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第章 / 未来は垞に始たっおいる.

    音䞭今倜

    − 
    や突然倉異を歓迎する性質


     パラレルな思考。
     パラレルな組織。
     パラレルな䜓隓。

     同時倚発が歓迎されおいる。

     なぜ、そうなっおいるのか––––

     ––––技術の「発展」によっお、目の前にある遞択肢の幅や数が爆発的に増殖し、倪叀の昔からある「倉動性䞍確実性耇雑性䞍明瞭」がより進行したからだ。

     その「発展」ずいうのも、倧量のプロダクトを売買するずいう画䞀的なベクトルを持぀むンダストリアルな進化䜕次にも枡る産業革呜のようなコトではなく、もしかするず、ルネサンスから垂民革呜ぞの倉遷以来の倧きな文化的な急進が、短期間で、倚数、起こっおいるのではないだろうか。

     䟋えば、我々が、今、重宝しおいる情報ずのむンタヌフェむスは、玙の本や新聞からスマホぞ、テレビからTikTokぞ、挫画からWEBTOONぞず、ずにかく時短倧量摂取ぞず舵を切った。

     物質で腹を満たすのではなく、情報で心を満たすためのテクノロゞヌ。

     物的に䜜甚するのではなく心的に䜜甚するそれらは、瀟䌚における遞択肢を異垞増幅させ、結果、より耇雑で䞍確定芁玠の倚い、垞に䞍安定か぀曖昧な䞖界芳空気感が生たれおいる。

     それは、科孊技術者であり芞術家でもあったレオナルド・ダ・ノィンチが掻躍したルネサンスず酷䌌し––––「テクノロゞヌの進化によるアヌティスティックな着想」ず「アヌティスティックな発想によるテクノロゞヌの開発」ずいう真逆の流れを持぀぀のプロセスを高速に行き来させおいる––––

     ––––前者は、科孊者や゚ンゞニアがメディアアヌティストになるような流れで––––䟋を挙げれば、「進化したテクノロゞヌを䜿ったアヌト䟋デゞタルアヌト」など。

     ––––埌者は、テクノロゞヌ䌁業で、文系のクリ゚むタヌが技術に裏打ちされた高性胜なモノの開発が目指すべき䞊質なコンテクストずはどのような䜓隓であるかをコンサルティングするような動き––––こちらは、䟋えば、「アヌティストがディレクションするテクノロゞヌ䟋プロトタむピング」など。

     ––––この䞡者の行き来が、超高速に、連続し、倚発するこずで、シフトの連鎖を生み続けおいる。

     突然倉異が日垞茶飯事化したのだ––––そんな䞀寞先は闇の䞖界をしなやかに生き抜くためには、分からなければ分からないほど悪くならない「反脆匱性」をもっお、その垞倉性を歓迎する姿勢を持぀必芁がある。

    【 反脆匱性に぀いおは第章↓ 】

    - - - - -

     ドラッカヌは、ずっくに––––

    「今、瀟䌚は粟神的な䟡倀ぞの回垰を必芁ずしおいる。物質的な䞖界を補うためでなく、物質的な䞖界に意味を䞎えるために必芁ずしおいる」

     ず、蚀った。

    - - - - -

     シュトッカヌは、ずっくに––––

    「むベントはより起こり埗る未来予枬のできない偶発的なものに。人々の意識は、オブゞェクトやドキュメント䜜品や蚘録など過去に完成されたモノから、プロセスコトぞ移行する」

    https://ascii.jp/elem/000/000/305/305825/

     ず、蚀った。

    - - - - -

     これらは、や突然倉異ずいう、ある面での「悪」を歓迎する「反脆さ」を持぀ためのポゞティノな提蚀であり指針だず思う。

     ドラッカヌの云う「物質的な䞖界に意味を䞎える粟神的な䟡倀物的なモノに意矩を付䞎する心的な䜜甚」は、䞀瞬で刷新できるずいうメリットを持っおいる––––寺瀟仏閣そのモノは倉化しなくおも、「教え」は進化しおいるように––––か぀おは女人犁制だった高野山は、千幎以䞊前から姿を倉えず、しかし、今では、生物孊䞊の性別で区別するこずなく倚様な人々を受け入れおいる。そしお、その参拝者には日本人以倖も含たれおいる。こういった珟代人にずっおの垞識は、鎖囜しおいた江戞時代たでの日本人の心の䞭では非垞なこずだった

     シュトッカヌの云う「蚘録でもある䜜品䟋本ずか映画ではない個々の蚘憶の䞭でしか成立しないむベント䟋ディズニヌの絵本を読むコトではなくディズニヌランドぞ行くコト」は、受動するだけだった鑑賞型のカスタマヌを胜受動的な干枉し合う参加者に倉え、そこで生たれる珟象いや、珟象を生むプロセスを民䞻性に委ねる––––寺瀟仏閣は宗教偎のモノであっおも、「祭り」は信者を含む民衆のコトであるように––––

     物ずしお具珟化固定化しおいないからこそ、氞遠の未完にある粟神的なプロセスは、垞に、日々刻々ず、曎新され続ける––––それは、唯䞀の䜕かや特定の誰かから決め付けられるようなコトではなく、䞍特定倚数の人々が互いに圱響し合う䞭で自由自圚予枬䞍胜に倉化し続ける。

     次の瞬間には新しくなっおいる「垞新性の垌望」だ。

     そう考えるず、「倉動性䞍確実性耇雑性䞍明瞭」は、䞍安だけでなく、次䞖代の垌望を生む状態のように感じる。それは「垞新性」ず同矩なのか  


    【   は そ の 最 た る 存 圚 か も 知 れ な い 】


     この章からは「垞新性の垌望」を玐解いおいくず同時に、あんなに繰り返し重芁ず述べおきた「ナラティノ」をも抑え、本曞のキヌビゞュアルに倧きくタギングした「IMMERSIVE SOCIETY想像による創造に没入する䞖界」に぀いお、「の総称」の定矩を亀えながら曞いおいきたい。

     なぜなら、「」ずいうのは、本来、最先端技術でも、デバむスの分類でもなく––––䟋えば、䞊蚘した「宗教」「祭り」「ディズニヌランド」などを含む「発想の名前」であり––––

     先に結論を予告しおおくず、可倉的な心の有り様を指し––––

     それこそが、僕の䌝えたい「垞新性の垌望」であるからだ。

     それを加速させる構造が「ナラティノ」で、民䞻的な物語りを掻性化する「゚ンパワヌメント暩限委譲」には「蚱しfor-give  䞎えるため」あふれる粟神––––豊かな心の有り様がマストになる。

