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「やりたいこと」の中に「できないこと」が多すぎる私が、生き残る方法

    「やりたいこと」の中に、「できないこと」が多すぎる。

    「こんな家をつくりたい」という妄想は、無限にできる。お客さんのイメージを汲み取り、物件の個性を読み取って、こうしましょう! と斬新で魅力的なリノベのデザインを提案する。

    これはとても楽しいし、きっと向いている。「やりたい」し、「できる」こと。

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    自分で設計・デザインした、自邸のリビング
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    低い梁の制約を下がり天井と照明で解決した、キッチンダイニング
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    どうしてもつくりたかった、ガラス扉で仕切るワークスペース

    だけど、それを実際に形にするための図面づくりや、設備の検討、現場からの質問への対応、事務処理やスケジュール管理……。苦手で手間のかかる具体化作業の多さに、いつも圧倒される。

    これらは全て、やりたいことの実現のためには絶対に必要なこと。だけど、私にとっては簡単には「できないこと」。

    これまでの人生は、そんな自分の苦手分野も、「ピンチの時に出せる土壇場のエネルギー」でなんとかカバーし、身を削ってごまかしながら乗り切ってきた。

    だけど、未経験で飛び込んだ住宅リノベーション設計という、これまでとまったく勝手の違う未知の仕事に移ってから、そのやり方はだんだん通用しなくなり、ついに完全な破綻が訪れた。

    フルリノベ5軒、引越し2回、法的トラブル対応……。走り続けた1年半

    今から約1年半前、私は9年働いたIT業界から、住宅リノベーションのデザイナーに異業種転職した。

    この仕事を始めるまで、私は建築やインテリアの学校も出ていない、実務経験もない、ただ自宅を1回リノベしてもらっただけの、IT企業に務めるインテリアオタクだった。

    それがどういうわけか、インテリアの本を出して、縁あってリノベ設計士をやることになった。

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    自著を出版するきっかけになった、1軒目のリノベした自宅

    経験はない。知識も勉強中。だけど「こういう家をつくりたい」という妄想イメージは無限にある。それだけを頼りに、右も左もわからない設計の仕事に体当たりしていった。

    入社からここまでに、フルリノベの設計を5軒担当。
    うち1軒は、自邸の住み替えリノベ。

    その間、初めての仕事をしながら仮住まいも含めた引越しを2回こなし、子供の保育園転園手続きや発達関連のフォロー、さらには住み替え先でのマンション管理組合との法的トラブル対応(現在は解決済み)まで、すべて自分で抱えて並行してきた。取材やイベントも精力的にこなし、noteも毎月なんとか書き続けた。

    幸いにも発信を見て声をかけてくれるお客様にも恵まれ、ここ最近まで、「我ながら未経験にしてはよくやっているのでは?」 なんて思っていたところも正直あった。わかりやすく調子に乗っている。

    ピンチの時に1番輝く、過集中という特性

    これまでの私の人生は、「ピンチの時に莫大なエネルギーが出せる」という特性に頼ってきた。

    注意力散漫かつ過集中で、アウトプットにムラはある。だけど、一度ハマると一気に高いレベルのものを生み出すことができる(こともある)。

    「爆売れして大成功です!」とは言えないまでも、ささやかに自分に誇ってきたこれまでの一定の成功や達成は、少なからずこの特性のおかげだとも思っていた。

    だからこそ、安定的な稼働を続けるための地道な努力や工夫は、どこかで「私には無理」と切り捨てていた。食事は思いつきで好きなものを食べ、夜の方が捗るからと睡眠は乱れ、健康のための運動もぜんぜん続かない。

    地味で正しい暮らしをすることは、むしろ「できる時は、すごくできる」という自分の野生的な良さを狭めることになるとすら思っていた気がする。

    けれど、新居の整理がやっと落ち着いた4月ごろ、ついに本格的な不調がやってきた。 身体が、はっきりと「もう限界だ」と叫び始めたのだ。

    TOTOショックとポンコツになる自分、2ヶ月後に回ってきた「大きなツケ」

    きっかけは、2026年4月中旬に起きた、中東情勢の影響によるTOTOユニットバス受注停止のニュースだったと思う。

    ちょうど着工間近の物件の発注対応をしていて、私は完全に渦中のど真ん中にいた。

    変更対応や調整に追われ、極度の緊張感が続く日々。

    そんな中、情報収集のために毎日ニュースを見ていたら、どんどん戦争や政治のネガティブな情報が入ってきて脳が乗っ取られ、完全に夜眠れなくなり一気に闇落ちした。

    そして、その時の睡眠不足とストレスでポンコツになっていた自分の仕事が、2ヶ月経った今、大きなツケとして一気に降りかかってきている。

    ここ数週間で、当時の設計上の判断ミスがいくつも発覚したのだ。さらにそこに、追い討ちをかけるように今までに感じたことのないレベルの体調不良が重なった。

    おそらく、ここまでは新しい仕事や住み替えのドタバタに必死で、アドレナリンが出てなんとかやっていたが、生活の方が落ち着いたこのタイミングで燃え尽き症候群のようになっていたのだと思う。

