
【連載小説|ホラー】第五章:桃色鸚哥の羽化とデジタル毒素 第一話/Ma chérie
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以下、本編です。お楽しみください。
足音が聞こえてから、どれほど経過しただろうか。
【Ma chérie】のドアのベルは、未だ揺れる気配を見せない。窓際で眠っていたカフェは、身体を起こしてガラス越しに外を眺めている。
その視線の先には、全身をブランド品で固めた若い女性が、はしゃいだ声を上げながらスマホをしきりに気にしていた。
「わ、ウサギがいるじゃん!かわいい~、ピーチも連れてきたらよかったなあ」
黄色い声を響かせ、ウサギがいるであろう方向にスマホをかざしていた。自分もその対象にされるのではと危惧したらしいカフェが、ひらりと降りて藤原の足元まで逃げ込んできた。藤原はアルバムを閉じて、優しくカフェの頭を撫でてやった。
「あなたが嫌だと思うなら、隠れていたらいい。相変わらず賢い子だ…画面の向こう側の数字しか見えない、アレと違ってね」
藤原の低い声に、カフェは「ナァ」と応える。黒いガラス玉のような藤原の視線は、窓の外の女性をまっすぐに見つめていた。
店のドアが開いたのは、そこから更に5分ほど経過した時だった。
「こんにちはー!すみません、鳥のエサがほしいんですけどぉ」
甘ったるくしまりのない声で、女性は開口一番藤原にねだるように言う。藤原はいつもの慇懃な笑みを貼り付け、軽く頭を下げた。
「いらっしゃいませ。鳥用のお食事もご用意しております。…鳥類を飼っているので?」
「そうなんです!私、こう見えてインフルエンサーなんですよ。『cute milk』っていうアカウントやってて。知ってます?」
「申し訳ありません、SNSはやっていないものでして」
「なんだー、結構フォロワー多いんですよ。見ます?」
藤原に返事の余地も与えず、女性はスマホの画面を見せてくる。
そこにはインスタグラムのアプリ画面が表示されており、彼女が言っていた通り『cute milk』というアカウントの運用ページのようだった。そこには鮮やかなピンク色の可愛らしい鳥の画像がいくつも投稿されていた。フォロワー数は1572名、一般人としてはなかなかに多いと言えるだろう。
「…なるほど、これは桃色鸚哥ですか。非常に可愛らしいです」
「ですよね!?ウチのピーチちゃん超カワイイですよね~。あ、ピーチっていうのはこの子の名前なんです」
女性がさらに身を乗り出して顔を近づけると、人工的なブランド香水の強い匂いがカウンターに充満した。その安っぽい芳香の奥底から、微かに漂う獣の死臭。敏感なカフェが、小さく不快そうにくしゃみをした。
「ええ、ぴったりな良い名前だと思いますよ。飼っているのはこのピーチ様のみですか?」
「そうなんですよー。前は違うペットも飼ってたんですけど、いなくなっちゃって。今はピーチちゃんだけなんです」
「そうですか。たくさんの方に応援していただけて、ピーチ様もさぞお喜びになっていると思います」
「やっぱそうですよねー!動物系って、アイゴ系?っぽいのに目をつけられちゃったりする時もありますけど、基本はバズ目指しやすいっぽいんです。インコとかは競争相手も少ないから、フォロワーもすぐ増えちゃって」
「そういうものですか、よくご存じで」
「バズのためにいろいろ研究したんです、せっかくやるならみんなに見てほしいし!」
当然のように言う女性に、藤原は深く頷いた。その表情は先ほどの笑みと変わらないものであったが、その瞳は何かを吸い込むかのごとく不気味な光を湛えていた。
そんな藤原の様子には露ほども気づかず、思い出したように女性は商品棚を覗いた。しかし表記されている値段を見て一瞬絶句したかと思うと、「高、」と舌打ちを洩らしていた。
「どうかされましたか?鳥のお食事はそちらにあるはずですが」
「!あ、なんでもないです!ちょっと高くてびっくりしちゃっただけで」
「皆様、そうおっしゃられます。ですが、それに見合うお食事を提供させていただいておりますので、是非お試しいただければ。あなたが言う『バズ』にも繋がるでしょう」
「そうですよねぇ…うん、ピーチちゃんのためにも買います!これ一つください!」
まるで一大決心をするかのように、大きく息を吐いて鳥用のエサが入ったパッケージを手に取った。藤原はそれを受け取りながら、代わりに女性に何かを差し出した。
「ありがとうございます。…よろしければ、こちらをお受け取りください。あなた様のようなインフルエンサーに相応しい、特別メニューのご招待です」
「特別メニュー?なんですかそれ、気になる!」
女性は食い気味に言い、またしても身を乗り出してくる。藤原はカウンターに、銀色の縁取りがされた豪奢な招待状を滑らせる。その上に、ザラついたピンク色の、棘のある星型キャンディをおもしのように置いた。
「どうぞ、ピーチ様と一緒にお越しくださいませ。それから、こちらはご購入いただいた方へのサービスです、お召し上がりください」
話を聞いているのか否か、女性は待ちきれないといった様子で招待状とキャンディを奪う。藤原が見ている前で招待状を開け、興奮しきった様子で言った。
「行く!絶対行きます!やったバズ確定じゃん!」
【林 玖留美(くるみ) 様
7月7日 22:00
【Ma chérie】にてお待ちしております。】
スマホを向け、何度も招待状を撮影する。
同時に『cute milk』のフォロワーが一人増えたという知らせがスマホへと届き、ますます嬉しい悲鳴を上げる。
本名が知られているという恐怖に彼女が気付くことは、ついぞなかった。
第二話へ続く