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Photo bykeisuke1990

"浮遊"女子高生 清水いぶき、離陸中。#04

    第4章 自由浮遊高度:72cm 浮遊力:14NF

    浮つく日常、繋がれた身

    いぶきが「浮遊者」として発覚してから、半月が経った。

    最初こそ近所の人々も学校も、テレビの中の異常現象が現実に現れたような騒ぎようだったが、その熱はゆっくりと冷めていった。

    「空中に浮かぶ女子高生」は、いつしかこの町の風景のひとつになった。

    いぶき自身も、変わっていく日常に順応していた。
    学校は制服の着用を免除し、なるべくストレスを与えない対応を取った。

    でもいぶきは、ブレザーだけ脱ぎ、制服のブラウスとスカートの上に薄手のグレーのパーカーを重ねた。
    鏡の前でひと回りしてみる。

    「……ほんとは、こういう着方、一度やってみたかったんだよね」

    「え〜ずるい!いぶきだけパーカーOKなんて!」

    友達の軽口が、心地よく耳に残った。

    教室のいちばん奥、窓際から少し離れた場所。
    そこが、今のいぶきの居場所だった。

    以前のように机に腕を絡ませる必要はない。
    今では、自然に浮いたままでも姿勢を保てるようになっていた。

    スケッチ用の画板を首から提げ、机代わりに使う。
    スカートの中が見えないよう、ショートレギンスも欠かさない。

    ふわり、72センチ。
    ほんの少しの浮遊でも、風景は違って見えた。
    地面から離れたまま生きる生活が、少しずつ当たり前になっていく。

    ただし、登下校はまだ自力ではできない。
    踏ん張りも効かず、風に煽られれば、たちまち浮かされてしまう。

    だから今は──かずさが、腰ひもを手に、そっと導いてくれていた。
    まるで風船の紐か、気の抜けた散歩。

    「女子高生にも、尊厳ってもんがあるんですけど!」

    そう抗議したいぶきの願いで、腰ひもはピンクのチェック柄のストラップに。ぬいぐるみもぶら下がっている。
    母は強度を心配したが、「心の安定が第一」と折れてくれた。


    数日後、制服を脱いでくつろぐいぶきの前に、市の担当職員とスクールカウンセラーが訪れた。

    「清水さんですね。突然の訪問、失礼いたします」

    整いすぎた笑顔、丁寧すぎる言葉づかい。
    差し出された資料には、チェックリストと説明書が並んでいた。

    「最近、進路や家庭で、なにかストレスはありませんか?」

    「……特にないです」

    「学校にも行ってるし、友達もいるし……まあ、ふつうだし」

    「“ふつうにしてる”っていう子ほど、自分の苦しみに気づきにくいこともあるのよ」

    いぶきは、その言葉に、わずかに眉をひそめた。

    「……“死にたい”なんて、思ってないです」

    彼女は、きっぱり言った。

    カウンセラーは一瞬黙ったが、やがてまた微笑みを整え、シートに何かを書き込んだ。

     “浮遊原因は未特定”
     “軽度の抑うつ傾向を否定できず”
     “対話傾向に回避性あり。自己認識に乖離の可能性”

    ──勝手に、決めつけないで。

    自分でも、わからないのに。
    だから、不安で、戸惑ってるのに。

    母は何も言わず、ただ静かに隣に座っていた。

    職員たちは、紙袋をひとつ置いて帰っていった。

    中には、自由浮遊高度や浮遊力を測るリストバンド、足首用の鉛のおもり、屋外用の固定ロープ──
    そして「簡易係留具」。

    「万一、急激に浮遊力が高まった場合の備えとして……」

    義務を果たすように頭を下げ、彼らは帰っていった。

    袋の中身を見下ろし、いぶきは小さくため息をつく。
    自分が“管理される側”になったような違和感だけが残った。

    その夜、母が洗い物をしながらつぶやいた。

    「……うまく言えなかった。ごめんね」

    「いいよ。ママのせいじゃない」

    そう答えたけど、少し──悔しかった。

    深夜。いぶきは浮かびながら、スマホを握り、匿名アカウントでひとこと投稿した。

    《浮いてるからって、生きたくないわけじゃない。ただ、浮いてるだけの人もいるんだよ》

    いくつか反応が返ってきた。

    「釣り乙」
    「浮いてるのはお前の性格w」
    「社会の負け犬乙」

    いぶきは静かに画面を閉じ、天井を見上げる。

    「……理由なんて、いらないのにね」

    その夜、彼女の足元には、誰の声も届かない、静かな空気が漂っていた。



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    ・第1話ープロローグ/地に足のついた、最後の日
    ・第2話ーふわつく日常・自覚なき浮遊
    ・第3話ー浮遊判明・滑り出す日常
    ・第4話ー浮つく日常・繋がれた身
    ・第5話ー住み着く天井・離れゆく日常
    ・第6話ー天井接近警報
    ・第7話ーそれでも、楔となるもの
    ・第8話ー縋れない地面、遮るもののない空
    ・第9話ー見下ろす地図、思い描く場所/大気圏の会話
    ・第10話ー軌道の彼方へ ― いぶきの宇宙航路
    ・第11話ー第12章 星の誕生 ― ボイドにて/エピローグ

     
     
     
    最近、物語を書くのが好きな40代の母です。 少し孤独で静かな、でもどこか温かい話が多めです。 SFや科学、哲学が好き。 アイデアが勝手に湧いてくるので、止まれません。 フォロバやスキ返しはしていませんが、素敵な作品には素直に反応します。 静かに、でも誠実に繋がれたらうれしいです。

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