
法人という“消費者” BtoBマーケティングの消費社会論的解剖②|コードを支配せよ。BtoBにおける記号操作戦略史
連載概要
本連載は、ボードリヤール、ブルデュー、ヴェブレン、タルドなど、消費社会を論じた学者たちが「個人の消費行動」として描いてきた欲求・模倣・差別化・記号への帰属は、法人においても作動しているのではないか、そしてもしそうだとすれば、BtoBマーケティングの設計原理はどこから根本的に見直されるべきなのかを探索するものです。
この第2回では、分析編として、顧客に合わせるのではなく、業界の評価軸・選択基準・語彙そのものを設計し、後続が従わざるを得ない状況を作るという、ラグジュアリーブランドが個人消費者に対して行ってきたこの戦略を、BtoB市場で実装したSalesforce、McKinsey、HubSpot、Gartnerの戦略史を解読していきます。
「合わせる」から「従わせる」へ
第1回では、法人を「解剖された個人」として捉える仮説を提示しました。個人の消費行動に内在していた欲求・理性・規範・承認欲求が、企業においては営業・経理・法務・経営陣といった部門として外在化・制度化されているという視座です。
では、その「欲求」そのものは、誰が、どのようにして作るのでしょうか。「大型プロジェクトにはトップコンサルを入れるべきだ」「クラウドインフラはAWSが標準だ」、これらは顧客企業が自律的に形成した判断基準でしょうか。それとも、誰かが意図的に作り上げた評価コードが業界に浸透した結果でしょうか。
ボードリヤールの立場から言えば、後者です。消費社会において人々が選択するのは製品の機能ではなく、記号体系における差異の位置です。そして重要なのは、その記号体系は自然発生するのではなく、誰かによって設計・操作されているという点です。
ラグジュアリーブランドやスターバックスが個人消費者に対してやってきたことを、BtoB市場でも実装している企業群が存在します。彼らは顧客のニーズに合わせるのではなく、業界の評価軸・選択基準・語彙、すなわち「コード」そのものを設計し、後続の企業がそのコードに従わざるを得ない状況を作り出しました。これが「コードの先占」と呼ぶべき戦略です。
ラグジュアリーが教える「従わせる」技術
コード先占の原型を理解するには、ラグジュアリーブランドの戦略史が示唆的です。
J.N.カプフェレとV.バスティアンは、『ラグジュアリー戦略―真のラグジュアリーブランドをいかに構築しマネジメントするか』において、ラグジュアリーマーケティングの本質を「顧客のニーズに迎合するな」「価値を高めるために値上げし続けよ」「客に買い物を困難にせよ」という逆説的な命題で定式化しました。エルメスのバーキンが予約さえできない運用、ルイ・ヴィトンが過去40年にわたって年率5%で値上げし続けてきた事実、シャネルNo.5が花の名前を排した抽象的命名で香水業界のコードを破壊したこと、これらはすべて、「欲しがる者に売らない」ことで希少性という記号を独占する戦略です。
この戦略の本質はブルデューの「象徴資本」概念で説明できます。象徴資本とは、他者からの承認によって生まれる威信であり、経済的計算を超越した正統性を生み出します。LVMHのベルナール・アルノーが職人学校からタンナリーまで垂直統合するのは、「正統性の生産装置」を内部化するためです。「本物である」という記号を、他者に委ねず自分で発行し続けることが目的です。
そしてタルドの「上位から下位への模倣」の法則は、この象徴資本がいかに社会に伝播するかを説明します。ルイ・ヴィトンを王室や上流階級が使うことで、その記号的価値が下方に流通する、これはBtoB市場における「Fortune 500がMcKinseyを使うことで、中堅企業もMcKinseyを参照基準にする」という現象と、構造的に同一です。
Salesforceが「コード」を製造した方法
BtoB市場においてコード先占を最も自覚的に実行した企業のひとつがSalesforceです。
1999年創業当初からマーク・ベニオフは、「No Software」というスローガンで業界を二項対立に再フレーム化しました。「SaaSが新しい正義であり、パッケージソフトは時代遅れの悪だ」という物語です。2000年のSiebel(当時のCRM王者)のカンファレンス前では、雇った俳優に「Software is Obsolete」と書いたプラカードを持たせてデモをさせ、偽のテレビ局を設置して批判的な「ニュース報道」を演出しました。ボードリヤール的に言えば、オリジナルなき記号によって現実そのものを書き換えようとした試みです。
