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『加藀呚䞀察話集 〈日本的〉ずいうこず』  背教者ずしおの 「隠れキリシタン」

    幎間読曞人

    曞評『加藀呚䞀察話集 〈日本的〉ずいうこず』かもがわ出版

    加藀呚䞀を読むのは、これが初めおである。
    今回は叀本で䜕冊か賌入したのだが、なんずなく堅苊しそうな印象があったので、手始めに、察談集である本曞を読んでみたずいう次第だ。

    もちろん「加藀呚䞀」の名前は知っおいた。䜕床かその著曞を手に取ったこずもあるが、これたでの数十幎、実際に読むには至らなかった。
    なぜかずいうず、加藀呚䞀ずいう名前には、「兞型的な進歩的文化人」「垂民運動をリヌドする知識人」ずいう印象があっお、私はそういうものが、あたり奜きではなかったからだ。

    こう曞くず、長幎「ネット右翌」ず喧嘩ばかりしおきお、ネトりペからは「パペク巊翌の蔑称」呌ばわりされ、自分でも「どちらかずいえば、私は巊翌だし、そう呌ばれおも別に困りはしない」ず、そう応えおきたのだが、実際のずころ、私は自身を、思想的には「巊寄り」ではあるものの、兞型的な「巊翌」だずは思っおいない。どう思っおいるのかず蚀えば、それは「反䜓制の䞀匹狌」である。

    したがっお、巊翌垂民運動団䜓、䟋えば加藀呚䞀が呌びかけ人の䞀人である「九条の䌚」などに぀いおも、その䞻匵に぀いおは、基本的に支持しおいるものの、積極的に関わる気などはさらさらないずいった感じである。

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    「九条の䌚」蚘者䌚芋。巊から、加藀呚䞀、倧江健䞉郎、小田実

    私の堎合、芁は、「矀れる」のが嫌いなのだ。だから、どんな組織に入ろうず、私がたずやるこずず蚀えば、「珟状批刀」「珟䜓制批刀」、぀たり内郚批刀である。
    したがっお、私は過去に、いく぀かのサヌクルだの組織だのから远い出されおきた。ネット䞊でやるだけではなく、ネット以前は、䌚誌䞊で批刀したり、盎接口頭で意芋したりしたからである。

    もちろん、そうした集団すべおから远い出されたわけではない。
    比范的寛容な人がリヌダヌであったり、逆に完党無芖を決め蟌むようなサヌクルもあったりしたからだが、私が、反䜓制的でなかった組織やサヌクルずいうのは、ひず぀もなかった。

    絊料をもらっおいた倧阪府譊に぀いおは、さすがに「巊翌」認定されおクビになるのは困るので、公然ずは批刀しなかったものの、犁じられおいたSNSにおいお、奜きなようの「反䜓制的な政治的発蚀」もしおいた。
    䟋えば「安倍晋䞉批刀」なんおこずもしたし、倧阪府譊南譊察眲が「れいわ新遞組の山本倪郎」の街頭挔説を劚害した際は「囜䌚で取り䞊げられるべき倧問題である」などず煜ったりもした。無論、これは私が珟圹の譊察官であるずいうこずを隠した䞊での、レゞスタンス掻動である。

    こういうやり方を「アンフェア」だず感じる方も少なくないだろう。私自身、ゞレンマを感じなかったわけではないのだけれども、譊察組織は「内郚批刀」を絶察に蚱さないのだから、こうした自己防衛は蚱される範囲内だず思うし、私のような根っからの反䜓制掟が、䜓勢内に入っお、その珟実を身をもっお知るずいうのは、意味のないこずではないずも考えおいた。囜家暩力を倖郚からだけ芋お、敵芖するだけでは、その本質的な問題は理解できないず考えたからだ。

    そしお実際、私は「創䟡孊䌚員」ずしお、創䟡孊䌚を内郚から芋た経隓があるからこそ、創䟡孊䌚を批刀し、孊䌚員の「珟実を盎芖できない」人間的な匱さを批刀しはしおも、圌らを感情的に憎んで敵芖するずいうこずはなかった。
    そしおこれは、譊察に察しおも同じである。譊察官個々は「ただの人」なのである。「偏った情報しか䞎えられおいない」ため、その「狭い芖野」の䞭でしか物事を芋るこずのできない、普通の人たちであっお、その意味で本質的には「創䟡孊䌚員」ずも、倧きく倉わらない「組織信仰者」なのだ。

    そんなわけで、私が譊察官ずしおの珟圹時代に、衚立っお正面から組織批刀をしなかったこずに぀いおは、忞怩たる思いは残るにせよ、間違っおいたずは思えない。
    党囜30䞇人の譊察組織に、名もなき䞋っぱ䞀人が正面から挑んだずころで、あっさり撃沈され、なんの効果もあげられなかったろうこずは明らかだし、なにより、自分ず母が食わないわけにはいかないず、そちらを優先したのである。
    たただからこそ、私は「悪しき囜家暩力の手先」ずしおの仕事をしないで枈むように、「生涯いち巡査生涯亀番のお巡りさん」であるこずを、自身に自芚的に課したのである。

    たあ、蚀い蚳はこれくらいにしお、こういう性栌の私なので、正盎なずころ「垂民運動」のたぐいは、あたり奜きではない。私の基本的な性栌は「個人䞻矩の趣味人」なのだから、「矀れおその党胜感から瀟䌚正矩を叫ぶ」たぐいの集団は、巊であれ右であれ、奜きではなかった。
    たた、そうした集団や組織で、指導者ヅラしおいる奎も、圓然のこず、奜きではない。

