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Last MOTHER 最終章 偽りの聖域、神を屠る祈り

    第1節:静寂の白塔と、不気味なスープ

    荒涼とした荒野の果てに、あの日、仲間たちと共に旅立ったはずの「白い塔」が、ようやくその姿を現した。

    ラルスは、その光景を見上げた瞬間、生還の安堵よりも先に、背筋が凍りつくような強烈な「不気味さ」を覚えた。

    外の世界は、あれほど凄惨な異形の嵐が吹き荒れ、人類の希望の砦であった前線施設が跡形もなく破壊されたというのに。彼らの目の前に佇む塔の壁は、血の一滴すら付着しておらず、出発したあの日と全く同じ、あまりにも純白に、静まり返ってそびえ立っていたからだ。世界がどれほど地獄に変わろうとも、ここだけは無傷であり続ける。まるで、世界から完全に隔離された、偽りの聖域のように。

    「戻ったぞ、ラルス。…だが、誰も…いねぇな」
    グレンが、残された左目で静寂に包まれた塔を見つめ、掠れた声を漏らした。その肉体はすでに限界を迎えており、身の丈ほどもある大剣を杖代わりにしなければ、前に進めないほどに衰えきっていた。

    重い音を立て、純白の城門がゆっくりと開いていく。

    二人が中へ一歩足を踏み入れると、そこには恐ろしいほどの静寂だけが支配していた。いつもなら子どもたちの笑い声が響いていた食堂、講義室、そして個室。どこを探しても、生きた人間の気配は一切ない。

    だが、ラルスは食堂のテーブルの上を見た瞬間、その場で息を呑んだ。
    「スープが、まだ温かい」
    大皿に盛られたスープからは、まだ微かに白い湯気が立ち上っていた。子どもたちの衣服や勉強道具が、まるで「今さっきまでそこで笑い合っていた」かのように、乱雑に散乱している。どこにも争った形跡はない。ただ、ここにいたはずの数十人の大人と子どもたちが、一瞬にして忽然と世界から消え去ってしまったかのような、不気味で異常な光景がそこにあった。

    ピピッ、ピピッ、ピピッ。

    その時、静まり返った食堂に、突如として無機質な電子音が鳴り響いた。

    音のする方向へ恐る恐る向かうと、食堂のテーブルの端に、手のひらに収まるほどの小さな四角い箱。未知の端末が置かれていた。その表面には怪しい光が灯り、液晶画面には真っ赤な警告文字が激しく明滅していた。

    『―助けて―地下―最深部―イスカルデア―』

    「地下だと? 施設に地下など…長年ここにいたが、聞いたこともないんだがな」
    グレンはどこか腑に落ちない表情でその文字を見つめていた。すると、警告文は煙のようにふっと消え去り、すかさず端末の画面には小さな三角の矢印が現れた。それはまるでコンパスのように、ある一定の方角を執拗に示し始める。

    二人はその奇妙な矢印に導かれるようにして、静まり返った廊下を進み、図書室へと辿り着いた。さらに本の香りが立ち込める室内を奥へと進むと、一つの巨大な本棚の前で矢印がピタリと止まる。

    グレンが残された左手に力を込め、その本棚を力任せに引き倒すと、轟音とともに倒れた木枠の裏側から、施設にはおよそ似つかわしくない、超古代の高度なテクノロジーを感じさせる冷徹な金属製の隠し扉が姿を現した。
    「行くぞ、ラルス。この中に、信じてきたものの『正体』がある」

    グレンが端末をかざすと、隠し扉のロックが解除された。
    プシューという不気味な風圧とともに重厚な鉄扉が開き、内部へと続く、光の届かない暗黒の地下階段が姿を現す。その瞬間、二人の鼻腔を激しく突いたのは、これまでに嗅いだこともないほどの、内臓が腐り果てたような、強烈な「腐臭」だった。

    「う、ぅ…何ですか、この強烈な臭いは!」
    ラルスが思わず鼻を覆う。グレンは濁りかけた左目を細め、低く応じた。「ずっと肌で感じていた違和感の正体だ。行くぞ」
    ラルスはゼインから託された漆黒の剣を壊れそうなほど強く握り締め、グレンの広い背中を追って、暗黒の地下へと階段を下りていった。