ベニオフの言葉は、コード先占の論理を露骨に示しています。「業界のリーダーとして、あるいはリーダーに対抗する者として位置取れ。」これは「顧客のニーズを理解して最適な提案をする」という従来のマーケティング論理とは根本的に異なります。市場における位置取りをまず決め、そこから逆算してすべてを設計する発想です。
2003年に始まったDreamforceカンファレンスは、現在では年間4万5千人を集める業界最大規模のイベントとなりました。しかしその本質は、単なる顧客接点ではなく、業界言説の生産装置です。Salesforceが定義したアジェンダが業界全体の「話すべきこと」になり、競合他社はそのアジェンダに対して自社を位置付けざるを得なくなる。2005年に開設したAppExchangeには現在9,000以上のアプリが登録されており、サードパーティが全員Salesforceのエコシステム内で活動することで、「CRMの標準」という重力が強化され続けます。
「Salesforce」と口にした瞬間に「CRM」というカテゴリが想起される状態、これがコード支配の到達点だと言えます。
McKinseyが設計した「正しい経営」の文法
しかしSalesforceより半世紀早く、同じ論理を実装していた企業があります。McKinsey & Companyです。
1930年代、マービン・バウアーは法律事務所での経験を持ち込み、コンサルティングという新しい産業の「文法」を一から設計し、語彙の置換から始めました。顧客(customer)はクライアント(client)に、従業員(employees)はコリーグ(colleagues)に、業界(industry)はプロフェッション(profession)に。バウアー自身の言葉によれば「The terms we use reflect the way we think」、言葉の置換は思考の置換を意味します。
「Up or Out」制度、エリート院卒に限定した新卒採用、1964年創刊のMcKinsey Quarterly、7SフレームワークやWar for Talentといったフレームワーク群、これらはすべて、「正しい経営とは何か」というコードをMcKinseyが定義し続ける装置として機能しています。
特に重要なのはアラムナイ(卒業生)ネットワークの効果です。バウアー時代の17年間で50人を超えるMcKinseyコンサルがCEOに就任したと伝えられています。クライアント側の意思決定者がMcKinsey出身者で埋まると、「McKinseyに頼む」という選択が自然・必然・不可避に見えてくる、これは「認知的正統性」と呼ばれる状態、すなわち「評価の対象ですらない自明な選択肢」になることを意味します。
「Nobody got fired for buying IBM(誰もIBMを買うことで解雇されない)」という有名な言葉があります。理性的に最良の選択かどうかは問題ではなく、「あそこを選んで失敗しても自分の責任ではない」という社会的保険として機能するブランドの地位、これがコード支配の実用的な効果です。
HubSpotが「用語を所有しない」ことで言葉を支配した逆説
コード先占の中でも特に示唆的な事例がHubSpotです。共同創業者ダルメシュ・シャーの言葉は、戦略の本質を明示しています。「インバウンドマーケティングという言葉を商標登録しなかった。他の全員にその言葉を使ってほしかった。それが一般的な概念になることで、その概念に最も深く結びついた企業になれると考えたから。」
用語を独占しないことで言葉を支配する、これは逆説的に見えますが、タルドの模倣論から見れば合理的です。言葉が広く使われるほど、その言葉を発明した企業の権威も広がります。Marketo、Eloqua、Pardotといった競合は「marketing automation」を標榜していましたが、最終的にすべてHubSpotが定義した「インバウンド」という言語で自己説明せざるを得なくなりました。競合が自社の言葉でしか自己を語れない状態、これもコード支配の最高形態でしょう。
