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就活🚩無名大学の私が最大手P社に挑戦!TVドラマのマネして出陣した大学3年生の頃|実話|私の物語

    ​こんにちは、とひみかです😊

    これから連載で、アラフィフとなった私の大学卒業~現在までの30年間の仕事人生を、時系列でお話ししていこうと思います。

    私はもともと無名大学卒、留学経験無し、英語力ゼロ。

    34歳専業主婦だった私が、アラフィフの今、通訳案内士となり、世界の富裕層を観光案内する職業を得るまでの軌跡を綴ります。

    なぜ今、あえて過去を振り返るのか。

    理由は2つあります。

    1つは、私自身の『人生の棚卸し』のため。

    そして、2つ目に、

    同じような困難や壁にぶつかって悩んでいる方にとって、
    この記録が『解決のヒント』になってほしい、という願いから。

    無名大学出身、英語力ゼロ、留学経験ゼロ。30代専業主婦が幼児を抱えて子育てしながら、国家試験に合格し、プライベートジェットで来日するハリウッドスターや超有名米国企業CEOを観光案内する、富裕層専門の専業「全国通訳案内士」になった物語を連載でお届けします。

    ちなみに、、、
    私が無名大学出身って、
    本当に謙遜ではないのです!
    ついさっき、母校をネットで検索したら「Eランク」でした
    (号泣😭😭)

    まず今回は、Eランク大学出身の私の無謀な挑戦について。

    ​いざ、超大人気企業「人材ビジネス最大手P社」へ出陣!
    したときの体験記です。

    就活、面接を控えているあなたに少しでも参考になりますように。

    ※この連載は、全て実話で、私の約30年間の実体験を書いていきます。

    ただ、登場する方々のプライバシーを守るために、
    これから時々、場所や設定を少しだけ変えて構成することがあります。
    でも、そこで登場人物が発したセリフ、そのとき私が感じた喜びや痛みは、すべて100%現実で起こったことであり、ノンフィクションです!

    それでは、【私の物語】を始めます!


    1990年後半。
    東京都内にあるEランク大学だけど、一応「経営学部」の3年生だった私。
     
    大学の授業は面白く、かなり真面目に授業にも出ていたこともあり、ゼミの教授からの紹介で学内にある大学院の秘書室でアルバイトをしていた。
     
    あるとき、私の大学がとある経営者会議を都内の高級ホテルで主催することになり、その日、私は秘書室のアルバイトとして、そこでの受付や事務を担当することになった。
    もちろん、私もスーツ着用。
     
    そこにはたくさんのベンチャー起業家や経営者が集まり、熱い話を繰り広げていて、私は一人の経営者、N氏の話にとても感銘を受けた。

    途中、エレベーターでたまたまその経営者N氏と一緒になり、
    ほんの10秒ほどだったが、彼から声をかけられた。

    「君はとても素晴らしい大学に通っているね。君はとても恵まれている」と。
     
    ずっきゅーん!😍💖💖
    もう、ハートを撃ち抜かれました!!
     
