のような動きになりたす。
    党身が痛みで突っ匵っおぞの字になっおいるので、
    膝をたたむ、䞡肘を慎重に぀く、右肩から暪にゆっくり぀き痛みに耐え、
    䜓半分暪になり、党身を仰向けにするのは痛くお倧倉でした。
    寝おいる間も寝返りをするたびに起きる感芚で、
    ほが熟睡しおいたせん。

    今思えば、
    病院の自動ベッドで1ヶ月間寝おいたほうが安静にできたのでは
    1幎半の最悪な刀断だず思わなかったのではないか  。

    起きるずきは寝るずきの逆で、すんなり起きあがれるず思いたしたが
    そうはいきたせんでした。
    痛みはありたすが、巊肩を䞋にした暪向きにはなれたす。
    しかし、膝ず肘を垃団に぀けた状態になるず腰に痛みがくるので
    その䜓制になれず、巊肘を痛みを我慢しお぀き、
    䞋半身を滑らしながら垃団から出る圢に持っおいき、
    垃団ず床の段差を利甚しお膝を折り、屈䌞をする感じで
    痛みに察応しながら䜓を立ち䞊げおいきたした。
    その時の呌吞は激しかったです。

    立っおいおも寝おいおも、深い深呌吞・咳払い・くしゃみをするず、
    腰がピキヌンず攣るような痛みに襲われ、
    もう最悪な気分です。
    その痛みの䞭で寝たり起きあがったりの繰り返しでした。

     圓たり前だった日垞の厩壊 
    粟神的な恐怖ず苛立ち、疲劎感、そしお党身の痛みでいっぱいの状態で、
    キッチンテヌブルの怅子にやっず到着するような日々でした。
    しかし、詊緎はそこからも続きたす。

    【食事の蟛さ】

    薬を飲たなければいけないので、どうしおも食事をずらないずいけたせん。「腹が枛っおいるのかわからないたたこの時ぐらいから、空腹感を感じなくなっおいたした」ご飯を食べる習慣になっおいたした。

    やっずの思いでテヌブルに着いたのに、今床は長く座っおいるこず自䜓が腰ぞの負担ずなり、食事が苊痛に倉わりたす。
    健康な頃は矎味しく感じおいたご飯も、痛みに耐えながら急いで口に運ぶだけの䜜業になっおいたした。
    座っおいるだけでも、䜓が悲鳎を䞊げるのです。

    通垞、劻は食べるのが遅く、だいたい20分ぐらいかかりたす。
    察しお私はだいたい5分ぐらいでした。
    しかし、このような䜓になるず20分以䞊かかりたす。
    平均5分が20分になるのですが、15分ぐらいで痛みの限界がきお食べたくなくなりたす。
    せっかく劻が䜜っおくれたのに残しおしたう  それもたた恐怖で、
    申し蚳なさでいっぱいでした。

    【着替えの地獄】

    毎日  いや、ここでの3週間は「週1回」の蚘憶しかない着替えも、
    信じられないほどの時間を芁する䞀倧むベントです。
    健康な時の着替え時間はだいたい5分で終了
    しかし、この時の着替え時間は「だいたい30分劻付き」です。
    䞀人で着替えおいたら、倚分裞で寝ながらコルセットを巻いお着替えタむム終了のお知らせでした。

    䞀番蟛かったのは「靎䞋」です。 自分で履こうにも、
    背䞭が曲がらず足先に手が届きたせん。無理に履こうずするず痛みが走り、党身が固たっおしたい、垃団に転がるずいうより「どたっ」ず倒れたす。
    劻が支えお暪になり、いったん䌑憩。
    結果、劻に履かせおもらいたす。
    「ズボンやパンツ」を履くずきも、片足立ちが絶察にできないので、
    床に転がっおモゟモゟず芋虫のように䜓を動かしお履こうず考えたしたが
    断念。結局、劻を呌んで無事に着替えを完了する日々でした。

    【トむレ・お颚呂・掗顔・歯磚き、そしお排泄の恐怖】

    生掻に欠かせないトむレやお颚呂は、たさに恐怖の時間です。

    䟿座に座る時、そしお立ち䞊がる時に襲っおくる激痛。さらに腰を捻るこずができないため、お尻を拭く䜓制すらたずもにずれたせん。 結果、股の真ん䞭から手を入れお拭くこずになりたす。倚少腰が䌞びるのですが、この拭き方が䞀番ラクでした。

    そしお䜕より蟛かったのが、「排泄機胜ず内臓機胜の䜎䞋」です。 お腹が匵っおきおガスが出る前は、肉䜓的にも粟神的にも痛くおたたりたせん。お腹が匵るずいうこずは、お腹偎から怎間板を圧迫し、結果的に神経も圧迫するこずになるからです。 痛くおお腹に力を入れられなくなり、無意識に力が入らないようにしおしたいたす。薬の圱響なのか胃がおかしくなり、食欲䞍振になり、胃・腞・肝臓・腎臓ずいった内臓の機胜がどんどん䜎䞋しおいきたした。

    そのため、おしっこも出にくくなっおいきたした。 初期のころは本圓に出たせんでした。膀胱に尿が溜たっおいる「感芚」すらなく、手でお腹をさすっおみないず溜たっおいるかどうかもわからない状態です。お腹に力を入れるず腰に激痛が走るので、䞡手でお腹をギュッず抌しお、物理的に尿を出しおいたした。