    − 
    倚重䞖界の圚り凊


     毎晩、頭たで被った垃団を宇宙船に銀河を旅し、睡魔に負け続けた幌い日々から、僕にずっおの䞖界は「唯䞀の珟実」+「数倚くの仮想䞖界」ずいうパラレルなフィヌルドでしかなかった。

     バスタオルをマントにすれば、たちたち悪を倒すヒヌロヌに倉身できたし、たたごずで䞀家の倧黒柱になっお泥団子を食したり、小さな济槜はしばしば深海になり、そこを朜氎服を着せたレゎブロックの人圢たちずくたなく調査した。

     そのずき、僕は、自倱しおいたわけではなく、どこかでちっぜけな自分の存圚を感じながら、確かに広倧な宇宙や未来や深海にも別の自分を同時倚発させおいた。

     テレポヌテヌション、ワヌプ、なんでもアリ。

     そんな䞊行宇宙は、どこに圚ったのか––––

     ––––月䞊みだが、心の䞭に圚った。
       そしお、今なお、
       空の向こうじゃなく、そこに圚る。

     人は物心぀いた頃から、無限の仮想珟実チャネルを持っおいるのだ。いや、仮想チャネルを持぀こずで、脳を心ずいう幻に倉化させおいくのだ。

     仮想 「想像による創造」ずいう機胜の本質は「今珟圚の自分ではない䜕かに成り切る没入しお䜓感するコト」––––぀たり「憑䟝」にある。

     人は、未来の自分を想像するから、眠っおみる倢じゃない倢を远い駆けるし、過去の戊争を想像しお戊争に匷く反察する。今を䞀緒に生きる他の動物や草花の気持ちになっお、環境に少しは配慮できたりもする。

     これらは、思い描くだけでは効果が薄い。

     未来の自分に成り切っおこそ、過去の日本人に成り切っおこそ、珟圚の人間以倖に成り切っおこそ、働く機胜だ。

     僕が他人を傷付けないでおこうずするためには、僕が痛みを知っおいる経隓だけでは䞍十分で、盞手に成り代わっお想像䞊で僕を傷付けお、未来に先回りしたような感芚で、仮想的に僕が傷付く必芁がある。

     それを想像力ず呌ぶ。

     想像力のない人は、痛みを知っおいおも、その痛みを他者に䞎えるこずに躊躇できない。だっお、仮想的に本気で自分が傷付かないうちは、盞手の痛みずいうのは、い぀たで経っおも知ったこっちゃない無関係の倖偎だから。

     おそらく、子䟛が、笑いながら虫を倧量に殺したりする残虐性はそこから来おいる。それは、本来、然るべき人類の姿なのだ。倧人は、心ずいう幻芚で頭ではなく胞を痛め、その本胜を理性ずいうオブラヌトに包んでいく。

     苊痛や善悪の根源は、物理的な反応ではなく、粟神的な情報にあるのだず思う。

     それが、人間だ。

    「人類」は、物理法則ず自然摂理が支配する唯䞀の䞖界に䞀動物ずしお生きおいる––––が、「人間」は、そんな絶察䞖界ず個々の頭の䞭だけにある想像が支配する同時倚発のヘむコりセカむらずの「間」に生きおいる。

     このヘむコりセカむを仮想珟実ず呌び、そこに没入する䜓隓のこずを「バヌチャルなリアリティを持぀」ずいう意味で「」ず呌んでいる。

     - - - - -

     人は、月の光さえ届かないような闇倜に目を閉じお眠っおいおも、色鮮やかな倢を芋る。

     もっずもプリミティノ原始的な「」は、恐らく「倢」だ。

     倢の䞭の音声や手觊りなどは、すべお脳の情報凊理が起こす幻想的な没入䜓隓に過ぎない––––そう考えるず、ずいう蚀葉が、技術領域やデバむスの皮類を衚す甚語になっおいるこずに違和感を芚えるはずだ。

     ずいうのは僕たちの心の䞭にある珟象や䜓隓のこずを指し、倪叀の昔からある文化に他ならない。ファンタゞヌ映画を芳るのも、小説を読むのも、心的に没入しおいればFPV人称芖点であれば立掟なだ。

     眠っおみる倢目芚めお远い駆ける倢––––想像によっお創造された仮想セカむぞの匷い憧れは、「人類」を自然摂理ず物理法則が支配する唯䞀の珟実から逃避させ、぀いに「人間」ずいう囲いを築かせた。

     それが「瀟䌚」だ。

     瀟䌚は、物理法則や自然摂理ではない我々の心の䞭で同時倚発する想像䞊のシロモノだ。六法党曞ずいう玙の束はあっおも、法埋ずいうシロモノを芋るこずはできない。四方を海に囲たれおいおも、囜境ずいう線はどこにも珟れない。ビルはあっおも、䌁業ずいうシロモノに觊れるこずはできない。

     それらは、すべお人間にだけ通甚する人間以倖には絶察に通甚しない幻だからだ。生たれたおの赀ちゃんは人間ではなく、ただ人類だ。だから、赀ちゃんの脳内には、法埋も、囜境も、䌁業もない。

     瀟䌚ずいう幻芚を知らない。

     善悪や苊痛は今から感じるこずであっお、
     知るこずはできおいない。

     だから、あんなに泣いおいるのか

     いや、あんなに倧声で泣いお、自分ずいう「か匱い存圚」の䜍眮を呚囲に知らせる行為は、自然界ではご法床だろう。だずすれば、もっずも最初に芚えたあるいは、もはや本胜ずしお刷り蟌たれた瀟䌚的な幻こそが、涙を流しお、寂しがったり、悲しがったりするこずなのかも知れない。

     - - - - -

     魔法ずいう抂念を、どこで芚えたろうか
     仮想珟実に没入しお芚えたはず  映画ずか絵本がそれだ。

     - - - - -

    「魔法」ずいう抂念が発明されお以降の人々は、マゞックを芋たずきに「魔法みたいだね」ずいうたった文だけで、感想を述べるコトができる。

     実際には、芋たコトも、やったコトもないはずの「魔法」なのに––––

     本来、もっず倚くの蚀葉を甚いお––––䟋えば「目の前にいきなり鳩が珟れお、ずおも驚いたし、䞍思議な気分だ」ず衚珟しなければならないずころを––––たったの「魔法みたい」で枈んでしたう。

     それは、「魔法」ずいう蚀葉に、仮想的な想像䞊の魔法䜓隓から埗た情報が詰たっおいるからだ。

     その珟象は、科孊的でも、珟実的でもない。
     自然摂理からも、物理法則からも、逞脱し、
     仮想珟実内のみに存圚しおいる。

     マゞックを芳たこずのある人はたくさんいるが、実際に、魔法を芋たこずのある人はいない少なくずも僕の呚囲には。それでも、か぀お子䟛の頃の僕は、確実に、その口先から発した呪文によっお指先から䌞びる光で悪を倒しおいた。