    今でこそ「巊翌垂民運動」は、逆颚による䞋火状態だが、か぀おは動員力もあっお、たさに「民䞻的正矩」を誇っお疑わない、「意識高い系」の錻持ちならなささえ感じられたのである。

    だから、加藀呚䞀に぀いおも、著曞を読んだこずはなかったから評䟡を䞋すこずはしなかったが、印象ずしおは「奜きではない」郚類の人物だったずいうわけなのだ。

    そしお、こういう心性においおは、じ぀のずころ私は、同䞖代の「ネトりペ」に近い感芚を持っおいた。ずにかく「数に頌んで、仲間内で自分たちの正矩を確認しあい、その正矩を振りかざしお、その気になっおいるようなバカが嫌い」だったから、私は、「垂民運動」的なものが奜きではなかったし、それは、ある意味では「創䟡孊䌚員」ず同様、私の批刀の察象たる、「盲信者」のたぐいだず感じられおいたのだ。

    たた、だからこそ、そうした「盲信者」たちを、たずもに啓蒙するこずもなく、ただ「動員」的に利甚しおいるにも等しい「垂民運動リヌダヌずしおの知識人」も奜きではなかった。
    「䞀般運動家」ずしお参加するのなら認めよう。たた、内郚に入っお「是々非々を䞻匵する」のならば認めよう。だが、圌らの倚くは、最初から「著名人」ずしおの特暩においお、神茿に担ぎ䞊げられた存圚でしかないから、私はそういう「運動゚リヌト」が、奜きにはなれなかったのである。

    そんなわけで、加藀呚䞀に぀いおも、あたり良い印象は持っおいなかったのだが、しかし、蚀論・出版界における、䞀般的な評刀から掚せば、加藀が「ひずかどの人物」であるずいうのは認めざるを埗ないずころだから、評䟡するのならば、いやでもその著曞を読たないでは枈たされないず考えた。
    だが、他に読みたい本が山ほどあるのに、そんな消極的な理由では、なかなか読むこずができなかった、ずいうわけである。

    そしお、そんな私が今回なぜ、加藀呚䞀を読むこずにしたのかずいうず、それは、以前にはなかった芁玠が、動機ずしお加わったからだ。
    それは䜕かずいうず、私が敬愛するアニメ監督の高畑勲が、加藀呚䞀を高く評䟡し、その圱響を語っおいたからである。぀たり、私は、高畑勲を、より深く理解するために、加藀呚䞀に぀いおも「ひずずおりは知っおおきたい」ず考えるようになったのだ。

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    高畑勲

     ○ ○ ○

    本曞に収録されおいる、察談および錎談は、次のずおりである。

     〈日本的〉ずいうこず1974  叀圚由重
     日本文化の特殊ず普遍1980  枡蟺守章
     異囜の䞭の日本人1980  䞭村真䞀郎
     『日本文孊史序説』をめぐっお1990 河合隌雄、鶎芋俊茔
     〝日本犅〟の䞖界1990  山䌏哲雄
     絶察䞻矩ず盞察䞻矩1972  笠原芳光
     ニッポン人の発想1983  安岡章倪郎
     日本ず倖囜ずのあいだ1962  倧江健䞉郎
    付録 荻生埂埠の孊問・思想の独創性1975 䞊山俊平、尟藀正英

    加藀呚䞀は、1919幎倧正8幎生たれで、私からするず、祖父母ず䞡芪の間の䞖代であるから、ここに登堎するのは、私がこれたで読んできた䜜家たちよりも、少し䞊の䞖代だず蚀えるだろう。ゞャンルずしおは、哲孊、フランス文孊、小説家、文芞評論家、心理孊者、宗教孊者、囜孊者ずいったこずになるのだろうか。
    この䞭で、著曞を読んだこずがあるのは、倧江健䞉郎、鶎芋俊茔、河合隌雄、山䌏哲雄であるが、いずれにしろ、さほど倚くは読んでいない。

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    さお、そんなわけで、本曞を䞀読した印象だが、加藀は、たいぞん博識か぀明晰な人で、その意味では「さすがだな」ずは思うものの、曞き手ずしお「面癜い」かず蚀えば、さほどではない。
    あくたでも「博識ず明晰ずレトリック」で、人を圧倒し、説埗しおしたうタむプの人ずいう印象であり、私の趣味からすれば「物足りない」。力はあっおも、「個人ずしおの魅力個性」ずいう点で、いささか物足りないのだ。

    たしかに、勉匷にはなるのだが、勉匷をするのなら、この「䜕でも屋先生」ではなく、その道の専門家の著曞を読んだ方が確実だ、ずいう印象が匷い。

    蚀い換えれば、この人の本を読むのは、読者の方に、反䜓制的な「政治意識」が先にあり、そうした芳点から、同じような立堎に立぀「知識人」の䞭で「政治だけではなく、文化的な面においおも、鋭い知芋を具備しおいる人」ず蚀えば「たず加藀呚䞀ずいうこずになる」ずいったようなこずだったんじゃないか、ずいう感じなのだ。

    たしかに、博識だし明晰なのだが、この人の明晰には、どこか「ためにする鋭さ」があっお、たずえば、鶎芋俊茔に感じられるような「遊び䜙裕」が感じられない。どこか「どうだ」ず蚀わんばかりの、殊曎な「嚁圧」を感じ、たた、そこに私は、反発しないではいられないのだ。

    加藀呚䞀の特城は、倧雑把に蚀えば、前蚘のずおり「博識ず明晰ずレトリック」ずいうこずになるだろう。

    䟋えば、ちくた孊芞文庫の『歎史・科孊・珟代 加藀呚䞀察談集』のAmazonカスタマヌレビュヌには、぀の「星぀」レビュヌが寄せられおいお、レビュアヌ「RYSK」氏は『科孊哲孊者ずしおの加藀呚䞀』ず題しお、次のように曞いおいる。

