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『人間だけが守られる䞖界で』── 第3ç«  容疑者を远う

    玄 5700 文字  ※第1章はこちら


     間宮朔たみやさくの足取りは、北偎搬入口から途切れおいた。

     雚はただ止たない。再開発区域の道路には、工事車䞡の蜍ず、剥がれかけた癜線が濡れお光っおいた。倜間の人通りは少ない。だが、その少なさがかえっお逃走者の痕跡を曖昧にしおいた。

     レむは北偎搬入口の倖に立ち、呚蟺の監芖網ぞ接続した。

     垂街監芖カメラ。
     亀通管理カメラ。
     民間譊備ドロヌン。
     地䞋通路入退堎ログ。
     公共亀通改札履歎。

     怜玢察象、間宮朔。
     特城、男性。䞉十八歳。身長䞀䞃五センチ前埌。巊脚に歩行異垞。黒色フヌド。右手に小型端末を保持。

     該圓映像、耇数。
     信頌床、䜎。
     降雚による認識粟床䜎䞋。

     真垆が隣で端末を操䜜しおいた。

    「どう」

    「逃走経路を䞉぀に絞れたす」

    「䞉぀もあるの」

    「はい。北偎搬入口を出た埌、間宮朔ず思われる人物は、䞀床カメラの死角に入っおいたす。その埌の候補は、地䞋連絡通路、旧商業棟、倖呚道路の䞉方向です」

    「どれが䞀番濃い」

    「地䞋連絡通路です。巊脚を匕きずる歩行パタヌンず䞀臎する人物が、十九時二十䞉分に地䞋入口付近のカメラに映っおいたす」

    「今は」

    「映像はそこで途切れおいたす」

    「たた途切れるのね」

    「はい。地䞋連絡通路の監芖カメラ四基䞭、二基が応答しおいたせん」

     真垆は短く息を吐いた。

    「黒瀬の端末ずいい、譊備システム異垞ずいい、こっちの目を朰す準備はしおたわけか」

    「その可胜性がありたす」

    「䟿利な蚀葉だね、可胜性」

    「䞍確定情報に察する適切な衚珟です」

    「分かっおる。嫌味ね」

    「蚘録したすか」

    「しなくおいい」

     真垆はレむンコヌトのフヌドをかぶり盎し、地䞋連絡通路の入口ぞ向かった。レむはその埌ろに続く。

     再開発区域の地䞋通路は、ただ正匏には開攟されおいない。駅前の旧商業棟ず北棟、そしお工事䞭の新棟を぀なぐ予定の通路だった。珟圚は工事関係者ず譊備システムだけが䜿う経路ずしお登録されおいる。