    彼の会社に入りたい!
    何がなんでも入社してみせる!
    と心に誓った瞬間だった。
     
    しかし、彼の会社は
    人材ビジネス最大手、P社で、
    当時から超大人気企業。

    しかも超就職氷河期と言われていた時代。

    私のような無名大学出身者が入れるような企業ではない。

    それでも私は
    「絶対に入りたい!」
    と思った。
     
    いざ、就職活動を始めると、
    私はこのP社にしか興味が持てなかった。

    第二志望が浮かばない。
    しかし就職はしなくてはならない。

    P社以外の各社では、
    「最後に、質問はありますか?」と聞かれ、

    「・・・・・・・。
     特にありません。」

    もちろん、第二志望以下の企業には落ちまくった。
     
    でも、そんなことは気にしない私。

    いよいよ、第一志望P社の会社説明会の日!✨

    最初に、複数名のP社経営陣からのお話と会社の説明があった。

    その後、学生が10人のグループに分けられ、20代後半のお兄さん的存在のP社社員が各グループに1人ついて、彼を中心に「みんなでお話ししよう」という場が設けられた。

    もちろん、私の他には、早稲田、慶応、上智、ICU、お茶の水女子大など超高学歴の学生しかいなかった。

    その後、いよいよ1次面接が始まった。

    面接方式は、非常に特殊だった。

    学生に与えられる面接時間は、
    たった30秒
    。

    15人の学生が一列に並んで、ざざざっと面接室に一列のまま入室し、3人の面接官の前に座る。

    その15人の学生に対して、3人のうちの1人の面接官が1つだけ質問する。
    それを一人につき30秒以内で、15人の学生が順番に答える。

    最後の学生が答え終わったら、全員でその一列のまま退出して終わり。

    15人の学生の面接が10分以内で終わる。

    これが筆記試験の後、結局、2次、3次、4次面接と3回続いた。

    周りの学生は早慶、有名女子大、国立大学ばかり。

    私は、1回の面接に30秒しか与えられないことに恐怖を感じ、
    2次面接を突破した後に、人事部へ私がなぜこの会社を志望するのか、エレベーターでP社のCEOのN氏に声をかけられたことなどを長々と書いた手紙を渡した。

    もちろん、そこには説明会で登壇していた経営陣の名前、
    お兄さん的な20代の社員の名前をばっちり散りばめた。

    「私は御社の経営陣、幹部社員の名前をちゃんとメモして覚えているのです!」

    とアピールするために。😏

    〇〇常務のあの話に感銘を受けたとか、やたら名前を入れた。


    ところで、1990年代に放送され大ヒットした「悪女(わる)」というTVドラマをご存知でしょうか。
    2022年に、今田美桜さん主演でリメイクされましたね。

    当時の主演は、石田ひかりさんです。

    まだ学生だった私は、この「悪女(わる)」というドラマが大好きでした。

    当時、私は多くの人から、
    顔が「石田ひかりに似てる」と言われていたので(←私の数少ない自慢の一つ)、それがあって、石田ひかりさん推しになり、石田ひかりさんのドラマは全て見ていました。「あすなろ白書」も有名でしたね、キムタクが「俺じゃダメか?」って言うあのドラマ!(アラフィフ用)

    「悪女(わる)」というドラマは、
    ポンコツだけど底抜けに明るい新入社員のヒロインが、その会社での出世の裏技を知り尽くしている謎の先輩峰岸さんからその出世術を教わりながら、奮闘し出世していくというストーリーです。
    特に好きだったのは、序盤のこの場面。

    石田ひかりさん演じる新入社員の田中麻理鈴(まりりん)が、
    倍賞美津子さんが演じる謎の先輩、峰岸さんから最初に命じられたのは、

    『経営陣の名前と顔を、すべて丸暗記すること』。

    その会社でのし上がって出世するために、組織の縮図を頭に叩き込まされる。

    ↑ これを、丸パクリしました!
    TVドラマからヒントを得ました!




    これが功を奏したかどうかはわからないけど、
    4次面接までは、なんとかクリアできた。
     
    そして、5次面接。
    またもや面接形式は、特殊。

    知らない学生同士で2人ペアを組まされて、別室で5分間の時間を与えられ、お互いを自己紹介する。

    次に面接室に行き、その相手を面接官に1分間で売り込むということをさせられた。

    相手もライバルなのに!

    私がペアを組まされた女子学生は、有名女子大のお嬢様タイプ。
    互いの自己紹介タイムで、留学していた、海外ボランティアをしていたとキラキラした経歴を聞いただけで倒れそうだった。

    その点、私は彼女よりかはるかに控えめな大学生活。
    そんな精神状態で、面接官にライバルである彼女が
    「いかに御社にとって有益な人材であるか」
    を売り込まなければならなく、
    その売り込みが私の面接内容だった。

