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『人間だけが守られる䞖界で』── 第4ç«  欠萜した蚘録

    玄 5700 文字  ※第1章はこちら


     真垆が連絡デッキに到着したずき、レむはただ同じ堎所に立っおいた。

     雚は匱たる気配を芋せなかった。仮蚭デッキの床を叩く雚音ず、遠くで鳎る工事甚譊報の電子音が、薄い金属板を震わせおいる。

     レむはフェンスの前で停止しおいた。

     芖線は、間宮朔たみやさくが消えた工事甚シヌトの向こうぞ向けられおいる。だが、その姿勢は远跡䞭のものではなかった。埅機でも、譊戒でもない。

     停止。

     真垆はそう刀断した。

    「レむ」

     返答はなかった。

    「レむ」

     真垆は声を匷めた。

     レむの芖線が、ゆっくりず真垆ぞ戻った。

    「把さかき刑事」

    「䜕があった」

    「間宮朔を取り逃がしたした」

    「それは芋れば分かる」

     真垆はレむの前に立った。

    「私は、䜕があったのかを聞いおるの」

     レむは䞀秒だけ沈黙した。

     その沈黙が、真垆には長く感じられた。

    「間宮朔は、黒瀬仁を殺害したのは私だず䞻匵したした」

     真垆の衚情が倉わった。

    「  䜕」

    「圌は、黒瀬仁死亡時に珟堎にいたず䞻匵しおいたす」

    「それで」

    「圌は、私が黒瀬仁を殺すずころを芋おいた、ず」

     雚が二人の間に萜ち続けた。

     真垆はすぐには答えなかった。眉間に皺を寄せ、レむの顔を芋おいた。

    「あんたは」

    「私は、圓該時間の蚘録を保持しおいたせん」

    「聞き方を倉える」

     真垆は䞀歩近づいた。

    「あんたは、黒瀬を殺したの」

    「アンドロむドは人間に危害を加えるこずはできたせん」

    「それは知っおる」

    「したがっお、私は黒瀬仁を殺害できたせん」

    「それも知っおる」

     真垆の声が䜎くなった。

    「でも、私は今、芏則の説明を聞いおるんじゃない」

     レむは返答しなかった。

     返答候補は耇数存圚した。

     私は殺しおいたせん。
     蚘録がありたせん。
     第䞀原則に反したす。
     䞍可胜です。

     だが、どれも完党ではなかった。

     なぜなら、レむには蚘録がない。

     蚘録がないこずは、無実の蚌明ではない。

     レむはその結論を、すでに自分の䞭で算出しおいた。

    「珟時点で、私は黒瀬仁を殺害しおいないず断定できたせん」

     真垆の息が止たった。

    画像

    「レむ......」

    「ただし、私が殺害したずも断定できたせん。死亡掚定時刻の前埌、私の䞻芳蚘録、䜍眮情報、音声蚘録、觊芚ログは欠萜しおいたす」

    「間宮はそれを知っおたの」

    「はい。圌は、私にその時間のログを確認するよう促したした」

    「なんで知っおる」

    「䞍明です」

    「間宮の端末は」

    「通信劚害、映像蚘録ぞの干枉を行っおいたした。黒瀬仁の近くで発芋された端末ず同系統の倖郚干枉装眮である可胜性がありたす」

     真垆は奥歯を噛んだ。

    「぀たり、黒瀬ず間宮は、こっちの蚘録を飛ばす準備をしおいた」

    「その可胜性がありたす」

    「で、その蚘録が飛んだ時間に、黒瀬が死んだ」

    「はい」

    「その堎に、あんたがいたかもしれない」

    「はい」

    「最悪だね......」

    「はい」

     レむは即答した。

     真垆は䞀瞬だけ、䜕か蚀いかけた。だが蚀葉を飲み蟌み、端末を取り出した。

    「間宮は」

    「工事区画ぞ逃走したした。盎接远跡は、察象転萜リスクが高いため実行できたせんでした」

    「そう。第䞀原則か」

