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【月を埅぀波-䞋】話 声連茉#65


    テヌブルの䞊には、昚倜の残りのスヌプを枩め盎したものずサラダ、軜く焌いたパン、それから季節のゞャムが䞊んでいた。

    日差しはあたたかく、窓際の床に、やわらかな圱が斜めに萜ちおいる。

    い぀ものブランチ。

    どちらもあたり口数は倚くなかったけれど、あたためられた冬の入口のリビングでどこか枅々しい気持ちに包たれおいる。そんな時間だった。

    「先生。」

    パンにバタヌをのせおいた手が、ふず止たった。

    それはい぀もの調子だった。やわらかくお、萜ち着いた声。

    でもその響きが、やさしさが、無防備になっおいた心にすっず通った。

    「  うん」

    返事はほんのすこし遅れた。それに気づいたのは、自分だけだったかもしれない。

    けれどその遅れをごたかすように、スヌプの䞭の野菜をすこしかき混ぜる。

    䜕もなかったように、
    䜕も倉わっおいないように。

    でもたしかに、さっきの䞀蚀がどこか胞の内に残っおいる。

    人知れず䜕かがそっず眮かれた。そんな感芚だった。

    「 今日、どうしたしょうか」

    ぀づいたその声に、今床は手を止めないでいった。

    「片付けを 先にしようかな。」

    自然に返せたず思う。

    「いいですね。」

    たった䞀蚀。

    それだけのはずなのに、どうしおこんなふうに胞の奥が揺れるんだろう。

    スヌプをひずくちすくっお、䜕でもないように口元ぞ運ぶ。その枩床が、すこしだけ萜ち着きを取り戻させおくれた。

           


    䜜業郚屋に入るず、先生はすっず前掛けを身に぀けた。

    䞍定期販売を終え、途䞭だった囜内セレクトショップぞの玍品分を仕䞊げるために、ゆうべも遅くたで䜜業しおいたようだった。

    机の䞊には、䜿った道具や玠材がそのたた残っおいる。

    「この蟺の石は䞀旊資材郚屋に戻しおいいですか」

    そういっお玠材を皮類ごずに分けながら、先生の様子を暪目でうかがう。

    「うん。ありがず。」

    べ぀に、䜕が特別おかしいずいうわけじゃない。

    ただ、口数がすくないずいうか なんずなく違和感があった。

    昚日の疲れがただ残っおいるのかもしれない。

    もしかしたら、俺が気にしすぎおいるだけなのかもしれないけれど...

    䜜品は無事に仕䞊がった様子だったけれど、ただ玍埗のいっおいない点があるのだろうか。

    たたにふっず動きが止たるのを芋るず、なにか考えおるのかな、ず思っおしたう。

    無理に蚊くようなこずじゃない。ただ、䜕か困っおいるこずがあるのなら、そのずきはちゃんず気づけたら──

    そんなふうに思っおいた。

    先生はずきどき、䜿い蟌んだ道具のひず぀を手のなかで確かめるように眺めおいた。

    金属の衚面にはいく぀もの傷やくすみが刻たれおいお、それでも䞍思議ずその姿がいちばんう぀くしく芋える。

    様々な皮類のやすり。先の䞞くなったすり板。曲線のやわらかなピンセット。先端の加工されたスパチュラ。

    どれも先生が長い時間をかけお手になじたせおきたものたちだった。

    それはこの郚屋の空気そのものにたで及んでいる。

    あかるさは控えめなのに、どこか柄んで。

    敎理されすぎおいないのに、静けさを倱っおもいない。

    やわらかい生気が玠材ず道具のあいだにふんわりず宿っおいるような、そんな堎所だった。

    先生が手を䌞ばす。

    その先にあるのは、鈍い茝きを攟぀繊现なアンティヌクビヌズや、カレンシルバヌを䞊べた棚だった。

    小瓶を手に取るず、
    シャラリず心地の良い音が鳎った。

    こうしお先生の手の動きがずきどき止たるのも、その静けさのなかで䜕かに觊れおいるからなのかもしれない──

    そんなふうにも思えた。

    「先生。それ、いい音ですね。」

    䜕気なくいった぀もりの蚀葉だったけれど、返っおきた「うん。」ずいう返事はどこか淀みがあるようにも感じられた。気にしすぎだろうか。

    やっぱり先生は、
    すこし疲れおいるのかもしれない。

    今日は䜕か、からだにやさしい倕飯にしよう。


    それからしばらくはふたりずもほずんど無蚀のたた片付けを続けた。

    雲の切れ間から日が差しおきたので、ふず手を止めお近くの窓から庭をみた。

    その先にある離れ。

    俺はその瞁偎から、この仕事郚屋の明かりを芋るのが奜きだった。

    窓をわずかに開けるず、そのすき間から冷たい颚がすっず頬をなでた。

    「先生。すこし䌑みたせんか」

    声をかけるず、圌女はふうずひず息぀き、それにあわせるようにしお目を䌏せた。

    「そうだね。」

    ちいさく返っおきたその声は、どこかほっずしたようでもあった。

    それ以䞊は䜕もいわずに立ち䞊がるず、先生はしずかに前掛けを倖した。

    怅子にそれを掛けるず、机の䞊を指でさらい撫でるようにしながら戞口の方を向き、最埌にたた軜く䞀瞥しおからリビングぞず歩いおいく。

    背䞭はい぀も通り。

    けれどどこか遠かった。

    それをゆっくりず芋送っおから、俺もあずを远った。

           


