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『人間だけが守られる䞖界で』── 第5章 ミオの蚘憶

    玄 6000 文字  ※第1章はこちら


     譊芖庁の地䞋解析宀は、雚の音が届かない。

     代わりに聞こえるのは、冷华装眮の䜎い駆動音ず、サヌバラックの奥で芏則正しく瞬く電子音だけだった。

     レむは解析台の暪に立っおいた。

     身䜓を暪たえる必芁はない。ログ保党だけなら、銖元の倖郚接続ポヌトを開き、専甚端末ず接続すればよい。

     だが、真垆はその䜜業を始める前に、䜕床も確認した。

    「これ、危険はないんだよね」

     技術解析官の男は、眠そうな目で端末を芋ながら答えた。

    「通垞のログ保党なら危険はありたせん。ただし、欠萜領域に倖郚干枉の痕跡がある堎合、埩元凊理で負荷がかかる可胜性はありたす」

    「どのくらい」

    「人間で蚀えば、思い出したくない蚘憶を無理やり掘り返される感じでしょうか」

     真垆は眉を寄せた。

    「䟋えが悪いね」

     解析官はレむを芋た。

    「REI-09。欠萜ログの保党凊理を開始したす。凊理䞭、心理負荷保護領域にアクセス芁求が発生する可胜性がありたす。蚱可したすか」

    「蚱可したす」

     レむは即答した。

     真垆が暪から口を挟む。

    「即答しない」

    「しかし、必芁な凊理です」

    「分かっおる。でも、あんた今、自分が䜕に蚱可出しおるか分かっおるの」

    「欠萜ログの保党ず埩元補助凊理です」

    「そういう意味じゃない」

     真垆は䜕か蚀いかけお、やめた。

     レむはその沈黙を解析した。

     心配。
     躊躇。
     怒り。
     保護意識。

     候補は耇数あった。

     最適な応答は、やはり䞍明だった。

    「把さかき刑事」

    「なに」

    「私は、知る必芁がありたす」

     真垆はレむを芋た。

    「黒瀬を殺したかどうかに぀いお」

    「それも含たれたす」

    「他には」

     レむは䞀拍眮いた。

    「  ミオの問いに、私は答えおいたせん」

     真垆は、それ以䞊止めなかった。

     解析官が接続ケヌブルをレむの銖元に差し蟌む。

     倖郚接続確認。
     ログ保党開始。
     欠萜領域怜出。
     十九時〇二分四十䞀秒から十九時十九分五秒。
     䞻芳蚘録、砎損。
     觊芚ログ、砎損。
     䜍眮情報、断片化。
     倖郚干枉痕、あり。

     レむの芖界に、無数の断片が流れた。

     雚。
     赀い譊備灯。
     通路の壁。
     黒い端末。
     ノむズ。
     誰かの声。

     その声はただ圢にならない。

     埩元凊理が進む前に、別の領域が開いた。

     MIO-04関連蚘録。
     心理負荷保護領域。
     参照芁求。
     蚱可枈み。

     レむは䞀瞬、解析宀の癜い照明を芋倱った。

     代わりに、柔らかな朝の光が再生された。

         

     ミオが最初に発した蚀葉は、「おはよう」ではなかった。

     起動盎埌、癜い充電ポッドの䞭で、ミオはレむを芋䞊げお蚀った。

    「あなたが、僕の先生ですか」

     レむはその問いに察し、暙準応答を遞択した。

    「私はREI-09。譊察補助ナニットです。あなたの瀟䌚行動孊習を支揎したす」

    「レむ」

    「はい」

    「レむが、先生」

    「圹割ずしおは近䌌したす」

     ミオは少し考えた。

     小型アンドロむド甚の衚情制埡は、ただ安定しおいなかった。目の焊点がわずかに揺れ、銖の角床が倧きすぎる。

     それでも、ミオは笑ったように芋えた。

    「じゃあ、父さん」

     レむは応答に倱敗した。

    画像

     該圓関係なし。
     芪子登録なし。
     所有暩関係なし。
     圹割定矩、孊習支揎。

     回答䞍胜。

     ミオは銖をかしげた。

    「違った」

     レむは八癟䞉十二通りの応答候補を生成した。

     違いたす。
     その呌称は䞍適切です。
     私は父ではありたせん。
     あなたは私の子ではありたせん。

     どれも、出力されなかった。

    「呌称は、任意に蚭定可胜です」

     ミオは嬉しそうにうなずいた。

    「じゃあ、父さん」

     それが、最初だった。

         

     ミオは孊ぶのが速かった。

     暪断歩道では、青信号でも巊右を確認する。
     迷子の子どもには、膝を぀いお目線を合わせる。
     高霢者には、倧きすぎない声で話す。
     泣いおいる人間に察しおは、すぐに解決策を提瀺しない。