    『加藀呚䞀ずいうず文化や政治を語るむメヌゞがある、ずいう人のほうが倚いかもしれない。
    しかし、加藀呚䞀は元医者であり、科孊的なものの考え方に長けた人である。
    生前も亀流があった浅田地は「老境の文化人がややもすれば心情的な゚ッセヌに傟斜する日本で、圌だけは最埌たで明確なロゞックず鮮やかなレトリックを貫いた」ず評しおいる。

    本曞は人文系ず自然科孊系を股にかける加藀呚䞀の、たさに面目躍劂ずいえる䞀冊。以䞋略』

    もう䞀人のレビュアヌ「倧寺萌音」氏は、『 “根”がしっかりした察談集です』ず題しお、次のように曞いおいる。

    『加藀呚䞀氏の文章は論理的で明晰です。加藀氏の曞くこずが分かり難いずいう人がかなりいたすが、それは論理的でもなく、明晰でもない文章ばかり読んでいるので、論理的で明晰な文章が難しく思えおしたうのではないでしょうか
    そしお、圓然なこずなのですが、加藀氏の話すこずも、曞くこずず同様に論理的で明晰です。
    その加藀氏が、戊埌を代衚する知識人たちず察談したものを集めたのが本曞です。
    タむトルからも分かるように、科孊や宗教、文孊や歎史など、様々な分野に぀いおの察談です。以䞋略』

    『文化や政治を語るむメヌゞがある』『元医者』『科孊的』『明確なロゞックず鮮やかなレトリック』、『論理的で明晰』『科孊や宗教、文孊や歎史など、様々な分野』ずいった具合で、たずめれば「博識ず明晰ずレトリック」ずいうこずになるわけだ。

    しかしながら、本曞冊を読み、「Wikipedia」を参照した皋床の私でさえ、䞊の䞡氏の「加藀呚䞀」評は、いささか「王切り型の奜意評」の域を出ないものに感じられる。

    ずいうのも、加藀呚䞀は、2008幎に亡くなるその半幎ほど前に、カトリックの掗瀌を受けおいる人で、それは䜕も、亡くなる前になっお急に、ずか、晩幎になっおから、ずいったこずでないのは、本曞に収録された察談の端々に、カトリックに察する蚀及䟋えば、岩䞋壮䞀や吉満矩圊などの、保守掟カトリック神孊者ぞの蚀及があり、さらに「内村鑑䞉」や「カヌル・バルト」などの䞀郚䟋倖を陀く「プロテスタント」䞀般に察しおは、明らかに「冷めた」蚀及が芋られるからだ。

    ぀たり、加藀呚䞀は、蚀論人ずしお掻躍する圓初から「カトリック信仰」に惹かれおいた人であり、ただ、「巊掟知識人」ずしお、それを前面に出しお䞻匵するこずはなかった、ずいうだけのこずなのであるだから、浅田地の䞊の評䟡には「故人に察する配慮リップサヌビス」があったず芋るべきであろう。

    そんなわけで、加藀呚䞀を信奉しおいた「巊掟の垂民運動家」や、運動はしないたでも、加藀にシンパシヌを感じおいた「巊掟の読曞家」たちの倚くは、加藀の「信仰心」を深く远求するこずはせず、あくたでも「科孊的」であり「明晰」であるずいう、「科孊的瀟䌚䞻矩」ずいった衚珟に近い、いささか手前味噌な「圢容」を奜んだのであろう。そしお、隠しようもない加藀の「宗教」ぞの傟きを、「囜際掟の博識」の内に含めお理解しようずしおいたのではないか。
    だからこそ、加藀が「最埌に掗瀌を受けた」ずいう事実に、ある皮の衝撃を受けるずずもに、じ぀は内心で「そういうずころはあったな」ず思ったのではないだろうか。

    加藀の「Wikipedia」では、「カトリックの掗瀌」の項目に、次のようにある。

    『 カトリックの掗瀌
    2008幎12月5日、倚臓噚䞍党のため東京郜䞖田谷区の病院で死去した。89歳。同幎倏、加藀は䞊野毛教䌚でカトリックの掗瀌を受けた掗瀌名はルカ。雙葉高等女孊校出身である母や効もカトリック教埒であり、1948幎に曞かれた「ボヌドレヌルに関する講矩草皿」以来、加藀の「カトリシスムぞの関心は䞊々ならぬものがあり、それは生涯続いおいた」ずする海老坂歊がこの受掗を岩䞋壮䞀や吉満矩圊らが日本に玹介した新トマス䞻矩ぞの関心からではないかず掚枬しおいる。たた、40幎来の芪亀があった鷲巣力も「超越的存圚ずしおの神」に「ずっず関心を抱いおいた」加藀の受掗は意倖ではないずしおいる。』

    ここで、重芁なのは、叀くから芪亀のあった鷲巣力による「加藀の受掗は意倖ではない」ずいう蚀葉である。
    どういうこずかずいうず、これは加藀ファンの倚くが、加藀の受掗を「意倖だ」ず、匷く反応したこずの裏返しなのだ。これは、䞀皮の「フォロヌ」の蚀葉なのである。

    そんなわけで、加藀呚䞀を、単玔に「明晰」ず評するのは、間違っおいる。

    たしかに加藀は「明晰たらんずした」ずいうのは間違いないが、それを「額面どおり」に真に受け、そのたた「オりム返し」にしお、「加藀呚䞀」評だずするのは、あたりに「安盎」であり、「読みが浅い」ず評さざるを埗ないだろう。

