
患者だけでなく“地球”も診る時代へ?GRADEがついに“Planetary Health”を正式導入した衝撃


近年、医療界では「Planetary Health(プラネタリーヘルス)」という概念が急速に広がっています。
これは簡単に言えば、
人類の健康は、地球環境の健全性の上に成り立っている
The concept of planetary health is based on the understanding that human health and human civilisation depend on flourishing natural systems and the wise stewardship of those natural systems. However, natural systems are being degraded to an extent unprecedented in human history.
という考え方です。
そして今回、臨床ガイドライン界隈で最も影響力のある評価フレームワークの一つである GRADE が、ついに正式に「Planetary Health をガイドラインに組み込む方法論」を公表しました。
そもそもGRADEとは?
まず前提として、GRADEとは、
Grading of Recommendations Assessment, Development and Evaluation
の略です。
世界中の診療ガイドライン作成で使われている、「エビデンスの質」と「推奨の強さ」を評価する標準的方法論です。
例えば:
降圧薬は何を第一選択にするか
抗菌薬を何日投与するか
がん検診を推奨するか
などを決める際、
エビデンスの確実性
ベネフィット
害
コスト
患者価値観
実現可能性
などを総合的に判断します。
今回の論文の本質は、
「そこに“地球環境への影響”も正式に入れよう」
という話です。
医療は“健康産業”だが、同時に“環境負荷産業”でもある
論文ではかなり強い問題提起がされています。
例えば:
医療由来の温室効果ガス排出は世界全体の約5.2%
米国では最大10%
医療は大量のプラスチックを消費
水資源も大量使用
製薬・輸送・データセンターも巨大エネルギー消費
つまり、
「患者を救う医療そのものが、地球環境を悪化させている」
という構造です。
GRADEは何を変えようとしているのか?
今回のガイダンスでは、ガイドライン作成時に、
「Planetary Boundary(地球限界)」
を考慮すべきと提案しています。
論文では9つの境界が紹介されています。
GRADEが考慮対象にした“地球限界”
気候変動
生物多様性
淡水使用
土地利用
窒素・リン循環
大気汚染
海洋酸性化
オゾン層破壊
マイクロプラスチックなど新規汚染物質
つまり、
「その医療行為は患者には良いが、地球にはどうなのか?」
を評価しようという話です。
具体例がかなり面白い
論文ではケーススタディが提示されています。
① 麻酔ガス問題
デスフルラン vs セボフルラン
臨床効果はほぼ同じ。
しかし、
デスフルランは温室効果が極めて大きい
セボフルランの方が環境負荷が低い
結果:
「セボフルラン推奨」
になっています。
これは今後かなり影響あると思います。
② 喘息吸入薬問題
これも非常に興味深い。
MDI(スプレー式吸入器)は噴射ガスを使います。
一方、DPI(ドライパウダー)はガスを使わない。
論文では:
MDIは温室効果ガス排出が大きい
DPIの方が環境負荷が低い
と整理されています。
つまり、
「同じ治療効果なら環境負荷の低いデバイスを優先する」
という方向です。
欧州ではすでに議論がありますが、ついにGRADE本体がここまで来たか、という感じがあります。
③ マスク問題
COVID時代を象徴するテーマ。
論文では:
マスクは感染予防効果がある
しかし大量のプラスチック廃棄物を生む
N95は特に環境負荷が大きい
とされています。
しかし最終的には:
「健康利益が環境負荷を上回る」
として、マスク推奨。
つまり、
“環境負荷があるからダメ”ではなく、トレードオフを可視化する
のが目的です。
④ 赤肉(Red Meat)問題
ここが最も政治的にヤバい。
論文では、
赤肉は温室効果ガス負荷が大きい
土地利用負荷も大きい
水使用量も大きい
として、
「植物ベース食への移行はPlanetary Health的に望ましい」
と整理しています。
これは栄養学を超えて、
農業政策
畜産
食文化
経済
イデオロギー
に踏み込む話になります。
かなり重要なのは「Equity(公平性)」を強調していること
この論文で面白いのは、
単なる「エコ医療」の話ではない点です。
論文は、
世代間公平
国家間公平
生物種間公平
まで言及しています。
つまり、
現在の豊かな国の医療消費が、未来世代や低所得国に負荷を押し付けている
という倫理問題として扱っている。
これはかなり思想的です。
正直、今後かなり揉めると思う
この方向性には当然、賛否があります。
賛成派
医療も環境責任を負うべき
医療も巨大産業
“患者だけ”見ていては持続可能性がない
反対派
まず患者を救うのが最優先
環境を理由に医療制限される危険
医療アクセス格差が広がる
「脱炭素」が新たな医療統制になる可能性
個人的に重要だと思った点
この論文、かなり慎重です。
単純に
「環境のために医療を削減しよう」
とは書いていません。
むしろ、
「透明性を持ってトレードオフを議論しよう」
という姿勢です。
例えば、
健康利益が大きいなら環境負荷を受容する
臨床効果が同じなら環境負荷の低い方を選ぶ
という整理になっています。
これは比較的バランスは取っています。
しかし時代は確実に変わった
かつて医療ガイドラインは、
有効性
安全性
コスト
だけを見ていました。
しかし今後は、
「その医療は地球に優しいか?」
まで問われる。
これは医療史的にはかなり大きな転換点だと思います。
ただ、個人的には少し複雑な気持ちもある
Planetary Health の概念そのものは、私は理解できます。
医療が大量のエネルギーや資源を消費し、CO2や廃棄物を出しているのは事実です。
「患者だけでなく地球環境も考えよう」という問題提起自体は、決しておかしな話ではありません。
ただ一方で、私はどうしても、
世界全体でCO2排出制御すら十分にできていない中で、日本だけが真面目に過剰適応し、“正直者が馬鹿を見る”構造にならないか
という懸念を持ってしまいます。
気候変動は典型的なグローバル公共財問題です。
日本の医療現場だけが頑張っても、世界全体で見れば影響は限定的かもしれない。
にもかかわらず、日本ではしばしば、
理念が強く輸入され
現場に強い遵守圧力がかかり
書類や規制が増え
現場疲弊だけが進む
ということが起こります。
私は、Planetary Health が、
「患者利益を考えたうえで、可能な範囲で環境負荷も考慮する」
という補助的概念として扱われるのであれば理解できます。
しかし、
「環境のために医療を我慢するべき」
という方向へ進み始めると、かなり危ういとも感じます。
そして正直、それ以前の問題として、日本には“無駄な医療”が大量にある
個人的には、Planetary Health を議論する前に、
「本当に価値のある医療とは何か」
を整理する方が先ではないかと思っています。
日本には、
不要な検査
不要な採血
不要な画像検査
長期処方
ポリファーマシー
“念のため医療”
前例踏襲型医療
がかなり多い。
もちろん医療は不確実性の世界ですし、「念のため」が必要な場面もあります。
しかし、システム全体として見ると、明らかに低価値医療(Low-value care)は大量に存在しています。以前にも書きました。
しかもそれは、
医療費
人手不足
医療者疲弊
患者負担
環境負荷
すべてを悪化させます。
つまり、
「Planetary Health のために医療を減らそう」
より前に、
「そもそも無駄な医療を減らそう」
の方が、はるかに筋が良いように思うのです。
実際、不要医療削減は、
医療の質向上
財政改善
医療者負担軽減
環境負荷軽減
を同時に達成できる可能性があります。
私は、Planetary Health を完全否定するつもりはありません。
ただ、
“理念先行”ではなく、“まず低価値医療削減から”
という順番を、医療界はもっと真剣に考えるべきではないかと感じています。
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