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吃音症② 担任が頼った不良。〜からかってきた同級生に、理不尽な寮で守られた日〜

    otona_golf_life

    正直に言うと、中学時代の記憶はあまりない。 覚えていることは少ない。

    でも、覚えていることが少しある。 双子の同級生。 自分のどもりを、よく真似された。 わざと真似して詰まった話し方をして、笑いを取る。 悪意があったと思っていた。だから、あの頃は嫌だった。

    不思議なことに、その双子の兄が、少しどもるようになった。 「うつった」と言われた。 最近になって調べると、吃音はうつらないと書いてある。 そうかもしれない。でも、あの頃はそう見えた。 それが事実だ。


    担任が頼りにした「違反ズボン」

    中学では、目立つ側にいた。 不良というほどでもないが、目立つほうだった。 朝のホームルームでは私のズボンチェックが恒例だった。

    担任が家庭訪問で、親に言っていたのは 「息子さんはとにかくリーダーシップがある。息子さんが、安泰なら、クラスは安泰なんです」 と…。

    自分以外は、みんな違反ズボンじゃん。 でも、今思えば、周りに誰かいた。 言葉の記憶は「うつった」件以外はない。


    理不尽な寮生活と、同じ年の先輩

    中卒で浪人して、高専に入った。 寮生活だった。 今では考えられないような上下関係の時代。 挨拶回り、パシリ、理不尽な寮生活。

    一つ上の先輩に、あの双子がいた。 真似していた側だ。

    でも、その先輩は守ってくれた。 「寮で余計なことするな」 「喧嘩するな」

    自分は当時、やられたらやり返すつもりだった。でも止められた。 挨拶回りの練習で先輩に喧嘩を売った奴は、初日の夜、脱走を失敗し、それから辛い寮生活が始まった。

    中学時代の記憶は曖昧だ。 でも、真似されたことと、守られたことは覚えている。 今はほとんど連絡を取っていない。それでも、仲間だと思っている。 懐かしい。

    でも、吃音は消えなかった。


    【次回予告】

    仲間との絆に守られた学生時代は終わり、いよいよごまかしのきかない「社会」という荒波へ。
    消えない吃音を抱えたまま、私はどうやって仕事の世界(5回の転職とマネジメント)を生き抜いてきたのか。
    私の最大のサバイバルが、ここから始まります。

    ▼続きはこちら

    ▼吃音の過去の話はこちら
    ・吃音①


    そのほかの話はここにまとめています。
    ・回想録
    ・上がり3ホールの思考
    ・30年続けてきたゴルフコンペ幹事
    ・15年以上前のアイアンを使っている理由
    ・ラウンド後の違和感
    ・技術と理論(我流ゴルフ研究)
    ・レーシック手術を受けてから数年後の話
    ・コース外での日常
    ・靴ズレの話

     ▼サラリーマンゴルファー回想録
    この連載は、サラリーマンとして働きながら
    競技ゴルフに向き合ってきた私の回想録です。
    はじめから読む方はこちら

    ▼上がり3ホールの思考はこちらから

    ▼気づけば30年ゴルフコンペ幹事やてました。

    ▼15年以上前のアイアンを使っている理由を書いています。

    ▼ラウンド後の違和感について書いてみました。

    ▼技術と理論(我流ゴルフ研究)

    私はシングルになってから、この症状に苦しみました。
    でも、この方法で抜け出すことができました。
    100を切れない方や、グリーン周りに悩んでいる方は見てください。

    ▼ ザックリが消えたきっかけ

    ▼レーシックを受けた人には知っておいてほしい話をnoteに書きました。

    ▼予想外の靴ズレについて書いてみました。


     
     
     
    高専中退、転職5回、吃音。 現在は技術部長と営業を兼任しています。 社会人からゴルフを始め、競技にも20年以上熱中。 吃音との付き合い方。 上がり3ホール。 仕事と家族。 そして、だいたい失敗。 不器用な普通のおじさんの、ゴルフと人生を書いています⛳️