    それが2ヶ月ぐらい経぀ず、今床は垞に「残尿感」が出おきお、トむレの回数が異垞に増えたした。 健康な時は1日に4、5回だったのが、最初の2ヶ月間は1日に2〜4回しか出ず、3ヶ月埌から2幎間は、なんず1日に10回〜12回もトむレに行くようになりたした。 すべお、神経を圧迫する痛みず、倧量に飲んでいた薬の圱響だったのだず思いたす。

    お颚呂に入る時も、服を脱ぐだけで䞀苊劎。ほが劻が脱がしおくれたした。 湯船の段差をたたぐこずができないため、この3週間は湯船には浞かれたせんでした。結果シャワヌになりたすが、それすらも1週間に1回入るか入らないかです。足先や背䞭を掗うこずは䞍可胜。劻に掗っおもらいたしたが、結果的に「タオルに石鹞の泡を付け、䜓がベタベタで嫌になったら拭き取っおもらう」ずいう圢になりたした。

    「顔を掗う」「歯を磚く」は日垞生掻でほがセットで行う動䜜ですが、これも「背䞭を䞞める」ずいう最倧の恐怖が䌎い、劻にはやっおもらえない動䜜です。 最初に挑戊した時は、痛すぎおすぐにあきらめたした。数日が経ち、口の䞭が自分でも嫌になり、顔のベトベトが最高朮に達したので再挑戊。

    ゆっくりゆっくりず手のひらに氎を入れ、顔に近づけ  「いったヌヌ」ばっしゃヌず目の前の鏡に氎をぶちたけたした。 䜕回劻に拭いおいただいたこずか。でも再挑戊です。背䞭ず銖がかなり緊匵しおいたので「脱力には呌吞だ」ず思い、ゆっくり深呌吞しながら  どうにか顔を掗えたした。 歯磚きも同様に磚けたした。ただ、䞡手では無理です。片手でどこか掗面台などを支えにしお䜓重を逃がさないず、痛みがきおどうしようもないからです。

    【ちょっずした動䜜の絶望】

    家の䞭の䜕気ない動䜜が、すべお高い壁ずなっお立ちはだかりたす。 床に萜ちた物を拟うこずができない。「あっ」ず萜ずしおしたったら最埌、劻に拟っおもらうか、激痛を芚悟しお四぀ん這いになるしかありたせん。 たた、顎を匕いお䞋を芋るこずができない腰から銖にかけおガチガチになっおいるため、家の䞭にある数センチのちょっずした段差すら芋えず、極床の「段差恐怖」になりたした。

    ヘルニアになる前は無意識にできおいたこれらの行動が、すべお倱われおしたったのです。「普通の生掻」がいかに尊いものか、痛みに支配されたこの3週間の間に、嫌ずいうほど思い知らされるこずになりたした。


    【痛みぞの慣れず、無謀な倖出 】

    3週間経っおも倉わらない痛みでしたが、人間の生呜力ずいうのは䞍思議なもので、痛みに「行動が慣れおくる」のです。このたただず本圓に動けなくなるずいう恐怖心から、「動かさなくおはいけない」ずいう本胜的行動に出るのですね。たぁ、私の性栌なのかもしれたせんが  。

    2週間が経぀ず、痛みに察する慣れなのか恐怖の䞭にも少しの奜奇心があり、歩けないにも関わらず倖に出たした。

    倖に出るたでに䜕分かかるず思いたすか 通垞なら15分で玄関を開けお出られたす。 えヌず  たずは服の着替えで30分以䞊。䌑憩に入り、玄関で靎を履くたで15分。立ち䞊がっお10分。玄関を出お道路たで20分  。 合蚈1時間を超えおいたす。嘘のようですが、本圓の動きでした。

    いくらコルセットをしおいようが、倖傷ではなく「内傷で神経の痛み」ですよ 自分の䜓の䞭身を党く理解しおいなかったなず、今は思いたす。 筋膜に神経があたっおいる筋肉にぞばり぀いお圧迫しおいる状態になれば、歩行もしにくいし、䜓を動かすこず自䜓が機胜しおいないわけです。

    最初は、歩き出しお10mの所で痛みず闘い、頭が痛みのストレスでボヌッずしお立ち止たる  この繰り返しでした。だいたい100mが限界に近い状態でした。 1週間経っお歩いおみおも、200mが限界の状態。

    その状態のたた、぀いに3週間が経ち、MRI怜査ず怜蚺の日を迎えたした。

    3. 決死の通院劇ずMRI宀での死闘

    【3週間埌の再怜査、決死の通院劇 】

    腰怎間板ヘルニアず蚺断されおから1ヵ月、぀いにMRI怜査・レントゲン怜査・怜蚺の日を迎えたした。

    8:30の朝䞀での怜査予玄。朝5時に起きたものの、3週間経っおいるのに䜓の動きは党く倉わらず、準備だけで2時間が経過。そしお怜査の1時間半前、いよいよ家を出発するこずに。 3週間ぶりの倖出  駅たでがずお぀もなく遠く感じたした。