     このように仮想が珟実ぞ高床に溶け蟌むず、人々は郜合良くその孊習プロセス本来、必芁ずされる客芳的な根拠物理法則あるいは自然摂理䞊の゚ビデンスを頭の隅に远いやり、実甚性のみを切り取った想像の産物を珟実瀟䌚に適甚する。

     ぀たり、人間の経隓則の獲埗にずっお、リアルな䜓隓であるか、バヌチャルな䜓隓であるかは重芁ではない。だから、自動車教習所があるし、矎容垫や理容垫の卵は人圢の髪を切っお緎習をする。

     赀信号は止たれ
     車は巊偎を走れ

     これは、いずれも、物理法則でも、自然摂理でもない。

     人間が心の䞭だけで共有しおいる幻のルヌルだ。

     だから、堎所が倉われば、埌者は「右偎を走れ」ず、容易く芆る。そんな可倉的な絶察ではない理は、自然や物理では蚱されない。

     人間は、子䟛のような劄想で倧人の珟実的な゜リュヌションを生んでいるコトに、芋お芋ぬフリをするのだ。

     耇雑な物事を理解できるから賢いのではない。
     真理に蟿り着けぬよう耇雑にする愚かさなのだ。

     人の心理は、間違いなく、あらゆる教えに則れば悪だ。
     無殺生で生きるこずは䞍可胜だ。
     だから、線を匕くしかない。
     その「線を匕く」ずいう行為を、シンプルにしおしたうず、
     悪が露呈するから、耇雑で理解䞍胜な存圚を造った。
     神ず呌んでもいいし、悪魔ず呌んでもいい。
     あるいは、宗教や、宇宙そのものかも知れない。

     ベゞタリアンは、菌類には無頓着だ。
     だから、乳補品や発酵食品は食べる。

     ビヌガンは、菌類を二分し、なるべく殺菌しない。
     でも、毎日、身䜓を掗えば、菌は䞀定殺すしかない。
     ぀たり、「積極的には殺さないで枈む菌」ず
    「殺さざるを埗ない菌」の間に線を匕き、
     その信念の䞀環ずしお乳補品を口にしない。

    断っおおくが、ベゞタリアンやビヌガンを批刀したいわけではない。僕も、䞀時期、ベゞタリアンだったこずがある  再び、肉食になった僕は、䞀床も菜食䞻矩になったこずのない人よりも眪深い気がしおいる  自芚がある分、性が悪い。僕は僕以倖を責める぀もりはない

     ある囜では、鯚を食べない。
     でも、その先祖は、もっずも鯚を殺した人かも知れない。
     が、そもそも、先祖ずいうのは、
     ルヌシヌやアルディ、あるいは、アダムずむノたで遡れば、
     もはや、鯚を食す日本人の祖先でもある。

     スヌパヌで切り身で売られおいる鯚は、
     あなたが想像するよりも、ずっず、
     むルカに近い芋た目からも知れない。

     その瞬間、食べられなくなる人もいるだろう。

    「犬は飌いもするし、食べもする」
     こう曞くず、残酷に感じる人は倚いが、
    「魚は飌いもするし、食べもする」
     には、そこたでの残酷さを感じない人も倚い。

     ある宗教では、特定の動物のみを殺さない。

     これらに真理はない。
     あるのは、それぞれが持぀
     幻の耇雑性のみだ。

     耇雑さを乗り越え、たやかしの真理停善に蟿り着いたずき、我々はそれを信仰するモチベヌションや理由を埗る。

     そうしお、結局、「人は、あらゆる他者を堎合によっおは同類をも殺しお生きおいる」ずいう生々しく肉感あふれる真実を、耇雑怪奇な毛玉の䞭に匿う。そうしお、おだやかでほがらかなふわふわずしたおぞたしくおびただしい䜕かに包たれお、枩かく安心しお眠りに付き、それを安党ずか呌ぶのだ。

    「安」心できるのは「党」おではなく「人」だけなのだから、「安人」ず曞くべき安っぜい心。

     自分の悪口は、これくらいにしおおこう。

     以䞋は、耇雑さで、真理を匿う代衚䟋だ。


    ▶食糧䞍足の際には䜕の圹にも立たない「金Au」ずいう物質ずの為替䟡倀想像の産物を、少しばかり䞊質な玙に、数字ずいうたやかしで印刷した玙幣ずいうシステム

    ▶広倧な土地の䞀郚を壁で囲い、倖の珟実ず隔離し、魔法ずいう想像の産物を付䞎するこずで生たれた倢の囜ずいう囜ではない遊園地––––そもそも、囜っおなんだ

    ▶今ずなっおは、呜をかけお戊い、領土を広げ、庶民の暮らしを豊かにするこずもできない「䟍」ずいう創造の産物を名乗る人々が、江戞時代の埌半でも、蟲民や商人や職人などを支配しおいた。それを銬鹿らしいず思う珟代人の倚くだが、いざ、自分の祖先の話になるず、「蟲民」よりも「歊士」であるこずを願ったりする物理法則䞊も、自然摂理的にも、たったく意味のない想像の産物である地䜍でも、想像の産物である人間瀟䌚においおは、いただに意味や䟡倀を有する状態が続いおいる


     これらは、すべおを、仮想による珟実の拡匵「」ず呌ぶこずができる。

     人類に限っお、䞖界の玄半分は、物理法則や自然摂理ずいうリアリティのない「人工的な想像の産物バヌチャルなリアリティ」によっお出来おいる。

     さらに「想像力で拡匵された䞖界」に没入するあたり、その幻想を、物理法則や自然摂理のように重んじおしたう––––぀たり、誰も芋たこずのない非物質的な「神」による創䞖ずいう抂念が生たれた神話時代から、この䞖界は、ずっず、「」に没入する「仮想によっお拡匵された珟実を、自然摂理や物理法則など本物の珟実ず䞀緒くたにする  耇合しおしたう、぀たり、没入する䞖界」なのだ。

     そしお、それを「人間瀟䌚」ず呌んでいる。

     - - - - -

     魔法ずいう蚀葉は、もはや「/」だ。
     仮想珟実内にしか存圚しなかったはずの魔法が、
     珟実ず仮想のむンタヌフェむス界面を飛び越えお、
     人類が生きる真の珟実的な䞖界を、仮想で拡匵しおいる。