    テラスに近いほうの怅子に腰をおろした。

    リビングのカヌテン越しに、やわらかな光が差し蟌んでいる。

    その奥に芋える庭はどこたでも静かで、すこし吹いた颚にはやさしく応えるように、葉をそっず揺らしおいた。

    がんやりずその揺れを眺めながら、さっきの「先生」ずいう呌びかけを思い返す。

    ずっず聞いおきたはずだった。

    けれど

    それは圓初ずはちがう感芚を持っおわたしのなかに響いおいた。

    ――誰かを奜きになるっお、
    こういうこずをいうんだろうか。

    考えないように、なるべく静けさに溶け蟌もうずする。

    それでも。

    「先生。」

    真正面から届くその声に、
    心はどうしたっお動揺しおしたう。

    ゆっくりず顔を䞊げた。

    目の前には、あいかわらず穏やかな顔で立぀陜高がいる。

    「  なにか、困っおいるこずはありたすか」

    ためらいがちに。でもたっすぐに。

    「 もし俺に出来るこずがあるのなら、遠慮なくいっおくださいね。」

    そういわれお、自分の様子がやはり圌にもおかしく映っおいたのだず気づく。

    それから圌はそっず片膝を぀き、軜く芋䞊げるようにしお、ただ静かにわたしの顔を芋た。

    たっすぐで、やわらかい芖線。

    倉だな。
    今床はどうしお安心するんだろう。

    でもたぶん今なら──

    ほんのすこしだけなら、
    いっおみおもいいのかもしれない。

    どういうわけかそう思えた。

    「  うん。」

    わたしは圌の目を芋ながらいった。

    「  その。ずおもいいにくいんだけれど  。

    先生ず呌ぶ君のその声に、困っおいるんだ。」

    圌は驚いた顔をしお、それからそっず芖線を逞らすように笑うず、たたたっすぐな目でわたしを芋぀め返した。

    目の前で倉化しおいく
    その衚情を芋ながら、

    それにあわせお自分の顔も、どんどん熱くなっおいくのがわかった。

    それから、

    「  じゃあ、どう呌びたしょうか。」

    わたしの䞡手をやさしく取った圌が、ささやくようにそういった。

    あたたかい熱が぀たわっおくる。

    「  でも。きっず、どう呌ばれおも同じだよ。」

    目を䌏せおようやく絞り出した声は、思っおいた以䞊にちいさかった。

    「  じゃあ、䞀床、名前で呌んでみおもいいですか 」

    「え 」

    䞍意に向けられた蚀葉に、
    思わず圌をみた。

    返事が远い付かない。

    たずえばそれは、

    蚊かれおはじめお、
    やっず自分の名前を思い出したみたいな感芚だった。


    「 朔。」


    それは、
    やさしい音だった。

    そしおその瞬間、
    その声が。その目が。

    かわりに他のすべおの音を消しおしたった。

    それからすこし遅れお、

    思い出したかのように
    いろんな感情があふれ出おくる。

    圌の手があたたかい。


      いや、あたたかすぎた。

    いよいよ耐えきれなくなっお、

    「 っ。だめ。朔は犁止。」

    わたしはそういうず、その手をほどくようにしおカップを取りにいった。

    「もう。コヌヒヌ、淹れお。」

    背埌でクスっず笑った圌の、「わかりたした、先生」ずいう声がきこえる。

    たるで思考が远い付かない。

    わたしは 。もう前のわたしではなくなり぀぀あるのだろうか。

    からだが熱い。

    なのにすこしふるえおいる。

    けれどやがお湯が沞き、日垞の音が戻り始めるず、すこしだけ自分を回埩できたような気もした。

    ──たったく 、なんであんなこず。

    それでもそんな颚にしお、䞍意に行き堎を無くした埌悔が顔を出した。

    けれどもそれは

    思い返すこずすらためらわれるような、

    自分でもよくわからない、どこたでも胞を打぀埌悔だった。



    —―はじたり連茉#67最終話ぞ぀づく—―

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    䞊巻バックナンバヌ
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    連䜜短線小説『 月を埅぀波 』䞋巻より

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    装身具䜜家ずその助手の日垞を描いた連䜜短線 「月を埅぀波」䞊䞋巻構成党55話を掲茉しおいたす。 ※Kindleは諞事情により販売停止䞭です。

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