    とはいえミスは100%自分の責任だ。現場にもお客さんにも申し訳ない。できる限り自分で挽回したい。そう思うのに、身体が鉛のように重たくなって、ぜんぜん頭も身体もついてこなかった。

    自分でやりたい。ちゃんとした仕事をしたい。迷惑をかけたくない。

    でも、現場から「ここどうする?」と聞かれても、何を手がかりに考えたらいいかがわからない。わからないことが何なのかすらわからなくて、ただただフリーズしていた。

    やばい。このままだと仕事にならないし、最悪本格的にメンタルがやられそう。

    その危機感から……とりあえず、仕事を休んで数日間、寝た。
    寝続けた。1日15時間くらい寝られて驚いた。最低限の生活すらも放棄して寝ていたら、何日かしてやっと少しまともに物が考えられるようになった。(こういう時に休ませてもらえる環境には心から感謝している。)


    そして、気づいた。

    私は、はちゃめちゃに疲れていた!!!!

    手元の慣れない仕事の負荷はもちろんだが、それ以上に、私は「人に聞く、人に頼る」ということにも、知らないうちにものすごいエネルギーを消耗していたのだった。

    「面倒くさい」に支配されている

    私は全方面の完璧主義者ではない。
    むしろ、大部分のことでは怠け者であるとすら思う。

    プライベートでは、家事や育児を夫にぶん投げたり、実家に頼ったり、友達にべったり甘えたりしている。

    インテリアを売りにしているのが嘘みたいに家はいつも散らかっているし、掃除も料理も洗濯も、お風呂ですらもいい加減でまあまあサボっている。(さすがに社会的にまずくない程度には入っているよ、念のため。)
    そんな感じで日常生活においては、だいたいのことを「まあいっか」で済ませる不真面目さである。

    なのに、なぜか「仕事」になった瞬間、「自分でやる」モードに入って全てを抱え込んでしまう。

    わからないことはすぐに人に聞き、できる人に頼る方が効率も結果もいいと知っているし、そうしたいとも思っている。

    でも、なぜかできない。
    なんでだろう??

    ここにはなんらかのメンタルブロックがあるはずだ。

    数日寝込んだあと考えていて、わかった。 ひどい言い草だけど、人に頼れず自分でやろうとしてしまう原因はこれ。

    「面倒だから」だ。


    いや、どういうこと?? と思われるかもしれない。

    冷静に考えると、「面倒」であるという理由で人に頼れない、というのは、おかしい。

    まったくわからないことに自力で立ち向かい、手がかりを探して解決するのは、本来なら膨大な時間とエネルギーがかかる「一番面倒な作業」のはずだ。詳しい人に聞いて、頼って、コスパよく完成度を上げるほうがよっぽど楽なはずなのに、それができない。

    何がそんなに面倒なのか。

    それは、

    「人に話しかけること」そのものだった。

    さすがに社会人としてどうなんだという言い分だ。でも本当に、人と話すことの面倒くささが、その後に想像できるあらゆるコストを上回ってしまうことがあるのだ。

    なお、この「人」の中に、家族や友人などの身近な存在は含まれない。というと人間扱いしていないみたいだけどそうではなくて、要は「心の距離がかなり近い」と思っている人に対しては、「話すのが面倒くさい」は発動しないらしい。
    逆にいうと、その範囲外の関係はいったん必ず「面倒くさい」の壁を乗り越えなければならない。本当に面倒くさい人間である。

    「やりたい」で仕事を選んだら、ADHDが暴れ出した

    一見ただの「怠け」や「わがまま」にも思えるが、この強烈な感覚は、それはもうものすごく強い力で長年私の行動を支配してきた、悩みの種でもあった。

    これは、私のADHD特性によるものだろう。 寝込み期間後の回復期に読んだ、『ADHD2.0 特性をパワーに変える科学的な方法』という本の中には、こんな特徴が挙げられていた。