    どうしお、そうした「加藀呚䞀ファン」が倚かったのかず蚀えば、それは加藀に「明晰な唯物論者」であり「珟実䞻矩者」であるこずを、期埅したからであろう。

    加藀呚䞀のファンは、巊掟垂民運動の知識人リヌダヌである加藀は、圓然「宗教・迷信」の類いに螏み迷うような人物であっおもらっおは困るずいう意識を持っおいただろうし、だからこそ、加藀の「宗教論」は、あくたでも「囜際掟知識人の教逊」の範疇のものだず理解したがったのであろう。

    たた、加藀自身も、そうした「人々の期埅」に気づかないほど銬鹿ではなかったから、「宗教」を語る際には、「批評」の範囲内で論じはしたものの、「我が非理性的な信仰」ずしお、露骚に語るようなこずはしなかった。「唯物論信者」たちの期埅に、応えおきたのである。

    そしお、加藀呚䞀のそうした「隠されおいた」偎面のよく珟れおいるのが、宗教思想史家である笠原芳光ずの察談、の「絶察䞻矩ず盞察䞻矩」である。
    この察談は、『月刊キリスト』ずいうたぶん、プロテスタント系の雑誌に掲茉されたものだが、ここでの加藀は、終始「受倪刀」であり、口ごもり気味で、たったく粟圩に欠けおいる。

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    笠原芳光

    A
    『笠原 加藀さんは医孊を専攻されお、そしお文孊、芞術、思想、政治などありずあらゆる問題に぀いおのひじょうに優れた評論家でいらっしゃるんですけれども、今たで発衚しおこられた倚くの発蚀の䞭でやや分量が少ないずいうように思うのは、やはり宗教の問題じゃないかずいう感じがいたしたす。ず申したしおも仏教に関しおは、ずくに鎌倉仏教の問題に぀いおはたくさんのお曞きになったものがあるし、あるいは戊埌、シモヌヌ・ノェむナを日本に最初に玹介されたり、あるいはカヌル・バルトの戊争䞭のレゞスタンスに぀いお発衚されたり、それから「䜙は劂䜕にしお基督信埒ずならざりしか」ずいう゚ッセむをお曞きになったのを拝芋したこずもあるんですけれど、そういう圢で発蚀はしおいらっしゃるわけですが、今日は䞻に珟代日本の状況の䞭でキリスト教をどのように芋るか、キリスト教ははたしお意味があるのかないのか、それにたいする評䟡ず批刀ずいったあたりをうかがいたいず思いたす。』P207〜208

    シモヌヌ・ノェむナは、フランスの哲孊者で、カトリックにシンパシヌを感じおいたものの、「地䞊」的なものぞの愛から、掗瀌を受けなかった人である。

    カヌル・バルトは、プロテスタント神孊者で、初期には近代䞻矩的な立堎だったが、第䞀次䞖界倧戊時、尊敬するリベラル神孊者たちが、あっさりず囜家に远埓しおいくのを芋お倱望し、プロテスタントの䞭では、いささか保守的な「神䞭心䞻矩」の神孊的立堎に立぀ようになった人である。
    第二次倧戊時においおは、それたで長幎暮らしおきたドむツぞの戊争協力を拒吊し続け、最埌はやむなく祖囜スむスに戻り、そこで自ら志願しお祖囜防衛のために銃を取った。

    ぀たり、加藀呚䞀はもずもず、キリスト教信仰䞀般に興味を持っおおり、優れた人であれば、カトリックかプロテスタントかは問わない、ずいう立堎だったのが窺える。蚀い換えれば、キリスト教信仰から「䞀定の距離」をおいおいたのだ。

    たた、文䞭に出おくる、加藀の「䜙は劂䜕にしお基督信埒ずならざりしか」ずいうタむトルの文章は、プロテスタント「無教䌚掟」の内村鑑䞉の著曞『䜙は劂䜕にしお基督信埒ずなりし乎』のタむトルをもじったもので、原文は未確認なるも、芁は、この文章の執筆時には、加藀は、自芚的に「キリスト教信仰から距離をおいおいた」ずいうこずである。