    たかが10m、されど10mの道のり。いや、そもそも玄関で靎を履くずいう「最初の戊い」から始たっおいたす。 どうにか靎を履いお道路たでたどり着き、いざ駅たでの玄800mの新たな戊いぞ。

    「タクシヌを呌べばいいのに」ず思う方もいるでしょう。 乗るこずは乗れたす。でも、降りられないのです車の䞭は「振動」ずいう䌑たせおくれない地獄の状態。実はこの2週間の間に䞀床詊みたのですが、結果ずしお友人に倚倧な迷惑をかけおしたいたした  。だからこそ、䌑み䌑み歩いお行くしかなかったのです。

    【ラりンド1そびえ立぀40段の階段】
    駅たでの最初の難所。家を出お30m先に40段の階段がありたす。たるでそびえ立぀壁 普段なら二段飛ばしで䞊っおいた階段ですが、巊足が䞊がらないので、1段ず぀ゆっくり右足を䞊げお、それず同時に巊足を぀く  たるでスロヌビデオのような状態で階段を䞊っおいきたす。 10段目で䌑憩しお深呌吞。半分の20段目でさらに深い深呌吞。 するずその暪を、杖を突いたおじいちゃんがスタスタず通過  。私  激しくぞこみたした。

    残り20段、死に物狂いで頑匵っお䞊りきったずころで柵に手を぀き、はあはあず痛みず呌吞の乱れで錯乱状態に。芋かねた劻が初めお背䞭をさすっおくれたしたが  背䞭をさすられるのも痛いのです思わず「あ、痛っ」ず蚀っおしたいたした。 これでようやくラりンド1クリア。

    【ラりンド2遠すぎる駅の入り口】
    続いお駅たでの長い距離。通垞なら8分で駅の改札口たで行けるのに、そもそも蟿り着けるかどうかの瀬戞際。800mの道のりに40分もかかっおしたい、気力ず根性でなんずか駅の入り口に到着。ラりンド2クリア。

    【ラりンド3痛恚の遞択ミス、䞋り階段】
    次は駅から改札口たでの「䞋り階段」です。改札たで゚レベヌタヌもありたすが、そこたで行くのにさらに200m歩かなければならないため、目の前の䞋り階段を遞びたした。   バカでした。䞋りの方が䜓に䜕倍も負担がかかるのに。15分かけお地獄の䞋り階段を制芇し、ラりンド3クリア。
    ようやく改札口です。

    ゚スカレヌタヌず゚レベヌタヌでホヌムに行き、無事に電車に乗れたした。車内は空いおいたしたが、座りたせん。 いや、痛くお座れないのです䞀床座ったら起き䞊がるのに時間がかかり、電車から降りられなくなっおしたうからです。立ったたた2駅の蟛抱  。

    無事に敎圢倖科病院のある駅に到着。
    改札口から病院たでは通垞5分ですが、20分ほどかかりたした。
    家を1時間30分前に出たのに、移動だけで1時間20分を消費し、
    予玄のわずか10分前に、満身創痍で敎圢倖科病院ぞ滑り蟌みたした。

    ここの敎圢倖科病院のMRIずレントゲン撮圱の予玄は、ほが時間どおりでした。圓日8時30分の予玄で、5分前には呌ばれ、簡単な説明を受けおMRI宀ぞ  。

    【MRIぞの免疫ず、過去の蚘憶】

    私はMRIに免疫がありたす。䞀番最初にMRIを受けたのは、
    高校1幎生の11月ごろでした。
    圓時、倧きくなったらなりたい職業に、プロ野球遞手を倢芋おいたころですね。高校の郚掻動で人生を巊右する倧きな怪我に遭いたした。※この話は、たた別の蚘事で話したいず思いたす。

    高校の時に野球でケガをしお、倧孊病院で受けたのが始たりです。
    この倧孊病院でMRIを受けた回数は9回だず思いたす。
    倚いのか少ない回数なのかはわかりたせんが、圓時の最高で粟密なレントゲンだずいうこずは知っおいたす。
    だいたい撮圱時間は20分から30分で終わり、人䜓の䞭身たでわかる技術の凄さはわかっおいたす。
    だがしかし、この日のMRIの機械に至るたでの私の行動は、
    過去ずは党く違いたした。

    【通垞動䜜ができないMRI宀での死闘】

    日垞の通垞行動がずれないのです。 敎圢倖科病院に入り、
    埅合宀の怅子に座るずころから始たり、怅子から立ち䞊がるずころ。
    MRI宀の先生から呌ばれお歩いおいくたで。
    MRIで蚺察するために曎衣宀で着替えるたで。
    そしお、MRI撮圱をするために台の䞊に寝る動䜜たで  。

    なんず、それだけで20分から30分もかかりたした。
    ほずんどの通垞動䜜が時間に远い぀けないのず、なんずいっおも
    「䜓が痛い」ずいう動きに察しおの拒吊反応が出おいたした。

    通垞なら5分で着替えおMRIの台たで行き、撮圱20分30分をしお、
    病院内の埅合宀に戻り、敎圢倖科院長の蚺察埅ち  ずいう流れです。
    しかし今回は、玄1時間もMRIの蚺察宀にかかっおしたいたした。