HubSpot Academyの認定資格(累計20万人超)、書籍出版、Solution Partnerプログラム、これらはコードの社会的再生産装置として機能します。認定を受けた人材が市場全体に散布され、それぞれの職場で「インバウンドマーケティング」という語彙を自然に使い続けることで、コードは制度として定着していきます。
Gartnerが「評価基準」そのものを商品にした構造
コード操作という観点で最も興味深い事例は、評価基準そのものを商品化したGartnerです。
Magic Quadrant、Hype Cycle、Critical Capabilitiesなど、Gartnerが設計したこれらのフレームワークは、IT業界における意思決定の語彙を事実上独占しています。ベンダーは「Magic Quadrantに載るため」に自社製品をGartnerが定義したカテゴリ境界に合わせて再設計し、購買側の企業は「Magic Quadrantのリーダー象限にいる企業の中から選ぶ」という意思決定プロセスを採用します。評価される側がGartnerのフレームに沿って自社を定義し、評価する側がGartnerのフレームで選択を正当化する、このループが完成したとき、Gartnerは「業界の審判員」という地位を超えて「業界のコードそのもの」になります。
「Gartnerに確認することは正しいプロセスだ」という自明性が業界に定着した結果、ベンダーはGartnerへの課金を「マーケティング費用」としてではなく「市場への参加資格費用」として捉えるようになります。これはブルデューが論じた「場(champ)への参入コスト」の商業的実装です。
コードが崩壊するとき 三つの破綻パターン
コード先占の戦略は強力ですが、失敗事例が示す破綻のパターンも三つあります。
第一は技術パラダイム転換による陳腐化です。IBMの「Nobody got fired for buying IBM」というコードはクラウド時代に侵食されました。BlackBerryは2009年に米国スマートフォン市場で50%のシェアを持っていましたが、「企業向けセキュリティ端末」というコードがBYODの普及によって価値を失い、市場シェアは1%を下回るまでに転落しました。コードは特定の技術・社会構造に依存しており、その構造が変わるとコード自体が無効化します。
第二は象徴資本と実態の乖離です。WeWorkはピーク時の企業評価額470億ドルを誇り、「The Future of Work」というカテゴリを創造しようとしました。しかしIPO申請書類の公開により「テクノロジー企業の評価を受けた不動産賃貸業」の実態が露呈し、2023年には破産申請に至りました。Theranosも著名な政治家を取締役に据えてブルデュー的な象徴資本を蓄積しましたが、技術的実態との乖離が報道で暴かれた瞬間にすべてが崩壊しました。記号が実態から切り離されたとき、そのコードは脆くも瓦解します。
第三はカテゴリの誤定義です。Quibiは17億5千万ドルを調達し、「移動中に見る短尺動画」というカテゴリを創造しようとしましたが、ユーザーの真の不満(コンテンツに参加・創造・共有できない)を捉え損ね、6ヶ月で事業を清算しました。コードを先占しようとしても、そのコードが誤った問いに答えるものであれば、市場の支持を得ることはできないのです。
テック企業がコードを作る条件
これらの事例から浮かび上がる問いは、導入してみないとその効果がわからないSaaSやプロダクト、あるいは受託型をはじめとしたテック企業が、同様のコード先占を実装できるかどうかです。
先例を見れば、それは「できる」ということでしょう。むしろ、比較不能な財を扱う企業こそが最もコード先占を必要とし、かつ実装しやすい条件を持っています。自動車や家電と違い、基本的にBtoB商材の品質は事前に評価できません。評価できない財は、裏返せば、イメージによって価値が決定されやすいということです。「あの会社のプロダクトは違う」という感覚的確信を業界に植え付けることが、機能比較表よりも強力に購買を動かすのです。
成功事例から見えてくるコード先占の条件は四つです。
