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虚に針がさしお 〈4. Results〉


    最初の話〈1. Introduction〉

    前の話〈3. Methods II〉



    5月の䞭旬頃から続いおいたその雚は、卯朚の焊り゚ントロピヌを沞々ず増倧させおいた。
    集䞭が持たず、授業の合間に教宀を飛び出すこずも倚くなった。
    䞭間詊隓前だずいうのに、最近はあたりよく眠れおいない。

    「あ おヌい、卯朚〜」

    針生に声をかけられたのは、そんな折のこずだった。

    「久しぶりだな、元気 実は、ちょうど卯朚を探しおたんだけど」

    「そうなんだ。最近、ちょっず忙しくおさ  」

    「だろうね。いろいろ授業取っおるだろうし、やっぱ詊隓察策で」

    うん、ず卯朚は適圓に頷いた。
    針生の気遣いが、䜙蚈に痛い。

    「それで、䜕か甚あるんだっけ」

    「あ、そうそう  来週末の蟺り、䞀緒に旅行にでも行けないかなっお。日垰りずかで、䞭間詊隓お疲れ様、的な」

    「  うヌん」

    「いや、急でごめん。晎れそうな予報だし、たた梅雚に入る前に、ずも思ったんだけど。予定合わないそうになかったら、たた今床で」

    「いや、行ける。行こう」

    その返答を聞いお、針生は顔をほころばせた。


    卯朚は靡くこずにした。

    正盎、匕け目は拭えおいない。
    進孊垌望も決めおいないのに、こんなこずをしおいる堎合じゃないのかもしれない。

    だが埌期課皋ぞの進孊たで、針生ずの時間は残り僅か。
    別々の道を歩み始めれば、お互いより忙しくなる。今のような孊生生掻は送れない。

    進路の話にしたっお、自分だけじゃどうしようも決めきれない。
    いっそのこず腹を割っお、針生に打ち明けた方がマシかもしれない。

    己の秒針を、少しでも進めたい。それが卯朚の本音だった。

    「それで、どこ行くの」

    「そうそう、それなんだけどさ」

    針生は埐にメモを取り出し、ペヌゞをめくっおいく。
    そこには、候補地ず思しき怪しげなスポットが䞊んでいた。

    「S区四䞁目のビル、Håž‚O町の公園、K県C町五䞁目の亀差点、それから  」

    「あの  それっお」

    「オカ研から仕入れた情報も螏たえお、自分なりにピックアップしおみたずころ。実地調査には持っおこいでしょ」

    「  そう来たか」

    あれから針生は、コツコツず自宅や倧孊で予備実隓を行っおいた。震える䜓に鞭打ちながらも詊行錯誀を繰り返す䞭で、卯朚の提案したアむデアに可胜性が芋えおきたらしい。

    その次のステップずしお、客芳的な立䌚いのもず実地怜蚌したいのだずか。

    「䜕しろ、こっちから幜霊に遭いに行く必芁があるからね。確蚌はないけど、少しでもいる確率が高そうな堎所を遞んでるよ」

    「自分からわざわざ死地に足を運びに行くような真䌌を  」

    「他に参照できる手段がない以䞊、やむを埗ないさ。倧䞈倫、死にはしないから」

    「そもそも針生は、怖さから逃れたくおこんなこずやっおんじゃないの」

    「そうだよ だから実地で、卯朚にも方法論的な保蚌をしおもらえたらなず。䞀生幜霊に苊しみ続ける可胜性もあるんだし、それなら䞀時の苊しみは必芁犠牲ずしお割り切った方が良いかなっお」

    それでも釈然ずしなかった卯朚は針生にいろいろ蚀おうずしたが、
    「ひょっずしお卯朚も、怖いの」
    ずいう蚀葉に、぀い反応しおしたった。

    「ほう 良い床胞ですな。今でも、幜霊なんお信じおないんですけど」

    「たあたあ。隙されたず思っお、䞀床は珟堎を芋おみない」

    それは専門課皋䞀歩手前のモラトリアムを圩る、友人ずの青春の1ペヌゞずなる筈だった。


    


    6月頭。

    肝詊しの季節ずいうには少し早過ぎるが——針生ず卯朚は、様々な心霊スポットを呚遊しおいた。
    各所で卯朚が提案した手法を適甚し、その結果を針生の䞻芳報告ず照らし合わせるのが目的である。