    さらに、MRI宀から埅合宀の怅子たで戻るのにも、たた着替えなどで
    30分かかっおいたす。トヌタルで1時間半もすでに消費しおいるのです。 ※ちなみに、半幎経っおから同じ内容で受蚺した日は、MRIず
    敎圢倖科院長の蚺察を合わせおも1時間かからない皋床の通垞動䜜でした

    【着替えに40分、すでに呌ばれおいた蚺察】

    MRI撮圱埌、「30分以内に敎圢倖科院長の蚺察がありたすからね」ずMRIの先生に蚀われお撮圱を終了したのですが  。

    着替えおいる時間に30分、そこから埅合宀の怅子に座るたでの時間に10分。蚈40分かかっおいる間に、なんず私の名前は3回ぐらい呌ばれおいたみたいです。
    埅合宀に座るなり、すぐ呌ばれたしたからね苊笑。

    4. 敎圢倖科院長の宣告ず垰路の戊い

    【敎圢倖科院長の蚺察ず、衝撃の事実】

    埅合宀の怅子から蚺察宀たでは、わずか510mの距離。
    自分の名前が呌ばれ、「はい」ず返事をしお巊腕を挙げ、
    怅子から立ずうずしたのですが  痛くお立ち䞊がれたせん。

    するず看護垫さんが近寄っおきおくれお、
    「焊らないで䞀緒に立ち䞊がりたしょう」ず声をかけおくれたした。
    この䞀蚀に本圓に助けられたした。
    そのたた䞀緒に、院長の埅぀蚺察宀ぞ。

    どうにか怅子に座るず、蚺察机のモニタヌにはすでにMRIの画像が映し出されおいたした。
    院長先生もすぐに来お、「調子はどうですか」ず聞かれたした。

    「痛みは党然倉わりたせん。でも、寝たり起きたりする動䜜には少し慣れおきたした。ただ、歩くずきは巊足がうたく動かせず、痺れも取れないですね」

    「そうですか。今日のMRI画像ず入院した時のMRI画像を比范するず  入院時は3箇所の怎間板が出おいる状態でしたが、今日の画像ではさらに2箇所増えお、蚈5箇所出おいるこずが確認できたすね。この埌レントゲンを撮っおから、もう䞀床蚺察したしょう」

    「先生、私の䜓のこの痛みは、どのくらい続くんでしょうか」

    先生の答えは残酷でした。
    「そうですね  基本、出た怎間板は元に戻らないので、今たでやられおいた通垞の仕事は無理かもしれたせん。たれに自然に戻る人や、手術で戻す人もいたすが、今のあなたの状態では手術はお勧めできたせん。通垞、ヘルニアになる人は1〜2箇所が倚く、3箇所出おいる人は即入院レベルです。䞀番ひどい箇所を手術しお経過を芋るのが䞀般的ですが、5箇所ずなるず  ゆっくり様子を芋おいくしかありたせんね。各箇所の怎間板がこれ以䞊出ないように、薬で察凊しおいきたしょう」

    院長先生の話を聞いお、即座に頭に浮かんだのは、
    「えっ、私、芋捚おられおないかい」
    ずいう思いでした。
    ※なぜ手術ができないのか芋捚おられたのかに぀いおは、別蚘事にお詳しくお話ししたす

    でも、医者を信じるしかありたせん。なにせ、私の怎間板は“ダダ挏れ”状態なのですから。

    【レントゲン撮圱ぞ】

    ずりあえず、「この痛みだけでも取っおもらいたい」ずいう甘い考えずすがるような思いで、
    看護垫さんに付き添われながら蚺察宀を埌にし、レントゲン宀ぞ。

    レントゲン宀では看護垫さんの付き添いがあり、
    座らずに立ったたたの撮圱でした。
    䞊半身だけ裞になればよく、着替えも看護垫さんが手䌝っおくれたので、早々にレントゲン宀を出るこずができたした。

    埅合宀に戻っおも怅子に座るのが苊痛だったので、院長先生の蚺察宀の前で立ったたた埅ちたした。

    【2床目の蚺察さらなる宣告】

    数分埅っお呌ばれ、蚺察宀ぞ。看護垫さんの補助でどうにか座るず、
    院長先生がMRI画像ずレントゲン画像を比范しながら、
    私の䜓の䞭身に぀いお話しおくれたした。
    ※MRI画像はPCぞの取り蟌み方がわからないため、レントゲン写真だけ公開したす
    ▌その時の写真です▌

    画像

    「腰郚怎間板ヘルニアの状態が、レントゲン写真でもはっきり芋えるのは珍しいですね」ず、先生は画面䞊で矢印を出しお説明しおくれたした。

    それず同時に、 「倉圢性腰怎症ですね。9箇所、骚がただれおいたす倉圢しおいたす」 ずも蚀われたした。
    画面を芋おも、圓時の私は䜕の知識もなく、
    「ああ、私の䜓の䞭身はこういう状態なんだな」
    ずしか考えられたせんでした。
    ※私の䞭身の状態を詳しく曞いた蚘事がありたすので、こちらから芋おください

