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通訳案内士の現実|10年かかって辿り着いた残酷な結論

    まずは2つ、誤解のないようにお伝えしたいことがあります。
     
    まず1つめは、
    私は、「通訳案内士の仕事そのもの」が嫌になったのではない。
     
    そして、2つ目に、
    今、ご依頼をいただいている旅行会社のスタッフの皆様とは、
    現在も極めて良好な関係を築いている、ということ。
     
    ただ、「今の働き方」に、拭いきれない違和感を感じるようになってしまいました。
     
    今日は、その「違和感」について、書きます。

    ーーー

     まずは、私の業務について。
    私はフリーランスで旅行会社から依頼を受けて、お客様をガイドしています。
     
    そして、私とお客様の間には、2つの旅行会社が挟まっています。
     
    例えば、アメリカ人のお客様を京都で案内する場合。
     
    京都観光に来るアメリカ人のお客様
    |
    アメリカの旅行会社
    |
    日本の旅行会社
    |
    通訳案内士の私
     
     
    富裕層を扱う日本の旅行会社の大半は、拠点が東京です。
    実際に京都にいるのは、私とお客様だけ。
    けれど、私の背中には常に「アメリカ」と「東京」の視線が張り付いています。
     
    私を雇っているのは、日本の旅行会社です。
    半年~1年前に「〇月〇日~3日間、お客様2名、京都観光。空いてますか?」というような依頼をいただきます。
     
    実際にお客様が来日する10日くらい前に「業務依頼書」が送られてきて、実際の行程をそのときに知ります。
    (9時待ち合わせ、金閣寺、清水寺、15時~茶道体験ありなど。)
     
    その京都での行程表を作成するのは、東京に住む旅行会社のスタッフ。まだその旅行会社に入社して2~3年の東京都民が作成することもしばしば。
     
    私は京都に20年以上住み、日々京都の季節の移り変わりさえ肌で感じていて、ガイド歴15年なんですけど。
     
    加えて!
    アメリカの旅行会社が作った行程表も送られてきます。もちろん全部英語です。
    その英語の行程表は実際にお客様が持っているものなので、いつ質問されてもいいように、読み込んでおく必要があります。
     
    当日、その行程表に従ってお客様を案内します。
    そして夕方、ハイヤーでお客様をホテルまでお送りして観光案内は終了。
     
    しかし、ここから、また別の仕事。
    まずは、終わった瞬間に、日本の旅行会社に電話でその日のお客様の様子を報告(約20分)。
    家に帰ったら、それをアメリカの旅行会社用に英語で報告書を作成。
     
    ほとんどの方が日本に来るのは人生で1度だけ。お客様は帰国してしまったら、それで私との関係は終わり。
     
    私をリピートして使ってくれるのは、日本の旅行会社です。
    なので、私はこの日本の旅行会社に気に入られなければならず、
    また、アメリカの旅行会社は、その日本の旅行会社の顧客なので、アメリカの担当者にも気に入られなければならないのです。
     
    よって、私はエンドユーザーの目の前のお客様だけに集中することができないときがあります。案内中に良かれと思ったことでも、ツアー予算の使い過ぎや、行程の変更は、旅行会社から嫌われるので、お客様に提案できないことがあります。
     
    そして、「業務依頼書に沿って案内する」ということは、替えが効くのです。

    それだけの経験とスキルがある通訳案内士であれば、絶対に「私」でなくてもいいのです。
     
    私が初めて富裕層のお客様を担当させてもらえたのは、2014年。
    私は、約10年かけてこの事実に気が付いてしまったのです。
     
    これだけのスキルを求められながら、結局のところ、旅行会社からすると、私は「替えが効く、指示書通りに立ち回る便利屋」だったのです。
     
    では! 
    「10年もあったのだから、自分で集客して好きなようにツアーを作ればよかったのではないか?」
     
    けれど、私にとって「通訳案内士」という仕事は、そんなに器用に立ち回れるほど、簡単ではなかった。
     
    終わりのない語学力の研磨。
    日本史や宗教、建築、伝統文化……。
    国家試験に合格しただけでは、日本という素敵な国を伝えるには到底足りない。。。
    日々、貪るように知識を蓄える必要がありました。
     
    加えて、ツアー中は、お客様と一緒にランチをし、お買い物に同行します。そのために、街の最新情報を下見して歩くことも大切な仕事の一部です。
     
    職人として、ガイドとしての質を極めようとすればするほど、集客や契約、リスク管理といった「経営面」にまで手を広げる余裕などなかったのが現実です。
     
    だからこそ、私は旅行会社の用意してくれた「完璧なレール」の上で走ることを選んでいました。
     
    もちろん、今の私があるのは旅行会社からお仕事をいただけたからこそです。
     
    世界中からお越しになる「超富裕層」の方々を案内するという機会、そこで磨かれたスキル、積み重ねた15年の経験、そしてプロ意識。
    それらを与えてくれた旅行会社の皆様には、言葉では言い尽くせないほど感謝しています。
     
    けれど、皮肉なものでした。
     
    必死に経験を積み、スキルを磨き上げ、プロとしての力を高めてきたからこそ、私は気づいてしまいました。
     
    どれほど私が知識を蓄えても、どれほど特別な時間を提供できるようになっても、この仕組みの中にいる限り、
    私は「自分がいいと思うツアー行程を作成することはできず、旅行会社の言いなりになるしかない存在」という事実。
     
    この仕事が好きで、自分の価値を高めようと、日々英語力も磨いたけど、結局は自分が置かれているのは「不自由な場所」でした。

    通訳案内士になる人は、心の底からこの仕事が好きで、担当するお客様に心から楽しんで欲しいと思いながら、観光案内をしています。

    勉強することが多すぎて、逆に好きじゃないと続けることができないほどです。

    だから最近は、
    こう思ってしまう、
    「やり甲斐を搾取されている」
     
    これが、2014年に初めて富裕層のお客様を担当してから、
    約10年かけて私が辿り着いた残酷な結論でした。
     
    最近無視できなくなった違和感の正体は、「やり甲斐搾取」であり、私が長年薄っすらと抱いていた「自分でツアーを創りたい」と願っていた魂からのサインなのでは、と思い始めました。
     
    なので私は、この「搾取される」ことを、今年で終わりにすると決めました。

    (すぐに辞められないのは、去年に引き受けてしまった今年の依頼がまだ残っているから。)

     ~~~

    次回からは、
     留学経験なし、英語力ゼロだった子育て中の専業主婦の私が、なぜこの「通訳案内士の夢」を追い始めるようになったのか。
    大学時代の就活から時系列で、
    連載でお話していきます。
     
    では、また次回に😊

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     ⇨次回【私の物語】就活🚩
    無名大学の私が最大手P社へ出陣した大学3年生の頃のお話です。

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    無名大卒・英語力ゼロ、専業主婦で子育て中の34歳から国家試験に挑戦し、2年後に合格。 15年間関西を中心に、世界の超富裕層をガイドしてきましたが、アラフィフの今、大きな違和感。 通訳案内士卒業を目指す、 京都在住の現役通訳案内士です。

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