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第103話 「恋愛加速度」

    絶対音感というのがあるらしいが、私にはこれがどうも能く解らない。「どんな音を聞いても楽譜が頭に浮かぶ」というのは単に職業病なのではないかと思う程である。例えば音階を瞬時に7進数の数字列に変換してしまう様な場合、そんな事をして何になるのだという疑問はおいといて、これも絶対音感と言えなくはない。厳密には半音があるから七進数ではないが、何等かの演算を施さない限りは、半音は小数点以下第1桁の二進数という事にしておけば問題ないであろうし、どうせなら全部2進数に変換すれば気持ちがいい。それだと既に人間コンピュータだという話もある。

    この様に数値化できるものは意外な所にあるもので、今回は「恋に落ちる」という心理現象を数学的に表現してみたい。世間では、恋に落ちる様はフリー・フォールの如きであるとか宣ふらしいが、本当にビルの谷間で自由落下してみると死んでしまうので、理論的に検証してみる。

    先ずは自由落下を思い出そう。以下全てのグラフに於いて横軸は時間軸を表すものとする。【図 1】は、高度100米(h=100)から落下する物体の位置
    を時間毎にプロットしたものである。約4秒半で地面に激突する。
    【図 2】は、地面方向への速度を時間毎にプロットしたものである。時間に比例つまり一直線なのがわかる。これはガッツポーズを掲げて恋のゴールへと向う一途な乙女心とも合致していて都合がいい。

    <!-- "Mathematica notebook 3.0 via the Convert`HTMLConvert` package" -->
    
    Alt_0[g_, h_, t_] := h - 1/2 g t^2;
    Spd_0[g_, t_] := g t;
    Plot[ Alt_0[9.8, 100, t], {t, 0, 4.5} ];     # Figure 1 
    Plot[ Spd_0[9.8, t], {t, 0, 4.5} ];          # Figure 2
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    【図1】自由落下する物体の高度(時間変化)
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    【図 2】自由落下する物体の速度(時間変化)

    だが落下には空気抵抗が付き物である。ここでは厳密に解けるモデルに興味があるので、速度(の1乗)に比例する抵抗のみを扱い、形状抵抗は重力定数項に吸収再定義できるので考えないことにする。本当は速度の二乗に比例するだとか参上だとか四錠の場合にも計算機で数値的に解けばいいのであろうが、そういう計算機任せは好きくない筆者としては、綺麗に手で解ける事を優先する。やはり恋愛であるから美しく行きたい。抵抗係数 a=0.1の場合を【図3, 4】に示す。

    # 高度 100m からの落下(抵抗係数 a=0.1)
    Alt[g_,a_,h_,t_]:= h+g/a^2 - g/a (t+Exp[-a t]/a);
    Spd[g_,a_,t_]:= g/a (1 - Exp[-a t]);
    Plot[ Alt[9.8, 0.1, 100, t], {t, 0, 5.5} ];       # Figure 3
    Plot[ Spd[9.8, 0.1, t], {t, 0, 15} ];             # Figure 4
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    【図 3】抵抗を受けて落下する物体の高度(時間変化)
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    【図 4】抵抗を受けて落下する物体の速度速度(時間変化)

    【図 3】を見ると地面に激突するまでに約5秒かかっており、自由落下の場合より少しだけ遅くなっているし、速度の増え方も緩やかになっているのが【図 4】から判る。だが、自由落下のグラフと比べても大して違ってない様にも見える。そこで違いを顕著に認めるべく、いきなり高度八千米から落下させてみよう。

    # 高度 8000m からの落下(抵抗係数 a=0.1)
    Plot[Alt[9.8, 0.1, 8000, t], {t, 0, 100}];     # Figure 5
    Plot[Spd[9.8, 0.1, t], {t, 0, 90}];            # Figure 6
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    【図 5】高度8000mから落下する物体の位置(時間変化)
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    【図 6】速度の時間変化。40秒もすれば速度は一定。

    【図 5】を見ると最早、【図 1】の様な放物線ではなく、殆んど直線になっているのが窺える。速度も時刻40近辺から一定値になっている【図 6】。最初は一気に燃え盛る恋の炎も、理性の制馭の下におき、安定した速度で末永く続けることが肝要である。これが自由落下【図 2】だと一本調子で何処迄も大きくなっていけない。

    然しながら、恋愛には単純な空気抵抗では譬えられない様々な障碍がある。両親の反対やら遠距離恋愛やら何やらで激しく揺れて複雑な心理に陥るものであるが、あのホーキングも言っている様にこのコンプレクスな動揺は安直にコンプレクス・ナンバー即ち複素数を導入することで説明できる。ここ迄は抵抗係数の値を実数 a=0.1 に設定していたが、不安係数として微弱な虚数を加えて複素数 a=0.1 + 0.1 i にしてみる。この影響を受けて高度と速度の値は複素数になるので実部と虚部が現れ、4つのグラフを描くことになるが、落ち着いて観察して貰いたい。【図7,8,9,10】

    # 8000m からの落下(抵抗係数 0.1, 不安係数 0.1)
    Plot[ Re[Alt[9.8, 0.1 + 0.1 I, 8000, t]], {t, 0, 100} ];   # Figure 7 高度実部
    Plot[ Im[Alt[9.8, 0.1 + 0.1 I, 8000, t]], {t, 0, 100} ];   # Figure 8 高度虚部
    Plot[ Re[Spd[9.8, 0.1 + 0.1 I, t]], {t, 0, 100}];          # Figure 9 速度実部
    Plot[ Im[Spd[9.8, 0.1 + 0.1 I, t]], {t, 0, 100}];          # Figure 10 速度虚部
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    【図 7】恋愛高度の実数部分
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    【図 8】恋愛高度の虚数部分