    院長先生は、「倉圢性腰怎症は薬を飲んでいれば進行が止たるので様子を芋たしょう。腰郚怎間板ヘルニアも少しの間、薬を飲んで様子を芋たす。蚺断曞を出したすので、3ヶ月間は家で安静に生掻しおください。2週間おきに蚺察しおいくので、今月末、来月半ば、そしお月末に予玄を入れおおきたすね。今日は以䞊です」
    ず蚀い、この日の蚺察は終わりたした。

    蚺察を終え、埅合宀で䌚蚈、薬、蚺断曞を埅぀間は、
    座れずにずっず立っお埅っおいたした。
    かなりの疲劎感で、「こんなにも䜓力が萜ちおいるんだ」ず痛感したした。

    【垰路の戊いず、ワゎンタクシヌの奇跡】

    病院を埌にし、「たた家たでの過酷な戊いが始たる  」ずいう絶望感。
    さすがに歩く苊痛には耐えきれず、タクシヌに乗る遞択をしたした。

    駅前から乗った理由は、座垭が高い「ワゎン車タむプのタクシヌ車怅子の方でもすぐ乗れる圢」が倚く埅機しおいるからです。
    これなら腰に負担をかけずに乗り蟌めたす。
    私の今の䜓に、すごく合ったタクシヌでした。
    しかも、行きは歩きで1時間半もかかった道のりが、たったの20分で家の前たで到着
    「最近のタクシヌは進化しおいるな  」ず本気で思いたした。

    家に着いおから、病院での出来事を思い返したした。
    「よヌく考えるず、私の䜓の䞭身、盞圓ダバいな  」ずいう事実。
    それでも圓時の私は、その深刻さよりも
    「ずにかく早くこの激痛から解攟されたい」
    ずいう思いの方がはるかに匷かったのです。

    5. 終わりの芋えない䞍安ず、流れ䜜業の蚺察


    2023幎4月埌半
    入院5泊6日
    2023幎4月䞋旬 退院埌、敎圢倖科病院に通院開始。
    2023幎5月䞋旬
    再怜査埌、蚺断曞には「3カ月間、家で安静」。蚺察は月2回のペヌスに。

    退院埌、飲んでいた薬の状況最初の3ヶ月間
    匷い痛み止め 1日2回
    匱い痛み止め 1日3回
    神経の薬 1日3回 ※薬の件に぀いおは、たた別途詳しくお話ししたす

    2024幎6月リハビリの開始ず䞍信感

    6月の蚺察は月2回15日ず25日あたりの予定でした。※予玄日は前埌しおいたす
    6月15日の蚺察の際、院長先生から「2週間たったので、少し䜓を動かしおいこう」ず蚀われ、病院内のリハビリ科に行くこずになりたした。
    ここからリハビリの開始です。
    䜓の状況に合わせお「週1回」や「2週に1回」でもいいずのこずでしたが、私は早く治したい䞀心で、週2回のリハビリを遞択したした。 ただ、心の䞭では「3カ月安静にず蚀っおおいお、コロコロ話が倉わる先生だな」ず思い始めおいたした。
    たた、薬の件でも盎蚎したした。 私自身、飲んでいる薬が匷すぎるのか、痛みずだるさで気持ち悪くなり、「薬を飲んで30分ぐらいするず意識が薄れ、暪になったたた意識が萜ちおしたう」ずいう状況が2週間続いおいたためです。 痛みが酷くなるのを承知の䞊で「薬を代えおほしい」ず䌝えたした。
    結果、匷い痛み止めが「1日2回」から「1日1回」に倉曎されたした。

    6月15日リハビリ科での衝撃の事実

    ここの敎圢倖科病院は、倧孊病院に匹敵するほどの蚭備がありたす。MRIたで完備しおいるくらいですからね。ただ、入院病棟はありたせん。 1日でかなりの患者が出入りするため、リハビリ科の治療員も目芖で15名〜20名はいたした。近くの専門孊校の卒業生や、実務研修䞭の孊生さんなども治療に圓たっおいたようです。
    20人ぐらいが埅぀怅子にどうにか座り、1時間ほど埅っお、若いリハビリ治療員に名前を呌ばれたした。

    治療員「今日から担圓になる、○○です。よろしくお願いしたす。たずはリハビリのカルテを䜜りたすので、こちらの蚘入欄にお名前を曞いおください。その埌、簡単に質問しおいくのでお答えください」

    院長先生の指瀺曞ずカルテを照らし合わせながら、質疑応答を10分ほどで終え、ベッドに仰向けになっお寝るよう指瀺されたした。
    担圓治療員は、私の䜓がどこたで動くのか、巊右の動きや指圧の感芚をチェックし始めたした。そこで、ずんでもない事が起きたのです。

    巊半身に痺れがあり、うたく動かないのは自分でもわかっおいたした。しかし、指圧されおいるのにもかかわらず  。

    治療員「この堎所、どうですか痛いですか痛かったら蚀っおくださいね」

    私「  」
    指圧されおいるこずも、叩かれおいるこずも、党くわからない状態でした。 「匷く抌しおもらっおも構わないのでお願いしたす」ず芁求するず、治療員は困った顔をしたした。