    最初は、近堎の適圓なビルにお。

    卯朚の手法を䜿うたでもなく、方䜍霊針は有意な振れを瀺さなかった。

    「こんなの圓たり前では」

    「いやいや、こういう確認が怜蚌では倧事でしょうに」

    次に針生ず卯朚は、23区郊倖の䜏宅街にひっそりず䜇む公園を蚪れた。

    「垞に誰かに芋られおいる感じがする」ずの噂がある、比范的有名な心霊スポット。

    しかし実際に入っおみおも、針生は日頃䜓隓しおいるような恐怖を芚えなかった。呚蟺を歩いおも、霊針はほずんど振るわない。特別な蚈算するたでもなく、針生のいう幜霊ずやらはいないず芋お良さそうだ。

    ここたでは卯朚が芋慣れた、䜕の倉哲もない光景だった。
    ほんの僅かに針が動く堎面もあるにはあったが、停の結果アヌチファクトで片付きそうな埮々たる物だろう。

    䜕だ。針生のいう方䜍霊針の反応ずやらは、嘘だったのか
    結局䜕も起こらないじゃないか——険しくなる卯朚の衚情に、針生は思わず県鏡を倖す。そうしお、無意味にレンズを擊っおいた。


    しかし次に二人が蚪れた堎所で、状況は䞀倉する。

    K県の県境入っおすぐの田舎町にある、車通りの少ない、小さな亀差点。

    こちらも、その手の名所ずしおはよく知られおいる。倜䞭に埮笑む老婆が手招きしおくる、ずかそういう類の目撃情報が絶えない。それが原因かは知りようもないが、亀通事故が頻発しおいるのは事実だった。芋通しが特別悪い蚳でもない筈なのに。

    その亀差点の近くたで蟿り着いた時、卯朚は目を疑った。
    手に携えおいた方䜍霊針の短針は振れ、長針がピンッず匵り、亀差点の内偎に向いおいる。以前から針生が報告しおいる通りの非自明な挙動だ。

    䜵せお持参しおいたコンパスの方には、その異様な動きは芋られない。
    垯電させた塩化ビニルパむプを近づけおも、霊針の動きには干枉しない。
    カむロや保冷剀を貌っおも同様で、ガラス蓋の䞭における空気の察流が䞻芁因ではなさそうだ。
    地面から䌝わる振動で片付けるには、スケヌルが倧き過ぎる。

    これたで卯朚が仮想䞊のこずずしか捉えおいなかった異物の力が、そこに働いおいるず瀺唆された。

    今にも信じられないず叫びそうな卯朚だったが、針生ずの打ち合わせ通り、亀差点の呚囲を歩き蚈枬しおいく。
    2 m ごずに立ち止たり、方䜍霊針の蚘録を読み取った。

    蚈算の結果、積分倀は22.58。
    たさか、遊び半分で提案したアむデアを䜿うこずになるずは。たしおや、それが己の垞識を砎るこずになるなんお。

    震えながら亀差点の䞭倮から戻っおきた針生が、唖然ずする卯朚の顔をおずおずず芋぀める。

    それ芋たこずか。ここにはいるでしょう

    そう蚀いたげな衚情だった。


    


    「少し、問題を緩くしおも良い」

    時は遡るこず、ゎヌルデンりィヌク明けの食堂にお。
    卯朚はあるこずを閃いおいた。

    「幜霊がどこにいるかピンポむントに圓おるんじゃなくお、ある空間の䞭に幜霊がいるかどうかを刀定する。これを目暙にできないかず」

    「ず、蚀いたすず」

    「䟋えばそれが倧孊の教宀だずしお、もし予め幜霊が䞭にいるず分かれば、入宀を回避できる。こう考えれば、厳密に教宀内のどこに幜霊がいるのかはさしお問題にならないのでは」

    「確かに、そうかも」

    針生は頷いた。
    その蚀質が取れた卯朚は、満を持しお自らのアむデアを披露する。

    「じゃあ、その調べたい空間を適圓な曲線で䞞ごず囲っおみよう」

    卯朚は裏玙に、ぐるりず䞀呚した曲線を描く。

    「倚少時間は掛かるかもしれないけど、方䜍霊針を持ったたた、この曲線䞊を歩いお䞀呚するんだ。教宀だったら、倖壁を䌝いながらぐるりず呚れば良い。
    そしお、この曲線の内偎に幜霊がいるかどうかで話が倉わっおくる。たずは、倖にいる堎合を考えよう。䞀旊分かりやすくするために、霊気堎の枊巻きは無しにしお考えよう」

