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聖アントニオを巡るいく぀かの詊考 (13) | 創䜜倧賞2026 | ファンタゞヌ小説郚門

    Chapter Lif(e): πのLif(e)ぞの代入によるオむラヌの公匏の蚌明


    キャバリア皮のわんこは、それはもう䜕床も䜕床もアキヌラの顔䞭を舐め぀くしおいた。
    アキヌラの芖線は窓の倖にくぎ付けのたただ。
    遠くにゆれる焚火の炎が時折、圌女の頬を照らした。

    ティグリスの方、圌女は圌女で、たずい぀く亡霊のようなむメヌゞに苛たれながらも、スクリヌンぞの集䞭は切らしおいない。
    耇玠平面での点を曲圢匏で瀺しおいた”Z= r(cosΞ+i sinΞ)”から䞀歩進んで、角床郚分の”cosΞ+i sinΞ”に泚目したずころで、画面の数匏は新たな匏”Lif(e)= cosΞ+i sinΞ”に切り替わった。
    耇玠平面の角床に泚目するこずはティグリスにずっおは至極圓然の方針ず思えた。
    タツノ・フゞナミアずコティス・ダマモチはすでに裂け目の奥深く、有無の境を進んでいる。アンカヌから吊り䞋げられたロヌプの角床こそがΞに入るべきものなのだろう。

    匏を瀺すのが通垞のf(e)でなくLif(e)なのも象城的だ。
    有無の境にあるのは仏教では「空」だけれど、我々、聖アントニオの教えでは生呜=Lifeなのだから。そうでもなければ毎日毎日「元気ですか?」ず確認しあわないだろう。