    もう「無」になって、とにかく彼女を売り込んだ。
    もうそれしかなかったから。
     


    そして、この5次面接も奇跡的に合格した。

     
    そのあとも、グループワークやらレポートやら、いろいろなことをやらされて、その頃には9回も呼び出されていた(9次面接)。

    もう通学するかのように
    「はいはい、また行けばいいんでしょ。何回呼ぶねん!」
    と思いながら、P社へ行っていた。

    もう思考能力が疲弊し麻痺し、
    選考結果もどうでもよくなってきていた。
    まさしく、「無」の境地。


    そして、その日もまた面接室に入った。

     このとき、面接される学生は、
    私だけだった。
    面接室に学生は、私一人。

    これまでと同じ部屋なのに、
    これまでの空気とは、
    まるで違う。
     



    テーブルの中央に、
    あの日エレベーターで私に
    「君は恵まれている」と声をかけてくれたあのCEO、
    N氏が座っていた。



    彼は私に、こう言った。





    「これから一緒に頑張っていこう」





    私はこの日、


    その場で内定をもらった、






     南部靖之氏、本人から。





    そしてこれが、
    最後の社長面接だった。

     



    帰り道、母へ電話する手が震えていたのを、今でも覚えている。



     
    私は、神様はいると思った。



     




    【今の私が思うこと】 
    3つ、あります。

    ①人は、だれかのたった一言で、本当に人生が変わる

    日本を代表するベンチャー企業経営者から、「君は恵まれている」と言われたことは、私の学歴コンプレックスを溶かし、肯定してもらえた瞬間だった。
    それは、P社を受けるという無謀な挑戦、行動を引き起こした。

    ②「30秒面接」の対策

    私は、1次面接が30秒だったことから、このP社は、
    「第一印象を最重要視する会社」だと悟った。

    「要点を短時間で伝える能力」があるかも見ていたのだろう。

    加えて、1990年代後半のような大量面接では、短時間の集団面接が不可欠だったのではないか。

    私は、当時、大学院の秘書室でアルバイトをしていたので、秘書室にはスーパー秘書さんたちがたくさんいた。元CAという方もいた。

    就活中に、この30秒面接のアドバイスをこのお姉様方に求めたら、

    「何が何でも、顔が引きつっても、他の学生が答えている間も、最高の笑顔を退出するまで保て!」

    ということだった。

    これは、今の仕事でもとても役に立っている。

    私の今の仕事は、通訳案内士。

    毎回、富裕層のお客様とは
    「初めまして」の挨拶から始まる。
    激務で疲れている日も、
    体調が悪い日だってある。

    だけど、初対面の5分前から、
    「最高の笑顔でお迎えする」準備をすること。
    これは、今でも実践している。

    ある研究者が言うには、第一印象を変えるには、あと7回会い、数か月かかるらしいので。
    気を付けましょう!


    ③「無の境地」が成功のカギ

    5次面接でライバルを面接官に売り込むときも、私は無になった。
    余計なことは考えない。

    就活後半も、選考結果がどうでもよくなり、ある意味、執着を手放していたと言える。

    これがよかったのではないかな!



    知らんけど。

    だって、1990年代後半の話だから、これ。

    参考になりそうなところだけ、
    ご参考になさってください。

    長々とここまでお付き合いいただきありがとうございました
    (^^)/

    次回、この内定を得たせいで、彼氏と別れたお話です。

    愛の冷め切った彼氏と別れられないことと、嫌な会社や仕事を辞められないのは同じ心理ではないか、ということについて、私の体験とともにお話しします。

    では、また次回に😊

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    ⇨⇨⇨次回のお話【私の物語】
    「別れ話を切り出すのに8ヶ月もかかった大学4年生時代、です。

    📖マガジン【私の物語】
    時系列で、実話のお話が
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    無名大卒・英語力ゼロ、専業主婦で子育て中の34歳から国家試験に挑戦し、2年後に合格。 15年間関西を中心に、世界の超富裕層をガイドしてきましたが、アラフィフの今、大きな違和感。 通訳案内士卒業を目指す、 京都在住の現役通訳案内士です。

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