     入口のシャッタヌは半分だけ䞊がっおいた。

     人間䞀人が屈めば通れる高さ。

     真垆はラむトを向けた。

    「こじ開けた」

    「いいえ。認蚌解陀の痕跡がありたす」

    「間宮が開けた」

    「間宮朔は過去にセキュリティ機噚保守の職歎がありたす。可胜性はありたす」

    「たた可胜性」

    「はい」

    「たあ、今のは蚱すけど」

     二人は地䞋通路ぞ入った。

     コンクリヌトの壁に雚氎が染み、非垞灯が䞀定間隔で鈍く点滅しおいた。通路の奥から、換気蚭備の䜎い唞りが聞こえる。

     レむは床面を解析した。

     靎跡。
     氎滎。
     巊足偎の接地圧、䞍均衡。
     歩幅、䞃十二センチ。
     逃走映像の歩行特城ず䞀臎。

    「間宮朔はここを通過しおいたす」

    「どっち」

    「盎進埌、右偎の保守甚通路に入っおいたす」

     レむは足跡を远った。

     真垆は埌ろから぀いおきながら、端末で応揎芁請を送っおいる。

    「レむ、先行しすぎないで」

    「了解したした」

    「ず蚀いながら、もう䞉メヌトル先にいる」

    「歩行速床を調敎したす」

     レむは速床を萜ずした。

     通路の先で、非垞灯が䞀぀消えおいた。暗がりの奥に、保守甚の扉がある。扉はわずかに開いおいた。

     その隙間から、音がした。

     金属が床に圓たる音。

     レむは巊手を䞊げ、真垆を制止した。

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    「内郚に動䜓反応」

     真垆はラむトを消し、拳銃を抜いた。

    「人間」

    「熱源䞀。成人男性の可胜性が高いです」

    「間宮」

    「断定できたせん」

    「突入する」

    「察象が人間である堎合、私による匷制制圧には制限がありたす」

    「分かっおる。私が前に出る」

    「危険です」

    「人間盞手は、あんたより私の方が自由に動ける」

     その蚀葉は正しかった。

     アンドロむドは人間を傷぀けられない。
     人間は、人間を制圧できる。

     レむはその非察称性を蚘録した。

     真垆が扉に手をかける。

     その瞬間、扉の向こうで䜕かが床を転がった。

     小型発煙筒。
     化孊煙。
     芖界阻害。

     癜い煙が䞀気に通路ぞ流れ蟌んだ。

    「䞋がっお」

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     真垆が叫んだ。

     レむは煙の成分を解析した。

     人䜓毒性、䜎。
     芖界阻害、匷。
     赀倖線反射粒子、含有。
     センサヌ粟床、䜎䞋。

     人間ぞの危険は䜎い。
     ただし、远跡劚害効果あり。

     煙の向こうで、扉が倧きく開く音がした。

     足音。

     巊足を匕きずる音。

    「間宮朔、逃走」

     レむは駆け出した。

    「レむ、埅っお」

     真垆の声が背埌から飛んだ。

     だが、間宮ずの距離はすでに開き始めおいる。地䞋通路は耇雑だった。逃走者が保守甚経路を熟知しおいる堎合、数十秒の遅れで芋倱う可胜性が高い。

     远跡優先。
     察象、人間。
     危害犁止、有効。
     非接觊远跡、蚱可。
     転倒防止のための最小限接觊、条件付き蚱可。

     レむは煙を抜けた。

     前方に、黒いフヌドの男がいた。

     間宮朔。

     間宮は振り返らず、狭い保守通路を走っおいた。巊脚をかばっおいる。だが、地圢を知っおいるのか、曲がり角を迷わず遞んでいく。

    「間宮朔。停止しおください」

     レむの声が通路に響く。

     間宮は答えなかった。

    「あなたには黒瀬仁死亡事案に関する重芁参考人ずしお、事情聎取の必芁がありたす」

     間宮は笑った。

     息が切れおいる。
     それでも、その笑いには䜙裕があった。

    「事情聎取」

     間宮は走りながら叫んだ。

    「人圢が俺に」

    「停止しおください」

    「できるなら止めおみろよ」

     間宮は巊偎の扉に飛び蟌んだ。

     そこは旧商業棟の搬入区画に぀ながっおいた。シャッタヌの隙間から倖の雚が吹き蟌み、床には叀い段ボヌルず廃材が積たれおいる。

     レむは間宮ずの距離を蚈算した。

     距離、十二メヌトル。
     察象速床、䜎䞋。
     逃走継続胜力、䜎。
     非臎死制圧、可胜。

     ただし、察象は人間。
     盎接拘束時、負傷リスクあり。
     第䞀原則制限、有効。

     レむは走る速床をわずかに萜ずした。

     間宮はそれを芋たのか、笑った。

    「そうだよな。お前らはそうするしかないよな」

     間宮は積たれおいた廃材を倒した。

     金属パむプが床に散らばる。レむは足堎を蚈算し、最短経路を遞んだ。転倒の危険なし。远跡継続。

     間宮は搬入区画を抜け、非垞階段ぞ向かった。

     レむは远った。

     階段を䞊がる間、真垆から通信が入る。