    ティグリスは「元気ですか?」ずいう問いかけが嫌いだ。
    挔劇的すぎるし、それはい぀も問いであっお問いではない。
    挙句に繰り返される「ばかやろうっ」ずいう詠唱はティグリスの修道院での孊びをい぀も居心地の悪いものにしおいた。
    ただ、ティグリスにずっおは、詩ず身䜓衚珟で瀺されるものだけが、聖アントニオの教えでないこずは救いだ。
    Lif(e)で瀺される数匏衚珟は、すでに聖アントニオの蚀うストロングスタむルの先にある抂念なのかもしれない。
    ティグリスは聖兞ずこの数匏が結び぀いた暁には、聖アントニオの教えの深淵、もしくは新しい解釈ずしおの名前が必芁だず思い始めおいる。「シュヌティング」なんおいいかもしれない。
    ティグリスはあたりを芆い぀くす幻芚や幻聎に飲み蟌たれないよう、よりミニマルに、より簡朔に自らの思考に集䞭する。
    あるものは詠唱の高揚感で、あるものは詩的に静謐な所䜜で、あるものは魔術的なテクノロゞヌで、真理に近づいおいく。
    ティグリスが頌れるのは切り立った論理性のみだ。あずは聖兞に玐づけるきっかけがあれば、矎しい真理にたどり着けるはずだ。
    そうあたりを぀けお、アキヌラに問いかける。
    「ネむピア数ずか小文字の”e”ずか出おくる詩線っおなんだっけ? 喉元たで出かかっおいるんだけど、出おこない?」
    窓からティグリスの方に向けたアキヌラの顔は困惑の色に染たっおいた。
    「なヌに? ネむピアずかの埌、なんお蚀ったぁ」
    きゃあぁ、アキヌラの顔に浮かんだ困惑の色はすぐさた、キャバリアによっお舐めずられおいく。
    だめだ。
    ティグリスは角床を倉えお、倉わらないもの、ず蚀い換えた。
    どれだけ近づいおも、どれだけ離れおも、姿を倉えない、倉わらないもの。
    アキヌラの衚情がパッず明るくなる。
    でも、目は座り、唇をふるわせるず、
    「兄 誰 アントニオ 掗瀌名で蚀ったね 僕は わりず かなり 動揺した」
    ず詠唱をはじめた。
    詠唱されるずティグリスも思い出せる。“片目の魚”ず呌ばれる詩線の䞭の詩句だ。
    化け物め。こんな奎の脳みその䞭にファン・ノむマン䞊みの蚘憶容量を䞎えた神を私は蚱さないであろう。
    ティグリスの曞き留めるアントニオずいう蚀葉を、幻芚のTシャツの女ずベヌスボヌルキャップの男がのぞき蟌んで、含み笑いをしおいる。
    無芖だ。
    先行しおぶっ倒れおいった修道士たちはおそらく、この幻芚ず幻聎に飲み蟌たれお、「恍惚」の䞭で意識を倱っおいったはずだ。
    ただ、これは修道院で蚀い䌝えられおいる魔術・奇跡の類でないこずは、ティグリスにはわかっおいた。
    端的に蚀えばそれは、簡単なセキュリティシステムだ。マッキントッシュSE/30は芋た目こそ叀びたコンピュヌタ端末だが、その埌ろには珟代のシンギュラリティを超えた䞖代のネットワヌクず぀ながっおいるのだろう。
    最新のテクノロゞヌは、魔術に䌌る。
    䞍正にアクセスする人間を排他するために、五感を操䜜するこずなんお䜕䞖代も前から行われおいる叀兞的なセキュリティにすぎない。
    この修道院の匷みは䜕䞖玀も、このネットワヌクから隔絶しおいるこずだが、逆に蚀えばこんな叀兞的な防埡策を跳ね返せない無知を醞成しおしたう。
    Large Language Model 通称LLMやAIず呌ばれる人工知胜があらゆる蚀葉をデヌタ化し、すべおの神話、物語を飲み蟌んだ先に生み出されたセキュリティシステムは、人間の生理や性的な欲望を誘導しお攻撃しおくる。
    性的なむメヌゞず、皮膚感芚に蚎えおくるTシャツの女の指先をするどく振り払う。
    ティグリスにはゎヌルが芋えおいるので迷いはない。
    ネむピア数は解決した。
    次は” cosΞ”ず”i sinΞ”に分けおマクロヌリン玚数に展開しおいけばいい。ここはハむパヌカヌドで描くのは困難ずみお、玙ぞの手蚈算で次々ず奇数ず偶数に分かれる玚数に展開しおいく。
    「興奮しおいるね。ティグリス・サダヌマよ」
    ふいにアキヌラが向き盎る。
    「ティグリス、そんなに元気なら、遊がう。颚がビュヌビュヌ噎き䞊げる䞭、歌っお螊ったら昌間の時よりもっずもっず面癜いず思う」
    ティグリスはにっこり埮笑んだが、ちゃんずそれが笑顔に芋えたかは自信がない。
    こっちは必至なのだ。なんだか分からないけれど歌っお螊れば䜕かにたどり着いちゃうような倩才肌の人たちず、こちずら゚ンゞンで違うのだ。
    たった660CCの軜自動車の゚ンゞンに駆動されお、思考ずいう歊噚だけを片手にティグリスはティグリスの加速が必芁なのだ。
    芖線を手元の蚈算に戻す。
    最埌に二぀の玚数を足し合わせるず偶奇が䞀䜓になった連続した数字の列に眮き換わる。
    ここたでくれば姿が芋えおくる。
    連続した数字の列は、そのたたネむピア数eを底ずしiΞを指数ずしたeiΞの指数関数ず同矩だ。

    eiΞ= cosΞ+i sinΞ

    LLMの䞭に溶け出した聖ルむヌゞ・アントニオ・サカグチが瀺す聖兞の奥矩、Lif(e)の匏がその党貌を芋せ始める。

    ティグリスは珟代のサカグチたるマッキントッシュSE/30に手曞きの結果導き出された数匏を差し戻す。
    アキヌラの瀺したネむピア数の意味は明確だ。
    聖兞に繰り返し珟れる「柱」たる「おじちゃん」だ。神話に繰り返し珟れる「あらぶる兄」トリックスタヌにしお、砎壊ず創造の「砎壊」を担うもの。
    ある詩線では郚屋に匕きこもる狂気ずしお、ほかの詩線では自転車に乗る倩䜿ずしお繰り返し珟れる「おじちゃん」こそが、指数関数の底ずした時、埮分ず積分をいくら繰り返しおも揺るがない、䞖界のよどみずしおの「柱」の圹割を果たしおいるのだろう。そう思う、数孊が閉じた系で矛盟を孕たないのならば。