    第2節:老若男女の檻

    地下階段を深く、深く下り進むにつれ、周囲の構造は完全に異質なものへと変化していった。

    白い石造りだった塔の内壁は、いつしか怪しく緑色に明滅する電子基盤と、冷徹な金属の隔壁へと変わり、衣服にまとわりつくような不気味な機械の駆動音が、五感をじわじわと圧迫してくる。
    「グレンさん、あれ…何ですか…」
    ラルスが、通路の両側に果てしなく並ぶ巨大なガラスカプセルを指差し、声を震わせた。

    カプセルの中には、禍々しい緑色の培養液が満たされており、その一つ一つの中に、微かに泡を立てながら「人間」が浮かんでいた。
    ラルスは、そのカプセルの中身を恐る恐る覗き込み、あまりの衝撃に足のすくむのを覚え、その場にへたり込みそうになった。
    そこにいたのは、老若男女、様々な容貌を持った人間たちだった。

    白髪の老人、恰幅の良い中年男性、美しい若い女性、そして自分たちよりもさらに幼い子ども。驚くべきことに、カプセルの中に浮かぶ何百、何千という人間の中に、ラルスやグレン、あるいは訓練施設にいた誰かと「同じ顔」をした人間は、ただの一人も存在しなかった。誰もが、全く違う顔、全く違う骨格を持っていた。

    しかし、彼らには恐怖を覚えるほどの共通点があった。

    全員が、まるで魂を最初から抜かれているかのように虚ろな表情をしており、ピクリとも動かない。ただの生ける肉塊として、無数のチューブによって機械に繋がれ、ただ眠らされている。
    「同じ顔のクローンじゃねぇ」
    グレンが、培養槽を見つめながら、底冷えするような声で呟いた。
    「老若男女、バラバラの人間がこうしてストックされてやがる。おい、ラルス。お前、施設で歴史の講義を受けた時、人間はどうやって生まれると習った?」
    「え? 親を亡くした子どもたちが、マザーによって各地から集められて、ここで育てられるって…」
    「嘘だ」
    グレンは吐き捨てるように言った。

    「ここに並んでいるのは、種の苗床だ。あの女は異なる人間の遺伝子を掛け合わせ、あるいはストックし、この中で人為的に人間を交配させ続けてきたんだろう。俺たちも、施設にいた連中も、すべてはここで作られた種から間引かれた存在だろうな」

    「そんな…じゃあ、僕たちの命って?施設のみんなの戦いは?…ちがう!何かの間違いだ!」

    ラルスは頭を激しく振った。信じたくなかった。自分たちが英雄と讃え、命を懸けて戦ってきた歴史のすべてが、ただの一人の魔女の「生存のための実験場」であり、自分たちは都合よく踊らされていた家畜に過ぎなかったなんて。

    「ギチチチチ、ガアアアアア!」

    その時、通路の先から、あの荒野で聞いた異形たちの唸り声が響いた。彼らは外から侵入したのではない。この地下実験場の奥底から、まるで泥のように湧き出るようにして這い上がってきていたのだ。

    「なぜだ! なぜここにも、異形がいるんだ!」

    グレンが最後の命の灯火を振り絞り、大剣を振るう。ラルスもまた、魔力がないゆえの隠密性を活かし、死角から音を立てて異形の注意を逸らしながら、二人は命からがら、最奥にある巨大な機械仕掛けの防壁へと辿り着いた。

    『ラルス 無事に戻ってきたのですね。私の、可愛い坊や』

    どこからともなく響いてきたのは、あの日、塔を出発した時と全く変わらない、慈愛に満ちたマザーの優しい声だった。

    重々しい電子ロックが解除され、最奥の扉が不気味にゆっくりと開いた。


    第3節:MOTHERの真実

    その先に広がっていたのは、部屋の中央に禍々しい玉座のような機械仕掛けの椅子が鎮座する、巨大な大空間だった。
    そこには、一人の男が座らされていた。男はガリガリに痩せ細り、その目からは光も、生気も、一切の感情が失われている。
    「マザー! 大丈夫ですか! 異形が!」

    ラルスが叫びながら駆け寄ろうとした、その時だった。
    「お疲れ様でした、ラルス。ちょうど、今『お食事』が終わるところですよ」
    純白の法衣をまとったマザー・イスカルデアが、いつも通りの聖母の微笑みを浮かべながら、玉座の男の頭部へと、その白く細い手をかざした。