    そこで、この察談で、笠原芳光が加藀にたず求めたのは、「非キリスト教埒・加藀呚䞀」のキリスト教芳であり、キリスト教の総括であったず蚀えるだろう。

    B
    『笠原 そうするず宗教はどうなりたすか。
    加藀 もちろん宗教は根源的経隓のほうにいくわけで、ですから最埌の蚀葉はクレド・クむア・アブスルドゥム  。
    笠原 䞍合理なるゆえに我信ず。
    加藀 それしかないず。
    笠原 しかしそのこずは、今日、自然科孊が発達しおきおも、やはりむかしからいわれおきた、知識ず経隓は違うずいうこずずは倉わりないのではないでしょうか。
    加藀 それは倉わっおないですよ。ただ  。
    笠原 知識がひじょうに粟密になっただけずいうか  。
    加藀 いや粟密になっただけではなくお、今たでどの宗教でもですね、根源的経隓から出発しお、そしお知識を媒介ずしながら、すべおの知識を統合しお䞀぀の䞖界芳を぀くるずいう傟向があったわけですよ。だから、がくのいっおるこずはね、宗教的䞖界芳の攟棄ずいうこずになるんです。
    草原 なるほどね、宗教ずいうのは䞖界芳ではないずいうこずですね。
    加藀 ええ、だから盞手を説埗するこずはなくなる。
    笠原 䌝道ずいうこずもなくなる。そしお自分ひずりの信念の問題になっおしたう、ず、こういうこずですか。
    加藀 たずえばキュルケゎヌル。
    笠原 䞻䜓性の問題ずか、実存の問題。
    加藀 だから、実存的宗教にしかならない。
    笠原 われわれは珟代に、あるいは将来にも宗教ずいうものがあるずすれば、だいたい今おっしゃった実存的宗教のようなものだろうず、むしろそういうずころから出発したのか珟代だろうず思うんです。
    加藀 しかしね、それではいろんな困るこずが起こるんですね。たずえば、今たでの宗教はみんな道埳を含んでいるわけでしょう。ずころがね、わたしは信じないずいう人が出おくるず、信じないのももっずもだ、なるほどそれでもよかろうずいうこずになるず、信念から出発した道埳芏範もね、盞手には通甚しないずいうこずになるんですね。だから道埳のほうも攟棄しなくおはならないずいうこずになるんです。
     ずころが道埳は、たあいろいろな理解の仕方があるず思いたすが、䞀぀の理解は人間ず人間ずの関係を調敎する芏範でしょう。だから盞手に通じないず困る。宗教的信条を基瀎にしおある道埳を぀くる。たずえば盗んじゃいけない、姊淫すべからざるずか、魚食べちゃいけないずか、いろんなものがあるわけでしょう、宗教によっお。それをそのコミュニティヌの党䜓、瀟䌚の党䜓に普及させれば、道埳ずしお寄䞎するわけですね。別の人が別の信念を持っおいるからずいっお同じコミュヌニティの䞭でね、それを認めちゃうずですね、その人には今いった道埳は通じないわけですね。わたしは魚食べおも良いず思いたすずいう人が出おきおも、食べちゃいけないずいう理由はないわけです。ずころが瀟䌚は成員のみんなに共通する芏則がなければやっおゆけないでしょう。
     そこで道埳の基瀎をね、どこに求めるかずいう問題が出おくるんです。それが倧倉困ったこずではないですか。ドスト゚フスキヌがいったように、「神が死ねばなんでも蚱される」ず、象城的にいったわけでしょうけれど、そういっおたんでは困るんですね。なんでも蚱されおたんでは瀟䌚は成り立ちたせんからね。
    笠原 わたしもひじょうにむずかしい問題だず思いたすけれどね。
    加藀 そうでしょう。今たでのすべおの瀟䌚は宗教を基本ずしおいた。キリスト教瀟䌚だっお、今通甚しおいる道埳の倧郚分は、歎史的には宗教的信念から発生したものでしょうね。そこのずころをどうしたものであろうかずいうこずが、珟代の問題になっおくるんじゃないですか。
     わたし自身ね、この問題に぀いおは実際的に、ある玄束、極端にいえばどういう玄束でもいい、しかし、ある玄束、芏則がなきゃいけないずいうふうに考えおいる。そのいちばん簡単なのが、たずえば亀通芏則ですね。
    笠原 亀通芏則笑
    加藀 あれは、右だっお巊だっおいいんですから。神がないからね。絶察的に決められたせん。わたしは、巊でも右でもどっちでもよいずいう建お前に立ちたす。しかしどちらかに決める必芁があるず考えるわけです。たずえ絶察的根拠がなくおも、ある芏制は぀くれるでしょう。しかしそれだけじゃ困る問題がおきたすね。そういう堎合は、 私は困りっぱなしなんです。぀たりそれをこう解決しなきゃいかんずいうこずはいえない、それはそれでしようがないず思うんです。そこで、森鷗倖は、同じような盞察䞻矩者なんですがね、䟿宜䞊ずりあげる芏則ね、珟行の芏則でよろしいずいう。がくは、そんなこずはないず思うんですよ。
    笠原 倉えようずいうこずですね。
    加藀 倉えたっおいいんでね。別の芏則に。
    笠原 盞察䞻矩ずいっおも珟状維持じゃないっおわけでしょう。
    加藀 ええ、盞察䞻矩からは、珟状維持がよろしいずいう理屈は出お来たせん。珟状砎壊だっお同じ暩利があるず思うんですね。それでどっちにするかずいうずきは、これはわたし自身の根源的経隓に根ざすしかしようがないんです。ただしそれは他人に通甚しないずいうこずを自芚しおいるわけですから、だから他人にたいするある皮の寛倧さが、そこから出おくるだろうず思うんです。けれど、どの人が経隓するこずでもね、いちばん深い人間の信念ずいうものが、そんなにたくさんあるわけじゃないず思う。われわれの経隓のもっずも深いずころが人によっお、たったく隔絶しおいおね、コミニュケヌションもなりたたない。そういうこずは、理論䞊はありうるけれど、実際にはそうでない堎合が倚いんじゃないかず思うんですね。そういう機䌚があるわけです。』P214〜216

    このやり取りの前半のポむントは、加藀の『宗教的䞖界芳の攟棄』である。
    ぀たり、ここで加藀は、結局のずころ『䞍合理なるゆえに我信ず。』でしかあり埗ない「信仰」ずいうものは、「個人の内面の問題」にしかなりえず、公共的な「正矩」ずしお、人に勧めるようなものにはなり埗ない、ず蚀っおいるのであり、これは端的に蚀えば「カトリック信仰の吊定」で、せいぜいプロテスタント的な信仰芳だず蚀えるだろう。

    加藀はここで、あくたでも自身を「非クリスチャン」ずし、キリスト教を客芳的に評䟡できる䜍眮に立぀者ずしお、そのキリスト教評䟡を語っおいるのである。

    しかし、埌半の「宗教擁護」が、いかにもいただけない。
    ここで加藀が語っおいるのは、

    「人間瀟䌚には、どうしおも道埳が必芁であり、その基底にあるのは宗教的な戒埋である。だから、宗教的なものを完党に吊定しおしたうず、道埳が根拠を倱っお、䜕でもありずいうこず盞察䞻矩になっおしたい。瀟䌚は、正矩の芳念を倱っお、バラバラになっおしたう。」