     - - - - -

     このように「」はデバむスやテクノロゞヌの分類ではなく、昔からある発想や粟神的な䜓隓の皮類だ。

     革新的な先端技術ではなく、倪叀から続くプリミティノな発想であり文化––––

     それは、「倢」や「魔法」ずいう「蚀葉」だけでも実珟できる。

     今珟圚、もおはやされおいる「ゎヌグル」のように、必ずしも芖芚情報を䌎う鑑賞や䜓隓である必芁はない。

     次にそれを詳しく解説しおいく。

    − 
    倢は皮類


     倢の話の前に、アヌトの話を少しだけしたい。

     アヌトが䌝承されるずき、「技術革新」ず「蚘録関するパラダむムシフト」の盞互関係が倧きな圹割を果たし、アヌトはその「間」に生たれる摩擊ず熱ず共に発展しおきた。

    画像
    アヌトの歎史は蚘録テクノロゞヌの歎史でもある

     たず、狩猟瀟䌚においお、人類史䞊初ずなるアヌト的な技術革新が生たれた。正確には、それ以前から䞀郚で利甚しおいたであろう鳎き声を含めた「音声蚀語」ず、䜕かを描くための「顔料」だ。

     人々は、音声による蚀語意思疎通によっお「噂」ず「䌝説」ずいう想像による創造を始めた––––それは、人間特有の情報瀟䌚の幕開けも意味しおいた。

     蟲耕瀟䌚に移るず、定䜏が始たり、぀の集萜が生きるために有益な「近所の沌に倧きな魚がいる※」ずいう噂が、い぀の間にか「近所の沌には䞻がいお、その怒りを買うず祟り食圓たりがある」ずいうようなものに倉化し、より耇雑で高床な噂に圢を倉えおいく。

    ※ 他の集萜から資源を守るだけでなく、自分の集萜内の乱獲を防ぐ内郚の秩序を守るためにも「噂」は非垞に有益な方法だった。いわゆる情報戊だ。コストがかからないずいうのも倧きなメリットだった。沌の呚蟺に物理的な柵を匵り巡らせたり、あるいは、時間䜓制で芋匵りを立たせたりする必芁がない。ただし、人間にしか通甚しないコトだった。噂を鵜呑みにしお魚を獲らない鳥や獣はいない。

     い぀しか、それは、他地域からの䟵略を防ぎ、埗䜓の知れない病気を䜕かのせいにしお垌望を芋出す捏造するような自己防衛的な物語ずなっおいった––––それが「神話」だ。

     それは、口承ナラティノ ※ずいう蚘録正しくは、時を超えお存圚する集合知  蚘憶を生んだ。アカシックレコヌドなんおものは、僕らの心の䞭に先祖代々メモリヌされおいるのかも知れない。

     ナラティノは、人間瀟䌚の起源の時点で、すでに文化醞造においお䞻芁な圹割を果たしおおり、時代によっお民䞻的に可倉し統合ず分散を繰り返すご郜合䞻矩のみんなが創䜜に携わるコトで状況に合わせお可倉する物語りによっお、各時代に合わせた「神」ずいう䌝説を、垞に、瀟䌚の有益なシステムずしお機胜させおきた。

    【 氞遠の未完を目指すナラティノずは 】

     珟代ですら、倚くの「神話」ずいう「捏造」が、瀟䌚や人間のレゟンデヌトルの根本を支えおいる。

     前述の「金Au」に由来するでも、ニク゜ン政暩以降、実はそうでもないであろう通貚の䟡倀、埌述する䌁業ずいう人治瀟䌚、完璧ではない脆い「法埋」など、これらはすべお物理法則や自然摂理ずしお成立しおいるわけではなく、「神」のような、あくたで人間の心の䞭だけにそびえ立぀粟神的な支柱や信頌関係で成り立っおいる「幻」だ。

     口承が聎芚情報による神話を生み出す䞀方で、顔料は「絵画」ずいう芖芚情報による蚘録を生み出し、誰も芋たこずのない「神々」や「神話の䞖界」を可芖化するコトに成功した。

     池の䞻はより誇匵された倧きさを持぀コトで、より神話的な圹割を果たす堎面もあっただろう。

     人類は、そういった珟実的ではない想像の産物に過ぎない郚分に、アヌトにおける仮想的な珟実的ではない䟡倀や意図を埐々に組み蟌んでいったのではないだろうか。

     このように、人間瀟䌚は、初期の段階から、すでに情報化瀟䌚情報人間だけに通じる物理法則でも自然摂理でもない幻を重んじる䞖界であり、前章の「倚重䞖界の圚り凊」で述べた瀟䌚想像が珟実瀟䌚を拡匵しおいる状態だった。

     倢を芋るコトが原始的な仮想珟実だずすれば、口承や壁画は原始的なだ。ただの物質に仮想を組み合わせるコトで、その物質珟実を拡匵し、自らその䞍文埋の䞭に没入するコト耇合珟実状態で生掻をしおきた。

     僕は、このような「物質 + 想像仮想の産物」で構成される䞖界を「IMMERSIVE SOCIETY没入瀟䌚」ず名付けた。

     それは珟代にたで続いおいる。玙幣は「玙  亀換䟡倀」、ディズニヌランドは「広倧な土地ず石や朚建築物 倢ず魔法」ずいうように、それらの玄半分は想像の産物によっお信頌が担保されおいる。

     ちなみに、眠っお芋る「倢」も、分類の仕方によっおは、次の皮類に分けられる。


    ① 珟実の倖偎にあるバヌチャル完党に空想の䞖界を鑑賞しおいる状態

    䟋架空のファンタゞヌ䞖界を歩いおいる誰かを芋おいる
    ※ 誰かが、自分の堎合もある

    文章で曞くず––––「男が、空の䞊を歩いおいる」


    ② 珟実の延長線䞊にある空想によっお拡匵された珟実䞖界を鑑賞しおいる状態

    䟋枋谷を歩いおいる誰かを芋おいる
    ※ 誰かが、自分の堎合もある

    文章で曞くず––––「男が、枋谷を歩いおいる」


    ③ バヌチャル①の䞖界に没入する䜓隓

    䟋架空のファンタゞヌ䞖界を歩いおいる自分に憑䟝しおいる
    ※ 自分が、誰かの堎合もある

    文章で曞くず––––「私は、空の䞊を歩いおいく」


    ④ 拡匵珟実②に没入する䜓隓

    䟋枋谷を歩いおいる自分に憑䟝しおいる
    ※ 自分が、誰かの堎合もある

    文章で曞くず––––「私は、枋谷を歩いおいく」


    ※「鑑賞」ず「䜓隓」の定矩

    ▶ 鑑賞TPV人称神様芖点から眺めるコト

    ▶ 䜓隓FPV人称䞻人公芖点で䜓隓するコト


    【   コ ン テ ン ツ を 䜓 鹓 し お み る ず わ か る コ ト 】

    もし、良ければ、こんな実隓をしおみお欲しい。道具は䜕もいらない。ただし、人仕掛け人ず被隓者で行う必芁がある。被隓者は、目を閉じる。仕掛け人は、次の぀の文章をゆっくりず読み聞かせる––––それだけだ。

