
昭和、渋谷で、恋をしたり 2-2 |迷っている暇はなかった
前回のあらすじ(2-1)
江ノ島で撮った写真を渡すため、泰輔は夏奈恵と渋谷の台湾料理屋へ。夏奈恵は自分が写る写真を手にし「お見合い写真にいいね」と笑顔をこぼす。そして泰輔は、帰り際になってその真意を確かめようとしていた。
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絶対困らないね
「話が戻っちゃうけど、お見合いってしたいと思うの?」
「恋愛して結婚につながれば一番いいんだろうけど、お見合いってどんなものなんだろうって思わない?」
「考えたこともないな」
「でも、私はお見合いなんかできないけどね」
「どうして?」
「だって、お見合いって親とか親戚とかが持ってくる話でしょ? それでホテルのレストランとかで家族揃って食事して、『後は若い人同士で』って取り残されるんでしょ?」
江ノ島で「親がいない」と話していたことを思い出していた。
「夏奈恵ちゃんなら、お見合いなんか必要ないよ」
夏奈恵は明るく話してくれたが、私は話題の選択を完全に誤っていた。
「だと、いいんだけど。溝口さんは絶対困らないね。いいとこのお嬢さんとの縁談がいっぱいありそう」
「そんなことないよ。お見合いとか興味ないし」
作り笑いで猛省しているところに、夏奈恵の口から「いいとこのお嬢さんとの縁談」なんて台詞は聞きたくない。
夏奈恵は何も悪くないのだが、八つ当たり気味に異議申し立てをしようとした。
しかし、思い通りには行かないものだ。
「終電危ないかも。今日は帰るね、電車混んじゃうし」
夏奈恵は左腕を振りながら、肘の方へずれていた腕時計を手首に戻していた。

迷う時間がない
「古い車両の匂いが好きなんだよね。なんか落ち着かない?」
仕事帰りの人々で溢れた渋谷駅のホームで、夏奈恵は後発の列車が入線してきた側のホームを指差した。
この頃の井の頭線はラッシュ時になると、ステンレス製の最新の車両ではなく、緑色で覆われた古い車両がホームに並んでいた。それを見た夏奈恵が、電車を一つ飛ばして古い車両に乗って帰ろうと言うのだ。
扇風機がフル回転するものの、湿気が充満する車内で、私と夏奈恵の体は密着して右に左に揺れていた。
このとき私は、古い車両の中で落ち着けるような状況ではなかった。それはある決心をしていたからだ。
そして駒場東大前駅に着いたとき、予定通り、私は降りようとしなかった。
「降りるんじゃないの?」
「今日は送るよ」
「大丈夫だよ」
「いいから、今日は」
そしてドアの閉まる音が聞こえた。
夏奈恵は黙ったままうつむいていた。そうして私は終点の吉祥寺まで、夏奈恵と一緒に電車に揺られた。
吉祥寺で井の頭線を降り、中央線の改札の前に辿り着くと、いよいよ胸の高鳴りは最高潮を迎えていた。
「ありがとう。こんなところまで。溝口さんも帰れなくなっちゃうでしょ?」
夏奈恵は、私の胸のうちなんかまったく想像できない様子だった。
「じゃあ、行くね」
夏奈恵が右手に定期券を持ちながら、改札の向こう側に視線を送った。
「あのさ……」
もう迷っている暇はなかった。
「なに?」
「夏奈恵ちゃんのこと、やっぱり好きだ」
