
吃音症① 電話の一言目が出ない。〜それが病気だと知ったのは大人になってからだった〜
今でも、電話の一言目が出ない。
これは、友人も、親も、妻も知らない話です。
厳密には、親は忘れているだろう。あんなに吃(ども)っていたのだから。
これが病気だと知ったのは、大人になってかなりしてからだった。
今みたいに何でも検索できる時代じゃなかった。
今でも、電話の一言目が出ないことがある。
露骨にどもることは、ほとんどない。でも、言葉が出ない。
第二の会社で、事務員Hの後に入ったS。
あの人は今でも電話に出た瞬間、必ず「どうも」と言う。
私の一言目が出ないあの間で、すべてを察してフォローしてくれるらしい。
あの頃までは、間違いなくヒーローだった
小学生の頃の話だ。
スポ少しかない時代。小4のとき、野球で3人に選ばれて長嶋茂雄のノックを受けた。サッカーは学校代表。家庭訪問から帰った母が言った。
「担任の先生、サッカーの試合の話ばかりして帰ったよ」
水泳の記録会にも出た。習ってないのに大会直前で選ばれて、登録が変えられなくて、別の名前で呼ばれて泳いだ。
小学生は良かった。その頃まで、私は間違いなくヒーローだった。
何かが「ずれた」中学生
中学に上がった。
小学校が二つ合わさる中学だった。別の小学校から来た子が言った。
「なんか変な話し方する奴がいる」
それが自分だった。
笑われたわけじゃない。でも、何かがずれた。
ここから、私の長く苦しい「言葉との戦い」が始まることになる。
【次回予告】
「何かがずれた」中学時代。私の吃音をわざと真似して笑いを取る同級生がいた。
しかしその後、理不尽な上下関係が支配する高専の寮生活で、かつての「敵」は思わぬ行動に出る。
👉【続きはこちら】
そのほかの話はここにまとめています。
・回想録
・上がり3ホールの思考
・30年続けてきたゴルフコンペ幹事
・15年以上前のアイアンを使っている理由
・ラウンド後の違和感
・技術と理論(我流ゴルフ研究)
・レーシック手術を受けてから数年後の話
・コース外での日常
・靴ズレの話
▼サラリーマンゴルファー回想録
この連載は、サラリーマンとして働きながら
競技ゴルフに向き合ってきた私の回想録です。
はじめから読む方はこちら
▼上がり3ホールの思考はこちらから
▼気づけば30年ゴルフコンペ幹事やてました。
▼15年以上前のアイアンを使っている理由を書いています。
▼ラウンド後の違和感について書いてみました。
▼技術と理論(我流ゴルフ研究)
私はシングルになってから、この症状に苦しみました。
でも、この方法で抜け出すことができました。
100を切れない方や、グリーン周りに悩んでいる方は見てください。
▼ ザックリが消えたきっかけ
▼レーシックを受けた人には知っておいてほしい話をnoteに書きました。
▼予想外の靴ズレについて書いてみました。