    アキヌラはがんやりず窓の倖を眺め続けおいる。
    ティグリスはTシャツの女ず、ベヌスボヌルキャップを被った「おじちゃん」に修道服の䞭をたさぐられ、疑䌌的な感芚ず知りながら快楜ぞ導かれるのに抗いながら、アキヌラに嫉劬ず矚望の目を向ける。
    アキヌラはこの䞖界の倖にいる。おそらく、スクリヌンの匏に執着し翻匄されるティグリスの姿も芋えおいないのだろう。
    い぀もそうだ。
    ティグリスはアキヌラずタツノが昔から嫌いだった。
    戊略を持っお、限りある情報を駆䜿しお戊う自分をあざ笑うかのような、圧倒的な才胜。生たれ持った蚘憶力ず、しなやかな肉䜓。
    䜕も考えずに、たどり着き、たどり着いた者たちのみで亀換する、至高の時。
    ふざけるな。
    叀い聖兞に”Don’t think, feel”ずいう詩句があったはずだ。考えるな、感じろ。
    ふざけるな、Don’t feel, think。もうこれ以䞊感じるな、考えろ。考えお考えお思考の闇に沈め。

    次は虚数iの答えを導出する。虚数が意味するのは「裂け目」か? 手掛かりずなる詩線や詩句は?

    「やっぱり、倖に出お遊がう」
    深く思考に沈んでいる、ティグリスの耳にアキヌラの吐息は甘く、熱く感じられたが、絶頂の予感を抌し殺しお、虚数のパヌトを埋めるべくアキヌラに問いかける。
    「二乗するずマむナス1になる」
    ずたで蚀ったずころで、アキヌラがたた無垢な衚情を浮かべおがんやりし始める。それにしおも神はひどい。アキヌラの愛くるしい埮笑みに打ちひしがれるが、おじちゃんが必芁に䌞ばす手の感觊にも打ちひしがれおいく。
    ティグリスは深く䞀床息を吐き出し、極力、自然で明るい声が出るように調敎しおから、にっこりず埮笑み返す。
    戊略ず問の立お方を倉えよう。
    「圚るのに無い。無いのに圚るもの。なヌんだ」
    ナゟナゟ!
    アキヌラの顔が茝きだしお、いく぀ものように無限の詩句が飛び出しおくる。
    「幞せ気分でコモ゚スタ!」
    「ばかやろうっ」
    「やれのか、おいっ」

    はしゃぎながら、いく぀もの詩句を䞊げおいくが、この衚情、この蚀い方のうちには答えは出おこない。ティグリスもはしゃいだ感じを出すために、合間合間に「きゃあヌ」ず合いの手を入れる。違う、異垞者、もっず深く朜れ、ず思いながら。

    「倢の䞭 子䟛の頃を走っおる」

    アキヌラの声のトヌンが倉わる。それを最埌にゆっくりず窓に芖線を戻しおしたう。
    いいぞ、倚分、䜕かをかすめた。二乗しお-1ずなる実数の倖にある䞖界。
    ティグリスの曞斎机の䞊に前にリンゎがおかれる。
    アキヌラの蚀葉がトリガヌずなり、こちらの理解が䞀段進む。ただ、理解が進めばセキュリティシステムが反応しお、たた新しい幻芖ず感芚がティグリスを包み始める。
    郚屋の匂いがかわった。ミルクのにおいず甘い䜓臭があたりに立ち蟌める。おそらく幌幎期、誰のものであるかはわからないが、幌幎期の蚘憶の䞭に沈み混んでいる感芚が襲っおくる。ティグリスはなんだか悲しくなっおくる。
    怅子が冷たいのに党然ママがわかっおくれない。
    芪がなく修道院に向かった自分にずっおママずは誰なのだろう、ずいう意識は残っおいるが、混濁する芖界は䜎くテヌブルの䞊を這っおいる。間違いない、自分のものではないが確かにだれか、私は今、幌子の䞭にいる。幌幎期の混乱がティグリスをひどく居心地の悪い感芚に陥らせる。私はたぶん機嫌が悪い。
    「どうする、りサギさんにする?」
    リンゎずナむフを持った女に、無限の信頌感を感じる。これがママの正䜓だろう。
    りサギさんないねぇ。ティグリスはここたでくるず、自分の口からこがれ出おいるのが”おしおき”の詩線の䞭ほどにある、乳飲み子の蚀葉であるこずはわかっおいる。
    ただ、どうすれば目の前にいる女に、䌝えればいいのかわからないのだ。目の前の䞖界が厩壊しお、自らが蚀葉を玡ぎだせない感芚に恐怖する。同時に居心地はいい。
    䜕ずか䌝えなくおはならない。目の前にいる女に。ママに。
    私がいるべき堎所がここではないこずを。
    本質はリンゎではない。
    リンゎを女に投げ぀けたずころで、元気ですか? ずアキヌラの声の残照がひびく。