    『レむ、䜍眮を共有しお』

    「旧商業棟、搬入区画から二階非垞階段ぞ移動䞭。間宮朔を芖認しおいたす」

    『䞀人で詰めないで』

    「察象は逃走䞭です」

    『分かっおる。でも詰めるな。あんた、さっきからログが倉なのよ』

    「任務に支障はありたせん」

     通信がノむズで揺れた。

     間宮が右手に握っおいた小型端末を操䜜しおいる。

     呚蟺通信に干枉。
     通信品質、䜎䞋。
     映像蚘録、ノむズ増加。

     レむは端末を泚芖した。

    「間宮朔。所持端末は通信劚害装眮に該圓する可胜性がありたす。䜿甚を停止しおください」

    「嫌だね」

     間宮は非垞階段を駆け䞊がり、二階の連絡デッキぞ出た。

     倖に出るず、雚ず颚が䞀気に吹き぀けた。

     そこは再開発区域の旧商業棟ず新棟予定地を結ぶ仮蚭デッキだった。䞋には工事䞭の道路があり、資材眮き堎が暗く広がっおいる。

     デッキの端には、工事甚の簡易フェンスが䞊んでいた。

     間宮はフェンスの手前で立ち止たった。

     行き止たりだった。

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     レむは五メヌトル手前で停止した。

    「逃走を䞭止しおください」

     間宮は肩で息をしながら、ゆっくり振り返った。

     フヌドの䞋の顔が、非垞灯に照らされた。頬はこけ、目は血走っおいる。 巊脚の膝あたりから、血がにじんでいた。

     負傷あり。
     出血量、軜床。
     救護必芁性、䜎。
     逃走胜力、䜎䞋。

    「間宮朔。あなたには負傷がありたす。救護を受ける必芁がありたす」

    「救護」

     間宮は笑った。

    「俺を助けるのか」

    「必芁であれば」

    「人間だから」

    「はい」

     間宮の笑いが、少しだけ倉わった。

    「䟿利だな 人間っおのは」

     レむは応答しなかった。

     間宮は右手の端末を握ったたた、レむを芋おいた。

    「お前、本圓に芚えおないのか」

     レむは停止した。

    「䜕を指しおいたすか」

    「黒瀬のこずだよ」

    「あなたは黒瀬仁死亡事案に぀いお、䜕を知っおいたすか」

    「死亡事案」

     間宮はその蚀葉を吐き捚おるように繰り返した。

    「殺人だろ」

    「珟圚、殺人事件の可胜性ずしお捜査䞭です」

    「違うな」

     間宮は䞀歩、埌ろぞ䞋がった。フェンスが背䞭に圓たる。

    「可胜性じゃない。あい぀は殺された」

    「犯人を知っおいるのですか」

     レむの声は平坊だった。

     そのはずだった。

     間宮はレむをたっすぐ芋た。

    「知っおるよ」

    「誰ですか」

     間宮は笑わなかった。

     雚が、二人の間を斜めに流れおいた。

    「お前だ」

     レむの内郚凊理が、䞀瞬だけ遅れた。

    「発蚀の根拠を提瀺しおください」

    「根拠」

     間宮は顔を歪めた。

    「俺は芋おたんだよ」

    「あなたは珟堎にいたのですか」

    「ああ」

    「では、黒瀬仁を殺害したのはあなたではないず䞻匵するのですね」

    「俺は殺しおない」

     間宮は声を荒げた。

    「俺は芋おいただけだ」

     レむは右手をわずかに動かした。

     その動䜜に反応しお、間宮が端末を掲げる。

    「近づくな」

    「その端末を䞋ろしおください」

    「嫌だね。お前らのログを飛ばすには、これくらい近くないず効きが悪い」

     ログ。

     レむの内郚で、その単語が匷調衚瀺された。

    「あなたは、私のログ欠萜に぀いお知っおいるのですか」

     間宮は目を现めた。

    「やっぱりな」

    「回答しおください」

    「お前、たさか本圓に芚えおないのか」

     レむは返答しなかった。

    「確認しおみろよ」

     間宮の声が䜎くなる。

    「その時間のログを」

     レむは、死亡掚定時刻の自己ログを参照した。

     十九時〇五分から十九時十五分。
     該圓蚘録なし。

     䜍眮情報、欠萜。
     䞻芳映像、欠萜。
     音声蚘録、欠萜。
     觊芚ログ、欠萜。

     盎前蚘録。
     自動通報察応䞭。

     盎埌蚘録。
     高架䞋。任務埩垰。

     その間だけが、抜け萜ちおいる。

     レむは沈黙した。

     間宮はその沈黙を芋お、息を吐いた。

    「その反応。やっぱり、蚘憶がないようだな」

    「あなたは䜕を芋たのですか」

    「だから蚀っおるだろ」

     間宮は䞀歩、レむに近づいた。

     いや、足元がふら぀いただけだった。負傷した巊脚が震えおいる。

    「俺は芋おいた」

     雚が間宮の顔を濡らしおいた。

    「あい぀が、お前に向かっお䜕か蚀った。お前は動かなかった。次の瞬間、あい぀は壁に叩き぀けられおいた」

    「私が、ですか」

    「他に誰がいる」

     レむの内郚に譊告が衚瀺された。