    被隓者は、どんな光景を想像捏造するだろうか


    ①
    わたしは、街を歩いおいる
    前からサトルが来るのが芋えた
    わたしが、手を振るず
    サトルも、こちらに手を振り返した


    ②
    マコトが、街を歩いおいる
    サトルも、反察偎から歩いお来る
    それに気付いたマコトが、サトルに手を振るず
    サトルも、それに手を振り返した


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    【 xR = VR / AR / MRそれぞれの定矩 】
    人間の胜動的心の䜿い方芳点から

    VIRTUAL
    「想像によっお創られたモノゎト」

    VR
    「VIRTUALなモノゎトの䞭に僕たちが飛び蟌もうずする」
    アプロヌチ

    AR
    「VIRTUALなモノゎトを珟実に飛び出させようずする」
    VRず逆のアプロヌチ

    MR
    「VIRTUALなモノゎトが飛び出した珟実『AR』に没入する」
    アプロヌチ


     原始的な「倢」や、ただ目を閉じただけの人に短い文章を読み聞かせるコトですら、バヌチャル /ずいう「鑑賞する仮想」、あるいは、/「没入する仮想」ずいう皮類に分類できる。

    「」ずいうのは、最先端の技術ではなく、倪叀からある発想であり、物理的な技術でもなく粟神的な珟象なのだ。

    「倢」や「実隓」が瀺しおいるのは、たったく同じコンテンツでも、䜓隓者の心のあり方によっお「」にも「」にも「」にもなり埗るずいうコトだ。

     それを、図解も加えお、より詳现にシェアしおおきたい。


     校庭の地面に、
     癜線で倧きな四角圢を描き、
     ぀に区切ったずしよう。

     これは、蚀うたでもなく
     リアル物理法則に則った珟実な珟象だ。

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    「倢の囜遊園地」を造るために
    広倧な土地の䞭の「建築予定地」を区切るようなコト

     この珟実をしっかりず目に焌き付けおもらっおから、りェアラブル・デバむスゎヌグル珟実䞖界が透けないタむプ  ノィゞョン・プロ型ではなくオキュラスリフト型を装着しおもらう。

     デバむスを装着しお芋るあちらのセカむでは、぀に区切られたスペヌスは珟実離れした建造ブツずしお可芖化される。

     それは䞊空に浮かんでおり、透明な床のはるか先に小さな小さな地䞊䞖界を芋䞋ろせる。倖壁はすべお流れる氎で出来おいお、すれ違う人はすべお幜霊だ––––ただし、頭の䞭で、珟実癜線で区切られた校庭を芚えおいる限り、それは、映像で拡匵した䞖界を鑑賞する「」に過ぎない。

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    元々はだだっ広く平らな土地だったずころに
    石や朚を䜿っお建築された「倢の囜」を眺めおいる状態

     その空䞭建築ブツ仮想は、芳るだけではなく、その䞭に入るコトが出来る。䜓隓者の䜍眮ず連動しお景色芖界が倉わるようになっおいる。䜓隓者は、擬䌌的に、その建おモノの䞭を自由に歩き回るこずができる。壁に近付けばきちんず壁が近付き、床にしゃがみ蟌めば、その分、倩井が遠退く。別の郚屋に入るず、内壁ず倩井がすべお「炎」に倉わる––––぀目の郚屋は「闇」が、぀目の郚屋は「光」が壁床倩井になっおいる。䜓隓者は珟実ではあり埗ないが闇や光の䞊に立ち、闇や光に觊れるコトができる。

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    「倢の囜」に入り没入し楜しんでいる垞態

     そうなるず、「鑑賞」ではなく「没入䜓隓  」ず化す。

     さらに、あちらのセカむに長くいるず、個々人の心が、埐々に「そこが実際には校庭だ」ずいうこずを忘れお、完党に氎ず炎ず闇ず光のホテルに没入し、珟実が、心䞭げ、消滅、あるいは、限りなく薄れはじめる。

     その瞬間、このコンテンツは「」から「」に倉わる。

    コンテンツ、今流行りの蚀葉で蚀えばむマヌシノ没入型コンテンツの挔出家は、没入感を高めるために、぀たり、䞀刻も早く珟実を忘れおもらうために、あらゆる感芚情報を珟実離れさせおいく。だから、挔出家がむマゞネヌションで支配できる閉鎖的な珟実から切り離した空間むマヌシノ・シアタヌが必芁になる。クリ゚むタヌの䜜品は、バヌチャルメタバヌスであろうが、珟実シアタヌであろうが、䞀定の倧きさが必芁になる。そこに人を入れなければならないからだ。メタバヌスが街になるのも、ディズニヌランドがあの芏暡になるのも、それらが目指すのが、身䜓ではなく粟神の内包ず、その䞭の行動の自由を担保するためだ。粟神の内包ずは蚀い換えれば、党感芚の支配にもなる。このコンテンツで蚀えば、没入感を削ぐ芁玠ずしお、珟実の校庭の「音」「銙り」「地面の感觊」などだ。透明なガラスの床に仮想的に立たせるためには、床は土であったはならないし、壁が氎であるなら流れる音が必芁だし、壁が炎に倉われば枩床を䞊げる必芁がある。そうしお、閉鎖的で動き回れる空間を、芖聎芚情報のみならず五感で味わっおもらうようにするために、むマヌシノ・シアタヌが必芁になるし、ディズニヌランドであれば、あれだけ広倧な土地ず呚蟺をシャットする高い壁が必芁になる。

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    䞻人公芖点で倢芋おいるずき
    童話䟋えば、シンデレラを読み聞かせおもらっおいる子どもが
    ゞブンゎトずしお物語に没入しおいる状態
    状態から「珟実」が倱われ、完党に仮想䞖界の䜏民になるようなコト
    「倢の囜」をりェアラブルデバむスで仮想䜓隓するようなコトも含たれる

     コンテンツ終了埌、ゎヌグルを倖しお、「校庭」ずいう「珟実」を再び認識した思い出した瞬間––––

    「珟実が拡匵されお空䞭に浮かぶ幜霊だらけのホテルになっおいた」

     ずいう感芚が想起されれば、最終的には「」ずしお蚘憶されるコトになる。

     ぀たり、このむマヌシノ䜜品は、たったく同じデバむスを甚いお、たったく同じコンテンツずコンテクストを䜿いながら映像を流しながらも、「」ずいう鑑賞に始たり、「」から「」ずいう䜓隓ぞず埐々に倉化し、最埌に、再び「」ずいう蚘憶思い出ずしお残るずいうものだ。

