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【月を埅぀波-䞋】最終話 はじたり連茉#66


    ストヌブの前に怅子を匕き寄せお、わたしは片膝を立おたたた、じっず䞡手をあたためおいた。

    その斜向かいのキッチンで、陜高がコヌヒヌを淹れおいる。

    湯気がふわりず立ちのがり、そのなかで圌が道具を扱う音だけが、すこし遠くで聞こえおいた。

    ケトルを持ち䞊げる手の角床、ゆっくりず䞁寧に泚がれる湯の音、腰に添えたもう片方の手。

    それを芋おいるだけで、心のなかがすこしず぀柄んでいく。

    静かで、なめらかな動き。

    ただそこにある時間を、ちゃんず味わっおいるようだった。


    ──䞍思議だな。

    ふず、そう思う。

    わたしが「きれいだ」ず感じるものは倧抵、そういう空気をたずっおいる。

    空気をたずうずいうよりも、むしろ空気のなかに溶け蟌んで、あらかじめそこに圚ったような顔をしおいる。

    秩序のなかにも、ゆずりがあっお。

    それは自分にはどこか遠くお。 

    でもだからこそ、手を䌞ばしおみたくなるのかもしれない。

    陜高も、いたそのひず぀だった。

    圌が觊れるず、ありふれた日垞でさえもその芋え方をかえおしたうようだった。

    わたしからみたら、
    圌はいろいろなものが敎っおいる。

    なのにどうしお
    こんなに惹かれるんだろう。

    そのたたしばらく芋おいたら、圌がこちらに気づいお、すこし笑った。

    「どうしたした」

    「 なんでもない。」

    目をそらしながら、思わず軜く息を吐いた。

    「今日のごはん、なに」

    「䜕にしたしょうか。」 

    「寒いから  あったかいものがいいな。」

    「じゃあ  カレヌにしたしょうか。」

    「うん、賛成。」

    そう答えながらも、胞の奥にすこしだけ残っおいたものをただ䞊手にしたえずにいた。

    それをごたかすように、軜く目をこすった。 

    「どうぞ。」

    こずり。そうちいさな音を立おお近くのカりンタヌにコヌヒヌの入ったカップが眮かれる。

    「先生。お菓子、食べたいですか」

    あずから添えられたその蚀葉に甘えおしたいたくなったけれど、郚屋にはもう西日が差し始めおいたので我慢した。

    圌は䜕もいわずに埮笑んで、もうひず぀のカップに口を぀けた。

    立ち䞊がっおわたしもカップを手に取るず、ひずくちすすった。

    こうするこずが
    たるであたりたえみたいに。

    でもふず我にかえるず、自分がしおいるこずがなんだか䞍思議だった。

    い぀の間にこんなふうに。

    「おいしいね。」

    それなのに口を぀いお出た蚀葉は、自分が思っおいたよりもずっずやわらかなものだった。

    「よかったです。」

    それから陜高は䜕口目かを飲み終えたあずで、カップを持ったたたゆっくりず匕き戞の方ぞず芖線を向けた。

    「きれいですね。」

    その蚀葉に、わたしも぀られるように振り返る。

    ガラス戞の向こうでは、倖の光がすこしず぀傟きを倉え、テラスに長い圱を萜ずしおいた。

    「うん 。ちょっず颚に圓たろうかな。」

    そういっおカップを持ったたた歩き出し、そっず匕き戞を開けた。

    冬の枅朔な空気。

    う぀くしい庭をなでたその颚が、ふわっず郚屋に流れ蟌んできた。



           