    卯朚は「霊」ずいう字を、曲線の倖偎に眮いた。

    「ここで曲線䞊の各点ごずに、方䜍霊針の長針の向きを芋るんだ。この図の䟋だず、曲線䞊のどこでも抂ね長針は右向きになるよね図5a」

    画像
    図5a. 空間の倖に幜霊がいる堎合

    「そりゃそうだ。幜霊は右にいるんだし」

    「じゃあ、囲たれた空間に察しお、針が倖に向いおいるのか内に向いおいるのかを芋るず」

    「  幜霊に近い右偎の曲線䞊だず倖向き、幜霊から遠い巊偎の曲線䞊だず内向きだね。䞊偎ず䞋偎はちょっず埮劙だけど、どっちも内向きか  」

    「ざっくりそんな感じで良いよ。芁は、堎所ごずに内向きか倖向きかが倉わるわけだ。じゃあ今床は、幜霊が䞭にいる堎合だ」

    今床は、曲線の䞭に「霊」の字が曞き蟌たれる図5b。

    画像
    図5b. 空間の䞭に幜霊がいる堎合

    「同じように、針がどの向きになっおいるのか芋るず」

    「  垞に内向きになる」

    「そう。芁は曲線䞊を䞀呚する間に、方䜍霊針の長針を眺め続ける。その針が垞に曲線の内偎に向いおいれば、䞭に幜霊がいるず刀断できる」

    「なるほどね。逆に曲線䞊のどこかのゟヌンで倖向きになる堎合、少なくずも曲線で囲んだ空間の䞭にはいないから、安心しお入れる。こういうわけか」

    しかし理解したのも束の間、眉を顰ひそめる針生がいた。

    「いや、でもさあ。玠人質問で恐瞮なんだけど」

    「急に圧かけおくるじゃん」

    「さっきも蚀った通り、これは枊を巻いおない堎合でしょ
    あくたでも可胜性の䞀぀に過ぎないけど  それこそこんなに颚に、霊気堎がグニャグニャしおたら」

    そう蚀っお針生は、新たに 図5c を曞き蟌む。

    画像
    図5c. 空間の䞭に幜霊がいお、その霊気堎が枊を巻いおいる堎合

    「うん、あり埗なくはない」

    「やっぱり。これだず䞭に幜霊がいたずしおも、針が垞に内偎の空間に向くずは限らないか  
    曲線が進むごずに倖向きか内向きかがどんどん入れ替わっちゃうんじゃ、本圓に幜霊が倖偎にいる堎合ず䞊手く区別できるのか」

    実に良い質問である。

    「だからもう少し、定量的な話に萜ずし蟌もう。せっかく方䜍霊針から霊気ベクトルの向きず倧きさの情報が取れるんだから、これを掻甚しない手はないしさ。

    詳现は分からなくおも良いし、䜕ずなく雰囲気だけでも掎んでもらえれば。

    䟋えば曲線䞊を䞀呚するに圓たり、∆s∆s進むごずに立ち止たるんだ。∆s=1∆s=1[m] なら、1 mず぀立ち止たるっおこず。

    ある地点iiで止たったら、その堎所での長針の向きΞi\theta_iず短針の倀RiR_iを蚘録する。各地点で埗られるこの霊気堎の情報を䞀呚しおかき集めお、それらを足し合わせたこんな量を蚈算する。

    I=∑i(Ricos⁡Ξi)Δs.I = \sum_i \left(R_i \cos \theta_i\right) \Delta s.

    そうだな  これは、積分倀IIずでも呌がうか。
    近䌌的だけど、このIIは蚈枬間隔Δs\Delta sを现かくしおいくこずで

    ∫∂VR⋅n dS\int_{\partial V} \bm{R} \cdot \bm{n}  dS

    ずいう匏に近づく」

    その匏を曞いた時に、針生が眉を顰めた。

    「出たよ、極限たで飛ばすず積分に眮き換わるっお奎。授業で朧げにそんな蚘憶はあるけど  」

    「たあそこは物理あるあるだし、そういうものだず思っおもらっお。
    そしおここから、ガりスの発散定理ずいうのが䜿える。

    ∫∂VR⋅n dS=∫VdivR dV.\int_{\partial V} \bm{R} \cdot \bm{n}  dS = \int_V \text{div} \bm{R}  dV.

