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Photo bykeisuke1990

”浮遊”女子高生 清水いぶき、離陸中。#03

    第3章 自由浮遊高度:3cm 浮遊力:0.4NF

    浮遊判明、滑り出す日常

    目が覚めて、いぶきはすぐに違和感に気づいた。

    布団の中から足を出したとたん、床の冷たさが来るはずだった。
    なのに──空を踏んだ。
    足が、つかない。地面に、届かない。
    床まで、たったあと、3センチほどなのに。

    一瞬、頭が揺れる。後ろに倒れそうになって、思わず布団の端をつかんだ。

    「……え?」

    自分の足が、空を蹴っていた。わずかに、ふわりと浮いている。

    「うそ……うそでしょ……?」

    夢の中で空を飛ぶ感覚に似ていた。でも、これは夢じゃない。足元にあるはずの床の存在が、どこか遠くにある。

    「なにこれ、まさか、浮いてる……?」

    いぶきはそっと四つん這いになり、ベッドの柵につかまって慎重に立ち上がった。重力の感覚が、おかしい。体が軽すぎる。地に足がついていない。

    ──何か、重いもの……。

    とっさに、教科書の詰まった通学鞄を抱え込んだ。
    机や棚の奥にあった辞書やノートを、掘り起こすようにして詰め込む。
    重たければ、重たいほどいい。
    “わたしを地面に繋ぎ止めてくれる”ものなら、なんでも。

    「……大丈夫、大丈夫、大丈夫……」

    小さく呟きながら、いぶきは手すりにすがって、ひとつひとつ階段を下りた。まるで氷の上を歩くように、そろりそろりと。

    1階に降りると、母が台所で朝食の支度をしていた。

    「なにそれ、鞄抱えて。どうしたの?」

    振り向いた母が、訝しげに尋ねる。

    「いやぁ……あははは……」

    乾いた笑いがこぼれる。

    「まさか、なんかやましいモノでも入ってんじゃないでしょうね」

    「入ってないよ、べつに!」

    「なによ、妙に必死じゃない。ほんとに大丈夫?
     とにかく。そんな重たいもの置いて、さっさと朝ごはん食べちゃいなさい」

    「はーい……」

    なるべく自然に、椅子の下に鞄を置き、その中にこっそり両足を突っ込んだ。かかとが底についたことで、かろうじて身体は安定する。足元が浮いていることは、見た目にはわからない。

    「いただきます」

    静かに、いつもの朝を装った。

    朝食のあとは、制服のブレザーを羽織り、重たい鞄を肩にかける。これで外見上は、いつもと同じ。ただ、身体の奥で、どこかふわつくような感覚が抜けなかった。

    「いってきます!」

    「あっ、いぶき。今日は塾の日だから、さっさと──」

    「わかってるって!」

    母の言葉をさえぎるようにして、いぶきは顔を見ずに玄関を出た。ドアを閉めるその瞬間、ほんの少し、足が地面から浮いたような気がした。

    でも──いぶきは、まだ気づかないふりをしていた。



    いぶきが教室に着いたときには、すでにホームルームが始まっていた。

    担任が、いつものマニュアルを読み上げる。
    「……誰か、最近浮遊感を覚えた者はいないか?」

    「はーい、おれ、浮きそうでーす」
    「ふざけるな。他には?」

    いつものやり取り以外、誰も手を挙げない。
    いぶきも、黙ってうつむいていた。

    親友のかずさが、ちらりといぶきを見て、小声で囁いた。
    「ねえ、今日の塾の宿題、ちゃんとやってる?」

    いぶきは笑ってごまかしながら、心の中では迷っていた。
    (言おうか、どうしようか……でも、勘違いかもしれないし。明日には、元に戻ってるかも……)

    何も言わずに、一日が始まった。

    けれど、その日はずっと、地に足がつかないような状態だった。
    心も、身体も。
    いつもなら友達の会話に入る昼休みも、いぶきは鞄を足元に置いたまま、空を見つめていた。

    放課後。

    校門を出ようとしたとき、かずさがふと立ち止まった。

    「いぶき、今日……なんか、変じゃない?」

    その声に、胸が小さく震えた。

    「……え?」

    「実はね、朝からちょっと気になってた。ずっと鞄抱えてたでしょ?トイレ行くときまで。でも、みんなもいるから、なんか言い出しづらくて……」

    かずさの言葉に、いぶきの胸がじんわり熱くなる。
    誰にも気づかれてないと思ってた。でも、ちゃんと見てくれてた。

    「じつは……」

    いぶきは、おもむろに鞄をそっと足元に置いた。
    その瞬間、体がふわりと浮いた。ほんの数センチ。けれど、それだけでバランスが崩れそうになる。

    かずさが、すかさず腕を伸ばし、彼女の肩を支えた。

    「……こういうわけ、なんです」
    いぶきは、小さな声で言った。

    「いぶき……今日は、塾なんて行ってる場合じゃないよ」

    「へ……?」

    「今日はもう、塾とかいいじゃん。あたしが、おばさんにもちゃんと言うから。それで、一緒にあんたの家、行こう。途中で、好きなお菓子でも買ってあげる」

    その目は、冗談なんかじゃなかった。真剣に、友達を心配する目だった。

    「かずさ……」
    いぶきの目に、涙がにじみそうになる。



    夕方。

    かずさと一緒に、いぶきは母に「浮いていること」を打ち明けた。
    言い出すまでに、少し時間がかかった。でも、かずさが横にいてくれたから、勇気が出た。

    母は驚いた顔を見せたあと、ゆっくりと頷いた。

    「そう……いぶき、よく言ってくれたね。しばらく学校もお休みして、好きなことでもして、気分転換したら?あんたが見たがってたドラマ、一気見するとか」

    けれど、いぶきは首を横に振った。

    「わたし、学校が……好き。かずさもいるし、友達もいるし……それに、もうすぐ修学旅行もあるし。行きたい」

    母は何か言いたげだったが、それ以上は口にしなかった。

    「……そう。なら、信じるよ。無理はしないって、ちゃんと約束ね。あなたのこと、ちゃんと見てるから」

    「うん」

    そして、母はかずさの方を向いて、深く頭を下げた。

    「かずさちゃん、この子を、よろしくお願いします」

    「わたしにできることなら――なんでも」

    かずさは、まっすぐに頷いた。



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    ・第1話ープロローグ/地に足のついた、最後の日
    ・第2話ーふわつく日常・自覚なき浮遊
    ・第3話ー浮遊判明・滑り出す日常
    ・第4話ー浮つく日常・繋がれた身
    ・第5話ー住み着く天井・離れゆく日常
    ・第6話ー天井接近警報
    ・第7話ーそれでも、楔となるもの
    ・第8話ー縋れない地面、遮るもののない空
    ・第9話ー見下ろす地図、思い描く場所/大気圏の会話
    ・第10話ー軌道の彼方へ ― いぶきの宇宙航路
    ・第11話ー第12章 星の誕生 ― ボイドにて/エピローグ

     
     
     
    最近、物語を書くのが好きな40代の母です。 少し孤独で静かな、でもどこか温かい話が多めです。 SFや科学、哲学が好き。 アイデアが勝手に湧いてくるので、止まれません。 フォロバやスキ返しはしていませんが、素敵な作品には素直に反応します。 静かに、でも誠実に繋がれたらうれしいです。

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