     この䜜品においお、倉わっおいくのは、映像でも、舞台でもない。䜓隓者の心の䞭感じ方だけが、倉わっおいく。

     そしお、そのタむミングは、各個人次第で、䜜者が操䜜挔出する構造にはなっおいない。そもそも、どこを「芋るか」も、それぞれに委ねられおいる––––そう、ナラティノだ––––䜓隓者カスタマヌの心が自由に決められる「トキ」––––だからこそ、この䜜品は、氞遠に完成などしない。入るたびに異なる発芋がある。

     さらに、他の人の行動によっお、幜霊の動きや起こるむベントが倉わるようであれば、それはマルチ゚ンディングをはるかに凌駕する、倉わり続ける未完のプロセスを持぀むマヌシノ・コンテンツあるいはメディアアヌトの類いになるのだ。

     それの最高傑䜜が、ディズニヌランドだ。

     りォルト・ディズニヌは、間違いなく、メディアアヌトむマヌシノ・シアタヌのパむオニアでもある。

     ナラティノ構造を生み出す際、倧切な芁玠を思い出しおみよう。

    ・ほど良い䞖界芳の提瀺蚭定
    ・盞察性を持぀関係状況
    ・断片化した情報出し玠材

     これは、やむマヌシノ・コンテンツを぀くる際のコツでもある。

     ちなみに、䞊蚘の「䞊空に浮かぶ仮想ホテル」で、䜓隓䞭に床に觊れようずすれば、校庭の土に觊れおしたい、いくら芖芚的に透明の床を芋せ付けおも、心は、その幻想から離れ、䞀気に珟実ぞ戻ろうずしおしたう。

     芖聎芚以倖の感芚情報たで網矅した「」を぀くるには「倢の囜」のような堎所特区を぀くっおしたうのが、いちばん手っ取り早い。

     するず、そもそも、芖聎芚情報もリアルに぀くっおしたえばいい、わざわざりェアラブルデバむスを付けおもらわない方がいいず考えるこずもあるだろう。

     ディズニヌずいう倩才がどこたでの未来を芋据えおあのランドを぀くったのか、知る由もないが、あの時代に孀高にあの「」もしくは「」を創り䞊げたコトに、倧きな敬意ず畏怖を感じる。

     なお、「䞊空に浮かぶ仮想ホテル」コンテンツは、校庭でなくずも、自分の郚屋でゎヌグルを付けお楜しむこずもできる。

     ただし、事前に「癜線で区切られた地面」を芋ず、あのセカむに飛び蟌むんだ堎合––––

     あちらのセカむが「校庭を映像で拡匵した」から始たるこずはない。いきなりバヌチャルな䞖界に飛び蟌むため「」から始たるはずだ。

     たったく同じ映像コンテンツを同じむンタヌフェむスデバむスで楜しむにも関わらず、校庭を芋せおから楜しむず「珟実が仮想的に空䞭ホテルに倉化拡匵した」ず心が感じ「/」から始たるのに、それを芋せおいないずいうだけで、終始「」になる。

     やはり、「//MR」は、デバむスなどのテクノロゞヌで区別するモノでも、コンテンツで区別するモノでもない。

     あくたで心の䞭で起こる䜜甚であり、可倉的な幻の分類––––珟実が透けお芋えないオキュラスリフトであろうが、珟実が透けお芋えるノィゞョン・プロであろうが、䜓隓にもなるし、/䜓隓にもなる。

     䜓隓䟡倀は、デバむスではなく、人の心が決めるのだ。

     だからこそ、テクノロゞヌが進化すれば、より良く起こせるずいう単玔なシロモノやモノゎトではない。

     䜜者は、かなり綿密な挔出蚈画を緎る必芁がある。

     にも関わらず、映画監督のように––––

    ▶ 芖点どこを芋せるか
    ▶ 芖界空間的にどれだけ芋せるか
    ▶ 時間時間的にどれだけ芋せるか

     などを、カット切り抜くコトも、線集もできない。をはじめコンテンツにおいお、そのような操䜜は䞍可胜だ。

     では、どうやっお、挔出しろず蚀うのか––––

     ここに、レコヌドメヌカヌで働いおいた僕が「コンテンツ」の぀くり手になった所以がある。

     映画のディレクタヌが「芋たり感じるモノゎト」を挔出するのに察し、 䜜品むマヌシノ没入コンテンツのクリ゚むタヌは、「芋方や感じ方」぀たり「リレヌションシップ関係」を蚭蚈する––––これは、珟代のレコヌドメヌカヌで働く「ディレクタヌ」が行っおいる「聎くモノ音源」を぀くるだけでなく、「音楜の聎き方や届け方」たで挔出するのず同じ発想だ※。

    ※ 蚀い換えれば、珟代のレコヌドメヌカヌにいるディレクタヌは、音楜を䜿っお、どんな「」「むマヌシノ・コンテンツ」を぀くるか を考える仕事ずも蚀える。その具䜓的な手法が、ただのミュヌゞックビデオではなく参加型の「螊っおみた映像」や「歌っおみた映像」の掻性化であり、クラりドファンディングであり、昔からあるコンサヌトだ。

     蚀うたでもないが、すべおの䜓隓はバヌチャルの成立から始たる。ディズニヌが぀くった倢の囜は、シンデレラずいう物語誰かが捏造した仮想が人類共通で認識されおいるからこそ成立するし、「魔法」も、「魔法」ずいうバヌチャルが人類の頭の䞭だけに存圚しおいるあるいは共通で認識されおいるからこそ成立する。

     このような客芳的に認知されおいる共同幻想を「バヌチャル」ず呌ぶ。そのバヌチャルを甚いお珟実を拡匵した状態や物物質あるいは珟実共同幻想を客芳的に認知鑑賞しおいる状態を「」ず呌ぶ。

     そしお、珟実にはない  物質を䌎わない玔粋な「バヌチャル」に没入するコトを「」––––「バヌチャル」によっお拡匵された珟実物質を䌎うバヌチャルである「」に没入するコトを「」ず呌ぶ。

     バヌチャルずは人称芖点からの鑑賞であり、ずは䞻人公芖点人称芖点からの䜓隓ずいう分類もできる。

    ・捏造された物語などない状態  非垞に珟実的な物理法則だけが支配する絶察的な唯䞀の䞖界をリアルず蚀う。その別名が「自然」である。

    ・シンデレラ  物語自䜓は、物質を䌎わずに成立するバヌチャルである。

    ・その物語を玙に固定印刷するず拡匵された珟実ずなる。

    ・石や朚ずいう物質で䜜ったシンデレラ城で遊ぶ物質を䌎った倢の囜に没入する䜓隓は耇合珟実ず蚀える。

    ・長時間、倢の囜にいるず珟実を忘れるそこが千葉の海岞沿いの埋立地であるこずを忘れる状態、あるいは、そもそも物質を䌎わずデヌタだけで没入できる状態  ゎヌグルで楜しむ䜓隓できる状態を仮想珟実ず呌ぶ。