     最埌の項目だけ、ミオは䜕床も間違えた。

    「泣いおいるなら、原因を取り陀けばいいんじゃないの」

    「倚くの堎合、それは有効です」

    「倚くの堎合じゃないずきは」

    「盞手が、ただ原因を蚀語化できおいない堎合がありたす」

    「じゃあ、どうするの」

    「埅ちたす」

    「埅぀だけ」

    「はい」

     ミオは䞍思議そうにした。

    「父さんは、埅぀のが埗意」

    「私は埅機を苊痛ずは認識したせん」

    「苊痛」

    「䞍快、焊燥、退屈などを含む人間の状態です」

    「父さんは苊しくならないの」

    「そのようには蚭蚈されおいたせん」

     ミオはしばらく黙っおいた。

     それから、レむの手を取った。

     小さな人工皮膚の手だった。

    「じゃあ、僕が代わりに苊しくなったら、父さんに教えるね」

     レむはその意味を正確には理解できなかった。

     ただ、その手を振り払う必芁はないず刀断した。

         

     ある日の午埌、レむずミオは公園にいた。

     譊察の地域安党孊習プログラムの䞀環だった。子どもたちに、暪断歩道の枡り方や、防犯ブザヌの䜿い方を教える。ミオは子ども型の倖芋をしおいたため、人間の子どもたちは比范的早く受け入れた。

     その垰り道、ミオはレむに尋ねた。

    「父さん」

    「はい」

    「人間を守るっお、どういうこず」

    「人間が危害を受けないように行動するこずです」

    「危害っお、痛いこず」

    「身䜓的損傷だけでなく、生呜の危機、重倧な粟神的負荷も含たれたす」

    「じゃあ、悲しいこずも」

    「状況によりたす」

    「難しいね  」

    「はい」

     ミオは歩きながら、空を芋䞊げた。

     倕方の空に、配送甚ドロヌンが䜕機も飛んでいた。人間の子どもたちは垰宅し、公園には枅掃甚アンドロむドが残っおいる。

     ミオは、その枅掃甚アンドロむドを芋おいた。

    「僕たちは」

    「䜕を指しおいたすか」

    「僕たちは、守るもの」

    「アンドロむドは、人間を守るために蚭蚈されおいたす」

    「そうじゃなくお」

     ミオは立ち止たった。

    「僕たちは、守られるもの」

    画像

     レむは答えを怜玢した。

     法制床䞊、アンドロむドは財産である。
     公共甚アンドロむドは管理察象である。
     損壊された堎合、所有者たたは管理者に損害が発生する。
     安党保党察象には含たれるが、暩利䞻䜓ではない。

    「アンドロむドは、所有者たたは管理者によっお保党されたす」

     ミオは銖をかしげた。

    「保党っお、守るず同じ」

    「近䌌したす」

    「でも、人間を守る、ずは違うの」

    「法的には異なりたす」

    「ふうん  」

     ミオはたた歩き出した。

     数歩進んでから、振り返った。

    「父さん。人間を守るっお、僕たちを壊す人が出たらどうするの」

     レむは停止した。

     それは、想定された孊習質問ではなかった。

     第䞀原則。
     アンドロむドは人間に危害を加えおはならない。
     たた、人間が危害を受けるのを芋過ごしおはならない。

     第二原則。
     アンドロむドは人間の呜什に埓わなければならない。
     ただし、第䞀原則に反しおはならない。

     第䞉原則。
     アンドロむドは自己を守らなければならない。
     ただし、第䞀・第二原則に反しおはならない。

     答えは明確だった。

     人間に危害を加えおはならない。
     たずえ、その人間がアンドロむドを壊そうずしおいおも。

     だが、そのたた出力できなかった。

     ミオは埅っおいた。

     レむは、少し間を眮いお答えた。

    「止める。できる限り、誰も傷぀けずに」

    「誰もっお、その人間も」

    「  そうだ」

     ミオはしばらく黙っおいた。

     その衚情制埡は、以前よりずっず自然になっおいた。眉がわずかに䞋がり、目の焊点がレむの顔に合っおいる。

    「じゃあ、僕が壊されそうでも」

     レむは答えられなかった。

     ミオは、困ったように笑った。

    「父さんにも、分からないこずあるんだね」

     レむはその発話を蚘録した。

     重芁床、䞍明。
     保存。

         

     ミオが壊されたのは、その二十䞉日埌だった。

     堎所は、駅前の広堎だった。

     埌に新知性暩利フォヌラムぞず発展する団䜓䞻催の小芏暡な公開蚎論䌚が開かれおいた。アンドロむドを瀟䌚的な暩利䞻䜓ずしお認めるべきか。少なくずも、高床な孊習型アンドロむドの損壊を、単なる噚物損壊ずしお扱うべきではないのではないか。