    刹那、男の身体が、まるで急速に時間を順送りされたかのように、激しくシワが寄り、水分が失われ、一瞬にして乾いた「塵」へと変わって、サラサラと床へ崩れ落ちた。
    それと同時に、マザーの身体を、おぞましいほどの漆黒の魔力と、眩い生命の光が包み込んだ。

    マザーの六十を越えていたはずの肌からシワが完全に消失し、白髪だった銀髪が、瑞々しい極上の光沢を帯びていく。背筋がさらに引き締まり、みるみるうちに、二十歳前後の、恐ろしいほどに美しい「絶世の少女」の姿へと変貌を遂げていったのだ。
    「貴様!最初から、これが目的だったかァッ!!」

    異変を瞬時に察知したグレンが、残された最後の命の火を爆発させ、大剣を構えてマザーへと突進した。彼の髪は完全に真っ白になり、皮膚がボロボロと崩れ落ちるほどの、捨て身の一撃。

    しかし、若返ったマザーは、その美しい瞳をグレンに向けることすら奢った。
    「目障りですよ、家畜の分際で」
    マザーが、狂おしいほどに美しい細い指先を、冷徹にパチンと鳴らした。それだけで、虚空から目に見えぬ圧倒的な質量を持った衝撃波が放たれ、グレンの頑強な黒鉄の鎧を、その肉体ごと一瞬にして十文字に深く切り裂いた。

    「がはっ……、あ……」
    大男の巨体が、糸の切れた人形のように床を転がり、大量の鮮血が、純白だった床を赤く汚していく。

    「グレンさん!!」
    ラルスが叫び、駆け寄ろうとするが、マザーの、鈴の音を転がすような、しかし地獄のように冷酷な声が空間に響き渡った。

    「動いてはいけませんよ、ラルス。せっかく大切に、大切に育てた『極上のエサ』が、汚れてしまうではありませんか」
    マザーは床の血溜まりを気にも留めず、裸足のまま、呆然と立ち尽くすラルスへと歩み寄ってきた。

    その身体から漂うのは、あの懐かしい土の匂いなどではない。カプセルの奥で何千年も発酵し続けた、数万、数億の死体が放つ、脳を破壊するほどの凄まじい「腐臭」そのものだった。

    「私はエルフ。数万年前、愚かな人間たちの文明戦争によって崩壊したこの世界を、たった一人で管理し続けてきた、この星の唯一の『MOTHER』なのよ」

    マザーは微笑みながら、絶望の真実を語り始めた。

    戦争によって崩壊しかけたが、世界を支配する理の魔法を使い、生き長らえたが魔力を失えばエルフとて死ぬ。その絶望の中で、彼女はある「バグ」を発見した。魔力を持たず生き延びていた『劣等種』の人間から、その生命エネルギーのすべてを搾り取れば、エルフは永遠の若さと絶対的な魔力を保ち続けられるという、悍ましい真実を。

    「でもね、人間という不潔な生き物は、放っておくとすぐに体内に魔力を宿してしまうの。だから私は、何種類もの遺伝子を掛け合わせ、数百年に一度だけ奇跡的に生まれる『魔力なし』を、最高の状態で収穫するために、この世界を作ったのよ」

    ラルスの頭が、理解を拒絶して激しく痛む。
    「じゃあ…外の、異形は?」

    「あれは、私が作ったただの『お掃除係』。この秘密が、世界の家畜たちに少しでもバレそうになったら、世界を一度リセットするための道具よ。今回もね、あの訓練施設の連中が私の正体に気づきそうになったから、ちょっと多めに異形を放って、世界ごと綺麗にお掃除したの。魔力を感知して攻撃するようにしてるんだけど、たまに壊れちゃう粗悪品もあるのよ。貴方が傷つけられなくて本当によかったわ。その点は、そこの家畜に感謝しないとね」

    息絶えたグレンの死体をチラリと見下しながら、彼女は酷薄な笑みを深めて続ける。

    「最初の数年で意識のない大人を培養し、記憶を改ざんして『異形と戦う戦士』に仕立て上げる。……すべては、お前のような『魔力なし』を安全に育てるための、ただの装置だったのよ。さあ、次の子が生まれるまでは、あなたはこの玉座で私のためだけに生き続けるの」
    マザーの細く、美しい手が、ラルスの拒絶を許さずに、その頬をそっと包み込んだ。その手は、凍りつくように冷たかった。