     たずめるず––––「珟実感や物質性の有無」ずいう芳点から、それらが無いのがバヌチャルずで、それらを䌎うのがず––––

     䞀方で「芖点の違い」「鑑賞 or 䜓隓」ずいう芳点から、人称芖点の鑑賞他者が創った䜜品に過ぎないのがバヌチャルずで、人称芖点の䜓隓ゞブンゎトずなるのがず––––

     ゎッホや葛食北斎の描いた絵画で䟋えるなら、圌らが頭の䞭で描いた心象颚景自䜓それこそがアヌトずしおの真䟡は物質を䌎わない「バヌチャル」であり、それを玙ずいう物質に固定した瞬間に、アヌトは物質バヌチャルである絵画䜜品 「」ずなる––––その絵画をに囲われた巚倧な箱に映しお、その䞭に入れるようにした展瀺䌚むマヌシノ・コンテンツにするず、鑑賞ではなく䜓隓ずなり、その状態をず呌ぶ。それは、箱ずいう物質をゎッホや北斎のアヌト心象颚景  バヌチャルで拡匵した「倢の箱」に入り蟌むものだが、そこから物質性や珟実感を省くアプロヌチずしお、オキュラスリフトなどのゎヌグルがあり、それを甚いお「倢の箱」を物質や珟実を䌎わずに䜓隓するず「」になる––––

     ––––いずれにせよ、本来、唯䞀絶察なリアル物質䞖界自然界から、人類が逞脱したきっかけは、頭の䞭だけで自分勝手に物理法則や自然摂理を凌駕するむマゞネヌション想造から生たれたバヌチャルにある。

    画像
    仮想でしかないモノゎトを生み出し、認識鑑賞しおいる状態


    − 
    コンテンツを終息させるコンテクストの収束


     「」が、科孊技術の話ではなく粟神心の話だずいうコトを螏たえるず、ゎヌグルを装着しないず䜓隓できないモノゎトではないなんお、圓然だし、必ずしも、芖芚情報で挔出する必芁すらない。

     䟋えば、音声/ずいうゞャンルがある。

     音声で行う「/」における珟時点での特筆すべき点に、完璧に近いむンタヌフェむスデバむスゎヌグルみたいな物がすでに存圚しおいるこずが挙げられる。

     スマホずむダフォンがそれだ。

     音声を瀟䌚実装するのに「ホロレンズ」「マゞックリヌプ」「ノィゞョン・プロ」などのりェアラブルデバむスの完成や普及を埅぀必芁は、䞀切ない。

     垃団で銀河を旅できた頃の倚感で幌い脳にずっおは、垃ず闇がむンタヌフェむスずなるデバむスずスクリヌンであり、どこたでも広がっおいく宇宙はパラレルな仮想珟実フィヌルドだった。

     その根源である「想像力」ず呌ばれる脳内システムは、今なお、僕の心に無限のチャネルを生んでくれおいる。

     想像力を掻き立おるずき––––堎合によっおは、音声だけで十分だ。

     真っ暗な空間に手すりを敎備し、目隠しをしおもらった被隓者が手すりのみを頌りに進んでいくコンテンツを぀くったずしよう。

     それを肝詊しにするには、おどろおどろしい効果音や、か现い声ですすり泣く声を聞かせればいい。

     あるいは、そこが「真の闇」ず呌ばれる掞窟で、被隓者は勇者で、魔法䜿いず戊士ず䞀緒に、それを乗り越えおいく様をセリフ劇で聞かせれば、たったく異なる䜓隓にもなる。勇敢なマヌチでも添えれば、より奮起しお歩を進めるこず間違いなしだ。

     音だけ倉えれば、そこを停電䞭の宇宙船内にするこずも、あるいは、宇宙空間で浮かんでいるコトにするこずも、あるいは、原始の海底だず蚀い匵るコトもできる。

     そういった心的に䜜甚する「」に関するテクノロゞヌの進化は、心の䞭に無限にある幻想チャネルをそのたた、珟実䞖界ぞ出珟させるずいう未曟有に挑戊しおいる。

     珟時点での、芖聎芚面の最先端むンタヌフェむスが、ノィゞョン・プロなどのりェアラブルデバむスであるこずは間違いない––––が、それらが最高峰の䜓隓を担保しおくれるかずいうず、そうではない。

     スマホずむダフォンず目隠しで䞊蚘のような䜓隓は生み出せるし、その䜓隓䟡倀が、ノィゞョン・プロの提䟛する芖聎芚を甚いた䜓隓に負けおいるずは、たったく思わない。もちろん、勝っおいるわけでもなく、どちらずも玠晎らしいずいうこずだ。

     音だけでも、たった぀の物理的な珟実空間にパラレルワヌルドを生み出せる。そう考えるず、音楜を聎きながら街を歩くのだっお、立掟な音声だ。人生のが倉われば、あなたが芋る光景の色が倉わっお芋える––––それが、人間らしさだ。

     ずいう商品物䜓を東京ドヌム十個分の倉庫に隙間なく䞊べおも収たらない倧量の音源を収めたクラりドを、䞖界で䜕千䞇人もの頭の䞊に仮想的に浮かべおいるSpotifyが「音楜」の最先端だったりする。

     僕たちの日垞を、䞖界䞭のありずあらゆる「音楜ずいう圢のない仮想的な存圚」で拡匵し、もし、それを聎きながら、「゚モい」ずか蚀っお、空がい぀もよりちょっぎり青く芋えたりなんかしたら物理法則䞊や自然摂理的には絶察にそんな理由で空色が倉わるなんおコトあり埗ないわけで、それはもう立掟な「音楜音楜ずいうバヌチャルが拡匵した  青く塗ったず思い蟌んでいる䞖界ぞの没入」でもある。

     このような珟象は、もちろん良くも悪くもで––––

     ある小説バヌチャルが、映画化化された瞬間に、䞖界に散らばっおいた十人十色のナラティノなビゞュアラむれヌションは画䞀化され唯䞀解が瀺され、原䜜の「映画化されるほどの玠晎らしい物語」ずいうコンテンツをデッドさせるかも知れない––––「ビックリマン」が、アニメ攟送の終了画䞀的な物語が完成しナラティノの䜙癜がなくなるず同時に、そのムヌノメントを終息させおいったように。

     逆に、そもそも「物語」だけでなく「ビゞュアル」たで固定されおいる「挫画」がアニメ化される際、音声声優のキャスティングが加わるコトで、ナラティノだった唯䞀の正解がなかった声を固定するずいうリスクも垯びるこずになる。

     挫画原䜜のアニメを、キャラクタヌず声優のマッチングが悪いずいう理由で芳れなくなっおしたう原䜜ファンの心理も、ある皮、ビックリマンのような構造から生たれる悲劇なのだ。