    ・強い意志をもち、頑固で、助けを拒否する。
    驚くほど馬鹿げた話に聞こえるかもしれないが、ADHDをもつ人の中には「助けられて成功するくらいなら、自分のやり方で失敗する」と言い放つ人が多い。

    『ADHD2.0 特性をパワーに変える科学的な方法』

    さすがにそこまで尖った言い切りはしないけど、まあ、わかるよ。

    人と関わって、自分のやり方を変えるという行動自体が、とにかくものすごくハードルが高い。たとえその抵抗感がその後の破綻をまねくと知っていても、抗えないことが多々ある。


    正直なところ、自分の特性にはうすうす気付いてはいたが、そこまで問題だと思ったことはなかった。診断を受けたのも今年4月と、ごくごく最近だ。

    むしろ、ここまで書いてきたように、ADHD由来の「過集中という良い面」だけで打率を上げてこられた部分が大きい。それができていたのは、「やりたい」ことよりも「できる」ことを優先して、ある程度自分の手元だけで完結できる仕事をずっと選んできたからだった。


    しかし、住宅リノベーションという、関わる人も、作業量も、責任の重さも桁違いに「規模の大きな仕事」に移ったら、今まで小手先で完結していたやり方は完全に通用しなくなって、破綻が訪れた。

    ずっとやりたかった仕事。自分の才能もセンスも活かせる楽しい仕事。
    だけど、その仕事の一部には「壊滅的にできないこと」が含まれていた。しかもかなりの分量で。

    でも、インテリアオタク歴10年をかけてやっと掴んだこのチャンスを、絶対に手放したくなかった。やりたいことをこの先もやるには、ここを乗り切るしかない。できるようになるまで、だましだましやろう。きっと時間が解決するはず。

    そう思っていたが、もうそんなこと言っていられなくなった。完全に、破綻が明らかになってしまったから。今、問題を解決しないといけない。

    15年間治らなかった特性は、きっと一生治らない

    じゃあ、ここからどうすればいいのか。

    普通なら、「心を入れ替えて、できないことは面倒くさがらずに人に相談しよう」と、自分の性質を矯正する努力を始めるところだろう。

    というか、ずっとそれをしなければ、と思い続けてやってきた。

    ずっと、というのはそれこそ、働き始めた頃から今日まで約15年間ずっと、である。
    思えば、これまでにも何度も「面倒くさい」が原因の小さな(時には大きな)破綻は経験してきたのだ。

    そのたびに、自分を矯正しようと試みた。
    でも、無理だった。

    どんなに痛い目をみても、それは治らなかった。
    15年治らない特性は、きっともう一生治らない。

    私には「人に頼るために、人と関わる」ためのエネルギーがぜんぜんない。今の状況を説明し、何を手伝ってほしいか、何がわからないかを整理する、その「準備」自体が圧倒的に面倒。面倒すぎる。

    もう、いますぐ完璧な仕事ができる自分になるか、全部辞めるしか選択肢がないのではないか? いやいや、さすがにそれは極端すぎる!

    でも、じゃあいったいどうしたら??

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    ひたすら寝込んで考えていた、新居のベッドスペース


    できないままで、人に任せていい

    もう自分一人では、ほんとうにどうしようもなかった。

    観念して、おそるおそる、会社の社長に現状を相談してみた。
    正確な図面を描くのがものすごく大変、ミスへの恐怖や不安、わからないことが多すぎてフリーズしてしまうこと、うまく人に聞くことができないこと。自分の苦手とキャパの限界を、情けないと思いながらも正直に話した。

    「実施図面を手伝ってくれる人と、一緒にやる方法にしていこうか」

    社長は、「この仕事のあれもこれも、自分にはできない」という私の弱音を、なんでもないこと、よくあること、という雰囲気でいい意味で深刻さなく受け止めてから、そう言った。

    ……そうなの?

    全部自分でやらなくていいんだ。
    初めから誰かと一緒に、分担してやっていいんだ……?


