メタバースは、自らを語る言葉を手に入れた――VRChat発「VeHacQ」がつくるアバター人類の言論革命
美少女アバターたちが、ときに笑い、ときに暴走しながら、恋愛、孤独、ジェンダー、経済、ものづくり、そして人類の未来について時には3時間近く語り続ける。
字面だけを見れば、何かがおかしい。しかし、その光景をしばらく眺めていると、むしろこう思えてくる。
おかしいのは彼女達ではない。身体も社会も大きく変わり始めているのに、それを語るメディアが、現実のスタジオから、現実の人間からばかりから発信されてきた今までの方がおかしかったのではないか。
VTuber・作家のバーチャル美少女ねむがプロデュースする「VeHacQ(ビハック)」は、VRChatの経済と社会を当事者の視点から語る「VRChat分人経済メディア」だ。
2026年2月に始動し、これまで半年間で7回の放送を行ったこの番組は、単なるVR情報番組でも、人気ユーザーを招くトーク配信でもない。アバターで生きる人々が、自分たちの社会に起きている変化を、自分たちの言葉でぶつけ合う。その意味でVeHacQは、“アバター人類による言論空間”と呼ぶべき試みなのである。
「VRChatは人を救う」という神話を疑う
VeHacQが初回に掲げたテーマは、いきなり重かった。
「VRChatの救いは幻想か?」
年齢、性別、容姿、身体的条件に縛られず、誰もが「なりたい自分」になれる。VRChatはしばしば、現実で生きづらさを抱えた人々を受け入れる“優しい世界”として語られる。
しかし、理想の姿を自由に選べる世界は、本当に無条件で人を救うのか。
小説家の榎宮祐、AVtuberの万楽えね、VRChat漫画家のVRお父さん、イベンターの猿頭トリートメントらが集まった初回では、その美しい物語が早くも解体された。
現実では「容姿のせい」「環境のせい」と考えることができた人も、誰もが美しい姿を選べる世界では、最後の言い訳を失ってしまう。アバターを変えても人間関係がうまくいかなければ、残るのは自分自身の問題だからだ。
一方、現実で居場所を失い、VRChatによって文字どおり人生を救われた者もいる。
救いか、幻想か。希望か、残酷か。
VeHacQはどちらか一方の結論を出さない。相反する体験を同じ場所に持ち込み、衝突させ、その矛盾ごと娯楽に変える。この姿勢は、その後の番組にも一貫している。
恋愛からフルトラまで、すべては「人間とは何か」につながる
VeHacQで取り上げられるテーマは、驚くほど幅広い。
第2回では「VR恋愛は危険か?」を掲げ、お砂糖、VR婚、同性パートナーシップ、多糖類といった仮想世界ならではの関係を取り上げた。
アバター同士の恋愛は“ごっこ遊び”なのか。それとも、身体を超えて成立する本物の愛なのか。VRで出会って現実の結婚へ進んだ人もいれば、現実とは異なる関係性をVRの中だけで育てる人もいる。
物理的に離れているため、刃物で刺される危険は小さい。しかし、心は普通に刺さる。むしろ、相手の声と存在を至近距離で感じるVRでは、感情だけが猛烈な速度で膨らんでいくことさえある。
第3回では、カナダ帰りのバ美肉VTuber・セイ・クイーンとともに、北米の多様性と日本発の「バ美肉」文化を比較した。
LGBTQでも性自認の問題でもなく、単純に「趣味で美少女になる」。既存の分類に収まらないバ美肉を受け入れられるのかという問いは、「理解できる少数者だけを認める多様性は、本当に多様なのか」という挑発へ発展した。
第4回では、人気販売アバターを改変する「量産kawaii」と、ゼロから作られたオリジナルアバターが激突する。
同じ顔を使っていても、その人らしさは成立するのか。逆に、唯一無二の外見でなければ個性的とは言えないのか。現実の身体が親から与えられた“既製品”であることを考えれば、これはVRChatだけの問題ではない。