    ずいうこずである。
    ぀たり「宗教」を吊定するのなら、それに代わるものが必芁なのだから、ここで終わっお「宗教に代わるほどのものなどない」ずは蚀えない。それだず「宗教擁護」䞞出しだから、それに代わるものを提案しないわけにはいかないのだ。

    だが、それは、同じ「神ずいう絶察的根拠絵を持たない盞察䞻矩」に立぀森鷗倖のような『珟行の芏則でよろしい』ずいう「珟状維持」、぀たり「保守䞻矩」では困る。なぜなら、加藀の立堎は「革新」だからだ。

    では、加藀の『珟状砎壊』的な立堎が、「盞察䞻矩」的な珟実における「独善」ずならないためには、どんな根拠があるだろうか。
    ここで加藀が持ち出しおくるのは『自身の根源的経隓』である。

    しかし、これもたた「人それぞれ」でしかなく、決しお「他者」を説埗するに十分な根拠でないこずは明癜だろう。だから加藀はここで、

    『ただしそれは他人に通甚しないずいうこずを自芚しおいるわけですから、だから他人にたいするある皮の寛倧さが、そこから出おくるだろうず思うんです。けれど、どの人が経隓するこずでもね、いちばん深い人間の信念ずいうものが、そんなにたくさんあるわけじゃないず思う。われわれの経隓のもっずも深いずころが人によっお、たったく隔絶しおいおね、コミニュケヌションもなりたたない。そういうこずは、理論䞊はありうるけれど、実際にはそうでない堎合が倚いんじゃないかず思うんです』

    ずいう、いかにも手前味噌な「垌望的芳枬」を語るしかない。

    加藀が『自身の根源的経隓』だず思っおいるものが、本圓に「根源的」であるずいう保蚌などどこにもなく、圓然のこずながら珟実的には、いろんな人がいろんな立堎で「私の立堎の方が、より根源的な認識に立ったものである」ず䞻匵するのは、芋え透いた話なのだ。
    ぀たり、意芋が『たったく隔絶しおいおね、コミニュケヌションもなりたたない。そういうこずは、理論䞊』あり埗るだけではなく、実際にも十二分に「ある」こずなのだ。

    加藀はここで、自分が「信仰者」ではなく「科孊的な人間」であるず䞻匵したい反面、しかし、それが森鷗倖的な盞察䞻矩からの「珟状远認䞻矩保守䞻矩」に回収されおも困るから、無理にでも「非珟実的な垌望的芳枬の綺麗事」を「匷匁」しないではいられなかったのである。

    画像
    加藀呚䞀ず笠原芳光

    こうした、加藀の「煮え切らない、ごたかしめいた議論」に、笠原は、次に匕甚する察談の結末郚分で、加藀に匕導を枡すようにしお、明確な「宗教吊定」を語る。

    『制床宗教は党郚なくさなきゃならない、決しおなくならないだろうずは思いたすけれど 理想ずしおはなくさなきゃならない。そしお宗教的な粟神ずいうか、宗教性ずかそういうものは、芞術であるずか、あるいは文化諞珟象の䞭に生かされおこちゃならないず思うんです。』

    ぀たり、人間から「宗教心・信仰心」的なものを完党に消し去るこずは「原理的に䞍可胜」、぀たり『決しおなくならないだろう』けれども、しかし、その「幻想逃避的芳念」の䞊にあぐらをかいお、人々を「理性の眠り」に぀かせるだけの『制床宗教』は『党郚なくさなきゃならない』ずいうこずである。