    あの窓の倖にある噎氎に喩えれば、この匏は

    受け皿のぞりから流出する氎の総量  その内偎で噎き䞊げる噎氎の総量

    っお意味。「受け皿のぞり」を歩いおいる曲線に、そしお「噎氎」を幜霊から湧き出る霊気に眮き換えおも同じ。

    ある皋床现かい間隔でさっきの積分倀IIを求めれば、それは䞊述の巊蟺に近づく。぀たりそれは、曲線から倖向きに出おいく霊気の量を評䟡するこずになる。
    それが内偎で湧き出る霊気の量ず同じっおこずだから、぀たり積分倀IIを蚈算すれば幜霊がいるかどうか蚈算できるわけだ」

    「むヌ、なるほど」

    「倧事な結果だけたずめれば、こういうこず」


    • 曲線䞊を歩いお方䜍霊針の結果を逐䞀蚘録し、積分倀IIを蚈算する

    • 䞭に幜霊がいない堎合は、IIが00に近い倀を取る。

    • 䞭に幜霊がいる堎合は、IIが00よりも十分に倧きい倀を取る

    • ここに、霊気堎が枊を巻いおいるか吊かは関係ない


    「あヌ  ぀たり霊気堎の詳现調べなくおも、その積分倀IIずやらだけ蚈算すれば、幜霊が䞭にいるか分かるわけか」

    「そう。䜕より、空間の䞭に入る必芁がないのは利点かな。呚囲の曲線䞊の情報をかき集めるだけで、その内偎に幜霊がいるかどうか刀定できる。
    幜霊ず盎接かち合うリスクを䞋げられるし、空間内郚をくたなく調べ䞊げるよりも効率的だよ」

    「確かに、それ倧事。
    ずころでさっき、近䌌っお蚀っおたよね ひょっずしお幜霊が䞭にいないずしおも、厳密には0にならない」

    「そうだろうね、蚈枬間隔を∆s∆sを限りなく小さくするっおのも実際にはできないし。どっちにしろ、そんなに现かく蚈枬しおたら日が暮れるよ」

    そう蚀っお、卯朚は䞍等匏を連ねた。

    「実甚䞊は適圓に小さな正の閟倀ε\varepsilonを蚭けお、I≀εI \leq \varepsilonかI>εI>\varepsilonかで、刀定すべきだろうね。閟倀ε\varepsilonの倧きさは蚈枬間隔∆s∆sずのバランス次第だけど、こればっかりは実地怜蚌しないず良い匙さじ加枛が掎めないんじゃないかな」


    


    最終目的地に向かっお、針生ず卯朚はバスに揺られおいた。
    窓の倖の移りゆく景色を眺める卯朚に、針生が話しかける。

    「さっきの亀差点ずかはそれなりに小さかったから、2 m間隔でもただ耐えおたね。でも次の堎所みたいに、もっず広いずこだず5〜10 mは必芁になるかな」

    「その分粟床は䞋がるだろうし、難しいずこだね  ただ広く括っお䞭に幜霊がいないず蚀えれば、それ以䞊䞭に入らずに枈むから楜ではある。
    そう蚀えば、さっきの亀差点の霊は匷かった」

    「倚分、それなりには」

    幜霊の存圚だけでなく匷さたで刀定し埗るのも、この手法のメリットかもしれない。もしIIが閟倀ε\varepsilonをほんの少し䞊回る皋床であり、針生ですらも無芖できるレベルのチビ幜霊しか䞭にいないず刀断できれば、それは攟眮するずいう遞択も生たれる。耇数の霊がいる堎合も同様だ。

    「あんなずころにずっず留たっおいる幜霊もいるぐらいだし、幜霊の移動速床っおやっぱり遅めなんだろうか」

    「蚈枬しおいる間に空間を出入りされたら蚈算が砎綻するわけだし、そこは信じたいね」

    そんな䌚話を繰り返しおいた。
    結局はこういう時間こそが、卯朚にはかけがえのない物だ。
    なおも本圓に盞談すべきこずを話さず、ただ立ち埀生するだけの時間。

    「次は終点、雲隠——」

    そうこうしおいるうちに、バスは最埌の目的地に近づいおいた。

    サヌクルの春合宿で針生が蚪れおいた、K県M垂。
    そこには、針生が霊障に悩たされ出した遠因ずも思しき、知る人ぞ知る犁足地がある。



    次の話〈5. Results II〉


     
     
    コペンハヌゲン🇩🇰で脊髄の神経物理孊を研究する倧孊院生。留孊・研究生掻を曞き留め぀぀、゚ッセむや小説、音楜を现々ず。そのあわいを暡玢しおいたす。 Amazonのア゜シ゚むトずしお、Purplish Pinusは適栌販売により収入を埗おいたす。

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