服装、化粧、髪形、話し方、名前。私たちは現実でも、既存のパーツを組み合わせながら「自分」を作っている。アバター改変とは、その営みを極端なまでに可視化したものなのかもしれない。
恋愛、ジェンダー、アバター文化。一見すると別々の話題だが、VeHacQは毎回、同じ巨大な問いへ戻ってくる。
身体を自由に選べるようになったとき、人間の個性や愛やアイデンティティは、どこに宿るのか。
「優しい人」ではなく「優しい構造」をつくれるか
VeHacQの面白さは、個人の内面だけでなく、コミュニティや産業の設計まで射程に入れていることだ。
第5回では、日本最大級の集会場ワールド「FUJIYAMA」を運営するちはやを迎え、VRChat初心者の居場所について議論した。
初心者を救うのは、親切なベテランユーザーなのか。それとも、知らない者同士が自然に出会い、会話を始められる場所なのか。
どれだけ善意に満ちた人がいても、その人が不在になれば支援は止まる。しかし、人と人が接続される構造そのものをワールドとして設計できれば、救いは持続する。
これはVRChatに限らない。学校、会社、地域社会、SNS――あらゆるコミュニティが抱えている問題だ。VeHacQでは、ノーパン健康法や「オキシトシンドバドバ」といった怪しすぎる話題を経由しながら、いつの間にか本格的な社会設計論へたどり着いてしまう。
この落差こそが、番組の強烈な個性である。
第6回では、Shiftall代表取締役CEOの和蓮和尚が登場し、国産VR機器を作る意味を語った。
巨大IT企業がVR市場を支配するなか、小規模な日本企業はどう戦うのか。そこで示されたのは、全人類への普及を追いかけるのではなく、熱狂的な利用者へ高度な道具を届ける「高級釣り道具屋」としての生存戦略だった。
VRを一時的なブームとしてではなく、釣りやオーディオのように、決して消えない専門文化として捉える。それは、メタバースをめぐる過剰な期待と失望の両方から距離を取った、極めて現実的な産業論である。
フレンドが増えすぎた人類に「孤独を摂取せよ」
そして第7回、番組はさらに奇妙な領域へ踏み込んだ。
VRChat歴8年のねむと、開始わずか3カ月の兎摩が対話し、古参ユーザーが忘れてしまった“初めてのVRChat”を掘り起こしたのだ。
始めたばかりの頃は、知らないワールドへ行くだけで冒険だった。見知らぬ誰かと出会うだけで事件だった。
ところが、長く続けてフレンドが増えると、ログインした瞬間から誰かがいる。いつもの仲間、いつもの場所、いつもの会話。孤独になることの方が難しくなる。
そこで飛び出したのが、「フレンドリストは麻薬」「古参を蝕む孤独不足」という強烈な言葉だった。
SNS時代、人類は孤独を解消する方法ばかり考えてきた。しかし、常に誰かとつながっている環境では、偶然の出会いも、自分を振り返る時間も失われる。
「孤独を摂取せよ」という処方箋は、VRChatだけでなく、スマートフォンを手放せなくなった現代人全体に突き刺さる。
こうしてVeHacQは、VRChatのローカルな話題から始まり、気づけば人間社会そのものの問題へ到達する。
なぜ今、「分人経済メディア」なのか
番組名に掲げられた「分人経済」とは、単にアバター商品が売買される市場だけを意味しない。
一人の人間が、現実と仮想空間で異なる名前、身体、人格、社会関係を持つ。それぞれの“分人”が活動し、誰かの感情を動かし、信頼や注目を集め、コミュニティや仕事を生み出していく。
そこで交換されるのは、お金だけではない。可愛さ、信用、技術、居場所、愛情、承認、物語――。VeHacQが記録しているのは、こうした新しい価値がアバターを介して流通する現場だ。
従来のメディアがVRChatを扱う場合、「現実の記者が不思議な仮想世界を訪ねる」という構図になりやすい。しかしVeHacQでは、VRChat住人自身が出演者となり、自分たちの社会を自分たちの言葉で語る。