    そしお、笠原ずしおは、人間に抜き難くある「宗教性」は、「芞術的なもの矎的なものぞの志向」に、是が非でも倉換しなければならない、ず考えるのである。

    C
    『 笠原 あのう、わたしはですね、盞察䞻矩者ずいうより、絶察ず闘う盞察䞻矩ずいうか、たあ䞻矩たでいかないですけれどもね、やっぱり絶察ず闘う必芁がある。絶察があるかないか、これはひじょうに倧きな問題で、あるずすればたた闘うこずに意味があるだろうし、たた絶察ずはなにかず考えるこずにも意味があるだろうし、そういう意味では盞察的だ、だから絶察䞻矩ず闘う盞察䞻矩でありたいず思うんです。か぀お、仏教ずいわず、カトリックずいわず、プロテスタントずいわず、あらゆる宗教は囜家ず結び぀いおきた。そしお今日、日本においおは匷倧な宗教はないようだけれども、宗教が囜家ず結び぀きあるいは囜家自䜓が宗教のような圹割をはたしおいるずいうこずにおいお、囜家はわれわれが闘う最倧の盞手であるずいうふうに思うわけです。
     それでそういういうこずを掞察しおいる人は、わりあい叀くからいるわけで、たずえばバクヌニンなんかは『神ず囜家』の䞭で教䌚ず囜家ずは兄匟分であるずいうこずで、教䌚の本質を芋ぬいおおりたすし、プルヌドンも教䌚ず囜家ず資本ずは同じく批刀されるべき䞉぀の「聖なるもの」だずいっおいたす。 それず、もう䞀぀はいわゆる管理瀟䌚ですね、䞀億の人間に背番号を぀けおコンピュヌタヌによっお管理するずいうような圢での囜家、そういう二぀の面で囜家ずいうものは、われわれにずっお闘うべき盞手だろうし、その意味では倩皇制の問題なんかも出おくるず思うんです。いずれにしおも囜家ず宗教ずいう問題は、これはか぀おの時代にはなかったほどに倧きな問題になっおきおいる。そしお䞡者の類䌌性ずいうものを掞察するずいうのが、今日の宗教者であれ宗教者でないにしろ、倧問題であるずいうふうに思うんですけれどね。
     今、キリスト教界では、靖囜神瀟囜家護持法案に反察する運動がさかんですが、わたしが批刀的なのは囜家神道に反察するのはよいが、キリスト教も囜家キリスト教ではないかずいう自己批刀がない点です。制床キリスト教はすべお本質的に囜家キリスト教だずいう自芚がなくお、護教的立堎から靖囜法案に反察するのは、キリスト教察神道の宗教戊争にすぎないですよ。
    加藀 たあ、囜家ず宗教の癒着珟象ですね。ただこういうこずはいえたすね、西掋の歎史では囜家ず教䌚の癒着ずいうものがたずあっお、これは目に芋える圢、衚向きの癒着、実質的癒着ですね、あずでそれは䞀応衚向きは分れる。
    笠原 たおたえは政教分離ずいうこずになりたすね。
    加藀 それにもかかわらず実質的には、支配局の䞭に教䌚がはいっおいく。そのずおりですが、他方では政教分離が生きおる面もある。たずえば、アメリカでは政府が囜家の生掻に干枉する領域ず、教䌚が干枉する領域ず、ある皋床分業になっおいるずころがあるんですね。ずころが日本ではキリスト教はもちろん、お寺もあたり干枉しない。したがっお政府がね、アメリカだったら教䌚がやるずころたでひきうけちゃう。政府ず教䌚の重倧な違いは、いくら圧力が匷いずいっおも、教䌚が行䜿するのは瀟䌚的圧力で、暎力じゃないですね。ずころが政府は暎力をもっおいる。
    笠原 分業のほうがいいずいうわけですね、それだけ囜家を教䌚が盞察化しおいるわけですね。
    加藀 譊察のやたらに介入するのはあれたずいものなんだな、暎力による匷制でしょう。もちろん暎力をコントロヌルするにはある皮の暎力が必芁でしょう。しかし皇居前で男女がどんな栌奜しお寝ようず暎力じゃないんです。だから譊察の出る幕じゃないず思う。映画の怜閲ずかなんずかそういうこずは教䌚でやる。それをデモクラティックな方法でね、独断におちいらないようにする必芁があるず思うんですよ。
    笠原 だけど、制床宗教は党郚なくさなきゃならない、決しおなくならないだろうずは思いたすけれど 理想ずしおはなくさなきゃならない。そしお宗教的な粟神ずいうか、宗教性ずかそういうものは、芞術であるずか、あるいは文化諞珟象の䞭に生かされおこちゃならないず思うんです。珟代においおは、芞術ずいうのは、これはある意味では、宗教の代甚をしおいるのではないかず、ある意味で宗教がやりえないこずを芞術がやり぀぀あるのではないかずいう気がするんです。その意味で、芞術ずいうのはひじょうに倧事なものになり぀぀あるんじゃないかずいうふうに思うんですが。
    加藀 そうですね、芞術は人類の党䜓性をね、その人栌の党䜓性を守るずいうか、維持するための最埌の根拠だず思うんです。
    笠原 芞術の定矩ずいうのは、その堎合なんでしょう。
    加藀 芞術はね、芞術家、その人の経隓の特殊性を通じお䞖界の党䜓を、ある意味で理解するずいうか、ずらえようずするずころの、絶望的な蚈画ですよ。なぜ絶望的かずいうず、その党䜓を぀かたえるこずはできないからです。しかし党䜓を぀かたえようずする方向をもっおいるわけ。で、その方向がなければね、それは基瀎である個人の経隓の特殊性の䞭にずどたっちゃうわけです。それは倖圚化されないし、そこからはコミニケヌションの可胜性も出おこない。しかし党䜓にずらえようずするために、党䜓はずらえられないけれど、それは人間にずっお根源的な芁求であるから、その方向においおコミニケヌションの可胜性もあらわれる。
     科孊はそうじゃない。経隓の特殊性を攟棄しおいきなり䞖界に関しおの普遍的な知識を求める。そしおそれは無限に増倧したすよ、しかし党䜓には到達しない。ずころがわれわれは生きおいく䞊ではたえず絶察を必芁ずしたす。たずえばノィ゚トナム※ ママ戊争の党䜓の情報を党郚集めるこずができなくおも、 だから党䜓を把握するこずが䞍可胜で、絶望的であっおも、しかしノィ゚トナム戊争党䜓にたいしお態床を決定しなくちゃならない。黙っおれば容認するこずになっちゃうんだから。たずえそれが絶望的であっおも、われわれが生きおいくずいうこずは、珟象の党䜓にたいする態床決定を䞍断にしおいるわけでしょう。
    笠原 それは絶望的な圢で救われるっおこずですね。
    加藀 それもだけど、远い぀められる以䞊に、远い぀められおですよ。
    笠原 今たでですね、宗教ずいうのはたさに超越性ずいうこずを䞀枚看板にしおきたず思うんですね。しかし宗教が超越性ずいうこずばであらわしおきた抂念を今や党䜓性、根源的な問題ずしおあらわさなければならない時代が来おいるんじゃないか。宗教は、なんらかの文化珟象の䞭に生きお、そしお自らを滅がすこずによっお他に奉仕する、そういう粟神、䞀皮のパラドックスですね、そこに宗教の䟡倀があるんだろうず思うんです。䞀九䞃二幎』P219〜223

    加藀がここで䞻匵する、「暎力装眮の譊察を擁する、囜家暩力のみ」ではなく、「宗教ずの分業」によっお、「囜家」はずいぶんマシなものになるのではないか、などずいう議論は、所詮「宗教擁護・延呜」のための、あたりにも「垌望的芳枬」に満ちた「䞎倪話」でしかないずいうのは、もはや明癜だろう。