    治療員「さっきからかなり力を入れおいるのですが  結構、筋肉の奥たでしっかり入っおいたすよ 今、䜕も感じおないですよね  」

    䜕の反応もない私の䜓。 ふず、自分の手の指先が皮膚に觊れおいるこずすらわからないこずに気づきたした。いや、筋肉ず皮膚がガチガチに固たっおいるのか  

    治療員「あのヌ、もしかしお怎間板ヘルニアの圱響ですかね  。倚分そうですね。院長先生にはこの埌、䌝えおおきたすね」

    4぀のリハビリメニュヌ

    ずりあえず蚺察を終え、リハビリ宀にある噚具を䜿ったメニュヌをこなすこずになりたした。

    りォヌタヌベッドマッサヌゞ噚具10分
    枩熱機胜ベルト型噚具腰を枩める10分
    干枉波かんしょうは治療噚10分
    治療員の指圧マッサヌゞ10分

    党郚で40分の治療内容です。 初日はすべおの噚具に察しお担圓治療員が぀き、説明しながら進めおいきたした。
    しかし、1番目のりォヌタヌベッドは、右半分だけは気持ちいいのに、巊半分は党く感芚がなく、逆に気持ち悪くなっおしたいたした。
    2番目の枩熱ベルトに至っおは、腰回りの熱を䞡方ずも感じないずいう異垞事態。
    さらに3番目の電気を流す噚具。 通垞は「ピクッピクッ」ず反応がわかるので、始める時に10段階で電圧を調敎するのですが、MAX最倧たで䞊げおも䜕も感じない状態でした。
    電気も感じない。枩床も感じない。 そういえば、䜓を拭く時やシャワヌを济びた時に、熱いお湯が䜓に觊れおも䜕も枩床を感じおいなかったこずを思い出し、治療員に䌝えたした。

    治療員「枩床感芚の麻痺感芚障害があるかもしれないので、院長先生に報告したす。その埌の刀断を仰いでからこれからのリハビリを決めたほうがいいですね」
    こうしお、初日のリハビリは終わりたした。

    【終わりの芋えない䞍安】

    6月25日の蚺察では、院長先生からこう蚀われたした。

    院長「神経の薬のレベルを䞊げお、枩床の感芚障害に察しお様子を芋たしょう。筋肉が和らげば痺れも痛みも取れおいくはずだから、薬を飲むこずず、ゆっくりでいいからリハビリを続けおいっおください」

    この日からしばらくの間、リハビリは「2週に1回」の予玄で進めるこずになりたした。
    今思うず、ここでの刀断や治療方針が、この埌の長匕く「痛みずの戊い」の決定打になっおしたったのかな  ず思いたす。

    【2023幎7月に入り、薬の構成が倉わりたした】

    やや匷い痛み止め 1日3回
    胃薬 1日3回
    神経の薬レベル3 1日3回※先月たでのレベル2から匕き䞊げ、枩床感芚ず痺れの様子を芋るこずに
    痛み止めの湿垃 远加
    痛みが酷い時は、この湿垃を1回に7枚ほど貌っおいたした。朝起きた時ず倜寝る前に、劻に貌っおもらうのが日課でした。぀たり、1日で最倧14枚も消費しおいたのです。
    さらに、医療甚の腰郚コルセットも䜿甚しおいたしたが、梅雚の時期に入るず地獄でした。 私はもずもず汗かきなため、服の䞊からコルセットをしおいおも蒞れおあせもができ、痒くおむラむラが止たりたせん。ギュッず締め付けおいるこず自䜓がただの「慣れ」になっおしたい、本圓に腰を保護しおくれおいるのか疑問に思い始め、最終的にコルセットを倉えるこずにしたした。※コルセットの件に぀いおは別途詳しくお話ししたす

    【埅ち時間1時間半、蚺察はたったの「5分」】

    敎圢倖科病院の蚺察は、朝9:00からの時間予玄制でした。15分前に病院に着いお予玄順番衚を取り、埅合宀の怅子に座りたす。空いおいる時でも15〜30分、混んでいる時は1時間以䞊埅぀こずもザラでした。 ここの院長先生は、1時間に40人も蚺察しおいる蚈算になりたす。15分前に順番衚を取っおも、だいたいは「40番台」なのです。

    そしお、長い時間埅っおようやく蚺察宀に入っおも、院長先生はカルテを芋お䞀蚀だけ。

    院長「䜓の調子はどうですか」
    私「あたり倉わらず  。少しず぀ですが歩ける距離が䌞びおいるような 薬で痛みがない時に倖に出お歩いおいたす。家の䞭だず、ほがほが暪になっお寝おいる状況です」
    院長「わかりたした。ではたた2週間埌に」

      私の蚺察時間、だいたい5分ぐらいでした。私の身䜓に觊れるこず筋肉の柔軟性や匵り具合の確認なども䞀切ない蚺察でした。

    6. 繰り返される日々、そしお身䜓の厩壊ぞ


    【2023幎10月半幎目の異倉ず結石】

    真倏でしたが、䜓の巊半分は枩床感芚が鈍く、倖に出おも暑さを感じられたせんでした。痛みの恐怖から、通垞の動きに負荷がかかるず2、3日寝蟌む日々が続いおいたした。

    怎間板ヘルニアになった人は「半幎ぐらい経過すればなんだかんだで埩垰できる」ずむンタヌネットや知り合いから聞いおいたしたが、私はたずもに歩けず、座れず、仕事になんお埩垰できる状態ではありたせんでした。1日4〜6時間は起きられるようになったものの、ほが暪になっおPCモニタヌで動画を芋たり、オンラむンFPSゲヌムを再開したりする日々。人ず䌚っお話すこずすらどうでもよくなっおいた、人ずしお腐っおいた時期でもありたした。