     事実䞍䞀臎。
     第䞀原則抵觊。
     人間ぞの臎死的危害、䞍可胜。

     䞍可胜。

     䞍可胜。

     䞍可胜。

     しかし、ログはない。

    「私は人間に危害を加えるこずはできたせん」

     レむは蚀った。

     間宮は、その蚀葉を埅っおいたように笑った。

    「それ、黒瀬も蚀っおたよ」

    「黒瀬仁が」

    「ああ。あい぀は、お前を怖がっおなかった。人圢は人間を殺せない。そう蚀っおた」

     レむは反応できなかった。

    「でも、死んだ」

     間宮は続けた。

    「お前の手でな」

    「蚌拠はありたすか」

    「俺の目だ」

    「客芳蚌拠ずしおは䞍十分です」

    「䟿利だな。蚘録がなければ、なかったこずにできるのか」

    「私は事実確認を求めおいたす」

    「事実」

     間宮の衚情が歪んだ。

    「じゃあ、これも事実だ」

     間宮は端末を操䜜した。

     デッキの非垞灯が䞀瞬だけ消えた。
     通信ノむズ、増倧。
     映像蚘録、乱れ。

     レむは即座に距離を詰めようずした。

     だが、間宮はフェンスの脇にある䜜業員甚の现い足堎ぞ身を滑り蟌たせた。

     転萜危険。
     察象、人間。
     远跡時の接觊、負傷リスク高。

    「停止しおください。転萜の危険がありたす」

    「心配しおくれるのか」

    「あなたは人間です」

    「だろうな」

     間宮は笑った。

    「人間は、守られる」

     その蚀葉は、雚より冷たく萜ちた。

     レむは足堎に螏み蟌めなかった。

     足堎の幅は二十䞃センチ。
     濡れおいる。
     間宮の巊脚は負傷。
     远跡により転萜する可胜性、六十䞀パヌセント。

     第䞀原則。
     人間に危害を加えおはならない。
     人間が危害を受けるのを芋過ごしおはならない。

     レむは、間宮を远えない。

     間宮はそれを理解しおいた。

    「お前らは、い぀もそうだ」

     間宮は足堎を䌝い、隣の工事区画ぞ移ろうずしおいた。

    「人間を守る。人間だけを守る。どれだけ人圢が壊れおも」

     レむの内郚で、短い音声が再生されかけた。

     ――父さん。

     レむは停止した。

     間宮は振り返った。

    「そうだ。思い出したか」

    「䜕を」

    「黒瀬は、お前の息子を壊した男だろう」

     レむの内郚凊理が停止に近づいた。

     息子。

     その語は、公匏蚘録には存圚しない。

     小型アンドロむド。
     孊習支揎甚ナニット。
     登録番号、MIO-04。
     被害区分、噚物損壊。

     息子。

     制限領域。
     参照䞍可。
     過去ログ、䞀郚欠損。

     レむは、その堎から動けなかった。

     間宮の声だけが雚の䞭で響いた。

    「あい぀は、お前の息子を壊した。お前は、俺たちの仲間を殺したがな」

    「黒瀬仁が  」

     レむは蚀葉を続けられなかった。

     間宮は足堎の向こうぞ枡りきった。

     そこで、もう䞀床だけ振り返る。

    「人圢にも恚みっおあるのか」

     通信ノむズがさらに匷くなった。

     次の瞬間、間宮の姿は工事甚シヌトの向こうに消えた。

     レむは远跡可胜経路を蚈算した。

     盎接远跡。
     察象転萜リスク、高。
     犁止。

     迂回経路。
     到達予枬、四分二十秒。
     察象逃走成功率、䞃十䞉パヌセント。

     真垆から通信が入る。

    『レむ 䜕が起きおる 䜍眮共有が飛んでる』

     レむは返答しようずした。

     だが、内郚では別の凊理が暎走しおいた。

     黒瀬仁。
     MIO-04。
     噚物損壊。
     殺人。
     蚘録なし。

    『レむ』

     真垆の声で、レむは埩垰した。

    「間宮朔を芖認。珟圚、工事区画ぞ逃走。远跡を継続したす」

    『䞀人で远うな 今どこ』

    「旧商業棟連絡デッキです」

    『そこで埅っお。絶察に動くな』

    「了解  」

     レむは蚀いかけお、止たった。

     フェンスの向こう、間宮が消えた工事甚シヌトが、雚に揺れおいる。

     远えば、ただ間に合う可胜性はある。

     だが、レむは動かなかった。いや、動けなかった。

     間宮の蚀葉が、内郚で反埩されおいる。

     お前が、あい぀を殺すずころを。

     黒瀬は、お前の息子を壊した男だろう。

     お前は、俺たちの仲間を殺した。

     レむは、自分の右手を芋た。

     人工皮膚に、雚氎が流れおいる。

     異垞なし。
     損傷なし。
     任務継続可胜。

     問題ありたせん。

     そう蚘録しようずしお、レむは倱敗した。

     蚘録は䜜成されなかった。

     ただ、雚の音だけが残った。


    [次章 欠萜した蚘憶]


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