    先ずは高度【図7,8】であるが、驚くべき事に、実部【図 7】は今迄通りちゃんと高度が下がっているのに、虚部【図 8】では逆に上昇しているではないか。一体どういう事であろうか。そこで速度のグラフを見てみよう【図 9, 10】。実部虚部共に一旦大きく振れた後、一定値 49 で安定している。但し、虚部は符号が負になっている。実部と符号が逆だから虚部の速度は逆向きな訳で、これが高度虚部の上昇する理由である。だがこれでは鶏卵先後で説明になっていない。

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    【図 9】恋愛速度の実数部分
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    【図 10】恋愛速度の虚数部分

    そこで仮説を立ててみる。仮説:「高度虚部は、両親の反対やら遠距離恋愛などの障碍を乗り越えて獲得される絆の強さ(恋愛強度)を表し、速度虚部は障碍による負の心の揺れ(不安振動)を記述する」と考えてみる。【図 8】を見る限り恋愛強度(虚部)は際限なく増加して仕舞うが、【図 7】の様に着地してしまえば倦怠期(高度負の領域)に入るので、それ以降の恋愛強度は意味を持たず、無視すれば良く問題ない。本当か。

    仮説を立証するには、次の2点を検証せねばならない。
    ・其の 1:不安係数が大きければ、恋愛(高度実部)は中中着地を見ず、宙に浮いた侭になる筈である。
    ・其の 2:不安振動は【図 10】の様な一回だけでなく、何度も小刻みに振動すべきである。

    仮説を検証するべく、不安係数をさっきの20倍に上げてみる。【図 11】 を御覧頂くと、時刻 100 になっても未だ高度 7900 の辺りをうろうろしているのがわかる。さっきの例【図 7 】だと同じ時刻には高度 2000 付近まで下がっている。これで其の 1 の立証は済んだ。恋愛強度(虚部)については全体像は【図 8】と大して違わないので、【図12】で初期の様子を見ておくと纔か乍ら振動しているのが判る。人間誰しも動揺を隠せないという事か。

    # 其の1検証: 8000m からの落下高度(抵抗係数 0.1, 不安係数 2)
    Plot[Re[Alt[9.8, 0.1 + 2 I, 8000, t]], {t, 0, 300}];    # Figure 11 高度実部
    Plot[Im[Alt[9.8, 0.1 + 2 I, 100, t]], {t, 0, 10}];      # Figure 12 高度虚部
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    【図 11】恋愛高度(実部・不安係数20倍)
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    【図 12】恋愛強度(高度虚部・不安係数20倍)

    最後に其の 2 の検証に移ろう。恋愛高度【図 11】は上下動しているから、当然、速度の符号は正負を反復する【図 13】。一方、恋愛強度【図 12】はというと、揺れているもののよく見ると増加しっぱなしなので、速度の符号は一定(常に負)である【図 14】。

    # 其の 2 検証: 8000m からの落下速度(抵抗係数 0.1, 不安係数 2)
    Plot[Re[Spd[9.8, 0.1 + 2 I, t]], {t, 0, 10}];           # Figure 13 速度実部
    Plot[Im[Spd[9.8, 0.1 + 2 I, t]], {t, 0, 10}];           # figure 14 速度虚部
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    【図 13】速度の実振動
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    【図 14】不安振動(速度の虚部振動)

    もう少し長い時間幅で見てみると、これらは減衰振動であることがわかる【図 15, 16】。減衰振動とは振幅が段々と小さくなってゆっく振動のことである。これで全ての検証が終り、恋は障碍があればある程燃え上がり自由落下以上の不安を覚えるものであるということが理論的に証明された訳である。それにしても、この波形はどこかで見たことがある様な気がする。

    Plot[Re[Spd[9.8, 0.1 + 2 I, t]], {t, 0, 50}];      # Figure 15 速度実部
    Plot[Im[Spd[9.8, 0.1 + 2 I, t]], {t, 0, 50}];      # Figure 16 速度虚部
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    【図 15】速度実部の減衰振動(時刻50まで)
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    【図 16】速度虚部の減衰振動(時刻50まで)

    どちらも同じ様なものなので実部の方だけ拡大してみよう。すると【図 15】 では、時刻 50 で大して振動してない様に見えて、実は【図 17】を見ると判る様に、結構まだまだ振動しているのである。況んや【図 18】に到ってはかなり激しい。

    Plot[Re[Spd[9.8, 0.1 + 2 I, t]], {t, 0, 100}];      # Figure 17
    Plot[Re[Spd[9.8, 0.1 + 2 I, t]], {t, 0, 500}];      # Figure 18
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    【図 17】速度実部(時刻 100 まで)
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    【図 18】速度実部(時刻 500 まで)

    なんか便意関数のグラフを表裏(向き)を間違えて貼っただけという噂もあるが、それは貴方の錯覚であると只管祈るとともに、便意関数の結末と表裏一体にならぬようせいぜい気をつけられたい。

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    142話までは「パブロフの屁」(ぱりぱり噛めん:Parikame) のテキスト復刻版です。見出し形式「第○○話」がテキスト本編、「no.○○」が対応するダイジェスト図解版です。ご贔屓いただけると新作公開の励みになりますのでよろしくお願いいたします。え?頑張らなくていい……ですか

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