患者にとって効果が乏しく害や費用だけがかさむ医療行為「低価値医療(Low-Value Care)」が日本でどれくらい行われているか
■ はじめに:「低価値医療」って何?
「低価値医療(Low-Value Care)」とは、患者にとって効果が乏しく、害や費用だけがかさむ医療行為を指します。
たとえば、「風邪に抗生物質」「腰痛に不必要な注射や手術」など、実際の医療現場では意外と身近に存在します。
こうした低価値医療は、患者への負担や副作用リスクを高めるだけでなく、医療費の無駄遣いにつながり、真に必要な医療リソースを圧迫する深刻な問題です。
■ 研究の概要と目的
この研究は、日本全国242の大規模急性期病院のレセプトデータ(診療報酬明細)を使い、33の「低価値医療行為」の発生頻度・費用・傾向を調べたものです。
調査対象は、2019年度に受診した約34万人(無作為抽出された5%サンプル)。2015年〜2019年の5年間の変化や、どんな人が受けやすいのか(年齢・性別・病歴・病院の規模など)も分析しました。
■ 主な結果:低価値医療は日本でも頻繁に
● 患者の約5%が受けている
より厳格な基準で見ても、2019年度に約5%の患者(約1万7千人)が少なくとも1回は低価値医療を受けていたことが判明。これを全国に当てはめると、年間300万人以上が不必要な医療を受けている計算になります。
● 医療費に与える影響も無視できない
33の低価値医療のうち、費用の合計は少なくとも約57億円(最大129億円)にのぼり、対象病院全体の医療費の約0.2〜0.5%に相当します。全国の医療費に換算すれば年間1,000億円規模のムダとも言えます。
● 特に多かったのは…
腰痛に対する脊椎注射
妊婦へのベータ刺激薬(子宮収縮抑制)
プレガバリン(神経性疼痛治療薬)の不適切処方
骨粗鬆症による脊椎圧迫骨折へのセメント注入(椎体形成)
これらは、効果の乏しさや過剰治療の懸念が指摘されています。
■ 時系列の傾向:減ったものもあれば、増えたものも
2015年から2019年の間、全体としてはわずかに減少傾向(年間平均-2.0%)にありましたが、個別にみると以下のような傾向が見えました。
● 減少傾向のあった医療
かぜへの抗生物質投与(−11.5%/年)
腰痛への脊椎注射(−7.0%/年)
妊婦へのベータ刺激薬の処方(−6.4%/年)
これは、国内のガイドライン改訂や、抗菌薬適正使用の国策による効果と考えられます。
● 逆に増えている医療
血中T3(甲状腺ホルモン)検査(+2.0%/年)
プレガバリンの処方(+17.4%/年)
不要な心エコー検査や凝固能検査
これらについては、今後の注視と政策介入が求められます。
■ どんな人が受けやすいのか?
以下のような傾向がみられました。
女性の方が受けやすい(男性に比べて37%高い確率)
併存疾患が多いほど受けやすい
年齢が高いほど受けにくい
大病院よりも小規模病院の方がリスクが高い
つまり、高齢者よりも若年〜中年の女性が、比較的小規模な病院でより多くの低価値医療を受ける傾向があるという結果です。
■ 意義と今後に向けて
本研究は、日本の医療制度下においても「低価値医療」が無視できない規模で存在することを初めて定量的に示したものです。
今後は以下の取り組みが期待されます:
診療ガイドラインの周知と更新
医師への教育・啓発
保険制度上のインセンティブ調整
患者への適切な情報提供(医療リテラシーの向上)
そしてなにより、「何もしない」ことが最善の医療となるケースもあるという認識が、社会全体に広がっていく必要があるでしょう。
✍️最後にひとこと:
日本の医療制度は「何でも保険でカバーされる」からこそ、その中での無駄を見える化し、減らす努力が求められています。
限られた医療資源を、本当に必要な人に届けるために——“ムダな医療”との付き合い方を、私たち自身も考えていきましょう。