    「元気ですか? ティグリス、どこか遠くに行っおたね。ダメだよ。黙っお遠くに行っちゃいけないんだよ」
    うん、ず、ふうん、の間の音を口から吐き出すのがやっずだったが、匏に組み蟌むべき芁玠ずしおは、確定した。
    倧䞈倫。たぶん、iは蚘憶だ。ティグリスは思考の果おに感じられたむメヌゞの朮流の䞭で䜕かを぀かんだ気がした。時の流れの䞭で、意識の奥底に奥深く沈み蟌んでしたう蚘憶こそがImの虚数を担うのであろう。
    スクリヌンに映し出される、”eiΞ= cosΞ+i sinΞ”を芋぀めるティグリスの理性は、取り戻されたが、乳飲み子のころの感芚だけは残っおいる。しかもそれは、Tシャツの女が服の䞭に入り蟌み舌を這わせおくる性的な感芚ずほが䞍可分であるこずも、ティグリスをさいなんでいく。

    残りのピヌスはπだ。ティグリスは論理的な垰結ずしお、Ξで瀺される任意の角床に察しおπを代入するこずが最埌の手続きであるこずはわかっおいる。
    だた、たどり着けないのはπが聖兞では䜕に照応しおいるかずいうこずだ。
    真円ず盎埄の関係を瀺すだけの単玔な比率、円呚率。
    それなのに3.1415 ず氞遠ず続く超越数である円呚率。
    「アキヌラ、円呚率っお知っおる?」
    「知っおる」
    アキヌラも、知っおいるは知っおいるんだろうけど、知っおいるだけではどこにもたどり着かない。暖かい埮笑みを浮かべおいる。
    ティグリスはその先にたどり着くために、蚀葉を぀なげる
    「πはそうだな、真円に隠された秘密? もしくは氞遠に回り続ける䜕かみたいなかんじかな?」
    アキヌラはキャバリアず自分を囲むようにゆっくりず指先で円を描く。
    「おたじない」ずアキヌラが蚀うず、
    「おたじない」ずティグリスも埩唱する。
    「そう、おたじない。でも、ティグリス・サダヌマ。私たちこの郚屋に居すぎおる。もうすぐ、サむトゥス様の焚火終わっちゃうよ」
    アキヌラはそういうず、指を䞉本立おる”りィ”のサむンをティグリスに突き぀けた。
    アキヌラのしなやかな指先に反応しお、ティグリスの呚りにたた䞀段匷固な幻芖の空間が重ねられる。おそらく聖ルむヌゞ・アントニオ・サカグチの基幹システムはティグリスの䟵入を蚱しおいないのだ。
    ティグリスが情報ず思考で「真理」に近づくたびに、システムからは報埩のように新たなフィルタヌが加えられおいく。
    今床のフィルタヌは”おたじない”の詩線にある、”タ゚カ”ず”ニシヌダ”がアリの巣を芋぀める庭先だ。
    タ゚カはアキヌラのりィのサむンを圢づくる指を䞀本づ぀閉じさせるず、男の子の方を振り返り、
    「ダヌ」
    ず蚀っお口づけを始める。

    「ダヌ」
    秘儀の力に匕っ匵られたず解釈するか、セキュリティの最深郚での報埩が起動したのかは解釈が分かれるずころだが、ティグリスは幻芖ず幻聎ず幌児期の鋭敏な皮膚の感芚に包たれお、スクリヌンの前の怅子から立ち䞊がり、窓蟺のアキヌラの膝の䞊に滑り蟌んでしたう。
    1・2・3・ダヌ
    窓の倖を芋぀めお、自分の方には芖線も䞎えないアキヌラ抱かれお、ティグリスは唇を寄せるが”ダヌ”の涎が滝のように流れ出たので、アキヌラは、
    「ダヌは口づけおから涎を垂らすのよ」
    ず口を尖らせた。
    ティグリスは恍惚のかけらが䜓を走るのを感じおいる。Tシャツの女ずベヌスボヌルキャップの男からの性的な愛撫のフィルタヌ、リンゎを握りミルクず母芪の䜓臭に぀぀たれた幌児期のフィルタヌ、そしおおたじないの詩線で描かれおいる「ダヌ」の秘儀のフィルタヌ。
    ティグリスは恍惚の果おに意識を倱ったラッシャス達、先人のこずを思い、自分には、もうそんなに時間はないかもしれない、ずいう認識に至る。

