
誰も死体を見なかった島③
二日目:死体
朝食の時間になっても、氏家だけが姿を現さなかった。
食堂に集まった七人は、テーブルに並んだ簡素なパンとコーヒーを前に、なんとなく互いの顔を見合わせた。
「まだ寝てるんじゃない? 昨日、はしゃいでたし」
須賀さんが紅茶を啜りながら言った。誰も気にしていない。むしろ、あの騒がしい男がいない食卓は、驚くほど穏やかですらあった。会話は途切れがちだったが、それすら心地よい静けさの一部だった。
しかし昼になっても、午後の陽射しが強くなっても、夕方になって空が茜色に染まっても、氏家は姿を見せなかった。僕たちは各々の時間を過ごしていたが、さすがに全員の胸に、小さな引っかかりが生まれ始めていた。
篠崎さんが重い腰を上げて様子を見に行くと言い出したのは、夕食の一時間前だった。彼はエプロンで手を拭きながら、心底面倒くさそうにため息をついた。
「一応、ガイドの責任ですからね」
その声には、できればこのまま見つからなければいいのに、という本音が透けていた。なぜか門脇が無言で同行を申し出た。なぜか僕も「作家の取材だから」と自分に言い訳をして付き合わされ、気がつけば八重樫も、冷たい目つきのまま後ろからついてきていた。
「鍵、開いてますね」
篠崎さんがコテージのドアを押し開けた瞬間、むわりと鉄の匂いがした。
蝿が一匹、ぶん、と耳元をかすめる。
部屋の中央に、氏家が倒れていた。
うつ伏せで、頭のあたりに黒っぽい染みが広がっている。その横には、薪割り用の手斧が無造作に転がり、刃には乾きかけた血がこびりついていた。床には何かを探したような痕跡があり、開かれたバッグからは着替えや本が乱暴に散乱している。
誰がどう見ても、死んでいた。
そして、誰かに殺されたのだとわかった。
普通なら悲鳴を上げるところだ。
本当に死んでいるか脈を取って確認し、慌てて警察に通報しようとするところだ。
しかし。
「はあ……」
篠崎さんの口から漏れたのは、重く長いため息だった。
「面倒なことになったな」
門脇が低い声で言い、腕を組んだ。まるで交通違反の報告を受けたかのような、事務的なトーンだった。
「ええ、本当に」
八重樫が眉をひそめる。その声には、迷惑この上ないという響きがある。
三人はそこで何か通じ合ったように目を合わせ、まるで示し合わせたように同時に振り返って、僕を見た。
「作家先生は、どう思いますか?」
篠崎さんが、まるで夕食の献立でも相談するような気軽さで尋ねた。
僕は、倒れている氏家を見下ろした。つい昨日まで生きていた男。うるさくて、図々しくて、誰もが内心辟易していた男。彼は今、血の海の中で、驚くほど静かになっていた。
死んでいる。
誰かに殺された。
犯人は、この島の誰かだ。
警察を呼べば、この島は封鎖される。事情聴取、現場検証、マスコミの取材、過去の経歴を掘り返され、ネットに好き放題書き込まれ、何より〆切がさらに遠のく。
それは困る。
ものすごく、困る。
だから僕は、この場でもっともまともな人間性を持つ人間として、実に人間らしい提案をした。腹の底では「これで小説のネタになる」と邪な考えが鎌首をもたげているのを自覚しながら。
「とりあえず飯でも食べながら、『これ』をどうするか考えませんか?」