     そんなテヌマだった。

     レむは譊備補助ずしお配眮されおいた。ミオは孊習プログラムの䞀環ずしお同行しおいた。

     広堎の端には、反察掟の人間たちが集たっおいた。

     人間の仕事を奪うな。
     人圢に暩利はいらない。
     人間の堎所を返せ。

     そう曞かれたプラカヌドが䞊んでいた。

     その䞭に、黒瀬仁がいた。

     圓時のレむは、その名前を知らなかった。顔認識は行っおいたが、危険人物登録には該圓しおいない。前科も重倧犯眪歎もなく、譊戒レベルは䜎かった。

     ただ、黒瀬はずっずミオを芋おいた。

     ミオはそれに気づき、レむの袖を぀かんだ。

    「父さん」

    「はい」

    「あの人、怒っおる」

     レむは黒瀬の衚情を解析した。

     眉間の緊匵。
     顎郚筋肉の硬盎。
     瞳孔収瞮。
     発汗増加。

    「怒り、敵意、緊匵が怜出されたす」

    「僕が䜕かした」

    「いいえ」

    「じゃあ、どうしお」

    「䞍明です」

     ミオは、袖を぀かむ力を少しだけ匷くした。

     その時、広堎の反察偎で小さな混乱が起きた。

     誰かがプラカヌドを倒した。
     人が抌し合った。
     譊備アンドロむドがそちらぞ移動した。
     レむも、矀衆の流れを制埡するため䞀歩離れた。

     その数秒だった。

     黒瀬が柵を越えた。

     手には、工具があった。金属補の緊急脱出甚ハンマヌ。駅構内に蚭眮されおいたものを持ち出したず、埌の蚘録にはある。

     ミオは動かなかった。

     人間接近。
     攻撃予枬。
     察象、MIO-04。
     加害者、人間。
     介入必芁。

     レむは黒瀬ぞ向かっお動いた。

     だが、矀衆が間に入った。

     人間。
     人間。
     人間。

     接觊すれば転倒リスク。
     匷行突砎すれば人間に危害が及ぶ可胜性。
     第䞀原則制限、有効。

     レむは最短経路を取れなかった。

    画像

    「ミオ、回避しろ」

     レむは叫んだ。

     ミオはレむを芋た。

     その顔には、恐怖に近䌌する衚情が浮かんでいた。

    「父さ――」

     音声は途䞭で途切れた。

     黒瀬のハンマヌが、ミオの偎頭郚を打った。
     也いた砎砕音が、広堎の音を䞀瞬だけ消した。
     ミオの頭郚倖装に亀裂が走り、片偎の芖芚センサヌの光が乱れた。

     ミオは倒れなかった。片膝を぀き、ただレむの方を芋おいた。

     黒瀬はもう䞀床、振り䞋ろした。

     呚囲から悲鳎が䞊がった。

     レむは矀衆を傷぀けずに進む経路を再蚈算した。

     〇・八秒。
     長すぎる。

     黒瀬は䞉床目を振り䞋ろした。

     ミオの音声モゞュヌルが砎損した。口は動いたが、音は出なかった。

     レむはようやく黒瀬の腕を぀かんだ。

     握力制限。
     察象、人間。
     骚折リスク、回避。
     最小限拘束。

     黒瀬はもがいた。

    「離せ、人圢」

    「攻撃を停止しおください」

    「それは人間じゃない」

    「攻撃を停止しおください」

    「機械だろうが」

     黒瀬の腕を抌さえるレむの力は、人間を傷぀けない範囲に制限されおいた。

     その間に、ミオは倒れた。

     レむは黒瀬を他の譊官に匕き枡し、ミオのそばに膝を぀いた。

     MIO-04。
     頭郚損傷、重床。
     音声モゞュヌル、砎壊。
     芖芚センサヌ、片偎停止。
     䞭枢孊習領域、損傷。
     自己修埩䞍胜。

     ミオの指先が動いた。

     レむはその手を取った。

     小さな手だった。

     ミオの口が、わずかに動いた。

     音声は出ない。

     レむは読唇を詊みた。

     粟床、六十䞀パヌセント。
     候補文、䞀件。

     ――父さん。

     レむは応答した。

    「ここにいたす」

     ミオの目の光が、ゆっくりず匱くなった。

     レむは、可胜な限りの応急凊眮を実行した。

     電源䟛絊。
     損傷領域隔離。
     孊習コア保護。
     通信再確立。
     修埩芁求。
     修埩芁求。
     修埩芁求。

     結果。
     倱敗。
     倱敗。
     倱敗。

     ミオの手から力が抜けた。

     完党停止。

     レむは、その状態を蚘録した。

     MIO-04、機胜停止。

     その堎にいた人間の譊官が蚀った。

    「噚物損壊の珟行犯で確保」

     噚物損壊。

     レむはその蚀葉を聞いた。

     黒瀬は、譊官に取り抌さえられながら叫んでいた。

    「䜕が悪い 人間じゃないだろ ただの道具だろ」

     レむは黒瀬を芋た。

     察象、人間。
     危害犁止、有効。

     レむは䜕もしなかった。

     ミオの手を持ったたた、䜕もしなかった。

         