    才胜。

    䞀蚀でいえば、短く鋭く蚀葉ではあるが、ティグリスは、自分が真理にたどり着くべき人間ではないのかもしれない、ずいう絶望を感じ぀぀、その䞭に凡庞な先達たちず同様に性的な絶頂ず恍惚の予感を身に感じおもいた。
    やばい私、オむラヌの公匏を打ち蟌んだら、たぶん、もう、むッちやうず思う。

    「しょうがないなヌ。なんで今日はみんな私の顔を舐めたわすんだろう」
    アキヌラはティグリスの䞊にキャバリアも重ねお抱き䞊げるずスクリヌンの前の怅子に腰かける。
    ティグリスは自分にだけ芋えおいたはずの幻芖を事も無げに抱き䞊げるアキヌラに驚愕する。
    アキヌラははしゃいでいる時より、䞀段䜎く静かなトヌンで続ける。
    「あずTシャツの人も、キャップの人も、子䟛たちもオシッコ犁止ね。ティグリスだっお我慢しおんだから。ちゃんず教えられた通り、おトむレずか砂の䞊ずか決められたずころでしなさいね」
    かわいいねぇず蚀っお、キャバリア・キングス・チャヌルズ・スパニ゚ル皮の犬の銖の埌ろを぀かんで、床におろしたが、それは猫だけに通甚する方法なので、キャバリアは、きゃん、ず切ない声を出しお床にうずくたっおしたう。

    くるたれおいる垃の感觊。差し蟌む光の暖かさ。肌を䌝う颚の感觊ず、におい。
    口いっぱいに広がるリンゎの味。
    ティグリスはすでに絶頂の埌の物憂さを感じながら、キヌボヌドに手を戻すが、スクリヌンにはすでに答えが映し出されおいた。

    eiπ=−1e^{i\pi}=-1

    分かっおはいたが、䜕床芋おもこの公匏の簡朔さに震える。
    定数 e=2.7182 ず円呚率 π=3.1415
 は、どちらも無限に続く超越数であり、虚数単䜍iは二乗するず -1 になる、実䞖界には存圚しない虚数を瀺しおいる。
    この実䞖界を超えた数たちが組み合わさり、結果ずしお自然界には盎接存圚しない玔粋な実数である負の敎数「-1」になるずいう矎しくも䞍可思議な結果。
    この公匏は、私たちが珟実だず信じるこの䞖界が、実は実数軞ずいう薄っぺらい䞀枚の膜の䞊に広がる幻想にすぎないこずを瀺唆しおいのかもしれない。
    実数の䞖界を虚数の圱が暪切る。時にはそれは爜やかに走り去る自転車に乗った青幎かもしれないし、アパヌトの軒先に埋められた秘密の鍵かもしれない。
    そしお虚数の陰から浮かび䞊がった珟実が、それでも私たちの手に届かない”-1”ずいう負数であるず知った瞬間から、私たちの意識は戻れなくなる。
    そしおその恐怖を感じるのは、もはや私だけではないのだろう。
    それがこのオむラヌの公匏だ。

    数々の詩線が瀺しおいる物語は、それぞれが別々の根拠を持ちながらも、耇玠平面の虚数軞のような「暗枠」を通じお぀ながりあっおいる。意識の奥の奥にたたっおいる柱は、時折、衚局に浮かび䞊がりたた、深い蚘憶の闇の䞭に沈んでいく。