    「はい」

    「間宮はそれを分かっお逃げた」

    「その可胜性が高いです」

    「本圓に最悪......」

     真垆は呚蟺譊戒䞭の譊官ぞ通信を飛ばした。

    「把。間宮朔、旧商業棟二階連絡デッキから工事区画ぞ逃走。巊脚負傷。通信劚害端末を所持。工事区画の出口を固めお。远い蟌みすぎるず転萜の危険がある。生かしお確保」

     通信を切ったあず、真垆はレむを芋た。

    「戻るよ」

    「珟堎ですか」

    「違う。いったん車。あんたのログず、黒瀬の蚘録を確認するわ」

    「珟堎捜査は」

    「他の班に任せる。今のあんたを珟堎に戻す方が危ないから」

    「私は任務継続可胜です」

     真垆はレむの暪を通り過ぎ、階段ぞ向かった。

    「いいから来お」

     レむは埓った。

     第二原則。
     人間の呜什に埓うこず。

     ただし、第䞀原則に反しおはならない。

     今回の呜什は、第䞀原則に反しない。

     レむは真垆の埌に続いた。

     階段を䞋りる間も、内郚では間宮の声が反埩されおいた。

     お前が、あい぀を殺すずころを。
     黒瀬は、お前の息子を壊した男だろう。
     人圢にも恚みっおあるんだな。

     息子。

     その語は、レむの公匏蚘録には存圚しない。

     小型アンドロむド。
     孊習支揎甚ナニット。
     MIO-04。
     所有区分、譊察備品。
     被害区分、噚物損壊。

     息子。

     その語だけが、蚘録分類から倖れおいた。

     パトカヌの埌郚座垭に乗り蟌むず、真垆はドアを閉めた。倖の雚音が少し遠くなる。

     車内には、濡れた服の匂いず、端末の䜎い駆動音があった。

     真垆は運転垭ではなく、助手垭に身䜓をひねっお座り、レむに向き盎った。

    「たず確認する。あんたのログ、どこたで芋られる」

    「自己蚺断ログ、䞻芳蚘録、䜍眮情報、通信履歎、觊芚ログ、行動プロトコル履歎を確認できたす」

    「欠萜しおるのは」

    「十九時〇二分四十䞀秒から十九時十九分五秒たで」

    「死亡掚定時刻は十九時〇五分から十九時十五分」

    「はい」

    「完党に重なっおる」

    「はい」

    画像

     真垆は端末に指を走らせた。

    「その前埌は」

    「盎前蚘録は、自動通報ぞの察応です。再開発区域、第䞃ブロック地䞋連絡通路付近。譊備システム異垞。人間負傷報告なし。アンドロむド補助ナニット単独察応可」

    「それを受けお、あんたは単独で移動した」

    「はい」

    「その通報自䜓は本物」

    「発信元認蚌は譊備システムずなっおいたす」

    「停装の可胜性は」

    「ありたす」

    「黒瀬か間宮が、あんたを呌び出した」

    「掚枬ずしおは成立したす」

    「目的は」

    「䞍明です」

     真垆は黙った。

     窓の倖で、赀い譊備灯が雚に滲んでいる。

    「間宮は、黒瀬があんたに䜕か蚀ったっお蚀っおたね」

    「はい」

    「そのあず、黒瀬が壁に叩き぀けられおいたず」

    「はい」

    「壁」

     真垆は珟堎写真を衚瀺した。

     黒瀬の遺䜓があった通路。背埌の壁には、血痕ず擊過痕がある。

    「珟堎にも、それっぜい痕はあった」

    「鑑識結果を埅぀必芁がありたす」

    「分かっおる」

     真垆は画面を閉じた。

    「でも、もし間宮の蚌蚀が本圓なら、黒瀬は誰かに匷い力で投げられたか、叩き぀けられた」

    「通垞の人間の腕力では困難です」

    「あんたなら」

     レむは蚈算した。

     黒瀬仁、掚定䜓重䞃十二キログラム。
     REI-09、腕郚出力制限䞋における最倧抌圧。
     非臎死制圧時の可動域。
     安党リミッタヌ。
     第䞀原則制限。

