ほんの少し、立ち止まる時間
「ちょっと休もうかな」
そう思ったのに、なぜか休めない日がある。
洗い物が残っている。
返さなきゃいけない連絡がある。
明日の準備もしなくちゃいけない。
仕事なら仕事で、
「あれも終わってない」
「もう少しだけやっておこう」
そんなふうに、次から次へと「やること」が頭の中に浮かんでくる。
気がつけば私たちは、
休むことにまで理由を求めるようになっているのかもしれない。
「これが終わったら休もう」
そう言いながら、
その「これ」が終わる頃には、
また新しい「これ」が生まれている。
人生って、なかなか全部片づいてはくれない。
☕ たった5分の休憩
別に、どこか遠くへ出かけなくてもいい。
お気に入りのカフェじゃなくてもいいし、
温泉旅行じゃなくてもいい。
家の椅子に座って、
温かいコーヒーを一杯。
それだけでもいい。
湯気の向こうで時計の針だけが進んでいる。
窓の外から聞こえてくる車の音。
遠くで鳴いている鳥。
冷蔵庫の低い音。
普段なら気にも留めない生活の音が、
少しだけ耳に入ってくる。
ひと口飲む。
「あったかいな」
そんな当たり前のことを、
ちゃんと感じられる。
ほんの5分。
何も生み出していない時間。
誰かの役に立っているわけでもない時間。
だけど、
そんな時間が不思議なくらい大切だったりする。
🌿「何もしない」は、悪いことじゃない
大人になると、
何もしない時間に罪悪感を覚えることがある。
スマホを見れば、
誰かが頑張っている。
仕事をしている人がいる。
勉強している人がいる。
運動している人がいる。
夢に向かって進んでいる人がいる。
そんな姿を見ていると、
「自分も何かしなくちゃ」
と思ってしまう。
でも。
ずっと走り続けられる人なんて、たぶんいない。
歩いたり、
止まったり、
寄り道したり。
ときには道端に腰を下ろして、
「今日は疲れたなぁ」
なんて空を眺める。
人生には、
そんな時間があっていいと思う。
🍃 休憩している間も、人生はちゃんと続いている
昔は「休む」ということを、
前に進んでいない時間だと思っていた。
でも今は少し違う。
休んでいる時間だって、
ちゃんと自分の人生なんだと思う。
コーヒーを飲んでいる時間も。
ぼんやり窓の外を眺めている時間も。
ソファで寝転がって、
意味もなく天井を眺めている時間も。
夕方、
少し涼しくなった風に気づく瞬間も。
全部、人生の途中にある。
むしろ忙しくしているときより、
立ち止まったときのほうが見つかるものもある。
「あ、もう夏も終わりに近づいてるんだな」
「今日は空がきれいだな」
「このコーヒー、こんな香りだったっけ」
そんな小さな発見。
世界は何も変わっていない。
変わったのは、
自分がそれを見る余裕を少し取り戻したことだけ。
🌇 今日くらい、少し休んでもいい
毎日を生きていると、
いろんなことがある。
うまくいく日もあれば、
何をやってもうまくいかない日もある。
誰かの何気ない一言が嬉しい日もあれば、
たった一言を夜まで引きずってしまう日もある。
元気いっぱいの日もあれば、
「今日はもう何もしたくない」
そんな日だってある。
だから、
疲れたら少し座ろう。
5分でもいい。
温かいものでも飲んで、
スマホを置いて、
ぼんやりしてみる。
そして、
「今日もここまで来たな」
それくらいでいい。
明日のことは、
明日の自分に少し任せてしまおう。
今日の自分が全部やらなくても、
人生は案外ちゃんと続いていく。
☕ 人生の余白
本を読むとき、
文字でびっしり埋め尽くされたページより、
少し余白があるほうが読みやすい。
もしかすると、
人生も同じなのかもしれない。
予定。
仕事。
家事。
育児。
人付き合い。
やらなければならないことで、
毎日をびっしり埋めなくてもいい。
少しくらい空白があっていい。
その余白に、
コーヒーの湯気が漂ったり、
誰かの笑い声が入り込んだり、
季節の風が通り抜けたりする。
そしていつか振り返ったとき。
案外、心に残っているのは、
必死に何かをこなしていた時間ではなく、
「なんでもない時間」
だったりするのかもしれない。
だから今日、
少し疲れたなと思ったら。
ほんの少しだけ休んでみてください。
立ち止まることは、
人生から降りることじゃない。
そこもちゃんと、
あなたの人生の一部だから。
温かいものを一杯飲み終えたら、
また歩けばいい。
まだ疲れていたら?
もう一杯くらい、
飲んでからでもいいでしょう。☕🍃
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