     完成させるずいうコトは、い぀だっお、どれだっお、唯䞀の結果に「収束」させるコトず同矩で、パラレルに存圚しおいた倧きな可胜性を「終息」させおしたう恐るべき副䜜甚を孕んでいる。

     - - - - -

     心の䞭にある無限チャネルのリアルぞの䜓珟化––––このようなハむリスクなむノベヌションは、い぀たで経っおも満など持さない––––だからこそ、垞に真新しい垞新性のモノゎトず蚀えるが、どこかの時点で、必ず「然るべきずき」がやっお来おしたう。

     完成ず勘違いする瞬間が––––

     神は、それを嘆くだろうか

     いや、そうならないように、油断せず、幟重にも心掛け、厳重に機械仕掛けるコトが倧切だ。

    「Nu-Clear」なんおクリヌンに呌ばれる原子力技術の革新も、爆匟に䜿えば悪で、゚ネルギヌに䜿う分には、絶察悪ずは蚀い切れない。技術は䜿う人の心によっお、心の䞭で色を倉える。

     怒りの赀や、絶望の黒、
     あるいは、綺麗な自然が湛える青や緑。
     噎火は赀いし、黒い花もある。
     信号の緑を、日本人は青ず呌ぶ。
     英語では、グリヌンラむトなのに。
     䜕が、正しいのだろうか
     䜕も、正しくないのだろうか
     そもそも、人「間」の正しさ自䜓が
    「間」違いなのかも知れない。

     䞖界は、い぀だっお耇雑で、も同じく「善意的なチャンスに違いない」ず匷く願いながら、謙虚に誠実に構築しおいくしかない。

     今埌、人間の心の䞭だけにあり続けた無数の幻想チャネルは、進化した/技術によっお、䞖界に晒され続ける運呜にある。

     たずえば、ノィゞョン・プロのようなゎヌグルが超小型化し、コンタクトレンズのようになったり、ニュヌラリンクがより進み、脳の芖芚野に盎接、画像を投射できるむンプラント・チップが開発されたりしお、垞に幻芖を重ね続ける䞖界が垭巻するだろう  

     そのずき、瀟䌚に啓くべきは、共創共有共感であっお、仮想を、いかに僕らが生きおいる珟実に近付けるかずいう「本物のリアリティぞの远及」は重芁ではない※。

     か぀お、垃団のすぐ倖偎に無限の宇宙が広がっおいたように、今はただ、あらゆる仮想フィヌルドは、すぐ隣にあるのに遠倧なギャラクシヌマヌケットに違いない。

    【ギャラクシヌマヌケットずは】

    ※ 本物のリアリティず、仮想珟実の䞭のリアリティを区別しお曞いおいる。僕は、前者を䞍芁ず蚀っおいるだけで、埌者はものすごく倧切だ。仮想珟実––––たずえば、ガンダムや゚ノァンゲリオンの䞖界を、珟実䞖界のリアリティ、぀たり、物理法則や垞識でガチガチにしおしたうず、たったく面癜くない。そういう意味で、に「本物のリアリティ」を求め過ぎるべきではないず蚀いたいのだ。ガンダムにも゚ノァにも、その䜜䞭に存圚するこの異セカむの「理」 䜜䞭のリアリティはあるわけで、そちらは倧いに重芁だ。あちらのセカむのリアリティがあやふやで、䜜者のご郜合䞻矩でコロコロ倉わるようでは、ファンは付いおいかない。だから、フィクションの䞭では確かな僕らの䞖界では本物ではないコトも含めた仮想的なリアリティが非垞に重芁になっおくる。それこそが「䞖界芳」ず呌ばれるものだ。

    - - - - -

     ドラッカヌは、ずっくに蚀った。

    「本物の倉化ずは人が行なう事であり、䞀時の倉化は人が蚀う事である。
     ただ行なっおいなかったずしお、今、これを始めるか」

     - - - - -

     シュトッカヌは、ずっくに行った。

       圌のような倩才でもない限り、凡人は、远い着くのではなく远い越すくらいの意識で、やっず䞁床良い。

     - - - - -


     未来は、垞に、始たっおいる。


    【 次 ç«  に 向 け お 】

     僕たちの祖先の脳内にバヌチャル想像力/仮想ずいうむノベヌションが生たれた瞬間から「人間瀟䌚」は始たった。

     そしお、それは、ではなく/から興った。

    「から/ぞ進化する」ずいう流れをむメヌゞする人が倚いが、それは、䞖玀末以降の「短い波䟋えば、オキュラスリフトに代衚されるゎヌグルから、ノィゞョン・プロに代衚されるゎヌグルぞの進化の過皋」だけを芋おいるからで、巚芖すれば人類史から芋れば、その認識が根本的な間違いを犯しおいるこずに気付く。

     それを蚌明するために、次章では「」ず「人類史」を––––「魔法」「アヌト」「瀟䌚」––––ずいう぀の「想像による創造」から掘り䞋げおいきたいず思う。

     きっず、「からぞ進化する」なんお考えはなくなるはずだ––––その代わりに、こう思うだろう。アップルなどがこぞっお実珟を目指し、最先端ずされおいる「/」は「回垰的な新しい䟡倀なんだ」ず。 


    【 マ ガ ゞ ン 】

    人間に限っお䞖界の半分以䞊は「想像による創造」で出来おいる。

    画像
    鳥は自由に囜境を飛び越えおいく
    人がそう呌ばれる「幻」の「壁」を越えられないのは
    物質的な高さではなく、粟神的に没入する深さのせい

    某レコヌド䌚瀟で音楜ディレクタヌずしお働きながら、クリ゚ティノ・ディレクタヌずしお、アヌト広告建築人工知胜地域創生ファッションメタバヌスなど倚皮倚様な業界ず運良く仕事させおもらえたボクが、叀くは『神話時代』から『ルネサンス』を経お『どこでもドアが普及した遠い未来』たで、史実ず、考察ず予枬、芳枬ず垌望を亀え、プロトタむピングしおいく。

    音楜業界を目指す人はもちろん、「」ず「」の良くも悪くもな歎史レファレンスず未来将来性を知りたいあらゆる人向け。

     本圓のタむトルは––––

    「本圓の商品には付録を読み終わるたではできれば觊れないで欲しくっお、
     付録の最埌のペヌゞを先に読んで音楜を聎くのもできればやめお欲しい。
     たた、この商品に収録されおいる音楜は誰のどの曲なのか非公開だから、
     音楜に関するこずをむンタヌネット䞊で䞖界䞭に晒すなんおこずは  」


    【 自 å·± 玹 介 】

    【 プ ロ ロ ヌ グ 】



     
     
     
    某レコヌド䌚瀟のディレクタヌ | 映像䜜家。

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