    加藀自身『もちろん暎力をコントロヌルするにはある皮の暎力が必芁でしょう。』ず認めざるを埗ないずおりで、仮に「囜家ず宗教による分業䜓制」になったずころで、「暎力装眮」が無くなるわけではない。

    いくら「説埗」しおも、聞き入れおくれない犯眪者ずいうのは、100パヌセント必ず出おくるし、統治者はそれを攟眮するわけにはいかないから、おのずず「暎力装眮」を持たざるを埗ないのだ。
    䟋えば、バチカンのロヌマ教皇庁にだっお「衛兵」がいるように、「譊察」ずいう名称は䜿わなくおも、「譊察」的な「暎力装眮」は、必ず持たざるを埗ないだろう。

    その時に、「囜家」ず分業䜓制に入った、぀たりは『癒着』した「宗教」は、どのような態床を採るだろうか

    それは、か぀お「教䌚今のカトリック教䌚」がやったように、汚れ仕事は「政治暩力者」に任せお、自分は無関係を装う、ずいう欺瞞的態床であろう。

    かっお、䞖俗暩力者ず結んだキリスト教䌚は、内郚の「異分子」を「異端者」ず呌んで排陀し砎門し、これを「䞖俗暩力者の手」に匕き枡しお「焚刑に凊させた」。
    「教䌚はただ、正統信仰の玔朔を守るために、悪魔に魅入られた異端者を砎門しただけである」ず蚀い、異端認定され砎門された、か぀おの同信者が「死刑」になるのを知っおいながら、いや、そうなるように制床的に仕向けおおきながら、自分の手は汚さないから、『汝、殺すなかれ』の戒埋には背いおいないず、そう臆面もなく匷匁したのである。

    そしお、この皋床の歎史的事実は、加藀呚䞀なら、圓然知っおいたはずだ。
    知っおいたにもかかわらず、知らないふりをしお「囜家ず宗教の分業」などずいう「宗教の延呜策」を提案したのは、この段階で、加藀はすでに「セルフ・隠れキリシタン」だったからである。

    画像
    螏み絵

    いたの時代、自身の信仰を正盎に語ったずころで、殺されるわけでもないのに、なぜ加藀が自らの信仰心を隠し続けたのかず蚀えば、それは「近代䞻矩の巊掟知識人」ずいう、自らの「ステヌタス」にしがみ぀いたからに他なるたい。加藀が、本圓に正盎であったなら、もっずもっず早くに掗瀌を受けおいたはずなのだ。

    それなのに、死の床にあっお初めお倩囜ぞ逃げ蟌むようにしお掗瀌を受けたずいうその行為は、圌の「建お前」を真に受け、信じた人たちぞの、「背信」以倖の䜕ものでもなかったのである。

    だからこそ、倚くの「加藀呚䞀信者」は、加藀の掗瀌に衝撃を受けたし、加藀に近い者は「いや、それは前からだよ。知らなかったの」などず、加藀が「唯物論的珟実䞻矩者」だず信じた人たちの方が悪かったかのように蚀ったのである。
    「隙した方よりも、隙された方が愚かなのだ」ず、そう暗に語っお、「背信者」であり、か぀「唯物論的珟実䞻矩の背教者」になり䞋がった加藀を、粟䞀杯フォロヌしたのだ。

     ○ ○ ○

    さお、加藀を読むきっかけずなった、高畑勲ず加藀呚䞀の関係問題に぀いお。
    これは私の垌望的芳枬かもしれないが、たぶん高畑勲は、加藀呚䞀の芋識に敬意を払いながらも、しかしその「理想の非珟実性」には勘づいおいたように思う。

    ず蚀うのも、高畑勲の遺䜜になった『かぐや姫の物語』が、結局は「地䞊ぞの絶望月ぞの垰還」で終わらざるを埗なかったこずからもわかるように、高畑は、リベラルな理想を語りながらも、それが実珟できるものずたでは信じおいなかっただろう、ずいうのが窺えるからで、さらに蚀えば、高畑は、その半䞖玀以䞊前の、初の監督映画『倪陜の王子 ホルスの倧冒険』で、じ぀は、ある皮の「救われるこずのない絶望」を、ヒルダずいうキャラクタヌに蚗しお語っおいたからだ。

    蚀い換えれば、ヒルダずしお絶望を抱える高畑勲にずっお、加藀呚䞀ずいうのは、高畑を救い出す「倪陜の王子」たるホルスを期埅された存圚だった。

    だが、その加藀呚䞀もたた、最埌は「悪魔グルンワルド」の軍門に降っおしたった、ずいうこずになるのである。

    『 ヒルダの子守歌

     䜜詞深沢䞀倫、䜜曲間宮芳生

    むかしむかし かみさたがいいたした
    おやすみ みんな
    やさしい わたしのこどもたちよ

    むかしむかし かわうそがいいたした
    おねがい かみさた
    くろくたのうでに お぀ぐさり
    おやすみかわうそよ くろくたのうでは
    もうはねた

    むかしむかし くたどもがいいたした
    おねがい かみさた
    かわうそがこざかな あらしたす
    おやすみくたたちよ かわうそたちは
    もうひにくべた

    むかしむかし かみさたがいいたした
    おやすみ みんな
    やさしい わたしのこどもたちよ

    「Anison!」より  』


    2023幎7月6日

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    2026幎4月30日、個人サむト「幎間読曞人の迷宮文曞通」 https://dokushojin.jp を開蚭。今埌はこの迷宮文曞通本通にお新芏蚘事をアップしおいきたすので、どうぞご愛顧ください。なお「note」アカりントは、「別通」ずしお旧皿保管庫ずいう䜍眮付けになりたす。

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