
【連載小説|ホラー】第五章:桃色鸚哥の羽化とデジタル毒素 第三話/Ma chérie
織姫と彦星が一年に一度出会うという、ロマンチックな夜。
【Ma chérie】の前に停まった車から、着飾った玖留美が降りてくる。何やら二言三言交わしたかと思うと、車は早々にUターンをして走り去っていった。カツカツとヒールを鳴らし、玖留美は藤原へ歩み寄ってきた。
「ようこそ、お越しくださいました」
「店長さんこんばんは!見てください、ウチのピーチちゃんです♪」
挨拶もそこそこに、玖留美は抱えていた小ぶりな鳥かごを藤原の前に掲げる。覗き込むと、中には一羽のモモイロインコが、せわしなく首を動かしていた。藤原に挨拶をするかの如く、『おはよう』と甲高い声を上げる。
「ほう、聡明な鸚哥ですね」
「でしょ?ちゃんとあいさつ出来るんですよ~私の自慢です」
自身のことのように胸を張る玖留美に、藤原は「それは結構なことです」と言いながら彼女を店の裏手に促した。高いヒールのパンプスを履いているためか、少し足元が覚束ない。
「つかぬことを伺いますが、こちらまではどのようにしてお越しに?送迎のお車だったようにお見受けしましたが」
「あー、さっきのは『パパ』なんです。ちょうど予定空いてるって言うから、送ってもらっちゃいました」
「そうでしたか、ではお迎えも?」
「一応そのつもりで言ってあるんですよ。終わったら連絡するって」
「夜遅いのに、お優しい方ですね」
藤原が玖留美を案内したのは、古びた扉の前だった。首つり死体のように項垂れている裸の電球が一つあるだけで、かなり暗いことがわかる。およそVIP待遇とは思えないと玖留美は多少不満げな顔を見せたものの、扉の向こうに広がっていた光景に息を呑んだ。
天井からぶら下がっているのは、小さいながらも煌びやかなシャンデリア。壁には窓から見える星空を描いた、まるで本物の景色のようなフェイクアートが飾られている。可愛らしい円形テーブルにはゴージャスなテーブルクロスが掛けられており、中央には色とりどりのバラが生けられた、これまた鮮やかな花瓶が置かれていた。
「え!?なにここすごすぎない?高級ホテルみたい」
「林様に相応しいでしょう。もちろん、この場所に見合う特別メニューをご提供いたします。どうぞ、おかけください」
玖留美は促されるまま、こちらも豪奢なデザインの椅子に腰掛ける。鳥かごを置く花瓶の横に置き、早速その光景をスマホで撮影した。ピーチは相変わらずカクカクと身体を動かし、『次はなにたべる?』とまた一言発している。
「特別なメニューってどんなですか?メニュー表とかないみたいだけど」
「お客様に合わせたメニューですので、メニュー表は敢えてご用意しておりません。林様専用のメニューを、すぐにお持ちいたしますよ」
そう言って、藤原は厨房に続いているらしきカーテンの奥へと消えた。布一枚で隔てられた向こう側が気になる玖留美だったが、覗くことはできなかった。
理性が働いた、という訳ではない。何故かはわからないが、決して覗いてはいけなという、防衛本能が働いたのである。
初めての感覚をごまかすように、玖留美はスマホを操作する。先ほどの写真は投稿せずに、タイムラインに流れてくる他人の投稿を眺めた。それらの『イイネ!』の数を確認しながら、小さくほくそ笑んだ。
(このメニューをアップしたら、こいつらなんて目じゃないよね。見てなさい、真のインフルエンサーってものを教えてあげる)
優越感に浸りながらスマホを置いたところで、藤原がカーテンをくぐり戻ってきた。手には銀色の盆と、背が高いグラスが載せられている。
「お待たせいたしました。まずはこちら、ウェルカムドリンクになります」
「わ…すごい、めっちゃキレイ!!」
目の前に差し出されたそれに、玖留美は感嘆の悲鳴を上げた。再びスマホを手に取り、様々な角度から撮影をし始めた。
グラスの中は、美しいピンク色の液体で満たされていた。炭酸だろうか、細かな気泡がのぼっては消えていく。その上には斑点模様が浮かんだアイスクリームが綺麗な球体を描いて載せられ、真っ赤なチェリーが添えられている。
「桃色鸚哥ということで、ピーチソーダのフロートをご用意いたしました」
「すご!かわいいしサイコーの映えじゃん!…あれ、このアイスって何か入ってます?チョコチップ…じゃない?」
「ああ、胡桃を砕いたものを練りこんでいます。林様のお名前は玖留美でしょう、ぴったりかと思いまして」
「なるほど!店長さんわかってますね♪早速飲んじゃっていいですか?」
「ええ、どうぞ。次のメニューもございますが、ゆっくり味わってください」
グラスと共に置かれたストローは、ソーダにも負けない濃いピンク色をしている。それを刺してまた撮影し、鳥の羽根を模した華奢なスプーンを手にまた撮影。満足いくまでたっぷりと画像を保存したところで、ようやくストローを口にした。
咥内を満たしたのは、以前もらったキャンディに似た、甘美で幸せな味。パチパチとソーダの気泡が舌で踊り、鼻の奥にまで香りがのぼってくる。ほう、と思わずため息を吐きながら、今度は胡桃が入っているというアイスクリームをスプーンですくった。
甘いバニラの風味を追いかけるようにして、香ばしい胡桃の香りとカリカリとした食感がやってくる。うっとりと目を細めながら、胡桃の破片を噛みしめた。
『全然かわいくねーじゃん』
「……え?」
玖留美は動きをとめた。確かに今、女性の声がはっきりと聞こえた。脳内に響くのではなく、間違いなく声帯から発せられたもので間違いなかった。反射的に藤原を見上げる。
「店長さん、なんか言いました?」
「いいえ、私は何も…次のメニューの用意がありますので、失礼いたします」
藤原は表情を変えないまま、再びカーテンの向こうへと消えていく。
呆気に取られた玖留美だったが、気を取り直してもう一度アイスを口に運ぶ。胡桃の感触を舌で確かめ、咀嚼した。
『なにがかわいいんだよ、虐待じゃねーか』
そしてやはり、女性の乱暴な声が聞こえた。慌てて周囲を見回すものの、スピーカー等の音響システムは置かれていない。
「なに…なんなの…」
はしゃいでいた玖留美は、声のトーンをすっかりと下げ、グラスのフロートを見つめる。バニラアイスが溶け出して、ドロドロとマーブル模様を描き始めていた。しかも汚染するかの如く、紫の不気味な色が染み出し、ネットワークでの拡散のように急速に広がっていく。
『炎上案件』
『調子にのんな』
『通報しろ』
アイスの中の胡桃がソーダに零れるたび、声が響いていく。
玖留美が硬直する様子を、モモイロインコのピーチは首を90度に曲げ、真っ黒の円らな瞳に焼き付けていた。
第四話へ続く