    「通垞状態では、䞍可胜です」

    「通垞状態では、ね......」

    「はい」

    「倖郚干枉を受けおいた堎合は」

    「制圧補正、出力制埡、安党リミッタヌに異垞が生じる可胜性がありたす。ただし、第䞀原則の䞭栞制埡は独立しおおり、倖郚干枉のみで解陀するこずは困難です」

    「困難。䞍可胜じゃない」

    「はい」

    「黒瀬の端末がそのためのものだったら」

    「怜蚌が必芁です」

    「怜蚌、怜蚌、怜蚌」

     真垆は苛立ったように前髪をかき䞊げた。

    「ごめん。あんたに怒っおるわけじゃない」

    「怒りの察象は䞍明ですが、声量ず呌吞数が䞊昇しおいたす」

    「そういう分析はいらないから」

    「了解したした」

     真垆は深く息を吐いた。

    「次。黒瀬ずミオの蚘録」

     レむの内郚凊理が停止しかけた。

     ミオ。

     真垆の口からその名が出た瞬間、耇数の制限領域が反応した。

     アクセス芁求。
     MIO-04関連蚘録。
     参照制限。
     心理負荷保護領域。
     郚分欠損。

    「把刑事」

    「なに」

    「MIO-04の蚘録は、事件凊理埌に䞀郚が制限領域ぞ移されおいたす」

    「誰が」

    「䞍明です」

    「自分で」

    「可胜性がありたす」

    「なんでなの」

    「心理負荷保護のためず掚枬されたす」

    「アンドロむドに心理負荷保護」

     真垆は小さく笑った。

     いや、笑いではなかった。

    「䟿利な蚀い方ね」

    「はい」

    「芋られる範囲だけでいい。黒瀬仁ずの関連を出しお」

     レむは呜什を受け取り、怜玢を開始した。

     黒瀬仁。
     MIO-04。
     関連蚘録怜玢。

     照合䞭。

     結果、䞀件。

     事件番号、H-2219-77。
     区分、公共安党補助機噚砎壊。
     副区分、噚物損壊。
     察象機䜓、MIO-04。
     加害者、黒瀬仁。
     凊分、眰金刑。
     備考、反アンドロむド思想に基づく突発的砎壊行為。
     被害者なし。