    マザーの手から放たれた漆黒の魔力がラルスの体内に侵入し、彼の細い肉体はピクリとも動かせなくなる。
    (ああ…終わるのか。僕も、あの男の人のように…マザーの若さのために、ただ乾いたチリになって消える)
    圧倒的な絶望の前で、ラルスの意識は急激に暗転し、深い闇の底へと落ちていった。


    第4節:意思の灯火、そして未来へ

    だが、その瞬間だった。

    暗黒に染まったラルスの魂の最奥で、彼のものではない、しかし、あまりにも聞き覚えのある「誰かの声」が、濁流となって脳内に直接流れ込んできた。

    『また、ダメだったか』

    それは、数万年の間、ラルスと同じようにマザーに騙され、愛され、あるいはこの地下室で生命を搾り取られて消えていった、歴代の「魔力なし(劣等種)」たちの、数千人分、数万人分の無念の残滓だった。

    『だが嘆くな、次の少年よ。意識が、記憶の欠片が、世代を超えて少しずつでも、俺たちの魂に伝承され始めているようだ』

    『いつの日か、あの偽りの聖母の存在に早く気がつき、この終わりのない無限の家畜ループを終わらせる、本物の劣等種が生まれてくることを、俺たちは何千年も願い続けてきた』

    脳を焼くような、幾万もの怨嗟と、人類の本当の祈りの声。

    魔力を持たないラルスの体内は、冷え切った無価値な空間などでは難かった。そこは、過去の犠牲者たちの魂の記憶を蓄積し、いつか神を屠るための「器」だったのだ。

    幾万の記憶の濁流が、ラルスの細い肉体に、かつて世界を滅ぼした超古代文明の戦技、魔術の知識、そして絶対的な復讐の意志を強制的にインストールしていく。

    「ガハッ……、っ!!」
    ラルスは、肺が張り裂けんばかりの勢いで息を吹き返し、大きく目を見開いた。

    彼の細い体を完全に支配しようとしていたマザーが、「あら?」と、その美しい眉をひそめた。彼女による生命の支配が、ラルスの魂の最奥で一時的にせき止められたのだ。

    マザーが見落とす先。ラルスの瞳には、先ほどまでの怯えた少年の光は、もうなかった。
    その双眸には、数万年の人類の絶望と怨嗟が錬成した、冷徹な「漆黒の黒い炎」が、静かに燃え盛っていた。

    (ああ、そうか。僕は、あなたを殺さなきゃいけないんだ)
    流れ込んでくる過去の記憶が、ラルスの心を復讐の怒りで支配しようとする。

    マザー・イスカルデアは、人類を弄び、家畜として間引き続けてきた世界の敵だ。その事実を理解した。彼女を討ち、この終わりのない無限ループを今度こそ終わらせなければならない。

    けれど。

    ラルスの脳裏に最後に浮かんだのは、怨嗟の記憶ではなく、自分がこの白い塔で過ごした十五年間の、あの日々の記憶だった。

    いじめられて泥にまみれた手を、何度も優しく拭ってくれたマザーの白い布。

    眠れない夜、不思議な花の香りに包まれながら、自分の無価値さを全肯定してくれたマザーの温かい手のひら。

    たとえそれが、すべて「極上のエサ」を安全に育てるための偽りの慈愛だったとしても。ラルスにとって、彼女から与えられた温もりだけは、あの灰色の世界の中で、間違いなく本物の救いだった。

    (マザー……あなたはきっと、数万年もの孤独の果てに、永遠の美という名の狂気に取り憑かれてしまった、悲しい人なんだね)
    魂を侵食する「過去の全人類の憎悪」に抗うように、ラルスは自らの足でしっかりと大地を踏みしめ、ゼインから託された「漆黒の剣」の柄を両手で握り締めた。

    憎しみで彼女を殺すのではない!

    これ以上、彼女が罪を重ね、美しく悲しい化け物であり続けないために!

    自分を愛してくれたマザー・イスカルデアという一人の女性に、人間としての本当の「救いの死」を与えるために!