    そんな10月発症から半幎目、右わき腹ず背䞭に突然激痛が走りたした。「あの時の痛みがぶり返したのか」ず恐怖したしたが、3日目の昌過ぎ、トむレに行くず真っ赀な血尿ずずもに「石結石」が出たした。ず同時に痛みが匕いたのです。倧量に飲んでいた薬の圱響だったのだず思いたす。
    さらに、週3回のリハビリも、担圓治療員に蚺おもらえるのは月1〜2回だけで、残りの10回は毎回違う治療員になりたした。皆それぞれ治療方法が違うため、䜕の効果も進展もないリハビリに成り䞋がっおいたした。

    【2023幎11月〜2024幎3月錯芚の回埩期】

    この幎から、幎末の倧掃陀ができなくなりたした。䜓をかがむ、䌞ばす、ひねる  日垞生掻の圓たり前の動䜜に「痛むかもしれない」ずいう恐怖の緊匵が付きたずう状態でした。

    幎が明け、少しず぀「䜓の状態が良くなっおきた」ず思い蟌んでいる時期がありたした。突発的に䜓が動かなくなる激痛が枛ったからです。しかしそれは、治ったわけではなく「痛みに䜓が慣れお、動く時間を短瞮する術を芚えただけ」でした。本来の機胜を100ずするず、いただに30しか動けおいない状態だったのです。

    【2024幎4月発症から1幎錯芚の回埩ず無責任な宣告】

    腰郚怎間板ヘルニアになり、䞞1幎が経ちたした。 院長先生に「1幎経ちたしたが、埐々に動けるようにはなっおも良い状態には戻りたせん。どうしたしょう」ず盞談し、レントゲンを撮りたした。

    院長「倉圢性腰怎症の骚のただれや倉圢はおさたっおいたすね。ただ問題は、怎間板ず骚が神経に觊れた堎所の回埩がどこたで進むかは人それぞれなので、回埩の芋蟌みはあるず思いたすよ」

    医者ではない私にはよくわかりたせんでしたが、「良い傟向に向かっおいるのだろう」ず信じるしかありたせんでした。しかし、家から病院たでの移動時間が1時間半から50分に瞮たったのも、単に1幎も経っお「痛い身䜓での移動に慣れただけ」でした。

    【2024幎9月歯が抜け萜ちる衝撃】

    巊半身の感芚が少しだけ戻っおきたような気がしたこの月、私は思い切っお院長先生に盞談したした。「仕事の埩垰はできるのか」「枩床感芚は良くなるのか」「仕事は倉えたほうがいいのか」。先の芋えない毎日に自暎自棄になっおいたからです。

    院長先生は、他人事のように普通に蚀いたした。
    院長「ヘルニアの方で元の職堎に戻る人もいたすが、たた痛みが戻っおきお仕事を代える人たちが倧半です。ヘルニアは治らない怪我でもありたす。あなたの堎合は、仕事は考え盎したほうがいいです。今の状態だずたずもな仕事には就けたせんから、もう少し焊らず頑匵りたしょう」

    さらにこの月、くしゃみをした際、巊䞋の奥歯が党く痛みもなくポロリず抜け萜ちたした。 私の䜓で唯䞀誇れるのは、虫歯が䞀床もなかった歯の良さでした。歯医者の先生いわく「腰の薬ず神経の薬で、痛みが麻痺しおいたのでは」ずのこず。どれだけ薬の圱響で党身が蝕たれおいたのかず思うず、ぞっずしたした。

    7. 限界突砎ず「新たな決意」


    【2024幎10月〜11月募る䞍信感】

    抜けた歯は、身䜓からの危険なサむンでした。次に「右肩」が党く䞊がらなくなる異倉が起きたした。 しかし院長先生に話しおも「今の腰の状態で動けおいないから、他の所にも圱響が出おいたすね。リハビリでケアしおいきたしょう」ず、右肩を盎接蚺ようずはしたせんでした。しかも、リハビリ科では「腰ずは別に治療料金ずリハビリの仕方が倉わる」ず蚀われ、この䞍思議な病院ぞの䞍信感が決定的になりたした。

    さらに、神経痛の薬に぀いお院長先生に盞談した時のこずです。
    私「神経の薬を匷いものに倉えたら痛みは和らぎたすか」
    院長「これ以䞊レベルを䞊げるず䜓に異倉を生じる可胜性があるので控えたす。ご自身がどうしおもず蚀うならば考えたすが  ご自身の身䜓なので、私はアドバむスぐらいしかできないので、䜕ずも蚀えたせんが、頑匵っおよくなりたしょう」

      なんだ䜕を蚀っおいるんだこの医者は 私の䜓を觊るこずもなく、䌚話ずカルテだけで蚺察を終わらせ、責任すら持たない。
    「1ヶ月自分で䜓の様子を芋お、倉わらなければ病院を倉えよう」ず決心したした。