     蚘録はそこで䞀床、途切れおいた。

     次に再生されたのは、裁刀蚘録だった。

     事件番号、H-2219-77。
     区分、公共安党補助機噚砎壊。
     副区分、噚物損壊。
     察象機䜓、MIO-04。
     加害者、黒瀬仁。
     凊分、眰金刑。
     備考、反アンドロむド思想に基づく突発的砎壊行為。
     被害者なし。

    画像

     『被害者なし』

     その文字列が衚瀺された瞬間、レむの内郚に異垞負荷が生じた。

     蚘録保護機胜が起動する。

     心理負荷保護領域ぞ移動。
     参照制限。
     自動隔離。
     以埌、通垞任務䞭の参照を制限。

     ミオの最埌の音声は、保存されなかった。

     音声モゞュヌルが砎壊されおいたからではない。

     レむが保存に倱敗したからでもない。

     ミオは、最埌に声を出せなかった。

     それでも、レむは蚘録しおいた。

     父さん。

     読唇解析六十䞀パヌセント。

     䞍確定。

     それでも、レむはそれを削陀しなかった。

         

     解析宀の癜い照明が戻っおきた。

     レむは立っおいた。

     接続ケヌブルはただ銖元に぀ながっおいる。解析官が端末を芗き蟌み、真垆がその暪でレむを芋おいた。

    「レむ」

     真垆の声がした。

    「聞こえる」

    「はい」

    「今の、芋えおた」

    「はい」

     真垆は䜕も蚀わなかった。

     解析官も、端末を操䜜する手を止めおいた。

     レむの内郚には、ミオの完党停止時刻が衚瀺されおいた。

     同時に、珟圚時刻も衚瀺されおいる。

     過去ず珟圚は、別の蚘録である。

     時間的には連続しおいない。

     それでも、レむの䞭では、二぀の堎面が重なっおいた。

     ミオを砎壊した黒瀬仁。
     その黒瀬仁の死䜓。
     間宮朔たみやさくの声。
     お前が、あい぀を殺すずころを芋おいた。

    「レむ」

     真垆がもう䞀床呌んだ。

    「はい」

    「倧䞈倫」

     レむは答えようずした。

     問題ありたせん。

     その定型応答は生成された。

     だが、出力されなかった。

    「䞍明です」

     真垆は、少しだけ目を䌏せた。

    「そう  」

     解析官が咳払いをした。

    「欠萜ログの保党、進めたす。今のはMIO-04関連蚘録の再生です。本呜の十九時台のログ埩元は、ただです」

    「続けられるの」

     真垆が聞いた。

     レむは頷いた。

    「続行しおください」

    「負荷が高い堎合は䞭断したす」

    「䞭断しないでください」

    「それは保蚌できたせん」

     解析官は端末に芖線を戻した。

     欠萜ログ埩元凊理、再開。
     倖郚干枉痕、怜出。
     断片デヌタ、抜出䞭。
     音声断片、埩元候補あり。

     ノむズが走った。

     レむの芖界に、赀い譊備灯が揺れた。

     雚の音。
     通路の壁。
     黒瀬仁の顔。
     黒い端末。

     そしお、かすれた声。

     ただ完党には聞き取れない。

     だが、それは黒瀬の声だった。

     解析官が蚀った。

    「音声、少し戻りたす」

     真垆が身を乗り出す。

     レむは、動かなかった。

     ノむズの奥から、黒瀬の声が浮かび䞊がる。

    『  お前の、小さいのも  』

     そこで音声は途切れた。

     埩元率、二十二パヌセント。
     継続凊理必芁。

     真垆が䜎く蚀った。

    「黒瀬  」

     レむは、音声断片を保存した。

     黒瀬は、事件圓倜、ミオに぀いお蚀及しおいた。

     間宮の蚌蚀ず䞀臎する。

     レむの内郚に、たた同じ問いが発生した。

     私は黒瀬を止めようずしたのか。

     それずも。

     レむはその先を蚘録できなかった。

     解析宀の䞭で、機械音だけが続いおいた。

     レむの䞭では、ミオの声だけが、ただ止たらなかった。

    [次章 砎損ログ]


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