外から観察されてきた文化が、ついに自分自身を語り始めたのである。
長尺は「今を生きるメタバース人類」のアーカイブ
VeHacQの本編は、一回3時間に及ぶこともある。
話は脱線し、出演者は暴走し、結論がきれいにまとまらないこともある。しかし、この長さには理由がある。
VeHacQが残そうとしているのは、きれいに編集された結論ではない。2026年のメタバースで人々が何を考え、何に悩み、どんな言葉で自分たちの生活を語っていたのか。その空気まで含めた、「今を生きるメタバース人類」のアーカイブなのだ。
短いニュースやSNS投稿では、「VRChatは人を救う」「VR恋愛は危険だ」といった刺激的な結論だけが切り取られる。しかし、現実の人間はもっと矛盾している。VRChatに救われながら、その危険性も感じている。多様性を支持しながら、自分に理解できない文化には戸惑うこともある。
長尺の対話だからこそ、その矛盾や迷い、出演者同士の関係性まで消さずに保存できる。それは数年後、数十年後に振り返ったとき、アバター文化の黎明期を知る貴重な一次資料になるかもしれない。
一方で、長尺配信だけでは一般ユーザーへ届きにくい。そこでVeHacQは、本編を字幕付きダイジェスト、ショート動画、記事、ポッドキャストへとマルチメディア展開する。
本編は、文化を丸ごと未来へ残すアーカイブ。短尺コンテンツは、VRChatを知らない一般ユーザーをその世界へ招き入れる入口だ。
さらに近年の回では、文字起こしからの記事化や動画編集に生成AIを導入。人間が企画と演出を担い、AIが巨大な長尺素材から、視聴スタイルの異なる複数のコンテンツを生み出している。
深く、長く記録する。しかし、届けるときは短く、速く、分かりやすく。
この二層構造こそ、VeHacQが単なる長時間配信ではなく「メディア」を名乗る理由である。
メタバースはもう、外部の誰かに解説されるだけの対象ではない。
その内部で生きる者たちは、自分たちの社会を自分たちの言葉で記録し、あらゆる形式へ変換して、世界へ届け始めている。
VRChat分人経済メディア「VeHacQ-ビハック-」

最近猛烈に大ヒットしている某政治経済メディア番組にインスパイアされ、VRChat分人経済メディア「VeHacQ-ビハック-」を立ち上げたいと思います! VRChatユーザーが激増している現状を踏まえ、VRChatから発信するトークバラエティ番組をやってみたいと思います。VRChat住人による知的かつカオスなゆるゆる長尺生配信トークのコンテンツ化に挑戦します。
これまでのVeHacQ
VeHacQプロデューサー:バーチャル美少女ねむ
「バーチャルでなりたい自分になる」をテーマに人類の進化を促すべく配信・執筆・調査活動をしています。世界最古の個人系VTuberとして2017年にデビュー。メタバースの革命性を論じた著書『メタバース進化論(技術評論社)』で「ITエンジニア本大賞2023」を受賞。国連IGF登壇を始め、講演や大学講義の経験多数。2023年にはMoguLive VTuber Award 2023「今年最も輝いたVTuber」で1位に。2025年にはForbes JAPAN「NEXT100:世界を救う希望」に選出頂いたほか、全国高専入試「国語」にも文章を採用頂きました。
2026年もまったり頑張っていくので、ぜひX・note・YouTubeの「フォロー」や「いいね」お願いします。FANBOXでスポンサー募集中です。お仕事の依頼もお待ちしています。
いいなと思ったら応援しよう!
note / Twitter / YouTubeでメタバースの興味深い文化について発信していますので、ぜひ「フォロー」や記事の「いいね」をお願いします。頂いたサポートはメタバースでの生活費や取材費として活用させて頂きます。