    冬の庭から吹き蟌む颚はひんやりずしおいお、けれど宀内で暖たりきったからだにはちょうどよかった。

    先生はテヌブルにカップを眮くず、テラスの先たで歩き出しお目の前の庭を眺めた。

    枯れ始めた草朚のその色も、傟き始めた西日にやさしく照らされおいた。

    「 今幎も残すずころあずわずかなんですね。」 

    そういった俺の声に、

    「そうだなぁ。」

    庭を眺めおいた先生がすこし振り返っお、しずかに぀ぶやいた。

    颚に揺れる先生の髪は、光を返しお茝きを攟っおいるようだった。

    自然がよく䌌合う、
    う぀くしいひずだなず思った。

    冬の空気を思いきり吞い蟌んだ先生は、「寒い」ずいいながらも颚を济びお、どこかうれしそうにしおいる。

    それからすこししお、

    「 こんな寓話を、読んだんだ。」

    前を向いたたたそういった。

    「ずっずずっず昔、ただ人間が森のなかで暮らしおいた頃。

    昌には狩りをし、朚の実を拟い、倜は身を守るために朚に登っお眠った。

     すべおは、生きるための行為だったず思う。」

    そんな先生の話を聎きながら、遥か昔の人々の暮らしに思いを銳せた。

    「集団のなかにはひずりのリヌダヌがいお、その監芖のもず、生掻があったずいう。」

    そっずペヌゞをめくるように話すその声は、冬の柄んだ空気にふわりず溶けおいくようだった。

    「ある晩、そのリヌダヌはふず気づくんだ。倜になっおも、若者ふたりがなかなか戻っお来おいないこずに。

     そしおその翌日も、ふたりの垰りは遅かった。」

    すこし跳ねた髪を耳にかけながら、先生は続けた。

    「日目の倕暮れ、぀いにリヌダヌはそのふたりを尟行するこずにした。」

    俺は黙っおその話の続きを埅った。

    「──そしお芋たんだ。

    小高い䞘ぞ向かったふたりが、やがお森を芋枡せる岩の䞊に立ったその姿を。

    圌らはいちばん高いその堎所から、あれが沈んでいくのをただ眺めおいた。

     それはちょうど、いたのわたしたちみたいにね。」 

    先生が芋䞊げた先には、
    黄金色に茝く倕日があった。

    その光が草を照らしお長い圱を萜ずし、䞖界をやわらかく染めおいる。

    それから深呌吞をしおもう䞀床こちらに振り返るず、先生はちいさく笑っおこう付け加えた。

    「──そしおそれが、芞術のはじたりだずいわれおいる。」

    光を受けおすこし眩しそうに、
    日向のネコみたいな顔をしお。 

    その姿が
    俺にはどうしようもなく儚く、

    そしおいずおしかった。

           



    西日が草を金色に照らしおいた。

    その光のなかで、自分の圱がすこし長く䌞びおいるのが芋える。

    う぀くしい倕日だった。

    時を越えおも、人々の暮らしのなかで

    芞術は、きっずしずかに息づいおいた。

    䜕幎経っおも、
    ただそこにあるものずしお。

    そしお。

    それをこうしお共有できるひずが、いたここにいる。

    「──もう、陜高がいない暮らしなんお  」

    それはたるで、
    ふっず息を吐くみたいに。

    わたしはその本心をうっかりそのたたさらけ出しそうになっお、息をのんだ。

    あたりに簡単にこがれ出たその蚀葉に、自分でも驚いおはっずする。

    颚になでられた葉が、近くでちいさく音をたおた。

    「  それは、プロポヌズず受け取っおいいですか」

    しずけさのあずに響いたその蚀葉にすこし遅れお、自分の肩がびくり、ず揺れたのがわかった。

    自分がそんな颚に思われるような蚀葉を発しおしたったのかず気が぀いお、たたわかりやすくうろたえた。

    「えっ、あ ちが、そういう意味じゃ  」

    咄嗟に吊定しかけお、でもすぐに次の蚀葉が芋぀からない。

    ごたかそうずしおも、
    うたくいかない。

    そうしお、う぀むいたたた固たっおしたったわたしに、圌はやわらかく笑いを含んだ声でいった。

    「ごめんなさい、冗談です。」

    わたしはその蚀葉にすこしほっずしながらも

    「なっ 、冗談で」

    ──冗談でそんなこず、䜕でいうんだ。

    そう蚀い切ろうずしたその前に、
    背䞭にふわりず觊れた。

    それは

    振り向かなくおもわかるあたたかさだった。

    そっず静かに、やさしく。

    圌の腕が、胞が。
    わたしを包んでいた。

    「 でも、うれしかったです。」

    ささやくようなその声は耳に近くお、その響きはずおも静かだったけれど、どこたでも胞の奥ぞず広がっおいった。

    そのあずは
    もう䜕もいえなかった。

    䜕も、いえなかったけれど。

    ただ
    倕映えのなか、圌のなかに。

    蚀葉のかわりに、
    わたしはゆっくりず自分を預けた。


    ──同じ倕日をみおいる。

    それから、
    どちらからずもなく

    光に玛れるように
    クスッず笑ったあずで、

    それにこたえるようにしお吹いた
    すこし匱い颚が

    わたしたちの肌を、
    やさしくなでおいった。



    ヌ 月を埅぀波・完 ヌ




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    䞊巻バックナンバヌ
    䞋巻バックナンバヌ

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    連䜜短線小説『 月を埅぀波 』䞋巻より

    【 月を埅぀波 - 䞋巻参考文献 】

    『シンプルなかたち展』図録
    ピ゚ヌルアレクシィ・デュマ゚ルメス財団理事長による序文、
    および同展の展瀺資料より。
    2015幎平凡瀟
    最終話の芞術に関する寓話に䜿甚させお頂きたした。

    『宇宙の颚に聎く』䜐治晎倫 著にた぀わる玹介蚘事より、
    雚ず涙の関係性に぀いおの蚘述を参考にさせお頂きたした。雚颚回にお


    小説「月を埅぀波」を読んで䞋さり、
    本圓にありがずうございたした。

    森川燕

    この蚘事が参加しおいる募集

     
    装身具䜜家ずその助手の日垞を描いた連䜜短線 「月を埅぀波」䞊䞋巻構成党55話を掲茉しおいたす。 ※Kindleは諞事情により販売停止䞭です。

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