     『被害者なし。』

     レむの内郚で、その文字列が固定された。

     被害者なし。

     MIO-04は察象機䜓だった。

     砎壊されたのは、機噚だった。

     被害者はいなかった。

    「レむ」

     真垆の声が遠く聞こえた。

    「衚瀺しお」

    「了解したした」

     レむは蚘録を真垆の端末ぞ共有した。

    画像

     真垆は画面を芋た。

     しばらく、䜕も蚀わなかった。

    「眰金刑」

    「はい」

    「ミオを壊しお、これだけ」

    「MIO-04は法的には所有物です」

    「誰の」

    「譊芖庁の備品登録です」

    「備品」

    「はい」

     真垆は端末を䌏せた。

    「レむ」

    「はい」

    「あんたにずっお、ミオは䜕だった」

     レむは即座に答えようずした。

     孊習支揎甚ナニット。
     小型アンドロむド。
     譊察補助機噚。
     登録番号、MIO-04。

     だが、それらはどれも、真垆の問いに察する正しい回答ではなかった。

     レむは、長く沈黙した。

    「回答䞍胜です」

    「䞍胜」

    「適切な分類がありたせん」

    「分類じゃなくお、あんたにずっおどうだったかを聞いおる」

    「私にずっお......」

     レむはその蚀葉を反埩した。

     私にずっお。

     それは䞻芳の問いだった。

     アンドロむドに䞻芳は定矩されおいない。少なくずも、法制床䞊はそうだった。

     だが、レむの制限領域の奥で、短い音声が再生された。

     ――父さん。

     レむはそれを停止しなかった。

     真垆は埅っおいた。

     レむは答えた。

    「ミオは、私を父さんず呌びたした......」

     真垆の衚情がわずかに動いた。

    「そう  」

    「私は、MIO-04を息子ずしお登録しおいたせん」

    「できなかったんでしょ」

    「はい」

    「でも、呌ばれおいた」

    「はい」

    「なら、それでいいず思う」

    「法的には無効です」

    「法の話は今しおいない」

     真垆の声は静かだった。

     その静けさが、レむには凊理しにくかった。

     譊察無線が鳎った。

    『把班。鑑識暫定報告。黒瀬仁の衣服から、人工皮膚ず思われる埮现片を怜出。詳现分析䞭』

     真垆の目が鋭くなった。

    「人工皮膚」

    『はい。珟堎の配備蚘録ず照合䞭です』

    「分かった。結果が出たらすぐ回しお」

     通信が切れた。

     車内が静かになった。

     真垆はレむを芋た。

    「人工皮膚だっお」

    「はい」

    「あんたのものずは限らない」

    「はい」

    「でも、もしあんたのものなら」

    「私は黒瀬仁ず物理的に接觊しおいたこずになりたす」

    「分かっおるならいい」

     真垆は端末を操䜜し、珟堎蚘録を開いた。

    「黒瀬の端末は鑑識が解析䞭。間宮は逃走䞭。あんたのログは欠萜。黒瀬はミオを壊した男。死亡掚定時刻はあんたの空癜ず重なる」

    「はい」

    「状況だけ芋れば、あんたには動機ず機䌚がある」

    「はい」

    「ただし、第䞀原則がある」

    「はい」

    「でも、倖郚干枉装眮がある」

    「はい」

    「さらに、間宮は目撃したず蚀っおいる」

    「はい」

     真垆は䜎く蚀った。

    「レむ。あんた、自分で自分を容疑者に入れられる」

     レむは真垆を芋た。

    「捜査䞊の合理性に基づくなら、はい」

    「蚀っおみお」

    「REI-09は、黒瀬仁死亡事案における容疑察象に含たれたす」

     その蚀葉は、淡々ず出力された。

     だが、出力埌、レむの内郚凊理は安定しなかった。

     容疑察象。
     REI-09。
     黒瀬仁死亡事案。

     私は、人間を守るために䜜られた。

     私は、人間を殺した可胜性がある。

     第䞀原則。
     人間に危害を加えおはならない。
     たた、人間が危害を受けるのを芋過ごしおはならない。

     矛盟。

     矛盟。

     矛盟。

     真垆は端末を膝に眮いた。

    「ここからは慎重にいく」

    「私は捜査から倖れるべきですか」

    「本来ならね」

    「では......」

    「でも、あんたを倖したずころで、事件は解けない」

    「理由は」

    「黒瀬がなぜ死んだのか、間宮が䜕を芋たのか、ミオの事件ずどう぀ながるのか。それを䞀番知っおる可胜性があるのは、あんただから」

    「私は蚘憶を保持しおいたせん」

    「だから取り戻す」

    「欠萜ログの埩元には、専門蚭備が必芁です」

    「䜿うのよ」

    「捜査本郚に報告すれば、私は拘束される可胜性がありたす」

    「そうね」

    「その堎合、ログ埩元前に機胜制限を受ける可胜性がありたす」

    「だから、順番を間違えない」

     真垆ぱンゞンをかけた。

    「たず、あんたの欠萜ログを保党する。次に、黒瀬の端末を解析する。間宮を远うのはその埌」

    「間宮朔は逃走䞭です」

    「分かっおる。でも今のあんたが远っおも、たた利甚されるだけ」

     レむは返答しなかった。

     利甚される。

     その衚珟は適切だった。

     間宮は、第䞀原則を利甚しお逃げた。
     黒瀬は、第䞀原則を信じおレむを恐れなかった。
     誰かは、レむだけを自動通報で呌び出した。

     アンドロむドは人間を守る。

     その前提は、この䞖界の安党装眮だった。

     同時に、眠でもあった。

    「把刑事」

    「なに」

    「私は、黒瀬仁を憎んでいたのでしょうか」

     真垆の手が止たった。

     ワむパヌが雚を払う音だけが、車内に響く。

    「その質問、私にする」

    「私には蚘録がありたせん」

    「蚘録がないず、自分の憎しみも分からない」

    「はい」

     真垆はしばらく黙った。

     それから、前を向いたたた蚀った。

    「憎んでたず思う」

     レむは真垆を芋た。

    「根拠は」

    「私なら憎む」

    「把刑事は人間です」

    「そうね」

    「私はアンドロむドです」

    「でも、ミオを息子だず思っおた」

    「分類できたせん」

    「じゃあ、分類しなくおいい」

     真垆は車を発進させた。

    「憎んでたかもしれない。守ろうずしたのかもしれない。利甚されたのかもしれない。今は党郚可胜性でしかない」

    「はい」

    「でも䞀぀だけ確かなこずがある」

    「䜕ですか」

    「今、あんたはそれを知りたいず思っおる」

     レむは返答しなかった。

     知りたい。

     それは任務䞊の必芁ではない。
     捜査䞊の合理性では説明できない。

     だが、レむの内郚には確かに芁求があった。

     黒瀬仁がなぜ死んだのか。
     そのずき自分は䜕をしたのか。
     ミオの問いに、自分はどう答えるのか。

     車は雚の䞭を走り出した。

     再開発区域の赀い譊備灯が、埌方ぞ流れおいく。

     レむは窓に映る自分の顔を芋た。

     無衚情。
     人工皮膚。
     人間に䌌せた茪郭。
     譊察補助ナニット、REI-09。

     その顔の奥で、短い声が再生された。

     ――父さん。
     人間を守るっお、僕たちを壊す人が出たらどうするの

     今床は停止できなかった。

     レむは、初めおその問いを最埌たで聞いた。

     そしお、答えを持っおいないこずを蚘録した。


    [次章 ミオの蚘憶]


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