カテゴリの命名権を先占すること。例えば、「CRM」「インサイドセールス」「AIエージェント」といった既存カテゴリで競争するのではなく、自社の世界観を表現する独自の概念を発明し、HubSpotのように意図的に広める。(あるいは、Salesforceのように「敵を名指しする」「PoC止まりの実証実験」「汎用ツールの寄せ集め」を批判し、自社が提唱する概念を業界の評価軸に変えていく試みもあり得ますが、国内では文化的に批判・炎上マーケティングは好まれない可能性は高いとも思われます。)
思想的権威の確立を広告ではなく知識生産として行うこと。Edelman-LinkedInの調査によれば、C-suite層の75%が「思想的リーダーシップ(Thougt-Leadership)は製品仕様書よりも能力評価の信頼できる根拠だ」と回答しています。McKinsey Quarterlyが「正しい経営」の文法を定義したように、自社の知的発信が業界の問いを設定できるとき、その企業はコードの生産者になり得ます。
上位模倣の連鎖を意図的に設計すること。タルドの模倣論に従えば、最初の「上位」顧客との取引実績がその後の選択を規定します。Fortune 500企業、業界リーダー、著名な研究機関、誰と仕事をするかがコードの社会的な位置取りを決めます。そしてその実績を「ロゴウォール」としてではなく、文脈と意味を持つ物語として公開することが、次の模倣の波を生みます。
象徴資本と実態の同期を維持し続けること。WeWorkとTheranosの失敗が示すように、コードは実態との乖離に脆弱です。逆に言えば、象徴資本の蓄積が実態(技術力・成果・誠実さ)と同期している企業は、コードが崩壊するリスクが低いということでしょう。ラグジュアリーブランドが「本物の職人技」へのこだわりを手放さない理由と同じです。記号の土台には、記号を支える確実な根拠がやはり必要ということです。
コードを所有することは市場を所有すること
Play Bigger Advisorsの分析によれば、新カテゴリを創造・支配した「カテゴリキング」と呼ばれる企業が、そのカテゴリ全体の経済価値の76%を獲得するとされています。これは単なるマーケットシェアの話ではありません。カテゴリを定義した企業は価格決定権を持ち、参入障壁を設計し、競合が自社の言語で語らざるを得ない状況を作るということです。
消費社会論の言葉で言い換えれば、コードを支配する者が差異システム全体を支配するということです。ボードリヤールが半世紀前に論じた命題が、BtoBテック市場の最前線で再演されているわけです。
Salesforceは「No Software」というコードでパッケージソフトという世界を陳腐化させ、HubSpotは「インバウンド」というコードで、アウトバウンド型の営業活動全体を問い直させました。Gartnerはフレームワークというコードで、業界の評価言語そのものを所有しました。McKinseyは「経営のプロフェッション」というコードで、コンサルタントが弁護士や医師と同等の専門職として処遇される文化を作り上げました。
彼らが共通して持っていたのは、「顧客に合わせる」ではなく「業界の語彙を発明し、その発明者として認知され続ける」という一貫した意志です。
稟議書が欲望の翻訳書だとすれば、コードを支配する企業とは、その翻訳に使われる言語を作り広めた者ということなのでしょう。
連載シリーズ
法人という“消費者” BtoBマーケティングの消費社会論的解剖
第1回 企業もまた、欲しがる。合理的な“消費者”の素顔
第2回 コードを支配せよ。BtoBにおける記号操作戦略史
第3回 「解剖された個人」への語りかけ方。テック企業の
執筆者プロフィール
和田 崇
株式会社Laboro.AI 執行役員(マーケティング部管掌)
・立教大学大学院 経営学修士(マーケティング論・消費者行動論)。
・立教大学大学院 ビジネスデザイン研究科 博士後期課程 中退。
・2019年に株式会社Laboro.AI参画。マーケティング/プロモーション/ブランディング領域を担当・管掌。
・NewsPicksプロピッカー(AI/マーケティング領域)
・日経クロストレンド連載 「最新マーケ論文で学ぶ『新・消費者理解』」
・日経クロストレンド連載「未来の消費者に聞け『AIリサーチ』」
・日本マーケティング学会、日本産業経済学会、人工知能学会、情報処理学会、各会員