    「は、あああッ!!」
    ラルスは、ゼインの、戦士たちの、そして歴代の劣等種たちのすべての祈りを吸い込んだ黒い刃を振り上げ、マザーへと突進した。超古代の戦技が乗り移ったその一撃は、世界の理を切り裂くほどの鋭さだった。


    だが、
    数万年の時を生きるエルフの絶対的な魔力は、あまりにも圧倒的だった。

    「悲しいエサですね。せっかくお利口に育ててあげたというのに」
    マザーの冷徹な一瞥とともに、虚空から放たれた無数の漆黒の魔力の鎖が、ラルスの手足を非情に貫いた。

    「がはっ……!」
    黒剣が手から滑り落ち、床に虚しく転がる。ラルスの身体はあの禍々しい機械仕掛けの玉座へと叩きつけられ、そのまま無数のコードと光の枷によって、完全に拘束されてしまった。

    ピクリとも動かせない肉体。体内へと容赦なく侵入してくるマザーの精神干渉の波が、ラルスの自我をじわじわと削り、深い昏睡へと引きずり込もうとする。

    「次の『魔力なし』が十分に育つまでは、まだ数百年はかかります。それまでは、貴方はこの玉座で、私の可愛いお人形として、生かされ続けるのですよ。あなたはどんな味がするのかしら」

    マザーは衣服の下から転がり出た、持ち主を失ってなお怪しく明滅する「漆黒の剣」を裸足で踏みつけると、冷酷に、しかし満足そうに微笑んだ。

    (ああ…ダメだった。僕の代でも、彼女には届かなかった。ごめん、ゼイン。ごめん……みんな……)

    ラルスはここで、次なる収穫の時が来るまで、何百年もの間、自我を奪われたただの「極上のエサ」として生殺しにされ続ける。歴代の男たちと同じように、檻の中に囚われる絶望的な結末。

    だが、ラルスの心は完全に折れてはいなかった。

    (でも、まだ終わらせない!)

    ラルスは、完全に眠りにつきかけている意識の、そのさらに奥深く、魔力を持たない『器』の最深部へと、自分のすべての意志と、この旅で得た記憶を強く、強く叩き込んだ。

    ゼインと共に荒野を駆けた日々。

    グレンが命を懸けて自分たちを護ってくれた背中。

    マザーという世界の敵への、憎しみではない「本当の救いの死」を願う、気高い祈り。

    そして、いつの日か、この残酷な檻の神話をすべて断ち切り、世界の理を人間に取り戻したその先に。数万年の罪を背負って逝く彼女の魂を、いつか本当の意味で「救い、赦せる」ような、そんな強くて優しい人間が生まれてくる未来を。

    ラルスは自分の魂のすべてを『記憶の濁流』へと溶かし込み、世界の理の裏側へと、次代の後継者たちへ向けて全力で放流した。

    『僕の記憶も、みんなの怨嗟と一緒に、次の『魔力なし』へ繋ぐ。僕の肉体がここで朽ち果てようとも、この意志は絶対に届く。僕たちの、人類の本当の祈りが!』

    マザーの美しい微笑みと、漆黒の闇が、ラルスの視界の最後だった。

    少年の意識は深い、深い昏睡の底へと沈み、白い塔にはふたたび恐ろしいほどの静寂が戻る。

    「さて、お掃除を終わらせて、次の子を育てましょうか」
    魔女の残酷な箱庭は、何事もなかったかのように再び回り始める。

    だが、マザーはまだ気づいていない。

    玉座に縛り付けられたラルスが、その散り際に残した「気高い祈りの灯火」が、数万年の怨嗟の濁流を浄化し、歴史の裏側で、確実に巨大な燎原の火へと育ち始めていることに。

    魔力無しの少年達による、神を屠り、母を救うための本当のリベンジ。

    そのバトンは今、次の世代の、まだ見ぬ少年へと託された。



     
     

    kaaz

     
     
    茨城県境町に住んでいるオヤジです。 フツーのオヤジです フツーの帰国子女です フツーのワンニャン好きです フツーの陰キャを頑張って隠そうとしているオヤジです 子ども達とゴミ拾いイベントを行っています まだまだ新しい夢を叶えたいと思うオヤジです。

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