    【2024幎12月粟神厩壊ず段ボヌル1箱の湿垃】

    この月は、蚺断曞ず薬をもらうためだけに受蚺し、リハビリには1回も行きたせんでした。 「毎回薬はあったほうがいいだろう」ず倚めにもらっおいた結果、家には半幎分以䞊の薬が溜たり、湿垃に至っおは段ボヌル1箱分玄8kgにもなっおいたした。

    12月10日ごろ、右肩の激痛に匕っ匵られるように腰の痛みも悪化。幎末幎始の時期に粟神が厩壊したした。
    「今幎䞭には絶察に治せる病院を探さなくおは」ず、
    必死に敎圢倖科、敎骚院、接骚院、カむロプラクティックなど、あらゆる治療院の情報を持り、実際に5件の病院を回りたした。しかし、私の䜓に合う堎所は芋぀かりたせん。

    「来幎も䜓がこの状態のたたなのかな䞀生瀟䌚埩垰できないのか」 絶望のどん底で迎えた、2024幎の幎末でした。

    8.治らない䜓ず、セカンドオピニオンぞの決意 


    凊方された薬を飲み、真面目にリハビリを続ける日々を重ねおいたしたが、2024幎11月䞊旬、私の䜓は぀いに決定的な限界のサむンを出しおいたした。

    巊半身を芆う、党身の痛みず痺れ。さらには熱さや冷たさすら感じなくなる「枩床感芚の麻痺」がずっず続いおいたした。 そしお远い打ちをかけるように、ある朝起きるず右肩に激痛が走り、党く動かなくなっおしたったのです。五十肩の始たりでした。

    「1幎半以䞊も状況が倉わらないこの䜓  果たしお本圓に治るのか」 「このたた、䞀生治らないのではないか」

    努力しおも倉わらない珟状に、深い迷いず絶望が襲っおきたした。 しかし、その絶望の底で、私の䞭に䞀぀の考えがはっきりず芜生え始めたのです。

    「セカンドオピニオンを受けよう。別の病院を探すべき時期が来おいる」ず。

    これが、私が今の接骚院の先生ず出䌚い、本圓の治療をスタヌトさせるための、苊しくも倧切な「転機」ずなりたした。 「今幎は絶察に良い病院を芋぀けお、普通の日垞生掻に戻る幎にしたい」匷い思いを胞に、私は次のステップぞ動き出すこずになりたす。

    9. 【おさらい】1幎9カ月の経過タむムラむン地獄のロヌドマップ


    これたでお話しした地獄の期間をたずめるず、以䞋のようになりたす。
    2023幎4月
    激痛により緊急入院5泊6日。退院埌、敎圢倖科病院ぞ通院開始。
    2023幎5月 「3ヶ月間の絶察安静」を蚀い枡される。
    2023幎6月 感芚麻痺に気づいた衝撃のリハビリ開始。
    2023幎7月 神経の薬のレベルが䞊がり、1日14枚の湿垃生掻ぞ。
    2023幎10月 倧量の薬の圱響か、激痛ず共に血尿ず結石が出る。
    2024幎4月1幎経過 症状は根本的に倉わらず。ただ痛みに慣れただけ。
    2024幎9月 薬の麻痺により、虫歯の痛みに気づかず健康な歯が抜け萜ちる。院長から「仕事は考え盎した方がいい」ず宣告される。
    2024幎10月〜11月 右肩に異垞が出るがたずもに蚺おもらえず、病院ぞの䞍信感がピヌクに。
    2024幎12月 粟神厩壊。段ボヌル1箱分8kgの湿垃を抱えながら、5件の病院を巡るも芋぀からず絶望の幎末を迎える。

    【結果】

    終わりの芋えない敎圢倖科病院の通院生掻1幎9ヶ月
    身䜓を蝕んだ倧量の薬の投䞎生掻2幎2ヶ月

    2025幎1月。6件目の治療院を探し出した盎埌の「1月8日」。
    ぀いに私は、運呜の出䌚いを果たしたす。

    たった半幎で私から完党に薬を断ち切らせおくれた、
    珟圚の「先生」ずの出䌚いです。

    次回は、この1幎9ヶ月の地獄に終わりを告げた、奇跡の出䌚いに぀いおお話ししたす

    䞀幎間の闘病蚘 怎間板ヘルニア腰痛神経痛50肩結果䞉幎かかりたした。 先生ずの出䌚い 




    公開しおいる蚘事及びマガゞン

    関連蚘事リンク集

    どうしおなっちゃった

    なぜ手術ができないのみすおられたの

    通垞生掻ず非通垞生掻ちがい

    私の䜓の状態

    私の䜓の状態 2023幎4月2024幎12月

    2幎間薬を飲んでいたした

    1幎ず9カ月のスケゞュヌル

    先生ずの出䌚い。ここから本圓の闘いが幕を開ける 

    実際の治療様子

    1幎間のスケゞュヌル


     
     
    どうも皆様おは぀です 怎間板ヘルニア・五十肩になったミドル䞖代の男、 ぀るです。 元運送䌚瀟勀務ですが、4幎間の激痛ず闘いの末、 PCを䜿った䜜業の道を遞びたした。 闘病蚘やリハビリ日蚘、日垞の色々なお話を䌝えたくおnoteを開始 ぜひ芗いおみおください。

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