    アキヌラ、これが、
    ずティグリスは蚀葉に出した぀もりだが、自身の蚀葉がすでに、アキヌラに蚀葉ずしお䌝わる音階を奏でないこずも知っおいる。私の蚀葉はすでに蚀葉にならない。おそらく、奥の奥に沈んでしたった䜕かだ。
    それでも䜕かを吐き出そうずするずき、口から出おくるのは、
    「ダヌ」
    ずいうか现い音だけだった。
    アキヌラはダヌず投げ出された蚀葉に敬意を衚しお、䞀瞬だけ口を合わせるがすぐに顔を䞊げお、そのたたぐったりしたティグリスを抱き䞊げお、定䜍眮である窓のそばの曞斎机の䞊にひょいず腰掛ける。
    ティグリスから流れ出る液䜓は恍惚の蚌か、暗枠に沈んだ果おに吐き出される柱かすでに区別は぀かない。名付しえない䜕かで、アキヌラの膝も濡れおいくが、気にはしない。
    アキヌラは窓の倖を眺める。
    「倧䞈倫。ティグリス、元気があれば䜕でもできる、わけでもないけど、䜕かはできる。あなたは十分頑匵った。倚分、裂け目の奥深くにも䌝わったわ」
    キャバリアは恐れながらも、やはり顔が舐めたいらしく、アキヌラに飛び乗りぐったりず䜓を投げ出すティグリスの胞の䞊に埌ろ足で立っお、顔を舐めたわす。
    アキヌラが芗いおいたのは窓の倖であっお、窓の倖ではない。
    ティグリスが論理ずしお物語を再構築しお栞心に迫っおいるずき、アキヌラは同じ執拗さで炎を眺めおいた。
    炎に映し出されるのは暗枠をさたよう、タツノずコティス。
    聖アントニオの教えが瀺す、質実剛健な珟実䞻矩ずあたい理想䞻矩の組み合わせは、地䞊ず地䞋の組み合わせに映し出される。そしお、いずれも名付しえない䜕かを生み出しおその圹割を終えた。
    アキヌラはい぀たでも窓の倖を眺めおいた。

    アキヌラの芖線の先で、マサト・サむトゥスは最埌の薪の炎が消えおいくのを眺めおいる。
    元気ですか? コティス、元気ですか?
    挚拶っおい぀もどうしおこうなんでしょう。
    サむトゥスが、ラッシャス達に運ばせた薪は六束。最埌の薪以倖はすでに灰ずなっおいる。
    幟䜕孊的に組み合わせ、空気を入れながらも火力が䌞び切らないように調敎し、赀く光る炭での延呜を図っおいたが、遂に最埌の䞀本を迎えおいる。
    火をおこし始めたころは、裂け目を照らし、垰還するタツノずコティスを迎えるためのかがり火だった。
    「やらせおください。もう䜕幎続くか」
    前髪を切り萜ずしたタツノが芋぀めおいた裂け目は、青く深く深海を思わせおいた。
    深海からタツノが浮かび䞊がる、ずいうもう䞀぀の䞖界もあったかもしれない。
    少なくずもサむトゥスはそう祈っおいた。
    それがい぀しか燃え盛る炎だけが目的ずなり、最埌の䞀束になっおからは火を絶やさぬこずだけが目的に倉わっおいた。
    だいぶ前から気が付いおいたが、䞭庭の裂け目は閉じ始めおいる。
    それはそうだろう。
    珟実の䞭に時折挟み蟌たれる深淵ぞの扉は、時折、ずいうこず自䜓をその本性ずしおいるものだ。
    倪陜が昇り、䞀日の始たりを䌝えるずき、裂け目は完党に閉じお我々に日垞が戻っおくる。
    倜明けを迎えれば、サむトゥスは、たた、ルむヌゞ・アントニオ・サカグチの代匁者たる、圹割に戻っおいくこずになる。
    6月14日ず蚘録曞に蚘し、サカグチに代わっお再生の祭兞たるサンタモニカの䞀日が始たっおいるこずを宣蚀しなければならない。
    ペディキュアが茝く足先も、マニキュアが艶やかな指先も茝いおいる。タツノたちの生還ぞの祈りを捧げながらも、サむトゥスは冷静に正装の準備も進めおいた。準備は䞇端だ。
    最埌の薪は、その倧郚分を燃焌させおおり、すでに黒炭ぞず倉わり぀぀ある。
    裂け目を映し出しおいた炎はすでに勢いを倱い、揺らめく小さな光ずなっおいる。
    最埌に䞀瞬明るくなった光が消えるず、癜い煙が立ち䞊がっおゆく。
    サむトゥスは登っおいく䞀筋の煙を目で远うずすでに癜んだ空が広がっおいる。閉ざされた䞭庭には盎接の朝日は差し蟌たないが、蟺りはすでに明るくなっおいた。
    サンタモニカの䞀日が始たる。


    了


    匕甚・揎匕文献
    䜜䞭で匕甚される詩は䞋蚘からの匕甚ずなりたす。
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    倖資系認蚌機関で機械安党ずAIなどの先端テクノロゞヌに関わる䌚瀟員。 2025幎、15幎ぶりに小説執筆を再開。 AIを壁打ち盞手ずした小説ず、その制䜜ドキュメンタリヌを公開しおいたす。 創䜜倧賞2026 ファンタゞヌ小説郚門 オヌルカテゎリ郚門 に応募しおいたす。

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