    現場に迷惑をかけない完璧な図面を仕上げられないことが、改善すべきいちばんの問題だと思っていた。早く全部を理解して、できるようになりたい。現場からの質問にもしっかり答えられるようになりたい。

    いまはそれができないから、人に頼らなければいけないけど、その状況を自力でさっさと脱したい。

    ひとつの苦手(人と話して、頼る)から逃げるために、別の苦手(正確な図面作業)に向き合って、結局身動きが取れなくなっていたのである。

    だけど、その過程を最初から丸ごと、既にそれができている「誰か」に任せるという選択肢があるらしい。

    そういうやり方があること自体は知っていたつもりだったけど、今の私にその手段が提示されると思っていなかった。人にタスクをお願いできるのは、「自分でできるようになった後」のことだと思っていたからだ。


    そこでようやくわかった。諦めるべきは、デザイナーの仕事でも、私の人生でもない。

    「15年間、何度痛い目をみても治らなかった自分の苦手分野を、今度こそ気合いで克服して、完璧な人間になろうとする努力」

    諦めるべきは、そっちだったのだ。

    「できない」ことを、はじめから任せる「誰か」を探す


    この一連の破綻を経て、私は、私が苦手なことを、やらなくていい体制を本気でつくっていこうと思った。それも「全部できるようになった後のいつか」やるのではなく、「ぜんぜんできていない今から」始めようと決めた。

    私には、やりたいことがあるからだ。

    「こういう家をつくりたい」「こういう世界を届けたい」というイメージはまだまだ、たくさんある。でも、そのやりたいことのためにやるべきことの中には、私にはできないことが多すぎた。

    それは会社の仕事だけでなく、個人的な野望もそうなのだ。

    挑戦してみたいこと、発信したいこと、新しく仕掛けたいこと。たくさんあるもっとやりたいことの中には、苦手で面倒な作業(事務や連絡、スケジュールの管理、お金まわり……ああもう考えるだけでめんどくさい)が溢れている。

    それをどうするべきかをひとりで考えて、私はずっと、何ヶ月も、何年も、足踏みをしている状態だった。

    もう、全部自力ではできない。 私の人生を前に進めるためには、助けてくれる「誰か」が必要だ。

    私は、これまで自分の特性に乗っかってある程度の成果を出してきた。
    でも、その一方で、この特性を押さえて飼い慣らすための方法を模索して挫折し続けてもいた。

    その矛盾が、私を押さえ込んできたいちばん「面倒な」ものの正体だったかもしれない。

    だけどもう、私は私を解放したい。

    変えられない自分を変えるための努力には、疲れ切ってしまった!!!

    もう、できないことはやらない。 そのための「誰か」を見つけることが、ここから先の私がやるべき仕事だ。




    参考文献

    最後に、この結論に至るまでに、参考にした書籍を紹介します。ちなみにこれらは、Geminiにこの状況をひたすら相談し、これを解決するためのマインドチェンジに役立つ本ない? と聞いたら出てきたものでした。

    このへんの自分の性質を理解してうまく仕事を回していくためのマインドセットに役立つ具体的なノウハウや体験談、特に信頼できる書籍などのコンテンツはないかなぁ?

    自分が自分で納得してそれだ!ってやり方をイメージできるようなものがほしいです。

    AIに聞いた時のプロンプト。本のタイトルは日本語だと嘘を言ってくるので原題を聞くといい

    『ADHD2.0 特性をパワーに変える科学的な方法』

    本文でも引用したけど、ADHD特性の「矛盾した傾向」を紹介する章では、すべてに自分が当てはまりすぎて、むしろなんで今まで診断されてなかったんだ?? とまで思った。注意力散漫なのに過集中、エネルギッシュかつ無気力、鋭い直感が働くのに明らかなものを見落とす、とかね……。
    ここまで的確に言われると諦めもつくというか、これを前提にやっていこう、と思いました。

    WHO NOT HOW (フーノットハウ) 「どうやるか」ではなく「誰とやるか」

    「どうやって自分のスキルを上げればいい?」「どうやって特性を克服すればいい?」など、これまでの人生でまさしく「HOW」ばかりを考えてきた私に、「そうじゃねえ!!」と特大のツッコミを入れてくれた本。

    これを読んでもまだ「じゃあどうやって人に頼めばいいんだ……」とまたHOWを考えてしまいそうなところを、「頼むことから丸ごと人に任せろ、今すぐ助けてくれるのは誰か? と考えろ。やることは自分がこうしたいというビジョンを示すことだけ!」としっかり釘を刺してくれます。

    この本の言うとおりに、心の距離が近い信頼できる仲間と仕事ができたら楽しいだろうな、と素直に思えた。

    「誰か」を巻き込んででも、私が実現したいビジョンとは何なのか。それを改めて考える時が来ている。

     
     
    海外みたいなインテリアを日本の家で再現する方法を考えるリノベ設計士・インテリアコーディネーター。IT業界勤務10年ののち、リノベ会社に異業種転職。著書『カラフル&モダンポップ 海外みたいにセンスのある部屋のつくり方』全国の書店等で発売中。

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